邂逅輪廻



「と言っても、やることは意外と地味だよね」
 夜襲とはいえ、少なく見積もって十倍の人数差がある状況で、真っ向から勝負を挑む程、僕は自信家じゃない。そこで提案したのが、燻して飛び出して来た順に倒すというものだ。ウサギなんかを追い立てる時に使う作戦だよね。一応、相手は人間だけど、行動の程度は似た様なもんだし、これで充分でしょ。
『メラ』
 洞窟の入り口に積み上げた生木に、握り拳ほどの火球をぶつけた。モクモクと、良い感じで煙が湧き上がってくる。後はこれを奥に向けて流せば――。
「でもさ。考えてみたらこれって、下手すれば永遠のお休みになる人も居るんじゃない?」
「……」
 だ、大丈夫。台所の天敵に喩えられる位なんだから、生命力も物凄いよ、多分。
「なぁんじゃ、こりゃぁ!?」
「火事か、おい! 水ぶっかけろ、水!」
 早々に、異変を察知した数名が、表に向けて駆け出してきた。予想通り、武器を手にする余裕さえ無かったらしく、ほぼ全員が空手だ。これなら、僕でも充分に捻じ伏せることが出来るだろう。
「うおんどりゅあぁ! 何処の賊じゃぁ!」
 盗賊なら仲間に居るけど、そういうんじゃないんだけどなぁ。っていうか、こういう人達って、どうして自分と同質の敵しか居ないって考えるんだろうね。
『マヌーサ』
 ここで、アクアさんが彼らに向けて幻惑の魔法を掛けた。只でさえ煙で視界が良くないのに、加速度的に世界が揺らいで、壁にぶつかる輩まで出る始末だ。僕とシスは、そういう奴らを片端から叩き伏せ、縛り上げていく。
「目で見えるものにばかり頼っているからそうなるのですわ。こういう時は、心で見るのが正解ですわよ」
 それって、達人級の技だと思うのは僕だけじゃ無いと思うんだけどなぁ。
「てめぇら! 図に乗ってんじゃねぇぞぉ!」
 不意に、男が煙の向こう側から、僕に向かって斧を振り下ろしてきた。身体は右を向いていて、手にした剣も右側だ。躱すことも受け流すことも難しいと判断した僕は――。
『ギラ!』
 左手を彼の腹に差し出し、閃熱の力を解き放った。革鎧が焦げる臭いと共に、その肉体が宙に舞うのを知覚する。
「アレク! 大丈夫!?」
「も、もちろん。魔法は剣より得意だからね」
 本当のところ、実戦で敵に魔法を使うのは初めてだったりする。し、失敗しなくて良かったなぁ。まだ心臓がバクバク言ってるよ。
「あらかた、片付いたのかな」
 どれだけの時間が経ったかは分からないけど、奥から出てくる人が居なくなったことで、戦いの終わりを感じ取ることが出来た。周囲に転がってる山賊達は、全部で四十人ちょっとといったところかな。まあ、妥当な人数と言って良いと思う。
 そ、それにしても疲れた。明け方、警備兵がやってくる手筈になってるから、それまでは気を抜いちゃいけないんだけど、ちょっとだけ座らせて――。
「まだですわ」
 え?
「ウギャャオゥ!」
 な、何さ。今の、地底の奥から聞こえてきたみたいな、重々しい咆哮は。
「てめぇら……おかしらを目覚めさせやがったな。へっへっへ。調子に乗り過ぎたのが仇となったな。尻尾巻いて逃げるなら今の内だぜ」
 何だか、チンピラの常套句を聞いた気がする。
「えーと、それより聞きたいんだけど」
「んだよ?」
「君達の頭目って、この中に居ない訳?」
「副長なら、そっちで伸びてるぜ」
 マヌーサの幻影に怯えて、壁に激突して気絶した人が副長だったんだ。何と言うか、どっちにしろ長くなかったんじゃないかな、この山賊団。
「それで、まだ中に居るってことは、今の今まで寝てたってことになるよね」
「ったりめぇだろ。起きてたらとっくにてめぇらをケチョンケチョンにしてるぜ」
「……」
 洞窟を燻して、数十人が入り乱れて戦って、更にあれだけ魔法を使ったのに、ようやく今になって御目覚めって……僕も寝ぼすけの方だけど、とても信じられない。
「十把一絡げとはいえ、数十人を纏める頭領ともなりますと、それなりの器なのかも知れませんわね」
「神経が鈍いのと、器が大きいのって混同して良いのかなぁ」
 まー良いや。幾ら頭目って言っても、所詮は一人でしょ。今まで四十人を相手にしたのに比べれば、ずっと楽……。
「ええぇぇ!?」
「ギャラオォ!!」
 奥からのそのそと歩いてきたそいつを見て、大声を上げてしまう。
「困りましたわね。わたくし、慣れない夜間活動で疲れてるやも知れませんわ。頭領が、暴れ猿に見えますの」
「いやいやいや。昼間に見たって、あれは暴れ猿! 実物を見るのは初めてだけど!」
 ど、どうしよう。人間が相手だと思ってたから、心の準備が出来てない。
「あ、ひょっとして君達、人間っぽく見えるけど、もしかして暴れ猿の子供なの?」
「んな訳あるかぁ!」
 じゃあ、何で暴れ猿の下でなんか働いてるのさ。
「へっへっへ。おかしらは今でこそこのでかさだが、十年前は掌に乗るくらい小さかったんだぜ」
「つまり、小さくて可愛かったからペットとして飼ってみたけど、大きくなりすぎて捨てるに捨てられず、折角だから戦力として有効活用しよう、と」
「そーとも言うな」
 山賊に身を落とすだけあって、後先を全く考えていないってのは良く分かったよ。
「状況は飲み込むとして、どうやって倒せば――」
 戦術として考えられるのは、アクアさんのラリホーとマヌーサ、それにルカニ辺りで戦闘能力を削ぎ、物理攻撃で体力を削るというのが一つ。他に思い付くのは、極力近付かずに、魔法攻撃で押し通すっていうのかなぁ。正直、あの筋肉の塊に飛び込むっていうのは、かなりの勇気が必要だと思う。
「ねぇねぇ」
「ん、シス、どうしたの?」
「ちょっと、あたしに任せて貰っていいかな?」
「は?」
「いや、要するにあいつって、人に慣れてるんでしょ? 野生ならともかく、鞭で言うこと聞かせられるんじゃない?」
「……」
 そ、そういうものなのかなぁ。
「ほいじゃ、行ってくるね」
 僕の考えが纏まる前に、シスは飛び出して暴れ猿と対峙してしまった。
「はっはっは。おめぇ、俺達とこいつの絆を舐めんなよ。そりゃ、ここに至るまでにゃあ、色々あったさ。餌が足りない日には黙って俺の飯を分けてやり、夜中にぐずりだしゃ、明け方まで相手してやる。それはそれは、本当の親子みたいに苦労――べぎゃ!?」
「ごめーん。まだ鞭、狙った方向に振るえなくてさ」
 何て言うか、悪人って大抵、努力の方向性、間違ってるよね。それだけ情熱を傾けられるなら、真っ当な道でも生きていけたと思うんだけど。だから、今の一発は同情できないかな。
「グルル……」
「――!」
 シスは暴れ猿をキッと睨みつけると、再び鞭を鳴らした。
 パシィィンという小気味の良い音が耳に届き、張り詰めた空気が痛い程だ。
「くぅぅん」
「おー、よしよし」
 あっさり陥落した!?
「どーどー、いい子、いい子。やっぱ、殆どペットみたいなもんだから、無駄な戦いなんてしたくないみたいだね」
「おかしらぁ!?」
「相棒ぉぉ!!」
 今回の一件で僕が学んだこと。やっぱり、どんなに頑張ってみたところで山賊との間に生まれる信頼関係なんてたかが知れてるんだね。


「ん……」
 朝日が目に入り、眩しさで意識が覚醒した。
 ふわぁ。たった今、賊達は警備兵に引き渡したし、これで僕達の仕事は一段落だ。詰め所の仮眠室を借りて一眠りしたら、旅を再開するつもりだ。
「え〜。お宝、一個も持ってっちゃいけないの〜」
「あのね、君は義賊でしょ。完璧には難しいかも知れないけど、出来るだけ元の人に返してあげないとね」
 もう、早くもこの遣り取りが定番となりつつある気がする。
「汝――」
 不意に、声を掛けられた。
「名は、何と言う」
 それは、見張りに立っていた武人風の男だった。彼は、後ろ手を縛られたまま、こちらを睨みつけてきた。
 粗野な野郎達が多い中、この人だけは何処か異質で、口調も乱れたものではなかった。まあ、先に自分の名を言うのが、礼儀なんじゃないかとも思うんだけど。
「アレク。職業は……旅人、かな」
 自分で自分を勇者と呼ぶのは、流石に少し気が退けた。
「何ゆえ、我々を壊滅させた」
「何でって――」
 そんなことを答えることになるとは思っていなかったので、少し間が空いてしまう。
「特には無い、かな。悪いことをしている人を、知ってて見逃すことは出来なかったというか」
「では問う。悪とは何だ。誰もが、その心に正義の心を持っておろう。正義同士がぶつかり合った時、その相手は悪と言えるのか」
 む、難しいことを言う人だな。山賊退治って、そんなガチガチに考えなければならない様な話だったっけ。
「何を聞きたいのかは良く分からないけど、一つだけ言えることはあるよ。僕は、僕の家族と友達を苦しめる存在を許さない。町や国が疲弊すれば、痛みは回ってくるし、それは世界に話が広がっても同じことなんだと思う。だから、僕は君達山賊や、魔王バラモスなんかを認める訳にはいかない」
「そうか……」
 言って男は、がっくりと肩を落とした。
「汝の様な男に、もっと早く出会えていれば、この身を落とすことも無かったであろうに」
 その発言に、違和を感じた。
「僕は、あなたの過去に何があったか知らないし、敢えて聞こうとも思わない。だけど、変われるというのであれば、今からでも遅いということは無いと思う。罪に対する償いが済んで、まだ気持ちが変わってなければ、足を踏み出せばいいと思うよ。」
「――!」
「アリアハン城下に、ルイーダさんっていう、酒場を営業してる人がいるんだ。もしあなたが武芸に自信があるなら、そこに行ってアリアハンの人達を守ってみて欲しい」
「考えておこう――」
 年上の人に、随分と偉そうなことを言ったかなとも思う。だけど、この人は迷っていたんだろう。僕には背中を軽く押す位のことしか出来ないけど、何もしないよりは良いよね。
「流石はアレク様ですわ。言うことに重みがありますわね」
「だ、だから様はやめてってば」
 アクアさんとの掛け合いに、男の人は少し微笑んだ様に思えた。願わくば、彼が今の気持ちを失いませんように。
 連行される後姿を見遣りながら、僕はそんなことを思っていた。


「これが、旅の扉……」
 いざないの洞窟の最深部、淡い青色の光を放つ水面に目を奪われ、僕は思わず感嘆の声を漏らした。
「たしかこれって、どんなものなのか、良く分かってないんだよね?」
「ええ、その通りですわ。文献が残るよりも遥か昔から世界にありますの。いつ何処から来たものなのか、未だに分かっていませんのよ」
 分かっているのは、これに飛び込むことで特定の場所へ移動が出来ることと、これを守る為、各国が祠を建造したという二つくらいだ。どういう理屈で人や物を運べるだとかは、説はたくさんあるけど、良く分かっていない。
「これと似た転移の力に、ルーラやキメラの翼があるけど、そっちも謎が多いんだよね」
「ええ。ある程度の資質があればルーラは扱えますが、いつからある魔法かは分かっておりませんの」
「キメラの翼も、僕達が使えるくらい数はあるのに、作り方なんかは聞いたことがない。そもそも、キメラっていう生き物そのものが確認されていないんだよね」
「わたくし達が行くことの出来ない神界か魔界、或いは別の世界の力や生物とも言われておりますわ」
「あくまで、仮説ってことらしいけど」
 何処まで行っても、憶測は憶測だ。実際に証拠で以って論理的構築をしない限り、絵空事の域を出ない。
「それにしても、魔法の玉って凄いよね〜。古いって言っても、壁をあんな粉々に出来るなんてさ」
「うん」
 兄さんとトウカ姉さんは、レーベの村で研究家のお爺さんに魔法の玉を貰って、この祠を封印していた壁を破った。船の行き来が減った今、表の世界へ飛び出すにはそれしか方法が無かったからだ。
「ってかさ。あの玉を色んな国で大量生産すれば、魔物達との戦いも楽になるんじゃないかな?」
「う……僕も同じこと思ったことあるから言いづらいんだけどさ。あれって、特殊な材料が必要だから一個しか作れなかったって、研究者のお爺さん、言ってたでしょ」
「そーだっけ?」
 シスって、記憶力が無いんだろうか。それとも、目の前のことを処理するので精一杯なんだろうか。どっちにしても、ちょっと猫っぽいよね。身のこなしとかもひっくるめて。
「ところでお二人共、今日の体調は宜しいですの?」
「はい?」
「いえ、恐らく旅の扉は初めてかと思われますので、確認までに」
「体調と、旅の扉に何の関係が?」
 突拍子が無いその質問に、脊髄反射的に質問で返してしまう。
「報告例は少数ですが、場合に依っては船酔いにも似た症状が出るとも言われてますの。ですので、無理は禁物ですわよ」
「へー」
 船酔いに似てるって、凄く揺れるんだろうか。こればっかりはやってみないと分からないかな。
「僕は大丈夫だよ」
「あたしも」
「それは何よりですわ」
 特に問題は無いようだし、そろそろ行こうかな。
「これって、入るだけで良いんだよね?」
「ええ。ですがその前に身を清め、主に祈りを捧げるのが、わたくしの会派の――」
「ひょいっと」
「わわっ!?」
 アクアさんが言い終わる前に、シスは勢い良く飛び込んでしまう。その際に、僕の手を掴んでたものだから、必然的にこっちも道連れになる訳で――心の準備が出来る前に、顔が水面に叩き付けられた。
「ムグァ!?」
 い、息を充分に吸い込んでないから、胸の辺りが痛いくらいに苦しい。あ、だけど何だかモニャモニャして良い気分……って、これ、危ないんじゃないの!?
「あらあら。お二人共、せっかちさんですのね」
 あ、アクアさん、そういう問題じゃ無いってー! 嗚呼、何か意識と視界がボヤけていくよぉ……。
 兎にも角にも、僕の旅の扉初体験は、何だか良く分からない、しっちゃかめっちゃかなまま終わったんだ。

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