「ん? シス、何してるの?」 そんな地面に這い蹲っちゃって。さっきの蛇ごっこの続き? 「んっと、この墓、何か埋まってる気がしてさ」 「……」 いやいや、この暗がりで、何でそんなこと分かるの? 魔法とかを越えた、超常的な力でも持ってる訳? 「掘り返して良い?」 「あのね、それは多分、お墓なんだよ」 形式的なものかも知れないけど、君には畏れを抱く心とか無い訳? 「別に、問題ないのではありませんの?」 ア、アクアさんまで。神職者がそんなこと言ったら、纏まるものも纏まらないじゃない。 「じゃ、多数決ってことで」 言って、道具袋から何やら金属器を取り出して、その場を掘り始める。な、何があっても知らないからね。 「あれ?」 「今度は、どうしたの?」 「今、何か、カツーンって、硬い物がぶつかった様な?」 ほ、骨とかじゃないよね。やだよ、そんなの。 「あたしの経験だと、宝石系の感触だね」 「分かるの? その金属器越しの感触で?」 職人芸と言って差し支えないこの技は、そろそろ真っ当な道で使うことを考えても良い気がする。 「あらよっと」 驚異的発掘技術で掘り起こしたその場所に、何か煌くものが埋まっていた。 ん? まさか、本当に宝石なの? 「ほほぅ、これは中々」 シスが取り出したそれは、大きさでいうと握り拳くらいだろうか。はっきりとは分からないけど、多分、紅く輝く宝石なんだと思う。本当に当たっちゃったよ……。 「ぐえっへっへ。これ、幾らくらいで売れるかなぁ」 うん、ここまで下品な笑い方をされると、むしろ清々しい気がするよ。 「はへ?」 「どしたの?」 「いあ、なんらかひらはいへど、ふちがらんらん、うおああう……」 ちょ、ちょっと、ふらついて、どうしちゃったのさ。 「はりゃ〜……」 その言葉を最後に、シスは全身を痙攣させ、その場に倒れ込んでしまう。 えー、と。これって、どうしたら良いのかな。 「身体が、麻痺しておられますわね」 シスの二の腕にそっと触れたアクアさんが、そう口にした。 「麻痺?」 話には聞いたことがあるけど、これがそうなんだ。 「魔物の中には、キラービーの様に麻痺毒を持ち、攻撃と共に痺れさせてくるものも居ますの。これは、それと良く似た症状だと思われますわ」 「うん、それは聞いたことがある」 「ちなみに、仲間全員が痺れてしまいますと、そのまま魔物達に好き放題襲われ、ほぼ確実に全滅するという恐ろしい状態でもありますわ」 そ、そういう脅しは、結構、心にくるなぁ。僕達、三人しか居ない小さなパーティだしさ。 「高位の魔物ともなりますと、焼け付く息といい、こちらの全員を対象とした麻痺攻撃を繰り出してくるものも居ると聞きますの。幸いにと申しますか、わたくしはまだ遭ったことはありませんわ」 「……」 何か、凄く怖い話を聞いた気がする。 「それって、もしかしなくても、運が悪ければ一瞬で全員が戦えなくなるってこと?」 「ですの」 や、やだなぁ。一人旅だった父さんとか、どうやって対処してたんだろう。兄さんだったら、『身体が言うことを聞かなくても、気合で動かせ』とか無茶言いそうだけどさ。 「えっと、それで治療するには、と」 記憶の片隅に埋もれた対処法を、掘り起こしてみる。 「満月草を煎じて飲ませれば良いんだっけ」 カザーブで、非常用の備えに買っておいた気がする。誰が持ってたっけ。 「って言うかさ」 一つの懸念が頭を掠めた。 「どう考えても、戦闘時に一々、満月草を取り出して、刻んで、煮出して、飲ませるなんて無理だよね?」 むしろ、気付いたのが今で良かったと思う。戦況が不利な時だったら、混乱しちゃう自信があるよ。 「たしか、刻んだものを飲ませるだけでも、それなりの効果があると記憶しておりますわ」 「動けない仲間の口に押し込むって、絵として随分凄いよね」 実際はそれどころじゃないんだろうけど、もうちょっと何とかならないかなぁ。 「そこで登場するのが、キアリクですわ」 「あ〜」 たしか僧侶系に属して、痺れを取り除くことが出来る専用の魔法だ。 「アクアさん、使えるの?」 「最近、憶えたばかりですの」 「……」 物凄く、嫌な予感がした。 「それって、つまり使ったことが無い、と」 「実はこの状況に、心がうずうずしている状態ですわ」 言い換えると人体実験ってことだよね。ま、まあ、いずれ訪れる戦闘時を想定した、予行演習って解釈にしておこうかな。 「ら、らんれも……りいらあ……ららう……」 足元でシスが、呻きに似た声をあげた。正直、何を言おうとしてるかさえ分からない。 「『何でも良いから早く』と仰られてるようですの」 そこまで分かってるなら、早く魔法を掛けてあげようよ。 『キアリク』 杖の先から放たれた淡い光が、シスの上腕部を包み込み、そこから肩を経て頭部、胸部、下腹部へと広がっていく。弛緩していた筋肉が回復しているのが見て取れ、呪文が成功したことを理解した。 「ふ、ふ〜。し、死ぬかと思ったよ」 「何にしても、お帰り」 これに懲りて、少しは不用意な行動を慎んでくれる様になったら良いなぁ。 「今度から、得体の知れないお宝は、誰かに取らせて、安全なのを確認してから手にしないと危ないね」 ダメだ、物凄い勢いで悪化の一途を辿ってるよ。 「何にしても、この宝石は危険ってことだね」 埋められていたのも、呪いというか、災い除けかも知れないし、ここは様子を見ようっと。 「失礼しますの」 そんな僕の心情なんかお構いなしに、ひょいっと宝石をつまみ上げるアクアさん。 キ、キアリクを使える唯一の人が、そういう軽率なことをするのはどうなのかな。 「だ、大丈夫?」 「何ともありませんわ」 アクアさんは、宝石を顔より上に持ち上げて、まじまじと見詰めていた。あれ、本当に何とも無さそうだ。これって、どういうことなんだろう。 「仮説……ってか思いつきなんだけど」 「うん?」 「もしかして、何か邪な気持ちになったら発動するとか、そういう話なんじゃないの」 「ほへ?」 だって、状況的に、シスとアクアさんの違いって言ったら、そんなことくらいしか思い付かないし。 「だったらアレク、ちょっとやましいこと考えてみてよ」 「わっ!?」 シスはアクアさんから掠め取った宝石を、ひょいっと僕に向けて放って来る。あ、危ないなぁ。何考えてるのさ。多分、余り考えてないんだろうけど。 「ところで、やましいことって、何を考えれば……」 いきなり言われても、どうもピンと来ない。 え〜と、小さかった頃、兄さんのお菓子を黙って食べたことがあります。 これは只の懺悔かな……。 「人は、誰もが罪深いものですわ。多少のことは、認めることで許されるものですわよ」 言って、ずずいっと詰め寄ってくるアクアさん。ち、近いって。あ、身体はくっついてないのに、甘い匂いで何だかちょっとクラクラと――。 「はひ……」 途端、指先がピリピリとしてくるのを感じた。 ほ、ほらぁ、らから、りっらろーりりゃりゃ……。 『キア――』 「むがぁ!?」 アクアさんが呪文を唱え終える前に、シスが僕の口に満月草を生のまま突っ込んできた。草なんて名前がついてるけど、その実態は丸っこい根菜で、玉葱やカブに似た形状だ。まともに喉を通る訳が無く、思いっきりむせ返してしまう。 「ゲ、ゲホッ、グホッ……こ、殺す気!?」 「ふーん、だ」 な、何だか、凄く理不尽な扱いを受けてる気がする。僕、何か間違ったことした? 「それはさておいて」 本当は横に置いておきたくないんだけど、話が進まないからしょうがない。 「どうやら、何か煩悩的なことを考えると身体が痺れてくるっていうのは確定的みたいだね」 具体的に、どんな煩悩を抱えていたかは触れない方向で。命が幾らあっても足りなくなる気がするから。 「これは、恐ろしい兵器ですわ」 あ、あれ、アクアさんが真面目な顔してるなんて、どういう事態なのさ。 「わたくしは、これを大量生産して、各国の首脳格にばら撒くことを進言致しますの」 恐ろしいことを言う人だ。そんなことしたら、魔物達の侵攻を待たなくても、根底から崩壊する国が幾つあることやら。ある意味、現実を無視して理想を追い求める聖職者っぽいとも言えるけどさ。 「絶対、はんたーい。そもそも、善悪なんて所詮はそーたいてきなもので、確信犯にだいひょーされる様に、物事のいーわるいは、簡単に判別出来るじょーきょーになくて――」 ここって、そういう難しい政治情勢を語るべき場だったっけ? 「それで、これ、どうしようか?」 やっぱり、墓暴きなんかで手にしたものだし、このまま持って帰るって訳にも――。 「女王様とお爺さんに見せて、反応を伺いたいところですわね」 ちょっと待った、聖職者さん。 「はい」 「ですの?」 言って僕は、宝石をアクアさんに手渡した。そういうワルなことを考える人は、一度この宝石にお仕置きされなさい。 「……」 別に、アクアさんが痺れて悶える姿が見たい訳じゃないからね? 「あれ?」 渡して一分程が経ったけど、変化らしいものは特に起こらなかった。 えーと、これって一体――。 「もしかして、だけどさ。『邪なことを思ったら』じゃなくて、『邪なことを考えてしまったと思ったら』発動するんじゃない?」 アクアさん、今の発言に何の罪悪感も覚えてなさそうだし。今更だけど、凄い大物だよね。 ってことはちょっと待って。偉い人に持たせても、余り意味が無いような……ま、まあ、それは又、別の話だよね。 「それよりも、シスが罪悪感持ってたことの方が驚きなんだけど」 「ほへ?」 人の心っていうのは、本当、何処までも奥深いって言うかさ。自分の心持ちさえ今一つ分かってない、僕が言うのも何なんだけどね。 「只今帰りました、お爺さん」 「おーおー。無事じゃったか」 洞窟を後にし、赤い宝石を持ち帰った僕達は、一先ずお爺さんの所にやってきた。 「一つ伺いたいんですが」 「ほむ」 「お爺さんは、あの洞窟には一度も行ったことが無いんですね?」 「前に言った通りじゃよ」 その物言いに、嘘をついている様子は感じられなかった。となるとやっぱり、あのお墓を作ったのは――。 「こんなものが、見付かりました」 「ほー」 言って僕は、宝石を切り株の上に差し出した。お爺さんはそれを手にとると、興味深げに見詰める。 「これは、エルフ達の細工がされておるのぉ」 「分かるんですか?」 「彫刻を見る限り恐らく、な。人間の誰かがエルフに弟子入りして作った可能性も否定できんが、いずれにしてもその流れを汲むものであることは間違いなかろうて」 言われてみれば、人間っぽくない流麗な艶やかさがあるような……流された訳じゃないよ? 「これを、何処で見付けなさった」 「それは――」 何の確証も無いことを告げるのに、一瞬、躊躇いが生じてしまう。 「墓碑と思われる場所に、埋まっていましたの」 もちろん、いつもの通り、そんな僕の心情をアクアさんは完全に無視してくれる訳で。 「墓碑、の」 「あ、いえ。と言っても、あくまでそれっぽいというだけで、骨があった訳でも、名前が刻まれてた訳でも無いんですよ」 何で僕が必死に弁明してるのか、誰か説明して欲しいなぁ。 「いいんじゃよ。その様なこともあると、覚悟しておったからの」 「そう、ですか……」 ア、アクアさん、空気が重くなった責任、ちゃんと取ってよ。 「わたくし達は、御二方は存命であると考えておりますの」 「ほぅ」 何でそう、根拠の無い言葉で振り回せるのかなぁ。あ、またお腹がシクシクと痛んできた。 「よいよい。いずれにしても、言葉では何も分からぬわい。生きておる姿か、亡骸をこの目で見るまでは、何とも言えんからの」 そこには、老人特有の冷めきった眼差しがあった。 「御主達、女王のところに行くのであろう?」 「あ、はい」 ことが進展する切っ掛けを掴みたい僕達にしてみれば、それは必然の選択と言えた。 「儂も、行っていいかのぉ」 「それは構いませんけど……」 だ、大丈夫なんですか。いや、十年もここに居るってことは、僕達以上にエルフに嫌われてるんじゃ……あくまで、僕の思い込みなんだけどさ。 「過去に、決着を付けねばならん時が来たということかも知れんの」 「え?」 小さく呟いたその言葉に、引っ掛かりを感じてしまう。 だけど、その余りに真剣な表情に戸惑いを感じ、僕は二の句を継いで問うことが出来なかった。 Next |