邂逅輪廻



 学園祭初日、午後三時六分、第一講堂裏の小スペース。
 ともあれ、本日最大のヤマ場とも言える舞台上演は一つの区切りを付けられた。終わったと言えるほど完遂されたかどうかについては、深く考えないでおこうではないか。闇を知ろうとする者は、その闇に飲み込まれるとかなんとか。とにかく、俺はここで束の間の休息を楽しむぞ。第一講堂内は続いて行われるライブ準備でごった返してるし、人目につくところだと誰に捕まるか分かったもんじゃないからな。こういう、俗に体育館裏と称される場所は貴重なのだ。都市伝説に依ると、こういったスポットは告白に用いられるとか言われているが、誰も居やしない。今時の子は、メールやらなんやらで済ませちゃうからね。こうやって古式ゆかしい伝統は寂れていくのだと、適当なことを思ってみた。
「見たぞ、見たぞ、七原さん」
「ハプニングでお姉ちゃんもチラッと登場したし、実に素晴らしい物だった」
「さぁ、映画やドラマの収録後にありがちな、座談会を開催しようではないか」
 何ゆえ、俺の魂の洗濯タイムは常にぶち壊される方向で動くのか。毎度の姦しいハイテンションボイスを耳にしながら、ため息をつきたい気分になった。
「できれば、見なかったことにならんかな」
「それは、無理」
「我々が、学業のような無駄なことに割く脳容量が無いのは、この様な面白ネタを別ファイルで永久保存する為なのだ」
 仮にも学生のくせに学業を無駄と言い切りやがった。
「それは、それとして」
「実は今日のところは、大して語る気がないんだよね」
「後日、事細かに問題点を洗い出して、一つ一ついじっていこうかなと」
 ほんにもう、情熱のベクトルの向きがおかしいんだから。エネルギーの吐き出しどころを分からず燻ってる若者とどっちがマシかと問われると、返答には困るんだけど。
「んでさ、午前のお笑い大会、予選の部の話なんだけど」
「無事に明日の本戦に進める運びになったので報告を、って思ってさ」
「あー、そっか、おめっとうさん」
「なんだ、その淡白な返しは」
「いや、逆に考えてみろ。俺がもし、『なんてブリリアントな成果だ。祝福の詩を捧げようじゃないか』とか言い出したらキモいだろ」
「あ、そだ。逆に考えるで思い出した」
 スルーかい。
「お笑い大会に、七原さんが出てない不具合についてさ」
「人の挙動を、プログラムのバグみたいに言うな」
 人生に、強制再起動はありませんから!
「でさ、私達、この大会優勝することに決めたから」
「おう、好きにしたらいいんじゃないか」
「そして優勝インタビューの壇上で高らかにこう宣言するのさ」
「たしかに、私達はこの大会で勝利を収めた」
「だが、ここに居る誰一人として、奴と戦っていない」
「こんな優勝に何の価値があろうか、ってね」
「二日がかりで行われた大会を全否定する気で満々だよ、この子達」
 そもそも、どんだけ人が入るか知らんけど、第一講堂で主張できるってだけで大したもんだ。俺なんか、慣れるまで結構掛かったぞ。
「否定とは心外だね」
「これは、完成度を高めるのに必要な行程なのだ」
「世間的には、蛇足って言わねえか」
「はっはっは」
「うちの学園の気風を甘く見てもらっては困るな」
「この発言に依って、『野にはまだまだ、人材が唸る程転がっているんだな』って返してくれるに決まってるであろう」
 あー、もう、本当、容易く想像できるくらいうちの学園に染まってる自分が憎い。
「そもそも、この学園に自分の意志で入った時点で、同じ穴のムジナって奴だからね〜」
「俺、一応、適度な近さと、そこそこの学力水準と、自由な校風の三つでここを選んだんだけどな」
「お金は寂しがり屋理論というのを聞いたことがあるだろ?」
「いわゆる、あるところに集まっていくという、ブラックホールみたいな理屈だ」
「もしかすると、バカっていうのも近しいものがあるのではないかと思う次第だ」
「この学園は、時間や空間を捻じ曲げる力があるとか言い出しかねないな」
 少なくても、俺の脳細胞に理不尽なまでの負荷が掛かっているのは事実だ。
「ともあれ、明日用のネタをいくつか考えたから聞いてもらおうか」
「一つ確認なんだが、お前ら、本当にネタを用意してから舞台上がってんのか? どうにも午前に聞いたのは普段の与太話の延長にしか思えなかったんだが」
「ふっ、何を言い出すのかと思えば」
「ツッコミだけをとれば神奈川県の二桁ランカーとも言われる七原さんらしくない発言だね」
「そのランキングの方が興味湧いてきたぞ。どこの誰が、どういった基準で作ってんだ。どっかのサイトで見れたりする?」
 俺が未熟者であることは承知しているが、その上で自分より評価されてる奴のことが気になるのは人情というものだ。
「つまりは、そういうことさ」
「どういうことだよ」
 いつものことだが、俺は君達の親でもなければ嫁でもないので、ツーカーで全てを分かれというのは無理だと分かってくれ。
「結局のところ、漫才にしろ、フリートークにしろ、やってる間に、どういった展開になるかなんて分かったもんじゃない訳で」
「まるで生き物のように、いやむしろ進化の系統樹の様に刻々と姿を変えていく」
「そんなものを相手にして、事前にきちんと用意した台本が何の役に立つと言うのか」
「決して、打ち合わせてたものを綺麗さっぱり忘れたからノリで突っ走っている訳ではないからな」
「お前らが言うと、それがネタなのかマジなのか分かんねーな」
 ここら辺まで、全部台本があるんじゃないかとすら思えてきた。
「ってか、そういう話なら、今ここで聞く意味あんのか。明日どころか、一時間もしたら無かったことになるんだろ」
「ま、それはそれとして」
「喋りたいから喋るって、大事なことだよね〜」
「七原さんに聞かせることで、予選を突破できたみたいな縁起担ぎもあることだし」
「大して時間は取らせないから聞いていきんしゃい」
 ロープレでボス敵から逃げられないのは普通のことだが、こいつらもしや、その類なんじゃなかろうか。
「いやー、十二星座ってあるじゃない、十二星座」
「生まれた日によって、星座が割り振られる奴だね」
「あれって、太陽の通り道、黄道を通る星座ってことらしいんだけど」
「天文学的に言えば、本当は十三あるらしいね」
「あー、そういや十三星座って聞いたことあるね。へびつかい座が加わるんだっけ」
「でも、何かマイナーってか、マニアックな感じは否めないよね」
「まあ、西洋じゃ十三って不吉な数字だし」
「一年が十二ヶ月なのに、十三で割るってどうよって感じがしないでもないかなぁ」
「やっぱり、二でも、三でも、四でも割れる十二って、凄い数字なのかも」
「更に五倍した六十は、分と、時間の基本単位だしね」
「やっぱり、素数はダメだね、素数なんてものは異端にすぎないってことで」
「でもまあ、三は許してやらないといけません」
「数多ある素数の中で、三だけは輝きが違うもんねー」
 自画自賛が嫌味にならずネタとして聞こえるって、筋金入りの芸人体質だな、この子達って。
「そういえば、干支も十二匹だったねー」
「干支って正確には十干と十二支を組み合わせたものなのに、何故か十二支の方しか認識されてないこととか」
「鳥や兎は数え方が羽だろうとかいう野暮な話は置いておいて」
「いきなり前言を翻すようでなんだけど、そろそろ猫を加えて十三支にする流れがあってもいいのではないかと」
「中国人が龍大好きなのは知ってるから、架空の動物が入ってるのはまだ許すけど」
「猪に負けたとあっちゃ、猫っぽい生き物として許せぬものがある訳だ」
「山の中なら負けないと思うんだよね。とりあえず木に登れば攻撃されなさそうだし」
「まあ、どうやって勝つかと言われると、すんごく困るんだけど」
「食いではありそうなんだけど、猫の牙と爪で致命傷を与えられるかって言われるとさ」
 人気の話じゃなかったのか。完全に戦闘で屠るかどうかになってるぞ。
「ってな訳で、やっぱ十三はキリが悪いってことで諦める方向でいいんだけど」
「十二支も一度、徹底した血の入れ替えを断行すべきだと思うんだよね」
「あー、世の中、大相撲にしても、囲碁にしても、外国勢が一勢力として定着しつつある訳で」
「昔の誰だか分かんないような神様が決めたことに縛られるのは如何なものかと」
「龍がありなら、ペガサスとか、ヨルムンガンドとか」
「ケルベロス、ラミアー、スフィンクス辺りも加えて」
「百年に一度くらい総当りの大決戦をして十二支を争うべきではないかと」
「思う訳なのですが、どうでしょうか」
「どうもこうも、普通にねーよ」
 一応は漫才の体なのに、観客役にツッコミを入れさせるとか、恐ろしい子達だ。
「えー、でもでも、いくらなんでもネズミがでかい顔してんのは許せなくない?」
「あいつら、穀物は食い荒らすわ、病原菌は運ぶわ」
「人間視点で見れば、どう考えてもロクでもない奴だよね」
「十二支としてのエピソードだって、猫と牛を騙くらかした悪役だしさ」
「言われてみればたしかに……ハムスターが愛玩用になったのは最近だし、モルモットが実験台になったのも……ハッ!?」
 いつの間にか、完全にこやつらのペースに乗せられているではないか。
「ま、あいつら子沢山で、子孫繁栄の象徴ってことらしいんだけどね」
「知ってるのかよ!」
「ネズミ算式って言うけどさ。要するに一度に何匹も生まれてくるからってことらしいけど」
「そう考えると、親近感が湧いてきたかも」
「でも猫だって、兄弟姉妹がまとめて生まれてくるからセーフだとも思うんだよ」
 勝敗基準が、果てしなく分からねぇ。
「俺、何やってんだろうな」
 客観的に見れば、人気のない体育館裏で女の子三人に囲まれてウハウハなのかも知れないが、内実はこれだ。人生というものを自問自答しても致し方ないと思わぬかね。
「じゃ、ま、今回はこれくらいで勘弁してくれる」
「何か今日だけでも、もう何回かエンカウントする予感がヒシヒシとするけど」
「運命と思って諦めたまえ」
「魔王って、そこらをフラフラ歩いてるもんだったか?」
 頼むからラスボスらしく、無駄に仰々しい居城で高笑いを上げる練習でもしていてください、割とマジで。
「フワハハハ。その様な旧態依然の魔王スタイルなど、我々には無用の長物というものだ」
「三人の内、誰がやられようとも、『残念だが今のは影武者だ』ができるのだぞ」
「勇者の生まれ故郷、最重要都市、覚醒イベントに不可欠な神殿と、三点同時攻撃を加えてくれるわ」
「一軍メンバーしか育ててない甘ちゃんプレイヤーは、恐怖におののくがよい」
「軍略上、何一つ間違ってないのに、極悪非道に見える辺り、現代の子供は軟弱なのかもなぁ」
 それにしても高笑いは既に達人級な辺りが侮れない。
「ほいじゃ、改めまして、ツァイチェン」
「中国語で、再び見ると書いて、さようならくらいに訳される言葉だが」
「また会おうねっていう感じがして、ちょっとお気に入りだ」
「お前らって、一期一会精神が強いんだか無いんだか、よく分からんよな」
 会う時はいつだって全力投球のくせに、これっきりって感じがまるでしない。真の一期一会とはこういうものなのかも知れないが、茶道に通じてる訳でもねーし、千利休の心なんて俺如きにはさっぱりさね。

次回予告
※千:舞浜千織 聡:大村聡
聡:ふと思ったのだが。
千:それ、思わなかったことになりません?
聡:何だ、始まって早々、そのやる気の無さは。
千:いや、男同士でテンション上げろって言われても困りますし、
 そもそも接点あるんだか無いんだかって感じですし。
聡:何を言う。我ら先代と当代の生徒会長コンビだぞ。
千:生徒会長選を主題にしている作品で、ここまで存在感が微妙な生徒会長も居ないでしょうね。
  世間的には秩序を守るという名目で、やたらと横暴で過激な、
 大国主義の象徴みたいな役職だというのに。
聡:現実の生徒会長なんて、雑用係みたいなものだからな。
  善政を敷けば、それなりにチヤホヤされるし、悪いものでもない。
千:流石は、執行部員に手を出して二選を逃しただけのことはありますね。
  そのモテというか口説きスキルを、僕にも教えてください。
聡:貴様ら、一体、いつまで人の過去をいじり倒すのだ!
千:それじゃ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第十九話、
 『山男の山を舐めるな発言って、オンラインゲームは遊びじゃないに通じるものがあるよね』だよ。
聡:おいこら。結局、俺の話に、全く触れていないじゃないか!




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