「ん〜。このフレーバーティの香り。やはり専門店の味わいは、他のそれとは違いますわよね」 「はぁ」 とある日の、うららかな昼下がりのこと、僕達は三人で、ロマリア城下を散策していた。平たく言うと、女の子達の買い物に、荷物持ちとして付き合わされた訳だけど、そこは敢えて目を瞑ろうと思うんだ。 「それにしても、こんなにのんびりしてていいの?」 僕達って、バラモスを倒すっていう、遠大な目標があった様な……あれ、僕の勘違い? 「まだまだ先は長いのですから、こういう日も必要ですわ。引き絞った弦は良い音色を奏でますが、常時、その様な真似をしていたら、いずれ千切れてしまいますのよ」 「そーそー。お店の服とか見てるだけで、気分良くなるもんね」 シスがこう、女の子っぽいこと言うのって、凄い違和感があるよね。 「ふぅ……」 そう言えば、ここまで日がなのんびりとしてるのって、アリアハンを出て以来、無かったことかも知れない。 母さん、爺ちゃん、元気かなぁ。そろそろ、手紙を書く頃合の気もする。 「と言うかさ」 こうして穏やかに時間を過ごしてしまうと、魔物達が世界を侵攻しているなんてことに現実感を覚えない。伝え聞いたところでは、バラモスに滅ぼされた地域もあるらしいけど、それは今の僕にとって遠過ぎる話だ。 「ねぇ、アクアさんは、どうしてバラモスを倒そうと思ったの?」 考えてみると、聞いたこと無い気がする。僕は父さんと兄さんの跡を継いだみたいなもので、シスは世界のお宝探しのついでみたいだけど、アクアさんはどういった心境だったんだろうか。 「悪い方を打ち滅ぼすのに、理由が要りますの?」 「……」 そうだった。割とこういう一直線な人だった。 「ですが、強いて言うのであれば、十余年前、オルテガ様に会ったことが切っ掛けだったでしょうか」 「……」 ん? 「えー!? あ、アクアさん、父さんに会ったことがあるの!?」 「言いませんでしたかしら?」 「聞いたことないって!」 ず、ずるい。息子の僕だって、殆ど喋った記憶が無いのに。 「あれはわたくしが十に満たない頃の話ですわ。オルテガ様は、このロマリアに立ち寄られましたの。たしか、魔物達を利用して国家転覆を狙う政治組織を壊滅させるのが目的だったはずですわ」 父さん、僕の知らないところで、色々なことしてるなぁ。 「政府サイドで指揮をしていたのが、うちのお爺様ですの」 だから、本当に何者なのさ、あのお爺さん!? 「オルテガ様は旅立ちの際、わたくしに向けて『君が大人になる頃には、世界を平和にしてみせる』と言って下さいましたの」 兄さんも、僕に似た様なことを言ってたなぁ。やっぱり、カエルの子はカエルなのかもね。 「それってつまり、将来の美人に粉かけておいたってこと?」 シス。いつものことだけど、変な茶々入れないの。 「とはいえ、その約束が守られることはなく、わたくしは大人になってしまいましたわ」 ア、アクアさんまで。良い話は、良い話のまま終わらせようよ。 「アレクさんは、どういった心持ちですの」 「何が?」 「お父様とお兄様が勇者とはいえ、御自身が旅立たれる決定的な要因になるとは思えませんの」 あー、そのことについてね。 「そうでもないよ。兄さんが行方知れずになってさ。大人達の僕を見る目が、変わってくのが分かるんだよね」 あの視線の中で過ごすくらいなら、いっそ外に出ちゃった方が楽だって思った時期もあったなぁ。 「つまり、もうちょっと鈍かったら、勇者にならなかったってこと?」 世の中ね。君みたいに人目が気にならない人ばかりじゃないんだよ。 「そうですわね。シスさんの様に大らかであれば、又、別の道もあったやも知れませんわ」 「……ん?」 アクアさんと殆ど同じことを考えてた事実は、とりあえず封印しておこうっと。 「ですが、そのお陰でこうして仲間として出会えたのですから、わたくしは感謝したいと思いますわ」 だ、だからそういう恥ずかしい台詞をサラリと言わないでってば。 「年齢から察するに、アレクさんに、お父様の記憶は殆どありませんのよね」 「うん、父さんが旅立った時、僕は二歳だったから」 何だか、凄く大きな男の人に抱えられた様な思い出はあるんだけど、あれは父さんだったのかなぁ。 「お兄様はどうですの」 「どう、って?」 「人となりや武芸の達者さ、仲間のお話についてなどですわ」 「う〜ん。兄さんは、とにかく、『勇者』って感じなんだよね。剣も魔法も得意で、どんな敵にも恐れずに立ち向かっていってさ」 得意なのは魔法だけで、基本的に臆病な僕とは凄い違いだと思う。 「後、仲間っていうと……トウカ姉さんと一緒に行ったくらいかなぁ。旅先で増えたみたいなことは書いてあったけど、僕は良く知らない人だし」 「今、トウカと仰いました?」 「うん、幼馴染みのトウカ姉さん」 ちょっと憧れの人だったことは、ここでは伏せておこう。 「よもや、『黒髪のトウカ』ですの?」 「……」 え? 「な、何でアクアさんが姉さんを知ってるのさ。あ、ひょっとして、兄さん達が立ち寄った時に会ったとか?」 それなら、理屈が通る気もする。文脈的には少し変だけど、アクアさんならしょうがないよね。 「いえ、アレル様達がロマリアに来られた時、わたくしは少々、遠出をしていましたから、直接の面識はありませんわ」 「えーと……」 じゃ、じゃあ、何でなのさ。姉さん、この街の誰もが知ってるくらいの伝説を残したっていうの? 「アレクさん、御存知ありませんの?」 「何を、さ」 あー、もう、何が何だか良く分からないよ。 「『黒髪のトウカ』と言えば、齢十三にして、アリアハン騎士団に敵無しとさえ言われた天才剣士ですのよ」 「そうなの?」 何だか凄い話が出た気もするんだけど、どうもピンと来ない。小さい頃、姉さんとチャンバラみたいなことはしたことあるけど、そんな時分に腕が分かるはずも無いし。そもそも、僕は年上相手に、一回も勝ったこと無かったんだよね。 「それにしましても、アレル様にトウカ様――たしかにそれは、四年前の時点でアリアハン最凶最悪の取り合わせですわね」 そんな、お腹を壊す食べ合わせみたいに言わなくても。 「ですが、その様な二人でもバラモスを倒すには至らなかった――少々、解せない部分ではありますわね」 「まあね」 トウカ姉さんの強さはさておいて、兄さんが行方不明っていうのが信じられない。例え大蛇に飲み込まれても、腹を掻っ捌いて出てくる様な人だったんだけどなぁ。 「もしかして、暗殺されたとかかな?」 「暗殺、ねぇ」 簡単に言うけど、消息不明になる為には、仲間達を纏めて抹殺しないといけない。一人でも残せば、何らかの手段で生死を伝えてくれるだろう。姉さんが凄腕だったという話を信用するなら、それこそ至難の話なんだと思う。 「唯、一つ言えるのは――」 色々と、昔のことを思い起こし、考えを巡らせても、変わらない想いはある。 「父さんと兄さんがどうなったのか、絶対に知りたいっていうのが、旅立ちを決めた根底にあるんだと思う」 そして、出来ることなら二人とも連れ帰って、母さん達と一緒に暮らしたい。多分、それが今の僕の夢だ。 「遠い、遠い先の目標だけどね」 やっぱり、数日以上先の話を考えてみても、感覚的に理解出来ない。 「う〜ん。いやいや、立派な夢だと思うよ、あたしゃぁね」 シス、それは一体、どういう立ち位置で物を言ってるのさ。 「あたしなんか家族居ないし、友達はポコポコパクられるしさ。この旅が終わったら、何処で何していーかさっぱりだもん」 さりげなく、相当に落ち込める話を聞いた気がしないでもない。 「そういや、シスって、何があって盗賊なんかになったの?」 「ん? さぁ、よく分かんないや」 「いやいやいや。自分のことでしょ」 「そー言われてもなぁ。あたし、七歳以前のことって、全然、記憶に無くてさ。気付いたら血が繋がってない義賊の爺さんの助手してたんだよね」 君の人生、その若さで何処まで波乱万丈なのさ。 「その爺さんも一昨年死んでさ。それからは一応、ギルド所属で細々とやってる感じかな。一匹狼って格好良いけど、組織力って、想像以上に強いもんだよね。あの爺さん、凄かったんだなぁって、今しみじみ思うよ」 これが鍛冶職人とかだったら良い話なのに、盗賊業だから台無しになってると思うんだ。あ、でも、盗賊も職人仕事と言えば職人仕事――いや、やっぱり、それは無いね。 「で、爺さんの口癖がさ。『金は天下の回り物。宝も金も、眠らせといちゃ、価値は半減』だったんだ」 「それが、世界の宝を手にしたいっていう君の夢に繋がるの?」 それなら、シスの言い分も理解出来なくも無いような。 「うぅん。それは、あたし個人が見たくて欲しいだけ」 「……」 もうダメだ。この女性達の思考を、理解すること自体、僕には難題過ぎたんだよね。 「旅の目的は人それぞれですわ。それは人が生きるということも同じことだと思われますの。その様な人達が集まって、村や町、そして国や世界を形作る。旅をする仲間も、人の世も、余り変わりがないものなのかも知れませんわね」 「おー。何か聖職者っぽいこと言ってる」 今のシスの発言って、触れてあげるべきところなのかなぁ。 「ふぅ……」 昼下がりの陽光が温もりをくれる中、僕は少し冷めたお茶を口に運んだ。はぁ、こんなにものんびりしてしまうと、やっぱり世界の動きが、遠いものの様に感じてしまう。 まどろみにも似た穏やかな時を過ごし、僕は、空の高さと青さを感じ入っていた。 Next |