邂逅輪廻



「このままじゃいけないと思うんだ」
 件の眠りの町騒動から、一週間程が経過したある日のこと。僕達は、ロマリアに帰還していた。
 休養と情報収集を兼ねた滞在が続いた数日目、僕は悠然と言葉を吐いた。
「あ、あたしのお腹回りは標準だよ?」
 この子は、一体、何を言っているんだろうなぁ。
「まあ、帰ってきてから甘いものばっかり食べてるシスはさて置いて」
「スルーはスルーで傷付くから!」
 本当、一体、どう扱えば気が済むのさ。
「ノアニールで思ったんだ。僕はまだまだ、勇者としての資質が足りない、って」
「資質、ですの?」
「うん、資質」
 大事なことだから、強調しておいたよ。
「父さんは、各地で武勇を誇って名を残した。兄さんも、形はともかく、自分で考えて、結果を残せる行動を取っている。僕は、僕の意志でちゃんと何かを残せるんだろうか」
「うーん、良く分からないんだけどさ。要するに、有名になってウハウハしたいってこと?」
 シスの発想は、どうしてそう、俗世に塗れてるのかなぁ。
「いや、でも、それに近いものがちょっとはあるかもね。名前を残すこと自体は割とどうでも良いけど、結果としてそれだけの能力が無ければ、成すべきことも成せないじゃない」
「一つ良い?」
「今度はどしたの」
「つまり、問題を解決する力とか技術みたいな、そういうのが不足してるかもっていう話だよね」
「そうなるね」
 シスにしては、随分と冷静な分析だなぁ。
「あたし、その意識って、アリアハンを出た時には持ってたと思ってたんだけど」
「……」
 あ、ちょっと勇者として以前に、人間として挫けそうな気分になってきた。
「そういう話なら、良い場所があるぞい」
 話に割って入ってきたのは、アクアさんのお爺さんだった。
「何か、僧侶の修行場みたいなのがあるんですか?」
 良い機会だし、そういう場所に弟子入りするのも、悪く無いかも知れない。
「甘い甘い。あんな閉鎖的で独善的な教義を一方的に教え込むだけの集団では、所詮、世の理を把握することなぞ出来んわい」
「ですわね。人は、人と触れてこそ成長できるのですわ。山篭もりなどの俗世から離れる行為は、意味が無いと思いますの」
 いつものことながら、聖職者の風情の欠片も無い人達だなぁ。
「儂がオススメするのは、無限大に業が渦巻き、心と心が生でぶつかり合う、まさしく、人としての成長が見込める町じゃ」
「そ、そんな所があるんですか?」
 し、知らなかった。そんな都合の良い場所が、こんな近くに――。
「一応、聞いておきますが、船が無きゃ行けないなんてことは無いですよね?」
 ヌカ喜びは嫌だから、ここは念を押しておこうっと。
「ふっ、心配するでない。山と川を越えねばならんが、今も行商人や冒険者が多少は行き交っておるわい。旅慣れた主達なら、問題無く辿り着けるじゃろう」
「そ、そうですか」
 何だか、嫌な笑みを見せた気もするけど、気分が高揚した僕には関係が無かった。
「それで、その町の名前は?」
「不夜城、アッサラームじゃ」
「ふ、不夜城!?」
 あれ? ついこないだ、眠りの町に行かなかった? 何、この極端な二つの町。
「ちょっと待って、アッサラームって、何処かで聞いたような」
 えーと、たしかあれって――。
「そうそう。僕達と旅をする前、アクアさんが盗賊退治したとか何とか」
 たしか、爺ちゃん相手に武勇伝を語ってたよね。
「良く憶えておられますわね」
「うん、記憶力にはちょっと自信があるから」
 たまには、勇者として有利な得意分野が欲しいなぁ。
「あの一件は大変でしたわ。昨今の治安悪化や社会不安から皆さん、命を捨てて襲って来ましたの。わたくしはそんな彼らを千切っては投げ、千切っては投げの大乱闘で――」
 これって、突っ込んだら負けだよね? 僕の解釈、間違ってないよね? 
「ふぅん、アッサラームか」
 兄さんの手紙には書いてなかった町だけど、何か惹かれる感じがあるよね。結局、船を買える程のお金は稼げてないし、修行も兼ねて行ってみようかな。
「だけど、地図見ると、ポルトガとは真逆だよね」
「……」
 だ、大丈夫。世界を見て回る一環だと思えば、そんな些細なことは、大した問題じゃないって、多分。
「おうおう。これでアレク殿も、一人前の男になるじゃろうて」
「?」
 何故だか、言葉に含みを感じた。だけど何処か浮かれた気分になっていた僕にその違和を重大なものとして感知することは出来ず――結果として、あんな事態へと発展したのは不覚の一言なんだと思う。


「へい、いらはい、いらはい。鉄の兜が安いよ〜。今ならお値打ち価格、たったの三万二千ゴールドだ」
「神は、既に現世に降りられています。皆はその御心に沿えば、魔王バラモスなどは恐れることはありません」
「何て、言うかさ」
 アッサラームの町に入って開口一番、僕は素直な感想を漏らした。
「物凄く、俗っぽい町だよね?」
「このけたたましさが、好みの分かれる町として有名ですの」
 何だか、アクアさんが見逃しちゃいけない宗教的な輩も居たんだけど、放っておいて良いの?
「それで、とりあえずどうしようか。何は無くても宿の手配かな?」
 まだ日は高いけど、野宿続きの僕達にとっては、優先すべきところだ。
「今日は、一部屋で良いですわね」
「……」
 は?
「な、な、何を言ってるんですか、アクアさん?」
 通常、僕達が泊まる宿は、僕の一人部屋と、女性陣の二人部屋の二つだ。それが今回に限り一つって、え、何、どういうことなのさ。
「不夜城、アッサラームですもの。一通り町を覗いたら暗くなるまで仮眠を取って、夜の顔を見るのが基本になるので、キチンと宿をとる必要性があまり無いのですわ」
「あ、あー、そういうこと」
 も、もちろん、ちゃんと説明されなくても分かってたよ。
「ん〜。アレクさんは一体、何をどの様に考えましたの?」
「え、え〜と、そのことについては、ここで話は終わりってことで」
 も、もちろん、アクアさんに解説されるまでもなく分かってたよ。本当だよ。
「う〜〜!! るぅぅらぁ」
 そして、最近、シスの唸り声が堂に入ってきた気がするんだけど、僕の気に掛けない技術も上がってきたよ。
「あぁん?」
 不意に、声が聞こえた。
「て、てめぇら!」
 声の先に居たのは、シャンパーニの塔で会ったクレインだった。その風体は相変わらず素浪人にも似たみすぼらしさで、正直な所、この賑やかな町では浮いているとも言えた。
「あー、あん時の極悪魔術師!」
 シス。天下の往来で、そう人を指差すのって、余り礼儀正しいことじゃないんだよ。
「こそ泥だけにゃ、言われたくねぇな」
「あたしは義賊。まだ理解してないって言うなら、復唱して貰わないと困るかな」
「誰がするか!」
 いやぁ。この二人は本当に仲が良いなぁ。棒読みになんて、なってないよ?
「あら、ツンデレ枢機卿さんがおりますの」
 謎の言葉も、嫌な出世を遂げてるし。
「なぁ、坊主」
「うん?」
「このアマ、本当に宗教家なのか?」
 そのことについては、僕も全然、自信が無いから、返事は保留の方向で。
「ところで、真性引き籠もりさんであるあなたが、どうしてこんな派手な町におられますの?」
「誰が引き籠もりだ、誰が!」
 いやぁ、この二人も、仲が良いよねぇ。
「只の買い出しだ。魔法の研究ってのは、色々と物入りだからな。この町にゃ、世話になってる店があんだよ」
「……」
「んだぁ? 呆けたツラしやがって」
「あんたに、専門店に一人で入る社交性なんてあったんだ」
「坊主、止めるな。このガキアマ、一発殴って教育しちゃる」
 うわー、気持ちは分かるけどちょっと待った。クレインが本気出したら、洒落にならないって。
「そ、それにしても、その手の専門店なんてちょっと興味があるかなぁ」
 は、話を普通の方向に持ってかないと。
「男の方が専門の店だなんて表現をされますと、ちょっと怪しげな感じさえしますわよね」
 だ〜か〜ら〜。少しはこっちの苦労も察してよ!
「やべぇ……頭痛ぇ……」
 大丈夫。苦い薬と一緒で、回を重ねれば慣れてくものなんだよ。
「おい、坊主」
「な、なんでしょうか」
「ちょっと店、付き合えや」
「へ?」
 そ、そりゃ、本音を言えば行ってみたい気持ちがあるけどさ。
「坊主も、このアマ共が居ない時間ってのが必要だろ。つうか、俺がこいつらから離れてぇ」
 あ、不本意ながら、ちょびっとだけ同意かな。
「それでは、わたくし達は宿を取ってから町を見て回りますので、二刻のちに、この広場に集合ということで宜しいですか?」
「あ、あー、じゃあ、それでお願いします」
 かくして、僕は旅に出て以来、初めてと言っていい、女性陣との別行動を経験することになった。


「ソワソワ」
「……」
「ワソワソ」
「だー! 何、そこかしこを動き回ってやがんだ。少し落ち着きやがれ!」
「う、うん。何ていうか、こういうところ来るの初めてでさ」
 アリアハンにもこの類の店はあったけど、足を踏み入れたことは無かった。年月を感じさせる魔術書に、怪しげな薬品と、一般人の感覚だと少し敷居が高い。
「何も遠慮するこたぁねぇよ。こういう店を開く奴は大抵、正規の魔術研究所なんかに仕官出来なかった、言わば落ち零れだ。半分、趣味でやってるみたいなもんだから、構って貰えるだけで喜ぶような連中ばかりだぜ」
「随分な言い様だね、クレイン」
 店内に、しゃがれた老女の声が響いた。
「各地で戦いが絶えない御時世、望めばどの国にも宮廷魔術師として高禄で召抱えられるであろうあんたが言うと、必要以上に嫌味なもんなんだがね」
 この店の店主であり、クレインの馴染みだというお婆ちゃんが、皮肉めいた口調でそう言った。
「けっ。誰があんな権力と派閥だけを争ってゴタゴタしてる場所でなんざ働くかよ。俺ぁ、バラモスを倒したら商売を始めるって決めてんのは、婆さんも知ってるだろ」
 クレインが、商売? うーん。今日で会うのは二度目の僕が言うのはアレだけど、致命的に接客業は向いてないような……。
 い、いや、腹黒い計算とか、悪どい商談なんかは得意そうだし、そんな一面だけで決め付けるのもまずいよね。
「相変わらず、視野と器が小さいねぇ。そういうゴタゴタを全部飲み込んで大きくなってこそ、男の本懐って奴じゃないのかい?」
 クレインで器が小さいなら、僕なんか微生物みたいなものだと思うんだけどなぁ。
「んなこたぁ、どうでも良いんだよ。婆さん、例のブツ、入ってきたんだってな」
「ヒョヒョヒョ。せっかちな奴だねぇ。仮にもレディに相対してるんじゃ。少しは丁寧に扱わんと、いつまで経っても嫁がこんぞい」
「十年前から見た目が変わってない妖怪ババァを女扱いする気はねぇ!」
 うん、とりあえず、クレインが当分の間、女性に縁が無さそうなのは僕でも分かるところだね。
「成程、それでこんな坊やに走った訳かい。道理ってもんだねぇ」
「相変わらず、下品なババァだ」
 え、今のって、どういう意味?
「それで、例のブツだったねぇ」
 言ってお婆さんは、布切れに包まれた球状の物を机の下から取り出した。幾重にも梱包されたその中から姿を現したのは、握り拳にも満たない真紅色の宝珠だ。暗がりでも分かるほのかな光が、心持ちを少しだけ高揚させてくれる。
「これって……」
 あ、一応言っておくけど、宝珠と言っても僕が持ってる紫色の奴から見ると二回りは小さいから、関係無いと思うよ。
「魔力増幅用の杖を作ろうと思ってな。柄はどうとでも自作出来るが、基軸になる宝玉だけはどうにもならねぇからな。ぼったくりと分かってても、こういう店で買うしかねぇんだ」
「クェッヘッヘ。何なら、一晩付き合えば割り引いてやってもいいよ」
「首に手を掛けねぇ自信がねぇから、遠慮しておいてやるよ」
 な、何だか、言葉の裏に、ドス黒い駆け引きがある感じだなぁ。
「っていうか、魔力増幅用?」
 あれ? クレインが使ってたのって、直接戦闘用の理力の杖じゃ?
「あぁ、少し、旅に出ようと思ってな」
「た、旅?」
「そろそろ、あんな塔に籠もるのにも飽きてきたってことだ。理力の杖は護身用に使う分には良いが、火力が必要なことの方が多いだろうしな」
 あれだけの魔法が使えて、まだ強化する気なの。そりゃ、バラモスには通じなかったって言ってたから、当然のことなのかも知れないけどさ。
「坊や、あんたも何か見繕ってくかい? クレインにくれてやった程のもんは無いけど、坊や程度なら充分だろ」
 うわー。何か凄い見くびられてるけど、実際、大したものじゃないから反論も出来ないや。
「それと腰に帯びてる剣だけどね。魔法使いに金属は、集中力を削ぐ要因になるから厳禁だよ。坊やにとっては、護身のつもりなんだろうけど、やるならクレインみたいに、理力の杖の類にしておきな」
 そして僕って、純粋な魔法使いだと思われてるのね。勇者って、勇者って何なんだろう。
「婆さん、勘違いするなよ。こいつはこれでも、勇者様なんだそうだ」
「ほぉ、世の中、物騒だと思っとったが、こんな子まで担ぎ上げなけりゃならん程に人材が乏しいのかい」
「まあ、昔から勇者の子は勇者ってのが慣わしだからな。本人にどれだけ才が乏しかろうと、家と神輿次第でそうなるってもんさ」
 わーい。人が気にしてることを、ズケズケと言う人達だなぁ。
「それにしても旅って……ようやく、僕達と一緒に行ってくれる気になったの?」
「どーしてそういう結論になりやがる!」
 アクアさんの影響か、僕も随分、図々しくなったと思うよ。
「原点回帰って奴さ。俺ぁ、元々、旅から旅の傭兵団育ちだからな。何だかんだ言って、ガキの時分に世界を見て回ったのが糧になってると思った訳だ。武者修行と、世界に散らばる魔法の秘術を探すのを兼ねてると思えば、良いついでだろうよ」
「つまり、僕達と一緒に旅をするんだよね?」
「お前……見た目の割にしつこい性格してやがんな」
 うん、諦めが悪いのは、我が家の伝統流儀みたいなものだから。
「!」
 不意に、クレインは何かを閃いた様な顔をした。
「そうさなぁ。俺に勝てたら、考えてやらんでもないぜ」
 ず、随分と悪党顔してるけど、ちょっと待って。僕がクレインに勝つ?
「無茶言わないでよ。魔法の力はもちろん、腕力だって勝負になる訳無いじゃない」
 正直なところ、ちょっと情けないこと言ってるって、自覚くらいはあるんだよ。
「ちょっと待て。誰が、戦闘能力で競うって言った?」
「違うの?」
「あのなぁ……若虎と小鳥が争うってのは競争じゃねぇ。捕食か虐殺って言うんだぜ」
 物凄い喩えられ方したけど、そんなに間違ってないのが悔しいところだったりする。
「じゃあ、何をするのさ?」
「忘れたのか。ここは、眠らない町、アッサラームだぜ」
 この後、僕の知られざる才能が開花することになるんだけど、正直、しばらくの間、眠ってて欲しかったなぁ……。

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