邂逅輪廻



「第一回、早飲み早食い、潰れてもキアリーでは解毒できませんわ選手権開催、ですの」
 夜の帳が降りた後、僕が連れてこられたのは酒場だった訳で……え、何、僕、出場者として内定してるの?
「うーんと、僕、未成年なんだけど」
 アリアハンに於ける成人年齢は十六で、その年からお酒は解禁ってことになっている。もちろん、厳密に守られているかと言われるとあやふやだし、僕もあと数ヶ月でその年齢なんだけど、一応、正義を旗印にしてる身としてはどうなんだろう。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。誤差範囲みたいなもんだから」
 一つ下の、シスが保証するっていうのもどうなのさ。
「それにしても、暴飲暴食って、神職としてはあるまじき行為だったような……」
 ここまで言ってみたものの、相手はアクアさんだし、深く考えるのはやめておこう。
「ルールは簡単ですの。三名が、ほぼ同様のペースでお酒を飲み続け、最後まで生き残った方が勝者ですの」
 な、何、そのワイルド極まりないルール。というか、この決めだったら、酒樽買ってくるだけで良かったんじゃないの。何でわざわざ酒場に来たのさ。
「ところで、アクアさんは飲まないの?」
「わたくしの会派は、祭事以外での飲酒を禁じておりますの」
 あー、ルイーダさんのところで、そんなこと言ってたよね。これだけの破戒僧だと知った今となっては、何でそんなところだけ律儀なのか、そっちの方が気になってしょうがないんだけど。
「ういっひっひ、お酒、お酒〜。いやー。何かこういうの久々だし、腕って言うかお腹が鳴るね〜」
 十四歳で既に酒豪の素質があるってのもどうなのかなぁ。
「ところでクレイン」
「あぁ?」
「何で又、僕と酒飲みで勝負しようなんて言い出したの?」
「ツンデレさんは、素直にお誘い出来ないのが困り物ですわよね」
「てめぇはとりあえず黙ってろ」
 アクアさん、今日も人として問題なくらい飛ばしてるなぁ。
「大した理由じゃねぇよ。てめぇ、自分を『勇者』だなんていう割に、何考えてんだが、さっぱり分からねぇからな。少し腹ん中、捌いてみようと思っただけだ」
 別に好きで自称してる訳じゃないけど、人から見るとそんな取られ方してたんだ。僕としては、ちょっと反応に乏しいくらいだと思ってたんだけどなぁ。
「要約すると、一人酒の寂しさに耐えられなくなったということですのね」
「おい、坊主。このアマ殴れ。人生の先輩としての命令だ」
 そんな後が恐ろしいこと、出来る訳が無いじゃない。
「まあ、俺に勝てたら仲間になってやるって話は嘘じゃないぜ。尤も、俺ぁ、豪傑で知られる傭兵団で全戦無敗だったがな」
 うわ、セコッ。何、その修行を始めたばかりの少年剣士に全力を出す達人みたいな真似。僕が当事者だったら、多分、泣いちゃうよ。
「ね〜。どうでも良いから早く飲ませて〜」
 いや、むしろ良く先んじて飲まなかったね。そんな良識があったことの方が驚きだよ。
「盗賊ギルドの間じゃ、酒を一人で先に飲んだら何をされても文句は言えないって決まりがあるんだから〜」
 ハハハ。そりゃ、盗みが生業の人達じゃ、そういうことになったりもするよね。
「では、開始ですわ」
 アクアさんの一言が、戦闘開始の銅鑼代わりとなって、僕達の死闘は始まった。


「だぁからさぁ〜。今、世界は王制を基本として成り立ってるけど、それは絶対唯一の国政方法じゃないと思うんだよ。国民の気質なんて、国それぞれであって、王自ら手腕を振るうのが合ってたり、王が飾りなのが良かったり、いっそのこと共和制なんてのもありだなんて思わない?」
「う、うん、そうだね」
 酒宴が幕を開けて一刻程が過ぎた頃、完全に目が据わったシスが何故だか滔々と国家論について語り出していた。ま、まさかこんな酒癖があるだなんて、予想外にも程ってものがあるよ。
「てめぇ……!」
「は、はい、何でしょうか」
 ク、クレインはいつにも増して絡み酒だし、もうやだ、この環境。
「何であれだけの量を飲み干して、殆ど変化がねぇんだよぉ!」
「え、えーと……」
 そう言われても、これだけのお酒を飲むのは今日が初めてな訳でして……どのくらい酔うのが標準かなんて知らないよ。
「勇者の血筋は、酒の面でも豪傑ということですの?」
 まあ、普段からお酒抜きで酔ってる人の意見はさて置くとして。
「あったま来た! オヤジ! この店で一番強い酒を二瓶持って来い!」
「へい、毎度!」
 ここまでを纏めると、確実に当初の目的から、ズレが生じてきてるよね。
「う……」
 目の前に差し出された酒瓶に、思わず声が漏れてしまう。このお酒にメラを放ったら、この酒場は燃えて無くなる様な……そんな気さえする程に、鼻を衝いた。
「俺にも、一度も酒で遅れを取ったことが無いという矜持がある!」
 何で酒飲みって、こうも耐性が高いことに意地を感じて生きてるのかなぁ。
「いいか! この瓶を先に飲み干した方が勝ちだ!」
「あの、ルールが変わってるんですけど」
「面白いから、許可ですの」
 そしてアクアさん。一体、いつから審判役になったんですか。
「もう、何かどうでも良いや……」
 考えるのも面倒臭くなってきた僕は、諦める格好で、目の前の酒瓶とグラスを手に取った。
「これをクレインより早く飲み干せば、仲間になってくれるんだね?」
「ああ、男に二言なんかねぇぜ」
「はいはい」
 幾ら僕でも、酔っ払いの戯言をまともに受けるほど暗愚じゃない。だけど、ここで勝っておけばクレインに対して弱味を握る、って言うか、貸しに似たものを作ることになるだろう。後々のことを考えれば、それは決して悪いことじゃないよね。
「それじゃ、乾杯でグラスを鳴らしたら開始で良いよね」
「ああ、文句は無いぜ」
 こうして、僕達の不毛な戦いは、第二幕へと突入したんだ。


「ん……」
 深い沼の底から、急激に引きずり出されるようにして、意識が覚醒した。何処からとも無く漏れ入る赤い光を知覚したけど、その弱々しさから、まだ夜だと理解する。
「よぉ、坊主、起きたか」
 聞き覚えのある声に、首だけをそちらに向ける。そこに居たのは、アクアさん曰く、ツンデレ大都督……あれ、何か違う気もするけど、とにかくクレインその人だった。
「えっと、たしか僕達、一緒にお酒を飲んで……」
 何だか、途中から凄く記憶が曖昧なんだけど。って言うか、ちょっと頭が痛いし、何がどうなってるのさ。
「とりあえず、ここは僕達の宿だよね」
 頭の焦点が直ってくるにつれ、現状が段々と飲み込めてくる。ここが、何刻か前に借りた宿の一室であること。ベッドは三つあって、向こう側の二つの敷布が膨らんでるから、アクアさんとシスが中に居るんだろうと思う。
 それにしても、本当、いつ、帰ってきたんだっけ?
「まあ、その何だ。人ってのは、失敗もすれば、勢いで動くこともある。そんなムキになんな」
「ん?」
 何、今の発言。一体、どういう意味なのさ。
「ひょっとして、僕の頭が痛いのと何か関係がある?」
「う……」
 その唸り様、肯定と取らせて貰うけど良いよね。
「ま、まー、何だ。大したことねーみたいだし、問題はない」
「……あ」
 大体、思い出した。たしか御互い、馬鹿みたいに飲みあってたんだけど、見るからに限界が近かったクレインに対して、僕は僕で平然と杯を重ねてた訳で――。
「突然、クレインが近くにあった棒切れで僕の頭をガコン、と」
 何ていうか、酔ってて力が入らなかったのかなとか、手元にあったのが理力の杖じゃなくて良かったとか、色々と思うことはあるけどさ。
「とりあえず、僕に言うことは無い?」
「……悪かったな」
 うん、素直っていうのは、何処の国でも共通する、基本的な美徳だよね。
「それで、この場合、勝負ってどうなるの?」
 まあ、どう贔屓目に見ても、クレインの反則負けは揺るがないところなんだけどさ。
「あぁ? 理由はどうあれ、てめぇは途中で場から離れたんだぞ? どう安く見積もっても、勝負無しが妥当なところだろうが」
「……」
 うわ、何、この卑劣極まりない論理。物事の見方って、一つじゃないんだね。
「だけど引っぱたいた分の詫びについては別勘定だ」
「ん?」
「ついてきな。アッサラームが、どうやって発展したのか見せてやるぜ」
 この時、ちょっとエロティカルなことを考えてただなんて、女の子二人には内緒だからね。


「はい、丁方無いか、丁方――」
「コール。チップ、全賭けで」
「ああ、今日の稼ぎが、全て消えてしまった。またかみさんに怒られる……」
 クレインに誘われ連れてこられた先は、鉄火場、つまりは場末の賭博場だった。
「何でまた、こんなところに……」
 とりあえず、一つだけ言えることはある。素浪人というか、悪く言えばみすぼらしい格好のクレインは、こういう場所が良く似合う。
「貧乏旗本で奥さんを泣かせてても、余り違和感無いよね」
「てめぇは一体、何を言ってやがる」
「人間、見た目が思った以上に、重要なのかなって話」
 実際、クレインと街中で擦れ違ったとしたら、目も合わせないだろうなって思うし。
「ってか、こういうところ、良く来るの?」
 たしかクレインの経歴って、孤児院、傭兵団、メロニーヤ様のところでの修行だったよね。まあ、傭兵達って、宵越しの銭は持たない印象だし、たしなみの一貫なのかな。
「多分、違うこと考えてるだろうから言っておくがな。俺に博打を仕込んだのはメロニーヤの爺ぃだからな」
「……」
 あ、今、ほんのちょっとだけ、メロニーヤ様に対する敬意の念が揺らいだ気がする。
「それで、てめぇは一体、どれをやるんだ?」
「僕の参加って、決定事項なの?」
「賭場に冷やかしで入るたぁ、良い度胸じゃねぇか」
 いやいやいや。僕は何も知らされずに連れてこられたんだよ? その理屈は無いよね?
「んー、じゃあ、ルールをすぐ理解出来る奴で」
 ここから見る分には、何となく知ってる気がする遊戯も幾つかあるけど、細かい部分が認識と一致するとは限らない。だったらいっそ、本当の初心者でも出来るものにしようと思ったんだけど――。
「博打舐めてんのか、オルァ」
 物凄く、理不尽に睨まれた気がする。
「な、何さ、その反応は」
 僕が僕の小遣いの範囲で何をやろうと、僕の勝手じゃない。
「良いか、仕組みが単純な博打ってのはな、その分、心理的な要因がでけぇんだ。詰まるところ、胴に良い様に踊らされて終わるだけだ」
「それは小難しいゲームでも同じじゃないの?」
「てめぇみたいな小賢しいのは、その思考力を競技の方に消化させた方が、迷いが無くなるんだよ」
 うーん、その理屈って正しいのかなぁ。ってか、博打をする人って、大体、他人には絶対に理解出来ない独自理論を何かしら持ってるよね。
「それじゃ、クレインの貴重な意見を参考にした上で、シンプルな方で」
「このガキ……顔に似合わず、随分、意固地だな」
 たまに、自分でも天邪鬼だって思うことはあるよ。
「んじゃまあ、サイコロの類が妥当だな。カードや特殊な道具を使うもんは、最初の一山が越えづらいからな」
「その中で、一番、憶え易いのは?」
「丁半か、大小、或いはルーレットってとこだろう。どれもテラ銭的な抜きがあるが、大体、二分の一の確率で二倍になる賭け枠がある」
「成程ね」
 テラ銭っていうのは、場代っていうか、賭場を開いてる胴元の取り分のことだ。儲け分から抜くこともあれば、確率的に全返しにならないこともあり、長く博打を続けていれば、絶対に損をすると言われる理由だ。
「たしか、どれも運任せに見えて、胴との腹の読み合いなんだよね」
 やったことはないけど、人づてに聞いたことはあるんだ。
「てめぇ、本当に可愛くないな」
 大丈夫。僕、男に可愛いって言われて喜ぶことはないからさ。
「それじゃ、大小で」
 幾つかあった中でこれを選んだのに、別段、深い意味は無い。唯、余り馴染みがないものだったし、折角だから話の種になるかなって思ったくらいかな。
「ルールは知ってんのか?」
「ううん、全然」
「そうか。まあ、すぐ憶えられる」
 クレインの説明に依ると、この遊戯は六面体のサイコロを三つ用いるらしい。そしてその合計が、四から十を小として扱い、十一から十七ならば大になる。一番単純な決めでは、その大小を当てた場合、掛け金が二倍になるというものだ。ちなみに、一のゾロ目である三と、六のゾロ目である十八はどちらにも属さず、又、他のゾロ目が出ても掛け金は没収される。この部分がテラ銭に相当する。ゾロ目が出る確率は、六の三乗の内六回で、二百十六分の六、つまりは、三十六分の一で、三パーセントにも満たない。二割、三割を抜く容赦無いものも多いことを考えれば、随分と良心的なものと言えるだろう。あくまで、単純な確率だけの話なんだけど。
「合計値当てや、ゾロ目当てってのもあるんだが、とりあえずは無視してけ。分かってるみてぇだが、丁半博打と同じく、胴側に賽振りが居て、基本、好きな数を出せる。最終的には、その腹を読み合う争いになると思いな」
「了解」
 好きな目を出せるなら、ゾロ目ばかりを出して大小を外しても良い気がする。だけど、そういう露骨なことをすれば客は逃げるし、ゾロ目を当てられれば損失も大きい。結局、適度に散らして、それなりに勝たせつつ、その上で、トータルで見たら賭場が潤う収支に持ち込むという神業が要求される訳だ。
「そんな技術と胆力があるなら、色々な世界で成功しそうだけどね」
 ま、多分、好きでやってるんだろうから、良いんだけどさ。
「で、と」
 テーブルに置かれたプレートを見遣って、最低と最高の掛け金を確認しておく。
 最低が三ゴールドで、最高が千ゴールドか。三ゴールドなら安宿に一泊するくらいの額だけど、千ゴールドと言えば、鍛冶にそれなりの剣を鍛えて貰える程にもなる。賽の目一つにそれだけのお金を注ぎ込めるのって、凄いのか、何なのか。
 そうだな。とりあえず、三十ゴールド負けたら、潮ってことにしよう。僕の性格からして無いとは思うけど、熱くなって身包み剥がされたら、バカの一言だもんね。
「あぁら、坊や、こういうところは初めて?」
 僕が座った席に居たディーラーは、金髪のお姉さんだった。露出の多いレオタードに網タイツ、それに兎の耳を模したヘアバンドと、典型的なバニー姿だ。
 あ、僕、年上の女性には弱いけど、こういうのは範囲外だから、特に問題は無いよ。
「やり方は、ちゃんと知ってるのぉ?」
「基本的なところはね。細かいところは、お姉さんに教えて貰うよ」
「あら、随分と大胆なこと言うのね」
「ん?」
 あれ、クレインが何か、意地の悪い笑みを見せてるけど、僕、何か変なこと言った?
「それじゃ、入るわよ?」
 言ってお姉さんは、陶器製の器に三つの賽を放り入れ、カラカラカラと音を鳴らして、台の上に叩き置いた。今の動作で、狙った目が出せるとは思えないけれど、この道で食べている以上、それくらいはやってのけると仮定しよう。
 となると、この場合、ディーラーが何を考えるかと言うと――。
「小に五ゴールド」
「大に七ゴールド」
「儂は小に十ゴールドと、ピンゾロに三ゴールドじゃわい」
 僕が思案している間にも、他のお客さんが次々と張りを決めていく。
「坊やは、最初は見かしらぁ?」
「ねぇ、お姉さん」
「うん?」
「ゾロ目にも、賭けられるんだよね?」
「ええ、ただ、三つの目が揃うゾロを言い当てたら三十倍、その数まで指定したら百八十倍よぉ」
「じゃあ、ゾロ目に十ゴールドで」
「本当にそれだけで良いのぉ? 大小はぁ?」
「構わないよ。ちょっと、勘に頼ってみたい気分だから」
 もちろん、勘だけでこんな分の悪いことを言い出したりはしない。ゾロ目が出る確率は三十六分の一に対して、戻しは三十倍だ。数指定した場合も、二百十六分の一に対して百八十倍だから、長く続ければ負けるだろう。それを分かった上で、何でそんなところに賭けたかと言うと――。
「これで、締め切るわねぇ」
 流石は鉄面皮が売りのお仕事だけに、お姉さんは一切、表情を変えない。
 だけど、その最終目標は、分かりきっている。初心者の僕に博打の味を憶えさせて、お金をこの賭場に落とさせることだ。その為に一体、どうするか。定石としては最初にそこそこ勝たせて気分を良くさせ、その後に回収するだけど、僕の様な小賢しそうな人間には、それだけじゃ弱いと読むだろう。その上で、序盤の勝ちを浮き彫らせるにはどうすればいいか。答は幾つかあるだろうけど、一つの方法は、『最初の一回は負けて貰う』だ。それも、印象に残る方法で、だ。様子見で少額を張ってくるであろう大小、どちらも外せるゾロ目は、その条件にピタリと当て嵌まる。
「二ゾロの、六よぉ。坊やの一人勝ちねぇ」
「ありがと」
 幸いにして、早々に二百九十ゴールドもの勝利を収めた僕だけど、正直、的中するとは思っていなかった。唯、お姉さんに思考を読まれ、それを操作される様な事態に陥ることを避けたかった。
 言い換えるなら、『こいつが何をしでかすか分からない』という意識を、植え込んだと言っても良い。
「ほぉ、あの姉ちゃん、初めての相手にゃ、ゾロ目を出すのか」
「……」
 初心者の僕が言うのもなんだけど、クレインは致命的にギャンブルに向いてない気がするんだ。
「次、イクわよぉ」
 たったの一度、穴を当てられただけで眉根を動かす様な人では無いだろう。ここは、牽制が功を奏したと自惚れて良い。だけどそれが過信にならない様に自重しつつ、僕は次の目を紡ぎ出す為、頭脳を動かし始めた。

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