邂逅輪廻



「はぁ……はぁ……」
 腕が軋む。胸の奥が痛む。意識が朦朧とする。
 この二年、真面目に剣の修行もしてきたつもりだったけど、実戦で振るうとなると話は違う。すぐさま息は上がって、剣に振り回されてしまう。
 うぅ……スライムくらい、魔法さえ使えればそんなに苦労しないのに。
「何度も言いますが、魔法はしばらく禁止ですわよ」
 心の内を見透かされた様に的確な言葉を口にされて、驚きで身体が強張ってしまう。
「わたくしは棍を少々扱えますが、あくまでも護身程度ですわ。勇者様には近接戦闘の要となって頂かないと困りますもの」
 言いながらアクアさんは、上空から舞い降りた大烏を、手にした杖で叩き落した。どう見ても男の僕より強いと思うんだけど、気のせいじゃないよね。
「ギャー!?」
 一方、シスはシスで、僕とは違う苦労をしていた。
「ううう……鞭って、こんなに使いづらいもんだっけ」
 中距離で扱え、動きを封じることも出来る鞭を武器として選択したまでは良かったんだけど、実際に使ったことは少ないらしい。さっきから、何度と無く狙いを外しては、引く加減を間違えて自分の身体を引っ叩いていた。
「慌てなくても、アリアハン近辺の魔物はそれ程に手強くはありませんわ。当面は、修行を兼ねての旅ということに致しましょう、勇者様」
「あー、えっと、アクアさん」
「どうしましたの?」
「その、『勇者様』っていうの、やめて貰って良いですか」
「勇者大明神の方がお好みですの?」
「……」
 ハッ! またしても、思考が完全に停止しちゃったよ。
「そうじゃなくて、名前で良いです。仲間なんですから」
「アレク様、ですわね」
「何で、敬称から離れられないんですか。呼び捨てで良いですって。それが無理でも、さん付けくらいで」
 正直なところ、むず痒い面があった。だって、そうでしょう。年下が相手でも様は無いと思うのに、アクアさんは年上だもんなぁ。
「分かりましたわ。ちょっとした夢だったのですけど、泣く泣く諦めますことにしますの」
 そ、そこまで大袈裟な話なのかなぁ。
「ですけど、アレクさん、こちらからもお願いが御座いますわ。わたくしに対して、敬語はやめて下さいまし」
「え――?」
「シスさんと違って、わたくしに対しては距離を取っておられるようで、妬いてしまいますわ」
「や、妬くって……」
 だ、ダメだ。この人には、全てに於いて勝てる気がしない。
「わ、分かった。アクアさん、これからも宜しく」
「ですの」
 頭から湯気が出そうな気分だった。何でこの人はこういう性格なんだろう。底の見えない恐ろしさなんかを感じつつも、僕達の距離は少しだけ縮まった――よね?


「では、これからの方針について再確認致しますわよ」
 レーベの村に辿り着いた僕達は、とりあえず宿をとり、一息ついたところで喫茶室に集まっていた。
 テーブルの上に世界地図を広げてくれるアクアさん。余り馴染みの無い世界の姿を、僕達は興味津々といった感じで覗き込んだ。
「御二方も御存知の通り、アリアハンの位置は、ここになりますわ」
 言って、地図の真ん中よりやや右の下方を指差した。そこにある大陸は思いの外に小さくて、世界の広さを感じさせられてしまう。
「十三年前、オルテガ様は武装客船に乗って、ランシールを経て、バハラタへと迎いましたの」
 ツツツと、指を左に走らせ、大陸にぶつかったところで上へと滑らせた。
「ですが近年、魔物達が凶暴化したことで、船舶の往来は激減し、アリアハンが世界から孤立する形になりましたの」
「へー、世の中、そういうことになってたんだ」
 シスって、生粋のアリアハン人のはずなんだけど、何で外国のアクアさんの方が事情に明るいんだろう。
「そこで四年前、アレル様が旅立った際は、いざないの洞窟にある旅の扉を利用しましたの。かく言うわたくしも、ロマリアからこちらには、それで参りましたのよ」
 それは僕も、兄さんの手紙を読んで知っている。たしか、魔法の玉っていうのを使って封印されていた壁を砕いたって書いてあったはずだ。
「僕達も、それを通ってロマリアに行くんだよね」
「ええ。バラモスが居ると言われるネクロゴンドは、イシスの南、暗黒大陸とも呼ばれる場所にあると言われていますわ。そこに至る手段を探すというのが、当面の目的になると思われますの」
 伝え聞いた話では、父さんはこのネクロゴンド近くの火山に落ちて死んだということになっている。だけどそれはあくまで伝聞で、死体が確認された訳じゃない。淡い期待だと分かっていても、僕は世界の何処かで父さんが生きていると信じたかった。
「漠然とした目標ですが、ロマリアからポルトガへ向かい、船を手に入れたいところですわね」
「船?」
「ええ、もちろん船員を含めてですわ。沿岸で漁をする程度の船は大抵の国で作られていますが、世界を回れる程のものとなりますと、ポルトガの独占事業ですものね」
「そうなんだ。知らなかったなぁ」
 とりあえず、盗賊って、世界情勢を知らなくても成り立つ商売だってことは知ることが出来たかな。
「旅の扉、か。まあ、兄さんが壁を砕いたらしいし、特に問題は無いんだよね」
 洞窟の中に幾らか魔物が居るらしいけど、アクアさんは一人で通ってきたから、そこまでの強さじゃないはず――。
「ところが、そうは問屋が卸しませんの」
 アクアさんって、たまに変わった表現をするよね。
「最近、人心の乱れから治安が悪くなっているというのは御存知だと思いますが、この近辺も例に漏れず、山賊達が屯していますの」
「さ、山賊ぅ?」
 人間って、何で戦うべき共通の敵が居る時に、こうも簡単に堕落出来るのかなぁ。
「わたくしがこちらに来た時の様に、こっそり抜けるというのも一つの手ですわ。
 ですがここは、今後の安定を考えまして、少し懲らしめるべきだと思いますの」
 たしかに、そんな奴らが居座っていたら、旅の扉は更に使いづらくなり、アリアハンの孤立化が進むだけだろう。勇者として、一肌脱ぐべきところかも知れない。
「ところで、ここに義賊が居るんだけど、何か有効に活用できないかな?」
「ん〜、同じ賊でも、わたくしには返答しかねますわね」
「ひょっとして、何かバカにされてる?」
 必ずしもそうとは言い切れないけど、否定も出来ないかな、なんてことを思ってみる。
 何にしても、こうして僕達の当面の目標は、いざないの洞窟近くの山賊退治に決まったんだ。


「それで、山賊って結局、何人くらい居るのさ」
「一応、三十人くらいと言われていますわ。とはいえ、一人見たらその五十倍は居ると言われておりますし、正確な数は何とも言えませんの」
 完全に、台所の天敵扱いだなぁ。
「それにしても、何でああいう人達って、奪うことで生きてるのに、あんな楽しそうにお酒が飲めるんだろう」
 僕達は、ねぐらである洞窟で酒宴を繰り広げる山賊達を遠目に見遣っていた。彼らは、下卑た笑い声を周囲に撒き散らしていて、それだけで、腹の奥がグツグツと煮えくり返ってくる。
「あと数刻の辛抱ですわ。寝入ったところを攻め入れば、幾らでもお仕置きが出来ますわよ」
「そーそー。洞窟だったら、一斉に襲われる心配も少ないし」
 たしかに、三人で十倍の人間を相手にするとしたら、これくらいの作戦は必要だろう。見張りさえ何とかすれば、後は中へ向けて一直線だしね。
 陣形としては、僕が先頭で、真ん中にアクアさん、挟み撃ちに対する備えとして、シスを後ろに配置する格好になる。今回は頼り過ぎないことを前提に魔法を解禁されてるし、全力でやるからね。
「では、わたくしは仮眠を取らせて頂きますわ。一刻後に交代致しますので、起こして下さいまし」
 そう言って、くーくーと寝息を立ててしまうアクアさん。早いよ。そしてどうしてこの状況で眠れるのさ。
 いつものことながら、底の知れない大物感を覚えつつ、僕はシスに見張りを任せて、目だけは瞑っておくことにした。


「にしてもよぉ。見張りってのはやっぱつまらねぇなぁ。俺らをヤレる奴なんかいねぇんだし、必要ねぇってもんだよな、ヒャホー」
「慢心とは、いつの世も身を滅ぼす業火となりうるもの。例え閑職と思えども、全力を尽くすことに意味がある」
「ケッ。エジンベアの騎士団で失権して、こんなところまで流れ着いた奴に言われたかねぇよ」
「汝、今の発言を取り消さぬと只では済まぬぞ」
「へっへー。どう済まないのか、教えて貰おうか」
『ラリホー』
「ほひゃー!?」
 途端、見張りに立っていたチンピラ風の男がその場に崩れ落ちてしまう。もう一方の武人風の男も、何とか耐えようとしていたが、遂には膝をついて伏せってしまう。
「この様な時は、やはり眠らせるというのが一番ですわよね」
「クルクルクル〜と」
 幾ら悪人とはいえ、無闇に傷付けるというのは気が進まない。魔法を最大限活用して、更に戦闘不能者は片端から縛り上げていく、と。
「ってかさ。洞窟に向けて、メラかイオ連発すれば、壊滅して終わりになるんじゃない?」
 シスが何か物騒なことを言ってるけど、聞かなかったことにしよう。
「そういう手も、ありやも知れませんわね」
 あ、アクアさんまで、無茶言わないでよ。
「冗談ですわよ」
 笑えない言動は冗談とは言えないと思うんだけど、どうなんだろう。
「それじゃ、始めようか」
 アリアハン近郊の魔物は、さほど強くない。個々が勝手に戦っていても、何とかなる程度だ。
 僕達にとって初めての、パーティとしての戦いが、今ここで開演する。

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