学園祭初日、午後四時五十分、第二講堂舞台上。 日本の雑談業界に於いて、自分を何々で喩えると何に似てるというのは、定番の一つだ。そのくせ、果てしなく難易度が高いという、厄介極まりない存在だ。例えば、定番中の定番である動物というお題が出てきた場合、その時のメンバー次第では残酷なまでの心理戦が繰り広げられる。無論、気心の知れた相手であれば何を選ぼうと軽く受け流してもらえよう。だが、微妙に好意を持っていたり、ちょっとばかりの敵対心がある間柄だと、ことは簡単に運ばない。動物という、あまりに大雑把で広いジャンルを使って、自分を表現しようというのだ。可愛いものを選択すべきか、謙遜すべきか、はたまた受けに走るべきか。自分が自分をどう思っているかを吐き出さなければならないこの慣習は、特に女子の間では危険極まりない爆弾のようなものと言えるだろう。ちなみに巻き込まれた場合、俺はマントヒヒと言って逃げることを常としている。れっきとした猿の一種だから人間の仲間だし、見た目もそこそこ愛嬌があるが美形という訳でもない絶妙な立ち位置だ。他に昔、三国志の武将とかいう話になって、俺は馬休とか適当なことを口にした記憶がある。そしたら三国志大好きな女子に、『えー、七原君はどっちかっていうと馬鉄だよ』と言われた。うろ覚えの記憶で喋ったもんだから気になって調べてみたら、馬休と馬鉄は兄弟で、長男である馬超が曹操と対立した時にどっちも見せしめとして殺されたらしい。結果として、三国志マニアの心の闇を知ってしまうという、俺にとってやっぱり何の得もない話題だったのだ。 そして将棋の駒も又、定番とまではいかないが、それなりに扱われる題材だ。まともな勝負になるかはともかく、駒の動かし方くらいは結構な数の日本人が知っているし、キャラクターが立っているので手頃なんだろう。前に俺もこの議題に引き摺り込まれたことがある気はするのだが、何と答えたかはよく憶えていない。歩兵っていうのも謙遜が過ぎて嫌味な感じがするし、だからと言って銀将くらいにすると割と偉い気もして、判断に困ったのを朧げながらに思い出した。 「そういえば、将棋の駒って偉い順に並べると、どうなるんだ」 「と、言いますと?」 「いや、歩兵が一番格下で、玉将が上ってのはいいとしてさ。その間って、意外と曖昧な気がしてさ」 「おぉ、言われてみればたしかに」 「そこに気付くとは、流石は七原さんですな」 さっきから微妙に褒め殺しを混ぜてきてる感じがあるけど、この子達の場合、作戦なのかノリなのかが分からないから困る。 「軍隊に例えると、歩兵は兵卒、玉将は元帥、ないしは将官といったところですか」 「下から順にざっくり言うと、兵卒、下士官、尉官、佐官、将官となる訳ですが」 「大駒たる飛車、角行が素直に将官に当てはまるかと言われると怪しい訳で」 「将官とは規模の差はあれ、司令官としての仕事が主任務」 「つまり後ろでじっくりと作戦を練って指揮するのが本業なのです」 「重量アタッカーの大駒は違うのではないかと言われると、たしかにそうでしょう」 「役目としては佐官辺りが適当ですかね」 「少しゃ、中佐、大佐という響きは、何故こうも甘美なのか、検証に値するやも知れませんなぁ」 「微妙に噛んでるぞ」 そういやこないだ、姉の方も『冷涼にゃるにょんきゃく』とか自分の二つ名を噛んだことあったな。喋りが達者な血筋でいて、案外、そういう特性を持ってるのかも知れない。この場合、河童の川流れが近しいんだろうけど。 「でもまあ、飛車が歴戦の大佐って言われると、納得できるものはあるな」 「となると角行は中佐ですか」 「中々に、説得力のある考察ですな」 あくまでも俺らだけが頷いている見解であって、世間一般に同調して頂けるかまでは知ったことではない。 「しかしここで、大問題が残りますな」 「金将銀将は玉将の側近であるからして、それなりに偉いのでしょうが」 「その下であろう香車と桂馬はどちらが格上なのか」 「もう、この議論で残り時間を埋めてしまってもいいのではないでしょうか」 「なんでやねんな」 そりゃ、脊髄反射で至極普通のツッコミを入れてしまうってもんさ。 「そうは言いますがね」 「トリオ・デ・桂馬と言われる我々にとって」 「歩兵の次に格が低いのはどれかというのは重要な問題なのですよ」 「ぶっちゃけ、歩兵など雑兵、足軽、ふんどし担ぎに過ぎず、論外な訳ですから」 「ここでのブービーは実質最下位も同然なのです」 「お前ら一度、歩兵無しで将棋指してみろ」 どっちにしても、あいつらが肉壁という悲しい現実に変わりはない気もするが、それはそれとしておく。 「それで、金将と銀将は、金将が上で異論は無いでしょう」 「軍隊で当てはめると、大尉と少尉くらいになりますか」 「ここまでをまとめると、玉将、飛車、角行、金将、銀将、飛んで歩兵ってことでいいとして」 「やっぱり香車と桂馬が最大の課題になりますね」 そこまでの話かと思わんでもないが、ここに反論しても大した得はなさげなので、乗っておくとするか。 「視界さえクリアなら行くところまで行ってしまう香車と、伏兵として横腹をつつくのが得意そうな桂馬、どっちが兵隊として上って話になるのか」 この話題を振った張本人としてなんだが、軍隊の序列とか内実に詳しい訳でも無いので、さっぱり分からん。 「そりゃもう、桂馬が上に決まってるじゃないですか」 「前に進むことしか出来ない兵など、一見すると勇敢に見えますが」 「言い換えれば猪突猛進の脳筋武者な訳で」 「軍に必要な存在ではありますが、序列という意味では下と言わざるを得ないでしょう」 「動きは奇抜だけど、桂馬も前にしか進めないよな?」 「……」 「まあ、それはそれとしましょう」 「反論、無いんかい」 こいつらが数秒考えるって地味に珍しいことだから、本当に何も思い付かなかったんだろうな。 「と言うよりですね。桂馬を単なる別働隊と解釈するのが、そもそもの誤りではないでしょうか」 「ってぇと?」 「桂馬は、全ての駒の中で唯一、直線的ではない動きをする存在」 「つまり、一般的な部隊とは違う、特殊工作員の様な少数精鋭集団という解釈も可能なのです」 「これが歩兵や香車といった突撃アンド玉砕の消耗品と一緒くたにされては困るじゃありませんか」 「了解。そう言われると俺も、桂馬は一味違う気がしてきた。銀将と香車の間に桂馬が入るってことで問題ない。桂馬が曹長、香車が軍曹か伍長ってとこか」 『え』 「え、ってなんだよ」 実はこの三人が同時に声を発することはあんまりない。よっぽど素だったのか、その場の勢いなのかは分からないが、三方向から同じ声が聞こえるって、微妙に落ち着かないものだな。 「いやいやいや、ちょっとお待ちになってくださいまし」 「我々と致しましては、ここからじっくりねっとり桂馬の素晴らしさについて説く所存でありまして」 「実はさりげに角行や飛車なんかよりずっと偉いものであり」 「むしろ玉将なんて目じゃない程であると言いたい訳でして」 「お前ら、本題忘れてるだろ。この討論と、将棋というゲーム、両方の意味で」 『ハッ!?』 「繰り返しネタはいいから」 またしても漫才方向に立ち戻ってないか。ちらほら客席の方から笑い声が漏れ聞こえてるけど、苦笑いの類でないことを祈っておこう。 「そういえば、何の駒になりたいかって話でしたな」 「てっきり、桂馬普及組合が主催する演説会だとばかり」 「国際的な組織にすべく、チェスのナイトとの連携は欠かさないで行こうと思います」 「個人的な意見としては、メチャクチャ仲違いしそうだけどな、桂馬とナイトって」 「どういった理屈で?」 「いや、二方向しか動けない桂馬と、八方向のナイトじゃ、能力に開きがあるだろ。それと将棋は持ち駒になれば空いてさえいれば盤上どこでも出現可能だから、根本的に価値観が合わない――」 だから俺も乗るなというのに。本筋が何だったか自分でも分からなくなってきたぞ。このままじゃ、観客の皆さんも、何を基準に投票していいか判断できないグダグダな展開になりかねない。 「能力が違う、価値観も違う」 「それでも何故か惹かれ合ってしまうという不思議な運命」 「これはまさしく、男女の仲の様ではないでしょうか」 「なんとなーく、うまいこと言ってる雰囲気だけは出してるけど、そんなことは全く無いからな」 こいつらの欠点として、思考を停止して聞いているとそうかも知れないって思わせられるけど、冷静に一つ一つ咀嚼してみると支離滅裂ってことの方が多いというのがある。唯、こういった勢いが重要な要素を占める場所だと長所になることもあるから、少しは潰していかないとな。 「げ」 マイクにギリギリ拾われない程度に、声を漏らしてしまった。元凶は、司会が出したボードだ。そこには『真面目に議題進行しろ』とだけ書かれている。感嘆符も、顔文字的なものも使われていない、一昔前の不器用男のメールみたいにアッサリした文章が、逆に怖い。特に感情を出していないあの顔が、マジギレ一歩手前にすら思えてきたぞ。 「しかし、なぁ」 現状が俺の責任と言えるのだろうか。正直、この三人が揃っていて、それなりに会話が成立してるだけで褒め称えてもらってもいいくらいだと思う。外から見てる奴らに、そこまで分かってもらえる気がしないのが問題なのだが。 「どうした、どうした七原さん」 「ここにきて、少し黙りこくったと思ったら、目を泳がせるわ」 「ブツブツと何やら呟くだなんて、随分と怪しいではないか」 「効いてきたな、我々の弁舌が今になって効いてきたのだな」 そうか、こいつら俺の向かい側に座ってるから、ボードに気付いてないのか。人の気も知らず、的外れなことを言いおってからに。いっそのこと、この情報の錯誤を利用して何かしら裏を取れないかと小賢しいことを考えてみるものの、何も思い付かない。普段から茜さん抜きの千織を、レタスオンリーのハンバーガーの様な奴だと言っている俺も、岬ちゃんが居ないとこんなものなのか。否、ここは一つ、彼奴とは違い、一人でも出来る子であることを証明してくれようぞ。 「いやー、ですが七原さんの気持ちも分からないでもないんですよ」 「この様な美少女とお話できる機会、そうそうありませんからねぇ」 「意識してしまうのも、美少女だけに致し方ないかと」 「美少女って、罪ですよ、本当」 「三回言ってみました、三つ子だけに」 言った先から心がバキバキに折れそうだけど、俺、ファイト。 公:いきなり! 登場人物を将棋の駒で例えてみるコーナー! 遊:ネタがないならネタがないと、正直に言え。 公:まあまあ、そういうお前は香車っぽいよな。 三つ子も言ってたけどバックギアついてないし、地味に乙女思考だし。 遊:どういう評価だ。 公:岬ちゃんは、何でも出来るオールラウンダーな感じだから金将かな。 三つ子はもう、桂馬以外無いとしか言いようがないからそれでいいとして。 遊:舞浜はどうするんだ。 公:玉将にでも祭り上げておこうか。一応、生徒会長だし。 遊:茜が玉だと考えると、よく考えて歩兵扱いだと思うんだが。 公:悪く考えると、どうなるんだよ。 遊:取った駒を置く台とかか? 公:便利は便利だけど、戦力として全く計算されてないとか、人生は残酷だな。 遊:それじゃ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第二十五話、 『人気稼ぎに大会を開催するのはいいんだが、読者が観たいカードをちゃんと決着させるのが義務だからな』だ。 公:あー、煽るだけ煽って結果は有耶無耶って、たしかにあるある。
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