邂逅輪廻



 学園祭初日、午後四時四十五分、第二講堂舞台上。
「では、この組のお題を発表したいと思います」
 言って司会の女の子は封筒を開けて、中の紙を取り出した。
「はい! 『将棋の駒八種、自分がなるならどれがいいか』となりました! 時間もありませんし、はりきってどうぞ!」
 慌ただしい進行そのままの勢いで退席すると同時に、チーンというベルの音が響き渡った。一回戦と比べて時間が五分増えている、人数が一人減っている、対立の構図がはっきりしている、相手をそれなりに知っていることなんかがあって、大分、様相が違う。あまり、前の戦いは参考にならないだろう。
「んー、将棋の駒ですか」
「まあ、よく言われますけど将棋の駒って大変な仕事だと思うんですよ」
「文字通り、将棋の盤的な意味で四方八方から狙われますし」
「戦況を有利にする為なら、平然と死んでこいって命令されますし」
「出世欲や、金銭欲だけで頑張るには、ちょっと厳しいものがありますよね」
 先制攻撃というか、実にいつも通りのノリで、三つ子の連中が口火を切った。
「あー、それで私達、ちょっと思ったんですが、将棋の駒って敵方に寝返るじゃないですか」
「チェスは完全に戦線離脱するのに、日本人は忠誠心が無いとか色々言われますけど」
「それ、少し違うと思うんですよね」
「そりゃ世の中、自分の利益を優先させて何が悪いんだって考え方が一定の勢力を形成しているのも事実ですが」
「最後の最後まで忠義を尽くす天晴というか武骨者も多い訳で」
「全ての兵が相手方の思うままに動くというのは、あまりに不可解ではないでしょうか」
 討論というものは、一般的に相手が一区切り喋り終わるまで口を挟んではいけない。が、こいつらの場合、いつ話が本題になるのか、そしていつ終わるか分からないという最大級の罠が待ち構えているのだ。
「そこで、私達は新説を提唱します」
「寝返った駒達は、死兵を遠隔操作しているもの。つまりはネクロマンサー的な技術であると」
「むしろ最初から全て死体というか」
「いっそのこと、舞台設定は未来で、僅かに生き残った人類がロボット的なものを操作して残り少ない資源を奪い合ってるとか」
「そういう感じの方が、納得できる部分が多いんですよ」
「という訳で、今回はそういう体で討論を進めていこうと思うのですが、宜しいですね?」
「宜しい訳あるか!」
 溜めに溜めた俺の第一声がこれってのも、色んな意味でどうなんだ。
「えー、じゃあ仕方ないので世間一般に知られてる、大将と将兵としての将棋でいきたいと思います」
「何で軽くキレてんだ」
 いかん、始まって早々、主導権を掌握されてる気がしてならない。
「んー、将棋の駒といいますと、玉将、飛車、角行、金将、銀将、桂馬、香車、歩兵の八種ですか」
「まあ私達、自覚は無いんですがトリッキーな動きをするとかよく言われまして」
「桂馬みたいな連中だよなとは、たまに評されます」
 しれっと大嘘混じってんぞ。
「将棋業界では三桂あって詰まぬことなしなどとも言われる訳で」
「三人揃えば最強格という解釈ができるので」
「とりあえず褒め言葉として受け取ることにしています」
「他にも、桂の高飛び歩の餌食なんてのもあるらしく」
「ひょいっと飛び越せるからって、調子に乗ってズンズカ進むと雑兵にやられてしまうことだとか」
「そんな軽率な輩が居ると言うのでしょうかねぇ」
 完全に、お前らのことじゃねーか。
「あと聞いたことあるのは、桂頭の玉寄せにくしですかね」
「動きが独特だから玉将を追い込みやすい反面」
「懐に入り込まれるとむしろ味方の邪魔になるという」
「扱いが難しい困ったちゃんという扱いもある感じでしょうか」
 これもこいつらのことを示してるのが凄いと思うんだ。
「つーか、自覚無いとか言っときながら、その桂馬の知識量、興味津々ってことじゃねーか」
「あたー、これは一本取られましたなー」
「流石は七原氏、抜け目ありませんですよ」
 いつも通りの会話のノリでいたら微妙にポイント稼いだっぽいとか、すげーやきもきする。
「ですが今回は、なりたいという話ですので」
「あんま本筋には関係ないかなぁという感じがしますから」
「この話題は、七原さんに全力で放り投げたいと思います」
「俺にかよ!」
 さっきから、ツッコミを入れる度に笑いが起こってる件については、前向きに捉えておこう。具体的には、俺が居てこその三つ子であると。そんな都合よく解釈してくれるかどうかまでは、知ったこっちゃない。
「んで、なりたい駒がどれかって話だったな」
 たしかお題の文章は、八種と明言されていた。つまり成駒である、竜王、竜馬、と金なんかは除外されるってことになるな。
「戦闘に於いて数とは絶対正義! 弾除け、露払い、足止め、何でもござれの歩兵!」
「要するに、どれも前線で死んでこいってことだけどね」
「進む道は一直線! バックギアのない男気溢れる走行仕様! 或いは恋する少女並に視野が狭い香車!」
「男なのか女なのか、そこんところはハッキリしておこうよ」
「無軌道な動きは本将棋界随一! さりげにテレポーテーション能力が使えるのか、或いは駒の間を抜けることができるのか! 能力バトルで考えた時、鍛え方次第で最強の資質を秘めている気がする桂馬!」
「俺の桂馬は、盤上の何処へでも行けるぜなんて言い出したら、リアルファイト発展は間違いなし」
「真横と真後ろは不可なのに、斜め後ろは行けるってどういうことなの! いぶし銀って、つまるところ怠慢プレーのことじゃないのという銀将!」
「成ったら金の動きができるんだから、割と信憑性があるよね」
「玉将親衛隊隊長の称号は譲れない! ぶっちゃけた話、基本的に攻撃要員の飛車や角行より、側に居ることが多いこっちの方が信用されてる感じがする金将!」
「でも、こういう奴に限って何か腹黒なこと考えてる訳ですよ」
「飛車は、何となく古典的な戦車っぽいものかなぁって推測ができる! でも、角に行くって何さ。名詞じゃないじゃん、行動パターンじゃんの角行!」
「斜めにしか動けない辺りに、世の中斜めに見てるなぁってイメージあるかなぁ」
「最強戦力保有者にして、攻撃の要! だけど覚醒すると竜王とかいう、いきなりファンタジー要素が入ってくる飛車!」
「初心者同士の戦いだと、飛車取られたら、もうやる気なくなっちゃうよね」
「最初から全方位に動けるという、まさに大将に相応しい風格! でも一歩ずつしか無理なんだから、ひょっとして只の器用貧乏なんじゃないかの玉将!」
「まあ、上に立つものは一通りできるけど、専門的な部分は部下に任せる器量が大事だと言われてるから、これでいいのやも知れないけど」
「以上、本将棋のイカれたメンバー紹介でした」
「だから、漫才すんな!」
 事前に議題を知らなかったという前提で考えると、即興でこれだけ喋ってるんだよな。何て恐ろしい奴らだ。この場合、議論できる気が全くしないという意味合いも含まれてるけど。
「漫才とは心外ですなぁ」
「そうそう、本格的に話し合う前に、論点を整理しただけですってば」
「これで話が分かりやすくなったと言える君達が、地味に恐ろしくなってきた」
 天賦のものなのか、環境的なものなのかは知らないが、とにかく引っ掻き回すことにパラメーターを全振りしてるからな。他が残念であっても、それを個性と言い切るのが現代教育だ。
「それじゃ、順番にどれになりたいか言ってもらおうか」
 何が出てくるか身構えたのとツッコミに力を注ぎすぎたせいで、俺自身の考えが今一つまとまらない。ここは少し、時間を稼がせてもらおう。
「香車」
「金将」
「玉将」
「三つ子なのにバラバラなのかよ!」
 だ、ダメだ。こうも隙を作られると本能的にツッコミを入れてしまう。サッカーやバスケなんかでスペースが空いている時、薄々、罠だと勘付いていても、活用したくなるのに似ているのかも知れない。
「いやー、桂馬桂馬って言われてますと、敢えてその真逆をいってみたい気分になるっていう意味で、猪突猛進、後ろを振り返らないのもいいかなって思いまして」
「金将って、金髪ツインテツンデレのイメージありますし、これも正反対かなと」
「私達、何があろうと大将の器じゃないことくらい自覚してますし、こういう、もしも的な時くらいなってみたいなぁって」
「願望という意味では一致してんのか。非日常に対する憧れってやつだな」
 あれ、俺ってこの勝負の解説だったっけか。立ち位置が色々と不安定すぎやしないか。
「そういう路線で考えると、七原さんは銀将っぽいですし」
「もしくは歩兵ですかね。基本的に凡庸だけど、局面次第で有能にならないこともない感じが」
「となると、オーソドックスに使える飛車か金将辺りに憧れがあったりするんじゃないでしょうか」
「金将だと私と被るんで、飛車でどうでしょう」
「何で俺の意中を、お前らが決めてんだよ」
 最強である飛車になりたいとか安直すぎるだろ。今時の世間様は色々と捻くれてるんだから、勝手に設定しないでくれ。
「じゃあ仕方ありません。泣く泣く、私の金将をお譲りします」
「後輩の女子から取り上げるだなんて、なんという鬼畜の所業」
「皆さん、こんな行いを許していいのでしょうか」
「洒落にならない煽りはやめーや」
 冗談だと解さずに、俺への心証が最悪になる方が出てきたらどうするのですか。それがクラスメートだった日には、明日から地獄の学園生活が始まってしまいますよ。
「ともあれ、だ。君らがなりたい駒は、香車、金将、玉将ってことでいいのか?」
「んー、そうしたいのは山々っちゃ、山々なんですが」
「雑兵である歩兵で、数の暴力ごっこも楽しそうですし」
「君らの世界の将棋は、二歩どころか、三歩までは許されそうで怖いな」
「我々が小駒であることは承知しているが故に、お姉ちゃんみたいな大駒に憧れる面もあったりして」
「ああ、あの姉はたしかに大駒だ。ってか、チェスのクイーンみたいに、八方向無限射程でも驚かない」
「銀将になって、斜め後ろに敵前逃亡も意表を突けて楽しいかなぁとも思います訳で」
「結局、なんでもいいんじゃねーか!」
 会話とは、究極的に言えばボケとツッコミで構築されるものであると誰かが言った。だけどこれが会話、或いは討論として成立しているかは、もう考えるのさえ疲れてきたぞ。
「何と言いますか、そこのところは今後の展開を見据えて、臨機応変に対応していこうかなって」
「いい表現を選んだつもりだろうが、つまるところ、すちゃらかぱーってことだろ」
「本来、議論とは互いの意見をぶつけ合わせ、程よい落とし所、ないしは第三の道を模索するものですから」
「この場合、何の問題もありませんよね?」
「ウヌ」
 ちくしょう、一回聞いただけだとそれっぽく思える何ちゃって理論なら俺もそれなりに自信があるが、こいつらも相当なものだからな。ノーガードの噛み付き合いになった場合、ピラニアの様に食い尽くされてしまいかねない。始まる前から分かってはいたものの、手強い相手だ。

次回予告
※麗:西ノ宮麗 由:若菜由夢

由:時たま、思うのよねぇ。
麗:どうしました?
由:ほら、私達って元々は同じ生徒会長選挙で出てきた有力候補の一角じゃない。
  何でここまで差が付いたのかな、って。
麗:私に聞いて、どうしようって言うんですか。
由:若さ? やっぱり若さなの?
  高校三年生と二年生って、そんなにも違うものなの?
麗:ですから、それを私に聞いてどうしようと言いたいところなのですが、
 秋選挙を想定した場合、退場する三年生を厚遇は難しい側面があるのかと。
由:去年までのチヤホヤ感が薄れてると思ったら、そんな事情があったなんて。
  でも、来年大学一年生になれば、復活できるよね?
麗:それ、社会人一年目も同じようなことを言い出しそうなのですが。
由:女の一生なんて、案外そんなものだって誰か言ってたけど。
麗:あまり分かりたくない話を聞いてしまった気分です。
由:それじゃ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第二十四話、
 『次回予告って、もしや煽りや引きが弱い分を補う為の逃げ道じゃないのか』だね。
麗:そもそも、次回予告らしい次回予告を滅多に見ないと言うことすら惰性になっています。




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