「ねぇねぇ。ロマリアって、闘技場があるらしいんだけど――」 「君は一体、何を期待してるのさ」 ロマリア城下の市街に入った途端、シスはそんなことを言い出した。 「大丈夫、大丈夫。賭け事なんて、所詮は胴元が儲かる様に出来てるってことくらい、あたしだって知ってるから手なんか出さないって」 「そういう話じゃないでしょ」 僕達は物見遊山で世界を旅してる訳じゃないんだよ。 「唯、試合観戦をしてる人って、どうしても集中力がそっち行くから、あたし達にとっては格好の仕事場なんだよね」 「だから、一般人からは盗っちゃダメ!」 って言うか、盗賊行為は一切禁止だから! 「つきましたわよ」 アクアさんに導かれ辿り着いたのは、市街の中心からやや離れたところにある教会だった。大きさとしては中規模といったところだろうか。聞くところに依ると、五十人程度の修道士と修道女が男女別に共同生活を営んでいるらしい。 アクアさんも旅に出る前はここで過ごしていたという話だから、殆ど実家みたいなものらしい。 「久方振りですから、気分はウキウキですわ」 こんなことを言っているけど、実際は数ヶ月くらいの話らしい。だけどこれから、本格的に世界を回るとなると、次はいつになるか分からない。だから一度、顔を出すことにしたんだ。 「おぉ、アクア。良く帰ってきたのぉ」 「お爺様、御無沙汰しておりましたわ」 僕達を出迎えてくれたのは、年で言うと七十は越えていそうな年配の男性だった。だけど老け込んでいるという印象より、風格の方が先に目に付く迫力があった。 「各地での蛮勇は聞いておるぞ。それでこそ、儂の可愛い教え子というものじゃ」 「堕ちた者に、鉄槌を与えてるだけですわよ」 それにしても、聖職者同士の会話には全く聞こえないところが恐ろしいなぁ。 「して、そちらの二人が、かの」 「ええ。幸いなことに、巡り合えましたわ」 言って、まるで値踏みでもするかの様にジロジロと見詰めてくる。だけどそれ程に不快じゃないのは、職業補正なんだろうね、きっと。 「成程、良い目をしておる」 「はぁ」 これって、素直に喜んで良いところなの? 「儂、一度で良いから、この台詞を言ってみたかったんじゃ」 「お爺様の夢でしたものね」 納得。血が繋がってるかは知らないけど、この人は間違いなくアクアさんの身内だ。 「それで、しばらく泊まって行くんじゃろ」 「いえ、出来ましたら明日にでもポルトガに向かいたいと思っておりますの」 そう、僕達の当面の目標は、世界を回ることが出来る船を手に入れることだ。その為には、世界一の造船国家、ポルトガに行かないといけないんだ。 「ポルトガのぉ。大方、海鮮料理が目当てなんじゃろ。あれは絶品じゃ。儂も何十年か前に食べたきりじゃて、久々に食ってみたいのぉ」 お爺さん、軽く冗談を言わないと、死んでしまう難病か何かなんですか。 「しかし、船を手に入れるのは容易ではないじゃろう」 そして、何事も無かったように、話を本筋に戻さないで下さい。 「それでも、わたくし達は、今、世界で何が起きているか、この目で確かめなくてはなりませんの。その為には、自分の意志で動かせる船が不可欠なのですわ」 「言いたいことは分かるが、最近、海はすっかり危険になってのぉ。海洋国家ポルトガとはいえ、例外ではないのは知っての通りじゃ」 そ、それは分かってるつもりなんだけど、足や馬を使って地続きで行ける場所は、旅の扉を使っても限られている。世界中を回っていて、且つルーラが使える人を探すのも手かも知れないけど、結局、ネクロゴンドへ足を踏み入れて帰って来た人は居ないだろう。何にしたって、船が無いといずれ手詰まりになるのは目に見えてるんだ。 「そもそも、お主達、金は持っておるのか? 小型で良いと言っても、世界を回れる船に船員となると、安くは無いぞい」 「そ、それは――」 アリアハン国王から預かったお金は、数人を一年程度雇い入れるのが精一杯だ。船なんかには手が届きやしないし、後のことを考えれば無一文になるのも心もとない。 「アレル様は、どうなさいましたの?」 「え?」 ちょっと待って。たしか兄さんは――。 「東方の国、バハラタに行って、黒胡椒と引き換えに船を貰ったはず――」 手紙に書かれていた情報を、記憶の底から引きずり出した。 「それって、本当に黒胡椒なの? 何か凄く危ない粉だったりしない?」 シス。人の身内の品格を、やたらめったに汚さないで欲しいんだけど。 「ひょひょひょ。分かりづらい話かも知れんが、東方では簡単に手に入る香辛料の類も、こちらでは数が少ないが故に高騰するんじゃ。魔物達が増えて、更に手に入りにくくなったしの」 「へー」 ひょっとして、兄さんの真似をすれば、資金の面は心配なくなるかも――やっぱりとりあえず、ポルトガに行ってみよう。 「言っておくが、アレル殿の方法を倣うのは無理じゃぞ」 「な、何でですか」 「去年、アッサラームとバハラタを隔てる山脈近郊で、大規模な地震があっての。唯一あった地下道が埋まってしまったんじゃ。幸い、番をしとったドワーフは無事じゃったが、陸路であちらへ向かうのは、まず不可能じゃ」 「……」 い、いや、だからこそですね。黒胡椒に莫大な値段が付いて、それで船を手に入れれば、バハラタへも向かえ――わー! 自分で考えてて良く分からない! 「なぁに。当面の問題が金なら、幾らでも手はあるもんじゃ」 「もしや、うちには莫大な隠し財産があったりしますの?」 「それじゃったら、若い頃に道楽して潰したわい」 この人達、本当に聖職者なの? ねぇ、問い詰めてみていい? 「まあ、それは冗談じゃが――」 全然、目が笑ってないせいで、信じていいものか分からない。 「世には、懸賞の掛かった仕事が幾らでもあるもんじゃ。大国家ロマリアであれば、尚更のぉ」 「懸賞!?」 自分の人生からは現実離れしたその単語に、思わず大声を出してしまった。 「肩慣らしにこんな仕事なんかどうじゃ」 そう言って、お爺さんは何処からとも無く紙の束を持ち出してきた。 「『迷い猫探して下さい。但し生け捕りに限る――』」 「お爺様、報酬が二十ゴールドでは、一泊の宿代くらいにしかなりませんわ」 「千件こなせば、もしかすると目標に届くかも分からんぞ」 幾らなんでも、そこまで遠回りする程、精神的な余裕は無い。 「腕試しを兼ねるんじゃったら、山賊退治の類もあるがのぉ」 ま、またですか。 「これなんかどうじゃ。『シャンパーニの塔に住み着いた賊を追い払って下さい』」 「シャンパーニの塔?」 あれ、何処かで聞いたことある様な――。 「もしかして、昔、カンダタが根城にしてたっていう?」 「ふむ。いかにもそのシャンパーニじゃ。これはスポンサーがロマリアじゃから、報酬も良いぞい」 「ロマリアが? カンダタの時といい、何で国軍を動かさないんですか」 大国家を自認している割に、情けない話だと思う。 「それが、何度か選抜隊を送ったらしいんじゃが、返り討ちになったらしいわい」 本当に、情けない話だったとは思わなかったなぁ。 「シャンパーニは、昔からそういう所ですわよね」 「うむ、どういう訳か、何度となく悪党共の巣窟になりおる。儂が産まれた頃から数えると、十回にはなるかの」 そんな塔、取り壊しなよって言ったら、何だか負けた気分になりそうなのは何故だろう。 「じゃが、今回の賊はこれまでとは一味違うぞい」 「全員、あたしみたいな義賊とか?」 そろそろ、毎回毎回、相手するのも疲れてきたなぁ。 「いや、今、あの塔に立て籠もっておるのは、たった一人の男なんじゃよ」 「え――?」 ロマリア国軍を追い返し、盗賊行為をする輩が一人の男だという事実は、僕の心を大きく動揺させた。 同時に、何か今までに感じたことのない予感を覚え、この話に乗ることを決めた自分が居た。 「どうって、何が?」 「シャンパーニの夜盗のことですわ」 僕達はロマリア勢力化の小村、カザーブに居た。アクアさんは夕食後、いつものトボけた表情のまま、そんな質問を口にした。 「んー……ありきたりで悪いけど、良く分からない、かな」 どうも、今回の話は、アリアハンの山賊辺りとは、訳が違う気がする。一つの根拠として、この村の人達が殆ど騒いでいないことがある。何だか、ロマリア城下で聞いた情報の方が大袈裟だった印象が強い。伝え聞いた話には尾ひれが付くっていうから、必然のことなのかも知れないけど。 「余り他国のことを言いたくないけどさ。ロマリアの王様はお調子者だって聞いてるから、国が動いているって言っても、無条件で信じない方が良いと思うし」 何でも兄さん、カンダタ討伐の褒賞で、短期間だけど王様の真似事をさせられたらしいんだよね。幾ら素性がはっきりしてるって言っても、他国の人間にホイホイそんなことをさせるなんて国王としてどうなんだろう。 「たしかに、王様はちょっと奔放な方かも知れませんわね」 「ロマリアに住んでたアクアさんでも、そう思うんだ」 「比較するのであれば、お爺様より上かも知れませんわ」 ちょっと待って。それは幾らなんでも、国家として危なすぎる気がしてならない。 「あたしとしても気になるところなんだよね〜」 「何が?」 「一人で賊行為をするなんて、やっぱ相当の腕が無いと出来ないことだよ。場合に依っては、弟子入りも考えないとね」 とりあえず、シスの意見は聞かなかったことにしよう。 「何にしましても、全ては行ってみてからの話ですわ。自分の目で見て、その上で決断をするというのが、わたくし達には必要なことですの」 「うん、そうだね」 僕達はまだ、世界を知らない。アクアさんは少し旅をしていたけど、それはロマリアからイシスに至る二国間程度の話で、後はアリアハンに立ち寄ったくらいのものらしい。 父さんと兄さんを追い掛ける僕にとって、この世界はまだまだ広大で――立ち止まって、何もかもを放棄したい気分にもなる。 それでも、僕は歩くと決めたんだから、今は進み続けよう。 その先に何があるかはこの目で見極め、何をすべきかはこの頭で考え尽くす。それが僕達にとって、唯一の道なんだよね、きっと。 Next |