「という訳で、隠れ里にやって来た訳だけど」 何となく、解説する感じで喋ってみたよ。 「どうやって女王様に会えば良いの?」 考えるまでもなく、僕達は一度ここにやってきて、警戒されてる訳で。お爺さんに至っては、もう十年来の付き合いと言えなくもない。簡単に面会できる状況とは思えなかった。 「ここは、我が家に代々伝わる秘法を使う時が来たようですわ」 「な、何か特別な魔法でも使うって言うの?」 そこはかとなく、嫌な予感がしてたのは、敢えて口にするまでも無いよね。 「この様に、木の実を幾つも並べておけば、フラフラと誘き出されるに違いありませんの」 「猫や鳥じゃないんだから」 とりあえず、聞き流しておくことにしようっと。 「んぐんぐ。お、これ、結構、イケるね」 「って、シスも食べないの!」 ああ、もう。お爺さんも呆れ顔で見てるじゃない。全く、恥ずかしいなぁ。 「あ、あの〜、皆さん」 不意に、声を掛けられた。 「えっと」 そこに居たのは、少し友好的だったエルフの少女だった。 「今日は、男の子の格好なのね」 「……」 折角、忘れ掛けてたのに掘り起こさないで欲しいなぁ。 「済まんがの、嬢ちゃん」 「は、はい?」 とここで、お爺さんが女の子に声を掛けた。 「女王に取り次いで貰えんかの」 「え、でも……」 彼女の躊躇いは尤もだ。ここでコソコソと会っているだけでも咎めかねられないのに、面と向かって報告なんてしたら、どうなるか分からない。 「ノアニールの小僧が来たと言ってくれれば問題ないわい」 「え、え〜、じゃあ、それで何とか」 強引に押し切る格好で、少女を送り出してしまった。 「お爺さん、今のって、どういう意味――」 「過去とは、何処まで行っても切り離せん自分の一部なのかも知れんのぉ」 し、質問に全く答えて貰えてない。何だか、置いてきぼりの空気を感じつつも、お爺さんの大真面目な顔に、僕はまたしても黙り込んでしまったんだ。 「又、あなた達ですか」 エルフの少女達を引き連れてやってきた女王様は、相も変らぬ冷え切った瞳で僕達を見詰めてくる。 う、ちょっと癖になりそうで怖いよ。 「御馳走になりそこねたお茶を頂きにあがりましたの」 うん、アクアさん。ここまで来ると、もう、芸風って言って良いよね。 「久し振りじゃのぉ、『お姉ちゃん』」 不意に、お爺さんが女王様に声を掛けた。 「……」 それを受けて、女王様は両目を瞑り、数拍の間、黙りこくった。 「懐かしい響きですね。よもやその言葉を又、聞くことになるとは思いませんでした」 えーと……これでもかってくらい、状況が見えてこないんだけど、どうすればいいかな。 「話をした時、少し触れたじゃろう。儂が幼い頃、一緒に遊んだエルフの少女がおったと」 そこまで言われて、ハッと気付いた。 「そうじゃ。少女は大人となり、今は女王となってこの隠れ里を治めておるんじゃよ。尤も、エルフは人より長命ゆえに、見た目は儂の方が老け込んでしまったがの」 な、何ていう因縁。えーと、ざっと四、五十年位前の話? 僕の人生が十五年だってことを考えると、本当にクラクラしてくる。 「スライムの子はスライムと申しますけれど、これはもう宿縁と言って良いのやも知れませんわね」 アクアさんが、コソコソと耳打ちしてくる。うん、さしものこの人でも、面と向かって口にする度胸は無かったみたい。 「そんなことは、どうでもいいのです」 凛とした、声が響いた。 「あなた達には、ここに来ないようにと告げたはずですが?」 有無を言わせない強い言葉に、気後れしてしまう僕が居た。 「変わったのぉ、お姉ちゃん。あの頃は、もう少し柔らかかったと記憶しておるがの」 「……」 再び、間を取るように両目を閉ざした。 「立場が変わったというだけの話です。無邪気に生きていた子供の頃と、里を統べる今では態度が変わる。只、それだけです」 「人とは、いや、お姉ちゃんはエルフじゃが、長く生きようと、そうは変わらんものじゃ」 「あなたに、何が分かると言うのです」 「儂に分からんと言うのであれば、それはお姉ちゃんの心に問題があるのじゃろうて」 うわーい、僕達、ちょっと置いてきぼりになってきたよ。 「アレク殿」 「は、はい」 いきなり言葉を振られて、ちょっと驚いてしまう。 「件の宝石を頼む」 「こ、これですね」 主導権が無い状態だけど、アクアさんとシスのことを考えてみれば、普段の僕と大差無いかもね。 「それは……!」 明らかに、女王様の目の色が変わった。 「破廉恥な! 墓を、暴いたというのですか!」 「そ、それは――」 反論のしようが無かった。シスが暴走したとも言えるけど、結果として黙認した以上、責を問われても仕方がない。 「それは儂が頼んだことじゃ。彼らを責めるのは筋違いじゃて」 「え……」 お爺さんは、嘘で以って、女王様の意識を僕達から逸らした。 「何ゆえ、その様な真似を?」 物言いこそ静かだったが、言外に、恐ろしいまでの怒気を感じた。 「儂も、全てを知る時期だと諦めただけじゃ。教えて貰おうか。十年前、オルテガ殿が訪れた時、そして四年前、アレル殿がやってきた時、何があったのかを、の」 「……」 ん? 「少し、待って欲しいんですが」 「何じゃ」 「兄さん――勇者アレルも、この里に?」 「言わんかったかの」 うん、これ程の重要情報なのに、僕は全く聞いていませんよ。 「それがどうかしたのですか」 冷ややかな声に、変化は無かった。 「あの方は、世界を歴訪されていると聞き及んでいます。ここも、その一つであっただけのことでしょう」 しれっとした口調が、逆に違和を感じさせてくれる。 「その論理展開は無理があるの。アレル殿は、困っている人が居る地に率先して足を運んだと聞いておる。ここでも、誰かが助けを求めていたのであると考えるのが妥当であろう」 「それはノアニールの方々、でしょう。当人達は気付いてすらいませんが、傍から見ればあれ以上に哀れみを誘う姿も無いでしょうから」 「じゃったら、その時に彼らは目覚めておるじゃろう。何しろ、天下に名立たる勇者様じゃからの」 「勇者は、神の使いとさえ称される程ですが、神そのものではありません。全ての問題を余すことなく解決出来るとは限らないでしょう」 み、耳が痛い。僕も一応、勇者としてしばらく旅をしてるけど、解決率という観点だと、微妙な感じだ。 で、でも僕と違って兄さんは、何があってもやり遂げる男だよ、本当。 「平たく言おうかの、お姉ちゃん」 不意に、お爺さんは目を細めた。 「儂は四年前、アレル殿がこの地に訪れた時、その宝石を見付けたと考えておる」 「!?」 言葉の意味を理解するのに、時間を要した。 「察するに、それはエルフに伝わる秘宝の類なんじゃろう。息子と娘さんは、そいつを奪って駆け落ちし、南の洞窟で発見された、と」 「ちょ、ちょっと待って下さい」 情報量はともかくとして、気持ちの方がついていかなかったので、間を取る為に声を掛けた。 「何で、そんなことが分かるんです?」 「そりゃ、分かるわい」 いえ、僕の方がさっぱり分からないからこうして問い掛けてる訳ですけど。 「私も昔、似た様なことを言ったからでしょう」 さらりと、衝撃的な発言を聞いた気がした。 「子供の頃の、他愛無い約束です。『私が将来、女王になったら一緒になろう。その証である宝石に約束だよ』、とね。幼い時分には、誰もが通る道でしょう?」 う、小さい頃、トウカ姉さんと結婚すると、ちょっとだけ思ってた僕には否定しきれない話だ。 「たしかに、娘が『夢見るルビー』を持っていったことは事実です」 あ、この宝石、そんな名前だったんだ。 「そして、勇者アレルが見付けたことも、推察の通りと言って差し支えないでしょう」 兄さんのテキパキとした仕事っぷりは、教科書に載せるべきだと思うんだ。 「ですが、それが一体、どうしたというのですか。事情が込みあっているというだけで、良くある駆け落ち話でしょう」 そう言われてしまうと、返す言葉が無かった。 「いや、『夢見るルビー』が絡んでおる時点で、話は少し変わってきおる」 お爺さんが、口を挟んできた。 「『夢見るルビー』は、御主だけではなく、娘さん、ひいてはエルフ族そのものの宝と言っていいじゃろう。それを持ち去るということは、尊厳を奪う行為と言っても良い」 「それは、わたくし達の僧衣に似たものですの?」 え、僧侶のアイデンティティって、その服だったの? 信仰心とかじゃないの? 「……」 お爺さんは、一瞬、アクアさんを見詰めた。 「何はともあれ――」 あ、面倒だから、聞かなかったことにしたみたい。 「癇癪持ちのお姉ちゃんは、はらわたが煮えくりかえってしょうがなかったじゃろ」 「わ、若い頃は、誰もがそういうものです」 うーん。偉くなった後、過去の、特に子供時代のことを知ってる人に会うのって、結構、大変なことの気がするなぁ。 「怒りの力が暴走し、ノアニールの人々が眠りに就いたのも、想像に難くない」 「――!」 ようやく、話が繋がって見えた。 「エルフ族の不思議な力は、皆も知っての通りじゃ。特に女王の血族はその傾向が強い。感情で発動した力を制御できんかったとしても、それは仕方の無いことと言えるじゃろう」 「あなたに、何が――分かると言うの!」 鉄仮面にも似た冷たい表情が、音も無く崩れた。 「止め切れなかった力が思い出の町を包み込んでしまったというのに、何も出来なかった私の気持ちなんて!」 怒りで唇を震えさせ、ギリギリと歯が擦れる音がした。その形相から今までの威厳は感じられず、逆鱗に触れるとは、こういうことを言うのだと感じさせられた。 「やはり、お姉ちゃんじゃったのか」 「薄々、気付いてはいたんでしょう」 「ああ、お姉ちゃんと遊ぶ時は、いつも急に眠くなって別れとったからの」 う、又、段々と置いてけぼりを食らってる気分になってきた。 「あれは、ラリホーとは違う、私だけが持つ眠りの力……だから、ザメハや叩いたくらいで目を覚ますことはないわ。尤も、普通に使うだけなら、半刻もあれば意識が覚醒するけどね」 女王様は、気分を落ち着ける為にか、踵を返して深く息を吸い込んだ。 「だから、そういうことよ。十年前、私はあの男が娘と『夢見るルビー』を奪い去ったと思った。それがあなたの息子だと知り、激昂した私は力を制御することが出来なくなった。四年前、アレルさんが『夢見るルビー』と娘の遺書を持ち帰った。そこで私は二人が駆け落ちした後に命を絶ったと知って、洞窟の奥に墓を作った。そういう話よ」 こちらに向き直り、元の冷え切った視線をこちらに向けてくる。だけど、その双眸は心なし潤んでいるようにも見え、別の意味で心が射抜かれる気分になった。 「だけど、私も意識せずに使った力……後悔したところで、元に戻す手段がある訳じゃない。世の中、そんな都合の良い魔法や道具がある訳じゃないのよ」 「え、それじゃ、結局、ノアニールの人達を戻す手段は分からないってこと!?」 そ、そうだよなぁ。四年前、『夢見るルビー』を兄さんが見つけた時点で、一方的に息子さんが悪いとは言い切れなくなった訳で。ノアニールの人達に贖罪する気持ちがあったなら、その時点で解放していたはずだ。 ああ、もう。こんだけ苦労して、結局、無駄足だったなんて。 「引き下がりましたの?」 ん? 「アレル様は、それでノアニールの方々を放置して引き下がりましたの?」 「あ……」 そ、そうだよ。暴走熱血バカの兄さんが、それですんなり立ち去るとも思えない。 「嘘をつきましたから」 「嘘?」 「ええ。解呪の儀式には準備諸々を含めて二月は掛かる、と。それだけの時を無為に過ごす訳にはいかないと、二人はそれで立ち去りました」 「要は、騙しましたのね」 「ええ。嘘も方便。出来もしない夢を追わせるより、彼らには、もっと大きな世界を見て貰わないと困りますから。この狭い世界に閉ざされるのは、私達だけで充分です」 物凄い、違和を感じた。 「兄さんが、その言葉で引き下がったの?」 「ええ、勇者と言えど人の子。出来ることと出来ないことの差はわきまえているということでしょう」 「冗談じゃない」 自然と、口が動いていた。 「兄さんの口癖は、『勇者ってのは、勇気ある人って言うけど、俺はそう思わない。勇者は、見も知らぬ他人に勇気を与えてこそ勇者って呼べるんだと思う。だから、一見、不可能なことにも臆せず挑戦して成功させないといけない』だ。そんな兄さんが、ちょっと困難なくらいの状況で諦める訳がない」 「身内を贔屓されるのは自由ですが、それが真実です。こんなところで偏った脚色を加えても、私達には何の益も無いでしょう?」 「う……」 たしかに、それも正しい理屈だ。ノアニールの人達を元に戻すつもりが無いのなら、素直にそう言えば良いだけで、兄さんを出汁にする必要はない。 「分かりましたか。今の私に、かの者たちを世界に戻す術はありません。そのことを理解し、この地より立ち去りなさい。贖罪は、我々が請け負います。あなた方は、あなた方の進むべき道をお行きなさい」 高慢にさえ思える物言いの裏側に、重さを感じた。彼女は、自分の犯した罪を、死という単純な罰で償おうとはしていない。生きて全てを見届けて、その上で成すべきことを模索している。そんな心持ちを、感じ入ることが出来た。 「くーくー……」 ところで、この状況で眠れるシスってどういう神経してるんだろう。状況を全く理解してないだけって感じもするけど。 「何にしても、だ」 逸れかけた思考を、強引に引き戻した。 「僕は兄さんを信じてる。僕の知ってる兄さんは、そんな判断をしたりしない」 吐き捨てる様に言葉を言い放った途端、何か、熱いものを感じた。 あ、あれ。何か痛いくらいなんだけど、これって――。 「――!」 反射的に、僕は手にしていた『夢見るルビー』を放り捨てた。あ、熱くなったの、この宝石なの? 地面がジュージュー言ってるから、間違いないと思うんだけど――。 「不可解な、魔力の波動を感じますわ」 「魔力?」 ほんのり淡い光さえ放っている宝石に、視線を向けた。 「何が起こっていると……言うのです」 「え、これって『夢見るルビー』本来の何かじゃないの?」 も、もしかして、口伝で継承していく内に忘れ去られた力とか……だとしたら、真相を知る術がないじゃない。 「もしかすると、この熱を使えば、美味しい目玉焼きが作れるかも知れませんの」 敢えて聞かなかったことにするって、大事なことだと思うんだ。 「!?」 「ですの?」 瞬間、光が弾け飛んだ。宝石から放たれた、赤い、帯状の虹は、そのまま日が昇る方向へと伸びていく。 「い、今の何?」 「わたくしに分かる訳がありませんわ」 ご尤もな意見だね。聞いておいてなんだけど、僕も全然、分からないもの。 「ですが、一つ言えることはありますの」 「うん?」 「あちらは、ノアニールの方角ですわ」 「……」 只今、思考が迷走中――。 「あー!?」 そ、その通りだよ。動揺して、そんなことも分からなくなってたよ。 「シス、起きて!」 「う……ん……くかー」 普段、寝起きだけは驚くくらい良いのに、何でこういう時だけ熟睡なのさ。 「良いから、目を開けて!」 「なーご?」 猫? 今の、猫の真似? 「ドラゴラムってさ。巨大な竜に変化するのは良いんだけど、着てた服がどうなるかってのが永遠の謎だよね」 「あれはね。裸の肉体そのものが変質するっていうより、魔法を使った術者自体の概念が竜化するっていうのが正しい表現になるのかな。だから、解けた後はちゃんと服を着た状態に戻るらしいよ――じゃなくってさ!」 何で、寝惚けた人の発言に、解説なんてしてるのさ、僕! 「ほら、行くよ!」 「うなー……」 何処か、この世でない別の場所を見ている感さえあるシスの手を取り、森を抜け出す為、駆け出した。それに続く形で、アクアさんやお爺さん、女王様も後についてくる。 一体、何が起きているのか。気持ちばかりが先行して、何が何だか分からない。それでも僕達は、ことの成り行きを見届ける為、絶えることなく足を動かし続けた。 Next |