学園祭初日、午後五時三十七分、東校舎二階某教室。 「そういや、綾女ちゃんと知り合ったばかりの頃、代議士のお誘いを受けたことがありました」 はっはっはー、この祖父と孫、ジョークのセンスまで似てるだなんて、綺麗に纏めてくるじゃない。 「綾女の言う面白いとは、そういった意味ではないのかね」 「いやいや、何をどうしたらそうなるんですの」 あまりの動揺に、綾女ちゃんっぽい喋り方になってしまったですわよ。 「大体、俺、国会議員がどんな仕事してるかすら、よく知りませんからね」 ドラマやなんかで悪巧みしてるのを見掛けるけど、実際には何してるんだろうな、あのオッサン達。教科書通りで言うと、法案を精査し、その是非や問題点を論議するってことになってる。だけどそこら辺は官僚に丸投げしてるって話も聞くし、結局のところは分からんのが本音だ。 「ふむ、たしかに若いもんからすると、複雑に見えるやも知れんの。宜しい、ではこの衆議院議員歴三十五年、閣僚と党三役歴を合わせて二十年弱の古老が、分かりやすく説いてくれようぞ」 「何か凄い贅沢なこと言い出してますが、いいんですか。そういうんだったら俺一人じゃなくて、もう少し人を集めてきますけど」 「気にするな。どうせこの先、若いもん相手に何度となく語ろうと思ってることの一つじゃからな。予行演習だと考えて貰えればよい」 「そういうことならいいんですけど」 誰もが認める極普通の一般庶民の為、特別扱いみたいな感じに戸惑うのは仕方のないことなんだよ。 「では、第一に御主に問おう、国とはなんじゃ?」 「そこから!?」 ああ、この物事を根源から考えすぎるせいで、落とし所がよく分からなくなる感じ、たしかに綾女ちゃんの関係者ですわ。 「そうですね。人が集団で生活する上で、言語的、民族的にある程度の統一性を持って行動できる最大の単位、みたいな?」 それっぽいことを言ってみたが、俺の中でこれが正解という確信がある訳でもない、ほぼ思い付きである。 「ほぉ、高校生にしては、まあまあの解答じゃな」 得てして、こういうのが評価を受けてしまったりするものである。俺のその場凌ぎ的詭弁力が、色々な方面に依って鍛え上げられた結果と言える気もするが。 「国家の雛形は、一人、或いは家族のみで生き抜くことが困難であった故に寄り集まった集落であろう。農耕技術の発達などに依って次第と規模が大きくなり、意見の対立なども生じてくるようになる。それらを纏め上げる為、専任の指導者を必要としてくる訳じゃ。後に王や議員と呼ばれる者達は、こうして生まれた。何のことはない。国会議員の仕事を究極的に言ってしまえば、国がどう歩むかの方向性を打ち出す、そしてその為に立ち塞がる障害をどの様にして取り除くかを示す、この二点だけなのじゃよ」 「出来てますかね、今の国会議員さん達は」 少なくても、俺程度の理解力だと、どの党が国を具体的にどうしたいかってのは、全くもって伝わって来ないのだが。 「最近まで現役だった儂が言うのも何じゃが、難儀しとると言わざるを得ん。そもそも人という生き物は、明日の食事にも困る生活を長年続けてきたせいか、短期的な視野を優先する傾向がある。しかし現代社会は数年、数十年を見据えて行動せねば生き残れぬ。一種の人気商売である政治家にとって、この齟齬は重い枷となるのだ。結果、すぐさま効果が現れるカンフル剤的な景気対策や、一部の者のみが利益を得る利権へと走ってしまう。無論、その中に政治屋と揶揄され、私腹を肥やす輩が紛れていることも否定はせん」 俺や一般ピーポーがイメージする悪徳政治家か。汚職のない政治は不可能とは言われてるけど、どの程度までなら許容できるかってのも奥深い話になりそうだ。 「選挙に受からなければ議員の資格は無いけど、選挙に受かる為に八方美人をしたり、偏った人が恩恵を受ける様にしたら政治家としては失格って話になりますか」 見事な二重拘束だな。どうしたらこの矛盾に満ちたパズルを解けるんだ。 「結局のところ、政治家は誰よりも人を知らねばならぬ稼業ということになるな。生来にして秩序を保とうとするのか、混沌を好むものなのか、或いは両面を持ち合わせているのか。それらを見極め、必要とあらば強権にて従わせ、緩める時は緩める。陳腐な言葉となってしまうが、バランス感覚が無くては務まらぬよ。綾女は、そういった面での期待値が最も高いということだ」 「はぁ〜、そういったものなのですか。てっきり調子のいいことを言って支持率の荒稼ぎをするだけのお仕事だと思ってた面があったりなかったりな感じでした」 「そういった部分も、無いとは言い切れん」 「言い切れんのですかい」 おっと、やべぇ。こなれてきたのか、三つ子辺りと同じような対応をしてしまった。 「支持率で思い出したが、支持率の限界点というものを考えたことはあるかの」 「ん?」 「非の打ち所の無い完璧な施策をし、代表は誰からも愛されるカリスマで、野党も脆弱極まりないという、気持ち悪いとでも称すべき状態になった場合を仮定して、支持率はどの程度に伸びると思うかね」 「そりゃ、そこまで理想的なら九割以上は――」 「せいぜいが、八割じゃよ」 「そうですか?」 しょうもない政治家に辟易してる現代日本なら、反動でそれくらい伸びそうなものだけど。 「現実はここまで駒が揃うことは極めて稀故に、六、七割が上限と言ってもいいであろう」 「でも、たまに支持率八割位の内閣って誕生してません?」 「それは大体が発足当初の御祝儀相場というやつじゃ。それを維持できた内閣なぞ、儂が知る限り存在せん。大体、動き始めたばかりの内閣なんぞ、何の実績や汚点も無く、支持、不支持とする要素は無かろうに、どう判断せいという話ではある」 「一回目だけは、期待度調査にでもすればいい感は、たしかにあります」 統一感に欠けるという理由だけで変えないのだとすれば、ダメな完璧主義というか、怠慢というか、どっちにしてもいいことじゃないな。 「人なんぞ捻くれた生き物じゃからな、大多数が何かに迎合すれば、反発する勢力は必ず現れる。それが故に、何がしかの非常事態が起きた時に種としては生き残ることが出来る面もあるがの」 そこでまた、政治家に求められるバランス感覚と調整能力が必要になるってことなのかしら。 「つまるところ、国民全てに愛される政治家なぞ、存在し得ないということじゃ。日本の有権者が一億人として、どれだけ努力しようと、二千万人には嫌われる。世界的に著名となれば、億の単位となる。儂なんぞ今でこそ好々爺の様に扱われておるが、もう少し若い頃は『派閥政治を影で操るゴッドファーザー』だの『俗世に迷い込んだ烏天狗』だの、散々に言われていたわい」 「その頃のことは知りませんが、大変でしたね」 「政治家である以上、致し方ないものではあるがの。しかしこの覚悟を持たずして、この道に入る輩が存外に多いのもまた事実でな。薄っぺらい信念の為、目先の小銭の為、何とはなしに親がそうだった為、と。若い内は働けど報われんことを嘆くのもよかろうが、総仕上げの年になって尚、こんなことをほざくアホも多いもんじゃ」 「政治家の人材不足は深刻、と」 「そういう訳じゃから、綾女共々、面白そうな若者には片っ端から声を掛けることにしとる」 「ようやく、話が繋がりました」 詰まるところ、百回断られてからが本番と言われてる街頭ナンパみたいなもんだな。あー、よかった。割とマジで勧誘されてるんじゃないかって思っちゃったよ。 「お前さんは中々に見所がありそうじゃから、一つ根源的な話をしようか」 下手な鉄砲の割には、随分と見込まれたものである。定期テストの点数に一喜一憂し、友人とバカ話してるのが珠玉の幸福と考えてる、凡庸学生の見本のような男なのにな。 「政治家が抱く究極の目標の一つに、恒久的な世界平和というものがある。言葉にすれば単純なものじゃが、どの様な状態を指すのかね」 「え、えーと、各国が争いごとをせず、一つの目標に向かって一致団結を、みたいな」 「人類に、その様なことが可能だと思うかね」 「若い俺に問うのは酷だと考えなかったんですか、その質問」 まさか綾女ちゃん、爺さんと会う度にこんな会話ばっかりしてんじゃないだろうな。そうだとしたら、高校一年生とは思えない妙な達観っぷりも、理解できるんだけどさ。 「或いは、宇宙人でも攻めてきて、半永久的に敵対してくれるのであらば出来ないことも無いであろうがな」 冗談めかして言ってるけど、割と本気なんじゃないかって目をしてて少し怖い。 「仮定の話になりますけど、そいつらが南極辺りに前線基地を作ったとしましょうか。んで、組織だった軍隊を編成してて、地球人とある程度の意思疎通が可能だとしたら、人類同士の戦いと本質的な差が無いようにも思えますけど」 「そこまでは考えなかったな」 俺も言ってて、本気で何の根本的な解決になってないことに気付いて驚いた。 「他に本物の世界平和などというものがあるとすれば、それは全人類が一つの価値観を共有することであろう。現実的に言えば、宗教の力を借りるしかあるまい。科学や哲学は否定があってこそ成り立つものだから、盲信は不可能だ。つまり生活水準は低下の一途を辿り、いずれは原始の時代へと立ち戻ることとなる。生活に必要なものさえ揃えばそれでいいのやも知れぬが、困難と言わざるを得ん。それに画一の意志しか持たぬ種は、環境の変化に恐ろしい程に弱い。有性生殖によって多様性を得ることで、とにかく生き延びることを選択した先祖達に対する冒涜にすら思える」 「つまり――結局のところどうすれば?」 「分からん」 「分からんのかい!」 思わずタメ口でツッコんでしまったけど、手の甲でビシっと叩きたい衝動を抑え込んだのを褒めてもらいたいくらいだ。 「この歳になると、人生で使える燃料がさほど残っていないことが分かっての。この様な難題に答を出すのは不可能じゃ。後はお前さん達、若いもんに託すことにする」 「酷い無茶振りを聞いた気がする」 たしかに、若い方が蓄えてるエネルギーは多いかも知れないけど、それを無駄遣いして満足するのが若者の特権って感じもするんですけど。 「うむ、よき時間であった。やはり未来ある少年少女達と語り合うのは生気がみなぎってくる。出来ることは少なくとも、幾ばくかでも道筋を照らす役目くらいは担いたいでの」 「こっちは、無理難題を丸投げされたせいで、少し頭痛がします」 人格形成は、何だかんだ言って、遺伝的資質と家庭環境、つまりは家族が相当に影響する。綾女ちゃんがあんなに物事をややこしく考えるタチなのも、致し方ないことなのかも知れない。その割に兄貴の方は、何も考えてない感じがするのは、バランスを取る形ってことで納得しておこう。 「ではな、若人よ。次に会う時は、更なる成長を期待しておるぞ」 「初対面なのに、何ゆえ長年信頼関係を築き上げた師匠の様に振る舞っているのか。問うてしまっては野暮というものなのであろうか」 今日一日だけで、何人か知り合いの身内に遭遇したが、一人残らず変人って、凄いことなんじゃなかろうか。これに負けじと兄貴を鍛えあげねばと思ってしまう辺り、七原の血は業が深いよな。 公:何と言うか、学園祭が一区切りついた後に、 主人公が爺さんとマンツーマンで語り合うとか作者の頭を疑う領域だよな。 しかも二話に渡ってとか、大丈夫なんだろうか。 岬:賛否についてはさておいて、中々無いことだとは思います。 公:ここはこう、何がしか派手目のイベントが起こってもいいんじゃないか。 後夜祭は二日目の後だし、具体的にどうしろと言われると、思い付かんが。 岬:そうですね。建前上の折り返し地点ではありますし、ここは一つ、 これまで何があったかをダイジェスト方式で振り返ってみるのもいいのではないでしょうか。 公:それ、制作が一杯一杯ってだけじゃ……大体、要約したら中身が無いのがバレるぞ。 岬:逆じゃないですかね。開けっぴろげにすることで、むしろツッコミづらくすると言いますか。 公:痛々しさを全面に押し出すのは、不憫を通り越して哀れになるからやめとこうや。 岬:それでは次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第二十九話 『オープニングに出てたはずの必殺技や敵キャラが無かったことになるのはよくあることだし』です。 公:伏線っぽいのを張っておきながら回収できない計画性の無さを、 一般論っぽくして誤魔化すのは、人としてどうかと思う気がするのですよ。
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