「あ、あの〜、シスさん」 「おっと。仕上がりについての意見だったら、一切、聞かないからね」 自称・天才義賊、シスが導き出した画期的提案とは――只の変装だった。いや、彼女が言うには盗賊の扮装技術は、僕達一般人が思うより遥かに優れていて、これはもう変身だってことらしいんだけど。 「何で僕が、女の子の格好しないといけないのさ」 どうしてもそこの部分が納得出来なかった。 「分かってないな〜。あたし、まだ女のエルフにしか会ってないんだよ? そんなんで手掛けても、リアリティに欠けるじゃない」 う、うーん、そうかな。たしかにぱっと見、女性比率が多い気がしないでもないけど。 「まー、本音を言うと、一度、何処まで男を魅惑的に出来るか試したかったっていうのがあったりなかったり」 「そ、それを化粧の最中にバラすのはどうなのさ」 シスらしい、忌憚の無い意見だと思わされたりもするけどね。 「面白そうなので、わたくしも手伝わさせて貰いますわ」 そう言って、ガシッと僕の関節を極めてしまうアクアさん。わーん、これは絶対、勇者に対する仕打ちじゃないよー。 「うう……酷いよ」 「とか言ってる割に、しな作ってノリノリじゃん」 父さん、母さん、爺ちゃん、兄さん。どうやら僕は、戻れない道を歩んでいるみたいです。 「それじゃ、ま、この格好で行ってみようか」 女装云々の話はさて置いて、変装自体の出来は悪くない。シスとアクアさんも、見た目だけは立派なエルフ族だ。人間の街中で歩けば、好奇の目で見られることだろう。これなら、或いは成功するかも知れない。 「あなた達……人間、よね?」 世の中、やっぱりそんな巧くはいかないよね。再度村に入った瞬間、見破られたよ。 「シス〜。『あたしの偽装テクニックは、天上の神々さえも欺く』って話は何処に行ったの?」 そりゃ、余り信じてなかったけどさ。 「おっかしぃな〜」 当の本人は、首を捻って、顔に疑問符を浮かべてた。 「あ、あの、老婆心ながら忠告させて貰いますと、私達エルフは、あなた達人間より匂いで判断する比率が多いので、格好だけ真似ても無駄かと思われます」 「そうなの?」 匂いって言われてもなぁ。そりゃ、ちょっと汗臭いかも知れないけど、そんなに違うとも思えない。 「うーん。あたしとしても、そこがネックだったんだよねぇ。食生活が抜本から違う部分もあるしさ。香水とかで誤魔化すにしても、強すぎるとむしろ際立っちゃうし」 シスって、本当に人間なのか、たまに怪しくて困るんだけど、どうしよう。 「えーと……結局、あなた達、何をしにきたの?」 正直、自分達でも良く分からなくなってきたりしてるよ。 「そんな、生き恥まで晒して」 僕、泣いても良いよね? 「ま、まー、それはそれとして――」 ちょっと強引だけど、話を戻しておこう。幸い、このエルフさん、警戒はしてるけど、すぐに逃げ出すって感じでもないし。 「僕達、十年前、ここに立ち寄ったかも知れないオルテガって人と、ノアニールについて調べてるんだけど」 「――」 不意に、彼女は顔を少し引き攣らせた。 「そのことを知って、どうしようっていうの?」 「どう、って」 面と向かって言われると、ちょっと困る気もする。 「僕は、オルテガの子供なんだ」 とりあえず、基本から抑えておこうかな。 「父さんは世界中を旅してて、ノアニールでその足跡を見付けた。こっちにも来たって話を聞いたから、足を伸ばしてみたってところかな」 あわよくば、眠りの町の情報も手に入れられたらなんて、甘いことを思ってたりもする。 「あのね……世の中には、余り触れない方がいいことも多いんだよ」 「え?」 それだけ言い残して、エルフのお姉さんは、村へと戻っていった。ねぇ、今のって、どういう意味なの? 「訳分かんなーい」 シスと意見が合致するっていうのは甚だ遺憾だけど、僕も同じ印象だ。エルフ達は、父さんとノアニールについて、何かを隠してる。それが何かは分からないけど。 「と言っても、正面から聞いても教えてくれそうもないしなぁ」 「押してダメなら引いてみろ、ですわ。気の無い振りをしてわざとつっけんどんな態度をとる、ツンデレ作戦なんてどうですの?」 だから、ツンデレって何なのさ。 「御主達……」 ふと、年老いた声を耳にした。 「あなたは?」 僕達の前にいたのは、一人の老人だった。小柄な体躯に、シワの多い顔、白く伸びた顎鬚と、よくある特徴が目に付いた。 「エルフの里に、何の用じゃ?」 今日は、この質問に何度も答える日だなぁ。 「えーと、ですね」 再び、ここに至った経緯をかいつまんで説明した。 「そう、かの」 老人は、特に感情を表に出すことなく、相槌を打った。 「ついてきなさい」 言って、促す様に森の一角へと歩を進めた。え、何、どういうこと? 「ここは?」 老人に連れられてきた先は、丸太作りの小さな小屋だった。大きさからして、住居というよりは管理小屋といった感じで、仮に住むとしても一人が精一杯だろう。 「お爺さん、こんなところで暮らしてるんですか?」 「ああ……もう、十年以上になるかの」 年数に、引っ掛かりを感じた。 「それって、ノアニールが眠りに就いた頃――」 「そうじゃ。あれは、儂の息子が引き起こしたことなんじゃよ」 さらりと、とんでもないことを口にした。 「順序立てて話さんといかんのぉ」 言ってお爺さんは扉を開けると、輪切りにした大木を四つ、次々に運び出してきた。 椅子代わりってことかな。たしかに、この小屋に四人入るというのは、ちょっと厳しいものがある。 「インテリアとして、この様なのも洒落っ気があって良いものですわね」 「これ、たくさん作ったら、一儲け出来る気がするなぁ」 この二人、僧侶と盗賊より、本当、商人が一番似合ってる気がしてきたよ。 「さて、何処から話したもんかのぉ」 「その前に、お茶は御座いませんの?」 年長者がこうも図々しいと、窘める人が居なくて、本当に恥ずかしいよね。 「茶か……済まんが、久しく飲んでおらんでのぉ」 「こんな都会から離れてると、やっぱり行商人とか来ないんですか?」 まあ、幾ら商魂逞しくても、全ての人が眠る町を経由してたら、採算割れは必死かも知れない。 「そういう話ではなく、儂自身、一切の嗜好品を断っておるのじゃよ」 言葉の意味を理解しかねた。 「ひょっとして願掛けって奴? あたしもやったことあるよ。『初めての盗みが成功しますように。それまで玉葱は食べません』って」 「シスって、そんなに玉葱好きだっけ?」 「ううん、大っ嫌いだけど?」 この子、願掛けを、根本から理解してないんだね。 「そういうのとは少し違うんじゃ。何というか、息子があの様な不始末をしでかして、儂だけ良い思いをするというのがはばかられての」 「これまで、何を食べてこられましたの?」 「近くに生えとる木の実や野草を、最低限だけじゃ」 そりゃ、こんなにも痩せる訳だよ。 「それで、息子さん、何をしたんですか?」 話の本題に、切り込んだ。 「あやつは、子供の頃から朴訥としておってのぉ」 え、ここで、思い出話になるの? 「いや、朴訥というより、何を考えていたか良く分からんというのが正しいかの」 「それは、わたくしも良く言われますわ」 うん、アクアさんならしょうがないと思う。 「あの時もそうじゃった」 言ってお爺さんは、遠いところを見詰めた。 「幼少のみぎりに蟻の巣を潰すのは誰もが通る道じゃと思うが、あやつは何を思ったか、水じゃなく、酒を使いおった」 「……」 えっと。 「この話、ノアニールに繋がります?」 「いや、全く。あやつの性格を知る上で、外せん話かと思っての」 寄り道は良いから、話を早く進めて欲しいなぁ。 「他にも、こんなことがあった」 な、長くなりそうだ。 「あやつは突然、家から消えたかと思うと、二度と帰ってこんかったんじゃ」 「……」 ん? 「後に届いたのは一通の手紙だけじゃ。そこには一言、『エルフの女の子と駆け落ちしました。探さないで下さい』とだけ書かれておった。ノアニールの者達が眠りに就いたのはその直後の話じゃよ。儂はたまたま町から離れていたので、こうして醜態を晒しておるがのぉ」 い、いきなり核心を喋るのは卑怯だと思うんだ。 「調べたところに依ると、そやつは女王の娘だったらしくての。その怒りに触れたことが眠りの原因だと推察するのは、難しいことではなかったわい」 「それで、あんな人間嫌いなんだ」 毛嫌いを通り越して、敵意に近いものを感じたけど、そういうことなら、理解出来ないこともない。 「儂は十年来、ずっと許しを請うてきたのじゃが聞き入れて貰えんでのぉ。今もこうして、ここで暮らしておる」 「十年……」 口にすると一言だけど、僕が五歳の頃からと考えると、凄く遠いことに思えた。 「ところで、関係があるか分からないんですが、オルテガって人、知ってます?」 もう一つの、気掛かりになってることを聞いてみた。 「オルテガ……懐かしい名前じゃのぉ。アリアハンの勇者じゃったか。忘れるはずも無い。この近辺の案内を息子に頼んだのが、オルテガ殿じゃったからのぉ」 「……」 つまるところ、直接的じゃないにせよ、父さんも一枚噛んでいた、と。 「わたくし、一つ、気に掛かることがありますの」 「なんじゃ」 「話を総合しますと、あなたと息子さんは、かなり明確に、エルフの存在を認識していたようにも思えますの」 そっか。そういう考え方も出来るのか。 「いかにも。儂はノアニールで、エルフの存在をはっきりと知る、数少ない一人じゃった」 「どうやって、ですか?」 まあ、シスの鼻で出くわすくらいだから、隠れ里っていう程、隠れてないのかも知れないけど。 「遠い、遠い昔の話じゃ」 え、又、思い出話になるの? 「子供の頃、儂はこの森で良く遊んでおった。ここでだけ会える不思議な友達と一緒にな。大人に近付き、いつしか近寄らなくなった頃、それが儂達とは違う種族であったことに気付いたのじゃが、誰にも言うことは無かった。それが彼女達に、良い影響を及ぼさないことを理解出来る程度の分別はあったからの」 「たしかに、世の中、あたし達みたいな良い人ばっかじゃないもんね」 今、凄い存在矛盾を感じた気がする。 「じゃから、息子が生まれた時も、御伽噺を聞かせるようにしか教えんかったんじゃ。大人になるにつれ、儂と同じく、過去の思い出に変わると思ったからじゃ」 「ですが、実際は違ったということですのね」 「ああ。オルテガ殿が町にやってきて、『エルフの隠れ里へ行きたい』と頼んできた時、あやつの、目の輝きに儂は気付くべきじゃった。心の奥底に押し遣られるはずのものが、日増しに大きくなっていた事実に、の」 「そしてそのまま、二人共帰って来なかった……」 何だか、釈然としないものが残った。息子さんはそのまま駆け落ちしたにしても、父さんはどうしたんだろうか。ノアニールが眠りに就いたことに気付かないまま、次の地へ旅立ったことも考えられるけど――。 「儂は、確かめたかったのかも知れんの」 お爺さんが、言葉を続けた。 「あの子供の時分、儂はエルフの少女に恋をしていたのじゃろう。じゃが、それに気付いた時にはすっかり遠い存在になり――儂は町の娘と仲良くなって、息子を儲けるに至った。その現実が余りに強固なものになってしまい、あれは儂の妄想だったのではなかろうかとさえ思ってしまった。それ故、息子を使って探させたのかも知れんのぉ……」 自分の心情を解き明かすように、淡々と言葉を放った。 「若者達よ」 真摯な瞳で、僕達を見詰めてきた。 「ここより南の岬に、奥深い洞窟がある。十年前、そこで息子達を見掛けたという話を聞いたことがあっての。もしかすると、何か手掛かりがあるやも知れん」 「お爺さんは、行こうとは思わなかったんですか?」 至極当然とも言える質問をした。 「そこは魔物の巣窟で、武芸の心得が無い儂に潜ることは無理じゃろう。それに何より、儂には真実を知る勇気が無い。儂の望みは、ノアニールの町を元に戻すことだけなのじゃよ……」 言い切って、お爺さんはがっくりと肩を落とした。 「久々に長話をして、疲れたわい。何のもてなしも出来んで済まんかったの。少し、休ませてもらうぞい」 「あ、はい」 よっこらせと重い腰を上げるお爺さんに肩を貸す形で、僕は小屋の中まで連れ添った。 その後、三人で話し合って洞窟へ行こうと決めたことは、必然の流れと言えた。 Next |