学園祭初日、午後三時二十二分、某空き教室。 西ノ宮が出場するゲーム大会がこの部屋で行われると聞いて、岬ちゃんと共に足を伸ばしてみた。ちなみに俺は、やったことあるソフトがラインナップにあるものの、さすがに時間が足りなさすぎて、出場は見送っている。 「つーか、視聴覚室の大スクリーンでやると思ったのに、大型テレビでやんのか」 まあ、それでも一般家庭と比べて相当の迫力だけど。 「プロジェクター投影だと、どうしてもタイムラグが生じて、ゲームには不向きらしいです」 「ダメな方に全力だな」 正しいゲーマーのあるべき姿という気もするけど。 「こんなでかいもの、よく五つも独占できたもんだ」 机を端に押しのけて鎮座する大画面テレビ群を見て、ふと思ったことを口にした。他でも使いたいところ、いくらでもあっただろうに。 「聞くところによると、四つは有志による私物らしいですよ。そこそこの予算を搬入費に注ぎ込んだとか」 「アホや、アホがおる」 庶民レベルで見ればハイエンドと言える高画質テレビで、携帯機の映像を引き伸ばすってのもどうなんだ。もちろん最新据え置き機のソフトもあるんだけどさ。 「こう、荒めの画質で、ややもするとカクカク動いてるのが、これはこれで味があるとか言い出すと、ウザがられるのかな、やっぱり」 「通ぶったことを言えば、大体の場合、嫌な顔されるのが、この手の業界なんじゃないですか。宗教や政治的思想と一緒ですね」 岬ちゃんの口が悪いのは通常営業なので軽く流すとして。 「しかし、やっぱりすげー違和感だ」 今時、ゲームをやり込む女の子なんて、珍しくもない。それを踏まえた上で、西ノ宮がテレビゲームをしていることに慣れないって、どれだけミスマッチなんだろうか。三つ子曰く、半分は同質の存在らしいから変ではないとも言えるのだけど、見た目って重要なんだなぁ。 「おっと」 そんなことを思っている内に、最終ラップに突入していた。西ノ宮の操る機体はよどみなくレコードラインをなぞり続け、時たまくる妨害も最小限のロスでかわしていた。何回戦かは知らないけど、こりゃ、地力が違いすぎるな。相手の邪魔をしようとするのはいいんだが、それに見合う見返りをほとんど得られてないのは致命的だ。喩えるなら、対立候補のネガキャンをしたら、自分のイメージがもっと悪くなったみたいな感じか。 「――」 そしてそのまま、チェッカーを受けてしまう。ちょっと待て、十周勝負で、何で二周も周回遅れにしてんだよ。一応は大会なんだから、相手もそこそこできる奴なんじゃないのか。 「あ、七原さん、桜井さん、来てたんですか」 レースが終わって周囲に気を遣う余裕ができたのか、西ノ宮は俺達に声を掛けてきた。 「なんつーか、つえーなー」 実に頭が悪そうな発言ではあるんだが、これ以上の感想が出てこないんだからしょうがない。 「いえ、私はミックスドレースより、タイムアタックの方が得意なんですよ。相手の方がそれほど円熟していなかったから圧勝に見えたかも知れませんけど、もっと競ってきた場合どうなったことか。妹達とやってきたことが無駄にならなかったのは、よかったと思いますけどね」 西ノ宮って、このまま大人になった場合、営業で接待とか、上司にゴマすりって絶対に無理なタイプだよな。それがいいことなのか悪いことなのかは、今の俺には判断しかねるけど。 「うぉ、うおぉぉぉぉ!!」 「ところで、何で負けたあの男はあんなに呻いてんだ?」 いい年した兄ちゃんが、たかがゲーム大会で負けたリアクションとしては不釣り合いなものではなかろうか。あくまでも西ノ宮を基準に考えた場合だけど、ゲームに命を賭けてきたにしては弱すぎるし。 「ああ、多分アレですね。この試合が始まる前なんですが、『この戦いに勝ったら、俺と付き合ってもらおう』とか何とか言い出しまして」 「ェフッ」 むせて、言葉にならない謎の発声をしちまったじゃねーか。 「それ、受けたのかよ?」 「受けたと言いますか、前の対戦を見る限り、三人で組んでいたとしても、とても相手になりそうもありませんでしたし、生返事はしたような気がしますが」 「もし牙を隠し持ってて、負けたらどうしたんだ」 「そのくらいの緊張感があった方が、楽しかったかも知れませんね」 西ノ宮シスターズの頭の配線は、桜井シスターズに負けず劣らず、どっかおかしい。七原ブラザースも大概だろうとか言うな。 「その上で負けたとしたら、そうですね。『ふっ、私は西ノ宮の中でも一番の小物。真に勝利したと言いたくば、この者達に挑んでみるがよい』とか何とか言ってあの子達に投げたでしょうか。三人がかりで負けるようなことは、まずないでしょうし」 オーケー、やっぱりこの人、あいつらと半分同じもので出来ている。 「それが通らなければ、『私達、やっぱり出会うべきじゃなかったのよ』とでも言って、一分で振るのもありかな、と。学園祭で成立するカップルなんて、実質的にノーカウントとも言いますし」 「あんた、恐ろしいこと言うな」 学園祭、修学旅行カップルだって、長続きしてる人は居るんですよ。統計とったことはないけど、多分、少しくらいは。 「ともあれ勝ったので何の問題もありません」 「ちなみに、ゲーム関係なく、普通に告って来た場合どうなるんだ」 「私としましては、妹達の面倒を見れない方というのはちょっと」 「学生同士の恋愛くらい、他人に限度以上の迷惑掛けなければ自由にしていいのよ?」 断る方便としては、ある意味、最強の切り札って気もするけど。 「その理屈だと、七原先輩は対象に入っちゃいませんか?」 「あの子達に物怖じしないというのは、それだけで貴重な人材ですよね」 この、いつもの如く、褒められてるようで褒められてない気がする流れにも、慣れてきた感がある訳で。 「あ、でしたら、次の定期テストで私に勝てたらというのもアリやも知れませんね」 「一学年六百人強がいるこの学園で、ホイホイ一番を獲る人がよく言った。だが、男の子が明後日の方向に情熱を燃やし始めた場合の瞬発力を、あまり軽く見ない方がいいぞ」 特に女絡みで想定外の力を発揮するのは、軽く常識の域だしな。 「何にしても、アレだ。西ノ宮の人生だし、西ノ宮が納得してるんならいいや」 つーか、周りの男達の西ノ宮を見る目が変わったような。もしかして、今後も勝ったらお付き合いできる権利は続行とか拡大解釈してないだろうな。 俺、本当に知ーらない。責任持って優勝して、自ら無かったことにしてくださいな。 学園祭初日、午後三時三十六分、西校舎三階模擬縁日エリア。 文化祭のことを学園祭と称するようになったのは、いつからなんだろうか。文化祭史などというものの知識は全くないが、本来、これは体育祭と対になる、文化系学生の為のお祭りのはずなのだ。もちろん、普段の文化的な活動を発表する部活、生徒も多いんだが、単にどんちゃん騒ぎに徹する奴も少なくない。それが悪いとは言わないけど、文化部やそれに準ずる団体が展示もせずに、飲食や遊興系の模擬店に走るのはどうなんだろうと思わなくもない。帰宅部の俺が言えた義理かは知らんけど。 ここはそういった輩を隔離――もとい集結させて、縁日的な雰囲気でまとめた一角だ。まあ、これはこれでお客さんも喜んでるっぽいし、いいってことにしておこうか。 「お客さーん、もう勘弁してくださいよー」 そんな中、射的場から、店員の哀願するかの様な声が漏れ聞こえてきた。 「何を言っている。十発全弾円内に的中させたら、もう十発サービス、二セット目以降も有効と最初に説明してただろ」 「二十分も当て続けるだなんて、誰も想定してませんってば」 「お前は一体、何をやっている」 射撃の名手ではあるが、その頭の軽さから、西部劇の世界では生き残れないだろうなと確信している悪友、遊那を、立場上たしなめておいた。 「見ての通り、射的場で遊んでいる」 「そういう、息をしているみたいな小学生的返答はどうかと思うぞ」 実に遊那らしいと言えば遊那らしいのだが。 「まあ、その、なんだ。最初はかるーく的当てを楽しむつもりだったんだが、連続記録を出したら写真を撮って張り出してくれると聞いてな。この際、アンタッチャブルレコードを打ち立ててみたいという野心がメラメラと湧いてきた訳だ」 「ちなみに店員さん、こいつ、何発当てたの?」 「紙の的、二十二枚目ですから、二百二十発ですね」 「アホか、お前は! せめて百くらいで切り上げろ!」 「二百発以上も、集中を切らさなかったことを褒めて欲しいくらいなのだがな」 「その間、一度として、次のお客さん待たせてるなーって思わなかった厚顔無恥さに恐れおののいたわ」 高校生にもなって、こうも空気読めないとなると、割と本気で将来が心配ですよ。 「大体、これまでの記録、二十七だぞ。明日の終わり際ならともかく、そんなアホみたいな数字残したら、他の奴がやる気なくすわ」 「甘いな。ここで一見するとヤラセなのではないかという記録を見せつけることによって、私と同等、或いはそれ以上の腕を持った狙撃手が挑戦してくる訳だ。そうなったら私もそれを塗り替えようと切磋琢磨し、更なる高みへと――」 「放課後か休日に、林の中辺りでやれ」 アホを正論で論破するってのは、何故こうも虚しい気持ちになるのか。西ノ宮辺りに、意見を伺いたいところだぜ。 「何かすいません。俺、一応執行部所属なんで、これ、引き取らせてもらいます」 「そうしてもらえると助かります」 「まあ、そう焦るな。七原も一回やれば、私の気持ちが分かるさ」 「あのなぁ」 「幸い、待ってる奴は居ないんだろ?」 それは遊那が荒らし同然に居座ってたせいじゃなかろうかと思わなくもないが、ここで俺が楽しそうに遊ぶことで客引きになるかも知れないな。詫びという意味では、筋が通った話だろう。 「つう訳で、一ゲームだけやってくことにするわ」 「もう、好きにしてください……」 防護用のゴーグルを手渡してくれた店員さんに生気を感じられなかったが、同類だと思われてはいないだろうか。 「大体、こんなのオモチャ遊びだろ。スコープもついてるライフル銃だし、真ん中に当てろってんならともかく、円の中でいいなら、いくらだって――」 パシュンという空気が抜ける音と共に、ペチンという的に穴が空く音がした。あ、あれ、右上の円外に穴が見えるけど、おっかしいなぁ。 「銃身が歪んでんじゃないのか」 「そりゃ、多少はあるだろうが、この距離で影響が出るほどのものじゃない」 「まあ待て。こういうのは結局、慣れの問題であってだな」 構え直して、再びスコープを覗き込んだ。右上に逸れた訳だから、狙いは気持ち左下にして、と。 「で、結果、十発中、円内が三発、真ん中の赤丸がゼロ、か」 「いやいやいや、落ち着こうか」 俺も運動神経や反射神経に自信がある方ではないが、この程度のお遊戯で遅れを取ろうはずがない。平たく言うと、遊那に負けるとか、あってなるものか。 「イヤ! テヤ! トウルゥヤ!」 「こんなことなら、楽だからって理由で射的場なんか開かず、素直に展示会をするんだったなぁ」 店員さんこと、『火薬武器史研究会』会長の溜め息混じりの愚痴を横目に、俺は五ゲーム分、五十発を撃ちまくった。結局、最高スコアは六発で、遊那の記録が如何に頭おかしいか思い知らされた訳だが、後悔はしていない。 いやー、童心にかえって縁日ではしゃぎまくるって、本当に、楽しいものですよね。 遊:こう、七原視点でしか話が進まんから分かりづらいが、 我々も、色々な場所で学祭を楽しんでるはずなんだよな。 麗:私達、それなりに真っ当な高校生ですものね。 遊:いっそのこと、初日が終わったら、 主要人物全員分の視点をループしていくとかどうだろうか。 麗:特定の誰かが、絶叫した末に、絶命したりしませんか、それ。 遊:たしかに興味深くはあるが、そこまで完成度の高い話ではないわな。 麗:特定の誰かに、半永久的に続ける覚悟があるならともかくとして、 まず無いでしょうしね。 遊:ともあれ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第二十話、 『二十話も書けば終わるだろうという、地方空港並に杜撰な目算をしていた奴がいるらしい』だな。 麗:この文面だけでも、特定の誰かの無計画性が垣間見えるというものです。
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