学園祭初日、午後四時三十七分、第二講堂舞台袖。 「フォルッサー!!」 おっといけねぇ、あまりの動揺に、母国語が出てしまったぜ。 「しかし、これはもう、作為とかそういう次元じゃない」 討論祭二回戦のメンバー表をもう一度見直して、独りごちた。二回戦の規定は、四人出場の二人抜けで、時間は十五分だ。半分が残るだけ一回戦よりマシだとも言えるのだけど、問題はその相手だ。 「俺の他は、西ノ宮結、西ノ宮舞、西ノ宮海って、どういうことだ」 数学は得意じゃねーから計算はしないけど、ランダムでこうなる確率がほぼゼロってことは分かる。しかも、午後五時で初日が終わる訳だから、本当の意味での最終組だ。大トリに取っておいたのが丸分かりの、実に悪意に満ちた組み合わせだ。 「つうか、姉と母が観戦に来てた時点で気付け、俺」 知ってたな、今にして思うとあの笑みは確実に知ってたな。 「あれ、ひょっとして今知ったんですか?」 今しがた二回戦を終えた岬ちゃんが声を掛けてきた。 「俺、ゲームとかでもネタバレなんか見ると一気に冷めるタイプだからな」 「その例えが的確かどうかは分かりませんけど、二回戦までは意図的な組み合わせが多いですからね。ある程度、誰が相手なのかを調べておいてシミュレーションしておくのも、一つの戦い方だと思いますが」 「じゃあ聞くが、事前に三つ子が相手だという情報を仕入れたとして、俺ができる有効な対策ってなんだ?」 「……」 「……」 「まあ、それはそれとしてですね」 「思い付かんのかーい」 いや、俺も小一時間くらい考えたとしても、何か浮かんでくる気は全くしないんだが。 「ちなみに、今回の岬ちゃんの作戦はなんだった訳」 「本邑先輩に集中砲火しておけば、他に一人くらい伏兵が紛れていても二位は確保できます」 本邑に言い負けることは無いという計算なのか、岬ちゃんは自信満々に言い放った。その後ろでは本邑が微妙に顔を引き攣らせてるけど、見なかったことにしておこう。 「とは言ってもだな。二回戦は一人一票制だろ。ってことは票が割れて、案外俺に有利なんじゃなかろうか」 これが一回戦と同じ複数投票制だと、あいつら一緒くたにされてしまって、俺の印象が相当薄くなりかねない。 「先輩があのトリオを相手取って互角以上、ないしは少し劣勢くらいで済ませられるならそうでしょうね」 「世の中、物量でゴリ押しは相当の強力戦略だよなぁ」 何が難儀って、砲口の向く先が俺しかない点じゃなかろうか。発言機会は三倍くらい取られるのに、味方になる可能性がある奴は一人としていない。西ノ宮姉辺りなら飄々と矛盾や論理破綻を突けるんだろうけど、俺にあの真似ができるだろうか。 「ふっふっふ。主催者も、粋な計らいをしてくれるではないか」 厳しい戦況分析に頭を抱えていると、当事者の三人組が姿を現した。 「我ら三人、ほぼ天運で何とか一回戦は勝ち抜いたものの」 「正直、個別でこれ以上は厳しいところ」 「ならば三人が揃う最後の機会に、貴様を道連れにしてくれるわ」 「それ、俺を評価してくれてるの?」 「正直、お姉ちゃんや一柳さんだと勝てそうもないから、これくらいが妥協点かなって」 君らは少し、本音を隠す訓練をした方がいい。 「あと、もっと模擬店とか面白そうなイベント回りたいし」 「お笑い大会だけは絶対にサボりたくない訳で」 「正直、決勝まで残るのもなぁっていうのがあったりなかったり」 「だからこそ、今日の花火は盛大に打ち上げようと思う次第だ」 「持続力が絶望的に欠如してる君達にしては、頑張った方だとは思わんでもない」 出来ることなら、俺以外に向けて欲しいものだというのが、こっちの本音ではあるのだけど。 「それでは、屠殺場へと向かおうか、七原君」 「いや、この場合は公開処刑だからギロチン台の方が的確か」 「群衆に叩きのめされるという意味では、石打ち刑が最適やも知れぬな」 「よくもまあ、そういう言い回しがポンポン浮かんでくるよな」 無茶苦茶なのはいつも通りなんだが、こいつら三人で喋ってる内にドンドン修正加えやがるからな。こういう何となく討論だと、聞いている人は錯誤しやすい気がしてきた。やべぇ、この土壇場で逃げ出したくなってきたぞ。やっぱり事前に相手を聞かないでおいたのは正解だったな。 「さぁさぁ、長きに渡って執り行われてきた討論祭初日も、次が最終戦。私達実況勢も、三人がローテーションを組んで回してまいりましたが、流石にヘロヘロ。明日はもう一人くらい加えて負担を減らしたいなと思ってたりしてます」 俺の方を向いて、何か期待するような目をするな。岬ちゃんと約束した一回戦は勝ったし、ここで負けたとしても司会はやらんからな。 「ではでは、トリを飾るに相応しいメンバーを紹介したいと思います。まずはエントリーナンバー一番、千軍万馬の牡鹿こと、七原公康選手です」 『ウオォォォォ!!』 俺の名前がコールされた途端、怒号の様な歓声が巻き起こった。な、なんだ。ついさっきまで大した人数居なかったのに、立ち見で埋まるくらいに増えてるぞ。 「えー、何でもちょっと前に第一講堂でのライブが終わったらしく、五時まで残り時間も少ないということで、何となくこっちに来た方が結構おられるみたいですね。流石は『笑いの神が俺を選んだんじゃねぇ、俺が笑いの神を従えてるんだ』の名言で知られる七原選手だけあって、持ってますよねぇ」 一応言っておくが、そんな珍妙なことを口走った憶えは一欠片として無いからな。つうか、俺らの勝負は余興扱いか。 「対しますエントリーナンバー二番、三番、四番は、王道楽土の尖兵、衛兵、伏兵こと、西ノ宮結、舞、海選手です。いやー、個別に見るとそこまでのインパクトはありませんが、三人揃えば大量破壊兵器級。一説に依ると三人寄れば文殊の知恵の語源ではないかとまで言われていますが、最初で最後となる三人セットでの戦いぶりはどうなることか、期待が高まりますね」 「いくつかツッコミ入れたいところはあるが、一つだけ言わせろ。何で個人戦のこの大会で、三つ子の紹介が纏めてなんだよ。明らかに扱いがおかしいだろ」 「いやだなぁ、七原選手ともあろう方が、そんな分かりきったことを。このカードがバトルロイヤル的な構図になるとか考えられないでしょうに」 「そりゃそうだろうが、司会がそれを開けっぴろげに認めちまうのは問題ないのか」 一応、君は中立の立ち位置のはずですよね。いや、煽れて盛り上がればなんでもいいやって空気は、朝から感じてはいるんだけどさ。 「大手新聞社やテレビ局が堂々と特定政党や組織に肩入れしている世の中を見るに、完全なる平等というか客観的視点などというのは建前なのが現実ですから仕方ありません。むしろエコヒイキを公言した方が潔いというか、深読みしなくて済む分、楽になると思いませんか」 「はい! 観客の皆さんに同意を求めない! 大人な父兄も、子供の学生さんもリアクションに困るから!」 「以上、七原選手のプチ紹介コーナーでしたー」 さも予定通りみたいに纏められちゃったよ。台本あるとか思われてねーだろうな。 「それでは続きまして三つ子の皆さん、何かありましたらどうぞ。ああ、時間はあんまないんで、出来るだけ手短にお願いします」 その要請は、猫に餌を待たせるくらい無謀であることを、この会場の何名が理解しているんだろう。 「あーあー、マイクの感度は良好の模様」 「さてさて、御来場の皆さんの中に、一卵性の双子を御覧になったことがある方は少なからずおられるでしょう」 「ですが三つ子となると、私達以外で遭遇することはほとんど無いのではないでしょうか」 「別に見世物って訳でも無いのですが、見られて減るものでもないので、御覧になりたければいくらでもどうぞ」 二回戦は時間に余裕があるからって、マイクパフォーマンスをしていいものなんだろうか。 「えー、一部の世間では同じような顔面が揃うことを判子絵と称することもあるようですが」 「これほどの精度となるとまさに職人の域だともっぱらの噂でして」 「我らが両親に、今ここで改めてお礼の言葉を述べておきたいと思います」 そしてこうやって笑いを取って会場温めるのって、軽い不正行為じゃないのか。俺ももうちょい何か披露すべきだろうか。 「それで本題ですが、御覧の通り、今回は我々三人と七原氏の対抗戦の様なものです」 「そして、私達の見分けがつく方は、この客席内にほぼ居ないでしょう」 「よって、我らが勝ったと判断した時は、結と舞、番号で言うと、二番と三番への投票をお願い致します」 おいコラ、ちょっと待てや。 「いいのか、司会。こんな挨拶させて」 「ルールには、何も抵触してませんね。あくまでもお願いですし、うちの学生、こういう狡っ辛い駆け引き、嫌いじゃないですし」 忘れてた、この学園、筋金入りの選挙好きだった。 「ハッハッハ。戦いとは、戦場だけで勝敗が決するものではないのだ」 「兵器の開発、将校の育成、兵卒の布陣、武器弾薬食料などの資材を供給する兵站などなど」 「丸腰で挑もうとしたことを悔いても、もう遅いのである」 俺がノープランでここにやってきたのは認めるが、君らにだけは言われたくない気がしてるんだが。 「ってか、マジで少し考えさせてくれ。三対一でも、票も割れるからなんとかなるって想定してたけど、二人に票が集中するってことはだな――」 えーと、多少の誤差があるにしても、俺が三十票取れば残り七十を三で割った場合は二十三くらいになるけど、二で割った場合は三十五になる訳で。 「時間無いっつってるだろ! ここまで予定をちょっとずつ巻いて稼いだ時間をあんたらだけで食い潰しやがって」 その件に関しては三つ子の責任の方が重いと思うのですが、一緒くたにされるんでしょうね。 「とにかく! 姉の方と一騎打ちさせられるよりマシだろ、とっとと腹括れ」 何て無茶な論理だと思いつつ、割と正鵠を射ているのが納得いかねぇ。 「はーい、御来場の皆様方、あんましドン引きとかなされないでください。うちの学園は大体、こんな感じのノリが通常営業ですので。保護者の方々も、御子息、御令嬢はこんな風に学園生活を過ごしていると思っていただければ、そんなに間違っていません。このことが素晴らしいことかどうかは、それぞれの感性と人生観に委ねたいと思いますが」 こういう、判断に困る事柄を相手にぶん投げるスタイル、嫌いじゃないぜ。 「それでは改めまして、本日の最終組である、討論祭二回戦第三組を開始したいと思います! 壇上に御注目ください!」 一回戦とは違った意味で始まる前から疲れてしまった。だけど、決勝に残る為にはこいつらを踏み台にするしかない。 「いやいや、この高い位置から民衆を見下ろす気分、たまりませんなぁ」 「傍から見たらアホに思えるマスゲームをやっちゃう気持ちが分かってしまうのですよ」 「この衆愚達を、私達の怒涛の話術で導く訳ですが」 「その先に断崖絶壁や迷いの森が待ってたりするのが、扇動って呼ばれるものなのでしょうなぁ」 なんかマイク切って小声で物騒なこと言ってるけど、本当に勝てるんだろうな、俺。 千:個人回って言葉、素敵だよね。 莉:始まるなり、重いこと言うなぁ。 千:僕って立ち位置としては、主人公の親友だよね。 主人公の恋を陰ながらサポートしたり、 主人公以上のバカをやって全部持っていったりするのが定番なんじゃないの。 何でここのところ、河原の石の裏にへばりついてる謎虫みたいにひっそりと生きてる訳。 莉:う、うーん。うちの場合、そもそも公康が得難いバカだし、あれを超えるってなると中々、さ。 千:バカやる友達も、最近は浅見さんが全部持ってく感じだし。 本来なら、あの位置に僕と莉以が入るべきなんじゃないのかな。 莉:物語を構築するって、難しいよね。初期構想なんて、大体の場合、どこかに吹き飛ぶんだから。 千:被害者の会を作ったとしても、読者からすら黙殺されそうなのが恐ろしい話だと思うんだよ。 莉:ま、それはそれとして次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第二十三話、 『日本中から一円ずつ集めれば一億円になるって、つまるところ人頭税のことだよな』だね。 千:一億人からお金を集めるコストは考えない辺りが、子供っぽくて微笑ましいかな。
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