「昔っから疑問なんだけどさ」 「どしたの、シス」 「洞窟って、何で何処もこうジメジメしてて暗いのかな?」 この子は、今日も何だか飛ばしてるなぁ。 「たしかに、明るくて爽やかな、草原の様な洞窟が一つくらいあってもいいやも知れませんわね」 アクアさんも、乗っからないの! 「それにしても何て言うか」 この洞窟のモンスターは、そのイメージに反しない、陰湿な奴らが多い気がする。ルカナンを使うバリイドドッグに、甘い息で眠気を誘うマタンゴ、マヌーサで幻惑し、更には毒撃を放つ人食い蛾なんかその典型だ。 そんな中でも、一際、異彩を放っていたのが――。 「フシュァァ!」 氷魔法、ヒャドを使いこちらの動きを止め、その隙に血を吸おうと画策するバンパイアだった。吸血鬼が血を吸おうとするのは、蚊なんかと一緒で本能だろうから百歩譲って認めるとして――。 「又、わたくしですの?」 アクアさんしか狙って来ないのはどうなんだろう。そりゃ、吸血鬼が美人大好きってのは、世界の常識みたいなものだけどさ。 「う〜〜!」 横でシスが鬱憤を溜め込んでるし、僕は一体、どうしたら良いんだろう。 「強運に自信がありますわたくしにも、こういう日がありますのね」 無自覚なのか、或いは敢えてそう言っているのか。ここは、余り詮索しないでおこう。それが、精神安定の為に良い気がする。 「それにしても、さ」 「ですの?」 「娘が人間の男と駆け落ちしたからって、怒りに任せて町ごと眠らせるってどうなんだろう」 報復にしても、過激すぎると思うんだ。親にしてみれば、攫われたも同然なのかも知れないけどさ。 「難しいところですわね。ですが、一つだけ言えることはあると思われますの」 「うん?」 「女の嫉妬は、痛恨の一撃より怖いものですわよ」 アクアさんが言うと、背筋が冗談じゃないくらい凍り付くんだけど、どうしよう。 「話は変わるけど、この洞窟って、何か変だよね」 まあ、水が流れてるせいで、随分と湿っぽいのは普通の洞窟とあんま変わりは無いんだけどさ。 「あの、身体が癒される感じの方陣とか、何だったんだろう?」 道筋の中程に、石を積み上げることで構築された、不思議な一角が存在していた。その中心に立つと、疲れが取れるっていうか、力が戻ってくるっていうか。そんな、他では見たことのない奇々怪々な場所があったんだ。 「それに、魔物の多さの割に、水は随分と綺麗だし」 一般論として、凶暴な魔物が多い場所は、瘴気が濃いというか、どんよりとした空気が籠もっている。それに侵されるかの様に、水も澱むっていうのが普通なんだけど――。 「とにかく、ここは何かが変だ」 シスが言い出した、爽やかな洞窟とまではいかないけど、充分に違和感があった。 「まー、水の補給にことかかないってのは、便利だよね」 この子は、考え方が気楽で良いよなぁ。 「ここは一つ、発想を変えて見ると良いと思われますの」 「って言うと?」 「蛍の様に、綺麗な水だからこそ、魔物達が吸い寄せられる可能性も考えられますわ」 「……」 えーと、魔物達が集まると水が汚されるけど、逆に、綺麗な水に魔物達を引き寄せる力があると仮定すると、浄化能力がある水の場合、延々と魔物達を誘き寄せて……あれ? 「ですが、ものは考えようですわ」 「何が?」 「この機構を解明し、大々的に活用すれば、地域の魔物を一網打尽に出来るやも知れませんの」 アクアさんの発想力は、何処かの国家が囲い入れても良い水準に達してる気もする。有効に使いこなせるかどうかは、その国の器次第だけどね。 「ん、ちょっと待って」 っていうことは、アクアさんを生かせるかどうかは、今のところ、僕に掛かってるってことになるの? い、意外と責任重大な立ち位置だったんだなぁ。 「あ……」 歩き続けている内に、袋小路に突き当たってしまう。えーと、これでまだ通ってない道は――。 「ちょ、ちょい」 「どしたの、シス?」 「ここに、穴があるよ」 言われて気付いたんだけど、たしかに端の方に穴がある。松明をかざしてみると、随分と奥が深いし、風も通ってるみたいだから、何処かに繋がってるんだろう。だけど、それは大人の頭より幾らか広いくらいで、人が通れるとは思えない。 「あたしなら、多分、いけると思うよ」 「本当に?」 そりゃ、シスは小柄な部類だし、身体も柔らかいから、僕なんかよりはこういうのが得意だろうけどさ。 「途中で狭くなったりして抜けなくなったら大変だから、やめた方が――」 「へーき、へーき」 言って、ひょいっと自分の道具一式を僕に放ると、コキコキと肩を外してしまう。うわっ、噂には聞いたことあるけど、本当にこんなこと出来る人って居るんだ。 「まー、キツそうだったら戻ってくるから、そんな心配しないで」 その言葉を残して、頭から突っ込んでいってしまう。 うん、この光景、蛇みたいだなんて思ったのは内緒だよ。 「シス、大丈夫ー?」 「奥の方は広くなってるから、全然、よゆー。これなら、最初さえ無理すれば二人でも通れそうだよー」 生憎、僕達じゃ肩がつかえるから、絶対に不可能だと思うんだ。 「ところで、ですの」 「今度は何?」 「出口に魔物が居た場合、シスさんは素手で立ち向かわないといけませんわよね?」 「……」 あー!? その可能性をすっかり忘れてたー! 「シスー! すぐ戻ってきてー!」 「え〜。何かちょっと明るくなってきたし、一回出てから考えるよ〜」 「それじゃ遅いんだって。魔物が居たらどーすんのさ!?」 「ん〜」 いつもの様に、数拍の思考時間を経て――。 「まー、そん時に考えるってことで」 だ〜か〜ら〜! 何でそう、行き当たりばったりなのさ! 「うう……胃が痛くなってきた」 何か、魔物達と戦うことより、この二人を相手にしてる方が疲れる気がする。 「ホイミでは、病気は治せませんので、御留意下さいね」 この独特の間が一因だって、言い放ってしまいたい。 「ですが食あたりが原因でしたら、キアリーで緩和くらいは出来るやも知れませんわ」 こんなところで、回復魔法の効用を勉強することになるとは思わなかったなぁ。 「二人共〜、出れたよ〜」 そうこうしてる内に、シスはあちら側に出ていってしまったらしい。穴を介して、声が響いてくる。 「だ、大丈夫?」 魔物の問題もそうだけど、断崖になってるとか、人間が入れる空間が無いとかさ。 「うん、何て言うか随分と綺麗なところだよ」 「綺麗って……」 松明も無いのに、どうして見えるのさ。猫並の夜目が利くって言うの。 「ま、まあ良いや。とりあえず、紐に武器とか括りつけるね」 基本というか、非常用の備えとして、シスの足首には紐を結わえ付けておいてある。えーと、鞭は通りそうで、後は予備の松明と火打石と――。 「あ」 「ど、どしたの?」 「何か、変なボタン押しちゃった」 「……」 もーやだ、この展開。 「ん?」 カチャカチャガタリ――。 「今、何か歯車的なものが動いた様な……?」 に、逃げたい。逃げたいけど、シスを見捨てる訳にはいかないし――。 「ですの?」 不意に、前方の壁がゴゴゴという音を立てて動き始めた。幸いにして、その方向は下で、見る見るうちに埋まっていく。要は扉の一種と言って良いのかもしれない。 て、手前に来なくて良かったなぁ。下手すれば圧死トラップなんて笑えないものだったかも知れないし。 「やっほ〜」 新たに誕生した洞穴の奥で、シスが能天気に手を振っている。このお気楽さ、ちょっと羨ましくなってきた。 「うわっ……」 恐る恐る潜った穴の向こう側には雅やかな光景が広がっていた。それは大自然が生み出した一つの奇跡、地底湖だった。仄かに光る壁面は、発色能力を持った苔か何かの為だろうか。月夜程度の明るさが幻想的にその場を浮かび上がらせていて、心の奥がジンとした。 「ん〜。ここって、位置的に考えて、エルフの隠れ里の下くらいにあるんだよね?」 「うん?」 そりゃ、地底湖なんだから、上下関係は大体の場合そうなるよね。地理的には……どうなんだろう。おおまかな地図は書き記してきたけど、地上との相関性は今一つ分からない。 「上にあったら、穴掘って水浸しに出来たんだけどな〜」 その水計、一体、誰が得するのさ。 「って言うか」 この仕掛けは、一体、誰が作ったんだろう。こんな大掛かりなもの、一人や二人でどうにかなるとも思えないし、湖側からしか開けられないとすると、鍵となるのはこの穴の訳で。だけどこんなの、シスみたいな軟体動物ならともかく、普通に考えれば小さな子供か、メチャクチャ細身の人しか――。 「……細身?」 考えながら、一つの単語に引っ掛かりを感じた。 「もしかして、ここって、人間は無理でもエルフなら通れるんじゃない?」 「ですの?」 「何か、あたし、人間扱いされてなくない?」 頭が通れば全身通るなんて猫みたいな真似する人は、むしろ人間扱いされない方が褒めてると思うんだ。 「ということは、この絡繰は、エルフのどなたかがお作りになったと?」 「そう考えるべきなんじゃないかなぁ」 何としても、人間をここにやりたくなかった。だけど、完全に封鎖してしまうのは忍びない。だから、自分達だけが通れる穴を掘り、内側からしか作動しない扉を構築した、と。 「ここまでする理由は、分からないけどね」 この地底湖に、どんな秘密が隠されてるって言うんだろうか。 「ん? 何かあるよ」 シスが指し示した場所には、握り拳ほども無い小さな石が、幾つも積み上げられていた。これってもしかして……墓碑? 「どなたか、ここで亡くなられましたの?」 「どなたかって……誰?」 そもそも、この墓碑が作られた時期って、扉の仕掛けが作られた前? 後? それで随分と意味合いが変わってくると思うんだけど。 「ここに入ってこれるのがエルフであるという事実と、息子さん達がここに来たという二点から鑑みるに、駆け落ちした二人である可能性が濃厚と言わざるを得ないわね」 な、何かシスが論理的っぽいこと言ってる。この洞窟、崩れてきたりしないよね? 「二人が、ここで死んだ?」 それってつまり、入水自殺――ってか、心中したってこと? 「あたし、死んだなんて言ってないよ」 「ん?」 シスの発言は、どんな時も難解だ。 「あたしが言ったのは、そのお墓が二人のかも知れないってだけ」 「いやいやいや」 結局、死んだから墓が作られる訳で、殆ど同じ意味――。 「あ」 一つのことに気付いた。 「そゆこと〜。お墓ってのはあくまで、『その人が死んだと他人が思い込んだ時』に作られるものなの。死んだかどうかは、又、別の話ってこと」 ほ、本当にシスらしくないくらい、まともな構築をしてる。どうしちゃったのさ、今日は。 「昔、墓暴きを何回かやったことあってさ〜。開けられた形跡が無いのに中身空っぽのことも少なくなかったんだよね〜」 よ、良かった。こうでないと、やっぱりシスじゃないよね。 「それで、誰が死んだと思い込んだかってことなんだけど」 墓碑の対象が、駆け落ちした二人と仮定すると、やっぱり、エルフの誰かってことになるのかな。ノアニールの人は殆ど寝てるし、お爺さんはここに寄ったこと無いっていうから、消去法でそうなるよね。 「エルフ側の身内って言うと――」 あの、女王様だ。 「女王様は、二人が死んだと思っている?」 本当に死んでいるかはともかく、彼女にとってそれが信じ込むに値すれば、それは真実となる。 「ですが、そうすると、一つの疑問が生まれますわ」 「って言うと?」 「もし本当に女王様がそう思われているのであれば、それを信じるだけの理由が無くてはなりませんわ」 「そっか」 だけどそれは多分、死体が見付かったなんて直接的なものじゃないと思う。だとすれば、人の口に戸は立てられない。エルフの誰かが知るところとなり、お爺さんにも伝わっただろう。 女王様だけに分かる、暗号みたいなものがあったに違いない。 「推察だけで構築するのは、そろそろ厳しいかな」 ここまで考えてきたことは、あくまで推論というか、悪く言ってしまえば妄想だ。根拠がある訳じゃない。 Next |