邂逅輪廻



「兄さん……父さんって、どういう人だったの?」
 夕暮れ時、城下町を見渡せる高台で、僕はそう問い掛けた。
「父さん、か。とても強い人だった。剣や魔法はもちろんだけど、全てに於いて、な。勇者の中の勇者って言われるのも、分かる気がする。
 まー、俺もガキだったから良くは憶えてねーんだけどな」
 アリアハンの英雄であり、僕達の父親でもあるオルテガが旅立った時、兄さんは七歳で、僕は二歳だった。僕にとってその思い出は余りにかすかで、霧が掛かったかの様に曖昧だ。
「父さんは、死んじゃったのかな?」
「さぁな。だけど心配するな。魔王バラモスは俺が倒す。それが、勇者オルテガの長男に生まれた、俺の使命だ」
「だったら、僕は兄さんを助けられる魔法使いになる。一杯、一杯、勉強するからさ」
「ああ……そうだな。アレクが大きくなったら、一緒にバラモスを倒そう。約束だ」
「うん!」
 アレル兄さんが勇者を継ぐ者としてアリアハン国王に招かれたのは、それから二年後のことだった。

「兄さん!」
「大丈夫だよ、アレク。お前が大きくなる前に、俺がバラモスを倒してみせるさ。そんな心配そうな顔すんな」
「兄……さん」
「母さんと爺ちゃんを頼んだぞ」
「う……ん。分かったよ。兄さんが帰ってくるまで、僕がこの家を守るから!」
「ああ、それでこそ俺の弟だ」
 そう言って、兄さんは幼馴染みの姉さんと一緒に旅立っていった。

 それから一年半、兄さんはキメラの翼を使って、何度と無く手紙を届けてくれた。世界の国々で出会った人達の話。新たに出会った仲間の話。カンダタっていう、何処か憎みきれない悪党の話。そして、魔王バラモスの本拠地、ネクロゴンドへ向かう方法についての話。
 旅の全てが書かれている訳じゃなかったけど、兄さんの無事が確認出来るだけで充分だった。五つも歳が離れてなければ一緒に行けたのにと思ったりもしたけど、僕はいつしか兄さんからの手紙を心待ちにする様になっていた。
 だけど、ある日を境に、連絡が途絶えてしまった。動揺する僕に母さんは、『あの子も忙しいのよ。便りが無いのは無事の知らせでしょ』と言ってくれた。でも、僕以上に母さんの方が心配していた。
 噂は、瞬く間にアリアハン国内に広がっていった。面と向かっては言われなかったけど、『オルテガに続いてアレルもか』と、たくさんの人が嘆いた。
 兄さん、一体、何があったっていうんだ。長い文章なんて要らないから、一言、無事を報せてよ。
 そして、更に半年後。キメラの翼は、僕達に便りをくれた。
 それは、手紙じゃなかった。べったりと黒ずんだ、子猫程の大きさの球だった。それが血糊であると気付き拭き取ってみると、珠は紫色の輝きを放った。
 これが、何を意味するのか僕には分からない。だけど、一つだけ言えることがある。僕が勇者としての旅立ちを期待され始めたのは、ちょうど、この頃からだった。


「母さん、それじゃ、行って来るね」
「今日は、帰ってくるのよね?」
「うん、もう夕方だから、旅立ちは明日になるよ」
「そうよね。強い人が見付かると良いわね」
「こればかりは、行ってみないとね」
 僕はそう言って、見送りの母さんに手を振った。今から向かおうとしているのは、ルイーダの酒場だ。かつてアリアハンが世界の中心であった時、世界中の冒険者や戦士、それに魔法使いなんかがそこに集まっていた。その頃程じゃないけど、今もたくさんの人達がここには屯している。だから、仲間を見付けるには持ってこいの場所なんだ。
 朝方、僕は勇者としての任命式をする為、王宮へと足を運んだ。そこで聞かされたのは、優秀なお抱え騎士や魔法を使える者は、既に派兵され、そして帰ってこなかったという話だった。アリアハンは魔王軍の侵攻が比較的弱い地域とはいえ、最低限の国防は必要ということで、供は付けてくれなかった。代わりにくれたものは、旅道具一式と、人を雇い入れ、且つ、当面は心配しなくて良い程の路銀だった。お金の価値は僕には分からないけど、重さだけは感じ取ることが出来た。
「ルイーダさん、か」
 小さかった頃、僕は何度かこの酒場に足を運んだことがある気がする。だけど、いつだったか、昔、母さんとルイーダさんが父さんを巡って泥沼の抗争を繰り広げていたっていう噂を聞いた。結果として、父さんは母さんと結婚して、僕達が生まれたことになる。そんな話を聞かされたら近付きにくくなるのは当然で――父さん、息子に変な気遣いをさせないで欲しいなぁ。
「シス! てめぇ、また俺の財布スりやがったな! この、こそ泥が!」
「ふんだ。そんな盗り易い場所に入れとくのが悪いんでしょ。大体、あたしは義賊だってば」
「義賊なら、悪いことして金溜めてる奴から盗りやがれ!」
 途端、豪快な打撃音と共に、何かが酒場の扉を抉じ開けて飛び出してきた。それが、小柄な女の子であると気付くのに十秒程を要してしまう。
「あいたたた。自分の無用心さを棚にあげて酷いなぁ。だけど、調子乗ってその金で一杯やったあたしもバカだったかなぁ」
「だ、大丈夫なの?」
「ん? あー、平気平気。高いところから落ちるの慣れてるから、受身とか得意だし」
 言って軽快に立ち上がると、少女はパンパンと埃を叩き落とした。年の頃で言うと、僕と同じ十四、五位だろうか。狐色の短髪が目を惹き、動き易そうな軽装は活発な印象を受けた。一般人からみると幾ばくか小柄な体躯だが、その身体に無駄な脂は付いていない。だけど、痩せているというよりは締まっているというのが適切なんだろう。実際、今の軽業で何処も痛めていないというのは、それなりに鍛えている証拠だ。
「あんたも、お金はちゃんと管理しないとあたしが盗っちゃうからね」
「え?」
 言われて慌てて、懐の路銀入れに手をやってしまった。小遣い銭程度はすぐ出せる様、腰の道具袋に入れてあるんだけど、主要な高級硬貨なんかは鎖かたびらの裏側だ。ちょっとしたスリなんかに盗られる様な場所じゃないのは分かってたんだけど――。
「ふ〜ん。そこに入ってるんだ」
 完全に、一杯食わされた。
「冗談、冗談。言ったでしょ、あたしは義賊だって。悪い人からしか盗らないよ。あんた、どう見たって、搾取される側の人間っぽいし」
 うわ、何か凄いことを言われた気がする。
「でも、さっきの人って、そんなに悪い人なの?」
「ん〜。いや、ちょっと血の気は多いけど、それ程でもないかな? でも、あんな無防備な財布を見たら本能が――」
 世の中って、危険な人がたくさん居るんだなぁ。
「それじゃあね〜。又、縁があったら何処かで会いましょう〜」
「あ、うん、バイバイ」
 別れの挨拶と共に、女の子は脱兎の如く駆け去っていった。
 へ、変な子だったなぁ。大体、明日には旅立つから、もう会うことは無いだろうし。去り行く彼女を見遣りながら、僕はそんなことを思っていた。


「やぁ、アレク、しばらく見ない間に随分と大きくなったね」
「お久し振りです、ルイーダさん」
 酒場内に入った僕は、先ずカウンターに座る主に声を掛けた。
「フフ。随分と女を泣かせそうな顔になってきたじゃないか。血は争えないねぇ」
 父さん。何で僕は、こんなところで針のむしろを味わっているんでしょうか。
「それで、早速なんですけど――」
「ああ、話は聞いてるよ。仲間が必要なんだろ?」
「ええ」
 自慢にはならないけど、僕は武芸に全く自信が無い。二年前、十三歳になるまでは魔法使いになるつもりで勉強をしていたからだ。アレル兄さんが行方知れずになって、僕に勇者としての働きを期待される様になってからは一通り学んできたけど、所詮は付け焼き刃だ。十年単位で鍛え上げてきた人から見れば、お遊びの域を出ていないだろう。
「皆、聞いとくれ。ここに居るのは、あの勇者オルテガの次子アレクだ。魔王バラモスを打ち倒す旅に立ち上がる奴はいねぇか!」
『ひゃぁぁっほうぅぅ!』
『ウオォォォ!!』
 途端、酒場内は怒号にも似た喧騒で満たされた。
「ついに、ついにこの機会が来たぜ!」
「ああ。オルテガさんは一人で行っちまうし、アレルの奴もトウカと二人だったからな」
 ――え?
「父さんと兄さんは、ここで仲間を集めてないの?」
「そういや、そうだったな。いや、一応二人共、来るには来たんだがな。恐らく、眼鏡に適う奴が居なかったんだろう」
「姉御ー、何を言っちゃってますかなぁ。俺のこの筋肉を見ても使えないと言いやがりますか?」
 たしかに、その男の腕はそこいらの丸太程はあり、僕の胴回りとも良い勝負が出来るだろう。
「見せ掛けだけの筋肉じゃありませんぜ。このガラス瓶くらいなら、握るだけで潰してみせ――」
「やるのは勝手だが、後片付けは自分でやれよ」
「へっへ。まだ酒が残ってるのに、そんなもったいないことはしやせんぜ」
 屈した、今、間違いなく大男がルイーダさんに屈した。
「ね、ねぇ、一つ聞いていい?」
「ん、どうしたい。俺達は、おめぇがガキだからって見下したりしねぇぞ。何しろあのオルテガさんの息子だ。必ず強くなるだろうよ」
 その言葉が、小さな針となって、僕の心に突き刺さった。
「怖くないの? 相手は魔王バラモスだよ? 父さんや兄さんだって生死不明だし、生きて帰れる保証なんて無いんだよ?」
「ハーハッハ。そりゃ死ぬこたぁ有り得るだろうよ。だが、んなもん、漁師や木こりでもあることだろうが。しかし、そいつらと違って、バラモスを倒すことが出来りゃあ、一発で英雄だ。多少の危険に怯えて、こんな大チャンス見過ごせるかってんだ」
「おぅよ! アレク、俺を連れてけ! こう見えて、昔はポルトガの僧兵部隊に居たことがあってな。回復魔法と武器が使えるぜ」
「てめぇ、横取りする気か。なぁ、アレク。最後に物を言うのは結局、腕力だぜ。俺なら、はぐれメタルだろうと一発でミンチにしてやるよ」
「あ、え、あー……」
「おいおい、そんな纏めて言ったところで混乱するだけだろうよ。とりあえず希望者はこっちに集まって、自分の売りをこの紙に整理してくれ。その上でアレクが一人ずつ面談して決めりゃ良い」
「ちっ、姉御にゃ敵わねぇな」
 ブツクサと文句を言いながらも、皆は指示通りに一ヶ所へと集まった。流石に、こんな酒場を切り盛りするだけあって、ルイーダさんの迫力は相当なものだ。
「アレク、よーく見ておくんだよ。もしかすると、あんたは仲間に命を救われるかも知れないし、逆に落とすかも知れない。仲間っていうのは、そういうもんだ。少しでも違和を感じたら、悪いことは言わない。何日旅立ちを遅らせても良いから、じっくり探すんだ。オルテガやアレルがここから選ばなかったのは、つまり、そういうことだ」
「は、はい」
 そうだ。僕は、仲間を集めるということを何処か漠然と考えていた。只、強ければいいってもんじゃない。信頼に値する人じゃないとダメなんだ。
「失礼しますわ」
 不意に、扉が開く音と共に、女性の声が店内に響いた。
「この辺りに、教会は御座いませんこと。出来ましたら、アリスト派が望ましいですわ」
 女性は、歳で言うと二十歳くらいだろうか。全体的に露出が少ない旅装束だったけど、スラリと伸びた四肢が見て取れる程に身体付きのバランスが良かった。
「旅の僧侶かい? 教会は互助制で、同じか敵対してない会派なら見ず知らずでも泊めてくれるらしいな」
「ええ、その通りですわ。少々、長逗留になるかも知れませんので、少しでも路銀を節約しようと思いましたの」
「そうか。アリスト派なら、裏手をまっすぐ行ったところにあったはずだが。まー、長く居るってんなら、酒飲む時はうちに来いや」
「生憎と、わたくしの会派は祭りの時以外にお酒を飲むことを禁じておりますが、御食事くらいでしたら」
 女性は、そう言うと、にっこり微笑んで踵を返した。うーわ、それにしても美人だったなぁ。
「おい、アレク」
「え?」
 何か、遠くから声が聞こえた様な。
「美人に弱いのも、血筋か――」
「え? え?」
 何だか、ルイーダさんが一人納得しているけど、何があったの?
「うぉぉし、アレクゥ。順番をクジで決めたぜぇ。とっとと始めて貰おうか」
「あ、はい」
 こうして、僕は仲間を見つける為、酒場の皆と話をすることになったんだ。


「はぁ……」
 一通り面接を終え、僕はトボトボと家へと向かっていた。もう周囲に夜の帳は降りきっていて、月明かりがやけに眩しい。
 結局、話をしたのは十八人だっただろうか。どの人も立派な経歴の持ち主で、僕なんかよりずっと強いと思う。だけど、何かが違っていた。巧くは言えないけど、ピンと来ないって言うか。どうしてこんな気持ちになるのかは、良く分からない。
『そう難しく考えるな。今日来てない奴もたくさん居るんだから、一週間くらい掛けてじっくり探してもいい。声は掛けとくよ』
 ルイーダさんの言葉を思い起こし、もう一度、溜め息をついた。今日中に集めて、明日の朝に出るつもりだったんだけどなぁ。自分の考えが甘過ぎたことに落胆したくもなる。
「それにしても――」
 父さんと兄さんがあそこで仲間を選ばなかったのは、どういうことなんだろうか。そりゃ、明らかな足手まといなら居ない方が良いんだろうけど、手練れも多いはずだ。旅を重ねていく内に強くなる人も居るだろう。父さんは一人で旅立ったって言うし、兄さんも、幼馴染みのトウカ姉さんとの二人旅だ。探しには行ったみたいだから、仲間は欲しかったんだろうけど、だったらどんな理由で――。
「ん?」
 不意に、何かに蹴躓いた。何だか、随分と柔らかかったんだけど、犬や猫にしては鳴き声は聞こえなかったし――。
「わ!?」
「どうなさいました?」
 それは、女性の脚だった。薄暗くて気付かなかったけど、街路樹に凭れる格好で伸ばしていて、ちょうど脛辺りを蹴飛ばしたことになる。いや、踏み付けなくて良かったなぁ。
「あれ?」
 その女性は、つい先刻、酒場で顔を合わせた旅の僧侶だった。たしかさっき――。
「裏手の教会に泊まるって言ってませんでしたっけ。こんなところで、何をしてるんです?」
「それが困ったことに、最近、閉鎖されてしまったみたいですの。他の教会は会派が合いませんし、ほとほと参ってますわ」
 内容の割に、笑顔は絶やしてないし、そこまで大変な事態に感じられないのはどうしてだろう。
「不安な時代だからこそ、わたくし達、宗教家の勢力が増大するというのも、絶対ではないものですわね」
 ん? ちょっと不穏当な発言が聞こえなかった?
「それで、疲れて休憩を」
「いえ、いっそここで夜を明かそうかと思いまして」
 のほほんとした性格に見えて、割と無茶な人だなぁ。
「えー……差し出がましい様ですが、宿くらい幾つかありますよ?」
 魔物達の横行で旅人がめっきり減ったものの、これだけの街なら宿泊施設くらいはある。懐には響くかも知れないけれど、女性がこんなところで夜明かしとか無茶苦茶だ。
「それが、何軒か御伺いしたのですが、何処も満室でしたの。運には自信がありましたのに、こういう日もありますのね」
「え〜……」
 これは本格的に困ったな。僕には関係無いと言ってしまえばそれまでだけど、ここで見捨てるのも後味が悪い。
 ルイーダさんに頼めば何とかしてくれるだろうか。でも酒場はこれから忙しいだろうし、悪いよなぁ。
 色々な考えが巡りに巡った末、口から漏れた結論は――。
「僕のうちに泊まります?」
 自分でも驚く程に、軽薄極まりないものだった。
「宜しいんですの?」
「あ、え、いや、うー……」
 言ってはみたものの、随分と大胆というか際どい発言だった。うわー、顔から火が出てきそう。
「わたくし、遠慮しませんわよ」
「だ、大丈夫。父さんと兄さんの寝床が空いてるから」
 そ、そうだよね。僧侶だもん。人の家に泊めて貰うことも珍しくないよね。
「あ――」
「どうしました」
「下心を持ったりしたら、めっ、ですわよ」
 心の内を見透かされたかの様に的確な言葉を口にされ、僕の心臓は、爆ぜる様に大きく鳴った。

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