学園祭初日、午後二時四十三分、第一講堂舞台袖。 主要な問題をほぼ解決し、大団円で決着する物語は、俺らに得も言われぬ満足感を与えてくれる。逆に何もかもが有耶無耶に終わってしまうと、微妙な気分は拭えない。 この演目、『神々への栄達』は、残念ながら後者に属する。如何に綾女ちゃんが天才肌と言っても、あの準備期間でそこまでの完成度を求めるのは酷というものだ。と言うより、そもそも詰め込みすぎなんだよ。ラブコメ、ギャンブルバウト、学院の陰謀とか、どうやって一時間で処理しろという感じだ。 なんにしても、今作はコント的な視点で見れば、成功した部類と言えるだろう。ストーリー物としては、なんとも言えないとだけコメントしておく。本当、消化されてない伏線やらが多過ぎて、綾女ちゃんに問い質したくはあるんだけど、俺が期待する百倍くらい返ってきそうで、踏ん切りが中々つかないのだ。開けてはいけないパンドラボックスや玉手箱を、理性で閉じたままにできるのが人間らしいのか、或いは人間らしくないのかは、別の機会にでも議論することにしよう。 「生徒会の持つ力は、底が知れなさすぎる。今の私達では、手のひらで踊らされることしかできない」 「それでも、いつか支配から抜け出してみせる」 「ええ、理沙と一緒なら、きっと」 芝居の上でのこととはいえ、岬ちゃんとりぃが抱き合っているのを見るのは、背中がムズムズしてくる。それと、観客席でやたらとフラッシュが焚かれてるんだが、学園中に出回ったりしねーだろうな。少なくても、俺がバリバリ出張ってたシーンでは、こんなことは無かったぞ。 「つーか俺、この後のカーテンコールで並んでいいのか?」 「何で卑屈になっておりますの」 「この大盛況っぷりを見たらなぁ」 一応、主役扱いだった気もするし、岬ちゃんとりぃの間に立つ段取りになってたりする。正直、こういう流れになるなら、端っこの方で小さくなっていたい。 「ブーイングを浴びるというのも、これで存外、貴重な経験ですわよ」 「他人事だと思って」 そんな与太話をしていると、拍手と共に緞帳が下がっていった。ま、何はともあれ、終わりは終わりだ。二人に、ねぎらいの言葉を掛けてやるとしよう。 「お疲れさん」 「――!」 にこやかな笑顔で出迎えたというのに、岬ちゃんは身体をビクつかせると、半歩だけ後ずさって距離をとった。 「どうした」 正直、そういう行動はちょっと傷付くんだけど。 「す、すいません。雅という人格に入り込みすぎて、男というものに拒絶反応が出てしまいまして」 「役者の本能こえーな」 案外、今回のメンバーで一番俳優適性があるのって岬ちゃんじゃないのか。 「序盤は菊人大好きな子だったはずなのに、変な話だとは思うんですが」 「お気に入りだったものが、一瞬にして興味なくなるどころか嫌悪の対象になることは、結構ある気はする」 「もちろん、そこまで考えて台本を書かせて頂きましたの」 ぜってー嘘だと確信に近いものはあるが、敢えてツッコミは入れないでおこうと思う。 「さぁ、カーテンコールですわ。最後まで見て頂いたお客さんに、ちゃんと御挨拶してきてくださいまし」 「へーい」 力なく、投げやりの様に返事をしてみたが、それなりに拍手を浴びるというのは気分の悪いもんじゃない。それが例えヒロインの二人に向けられてるものだとしても大丈夫。脳内変換で、色々と誤魔化す術を身に付けたから。『菊人帰れー』って掛け声も、ツンデレ的に考えれば可愛いもんだよな。 学園祭初日、午後二時五十五分、第一講堂舞台裏。 過去よりも未来を大事にしろとは、よく言われることだ。だけど、過去から何も学ばないのは愚か者だとも言う。どっちが正しいのかはよく分からない。理想的な話をするなら、過去をできるだけ研究した上で、しがらみに囚われず未来に活かせということになるのだろうけど、そんな完璧な人間なんてどれだけ居るのやらという話だ。凡人の俺は、どちらかだけを選択させてもらおう。具体的に言うと、今回の舞台の件は綺麗さっぱり忘れて、これからの学園祭を如何に楽しむかにシフトをだな――。 「そうは問屋が卸しませんわよ」 「最近って、販売網の変革で、問屋を介さない直販が増えたよなぁ」 「そういった小賢しい言い回しが、何かの役に立つと本当に思っておられますの」 「一つでは大したことないけど、百も集めれば、そもそも論点がなんだったか分からなくなるって、三つ子を相手にして学んだんだ」 結局、根本的な解決になってないことは否定しない。でも、討論祭でちゃぶ台をひっくり返したい時に使えそうなテクニックではあるはずだ。 「ともあれ、観客のアンケートが集まりつつありますわ。全て読むのは今日の日程が終わってからにするにしても、主演兼演出として、少しくらい目を通しておいてくださいまし」 この完璧寄りの人間め。もう少し凡俗の気持ちを理解しろと言いたくなったけど、それって庶民派の政治家とかいう謎の言葉じゃないかとも思ったから、飲み込んでおくことにした。 「しかし、こういうのをちゃんと書いてくれるってありがたい話だよなぁ。単に母数が多いからって感じもするけど、俺なら強制でもない限り、まず書かんわ」 「学校行事で感想文を書かされた時、適当なことを書いて、たしなめられた手合ですの?」 「よくは憶えてねーけど『とても面白かったです』とかだったかな」 クラスの何割かはそんなもんだったはずなのに、俺だけ名指しで注意されたのは今でも納得がいっていない。 「そういう綾女ちゃんは?」 「半日ほど掛けて、原稿用紙に三十枚程書いたのに、『もう少し簡潔にしろ』と言われたのが今でも納得がいってませんわ。でしたら最初に、文量の上限を提示するべきだと思いませんの。何が『思ったことを素直に書け』ですのよ」 人それぞれ、色々な思い出があるものなんだなぁ。 「んで、何々。『ダブルヒロインの雅と理沙がとても可愛かったです。見ていて心が温まる思いでした。菊人なんて、最初から必要なかったんですよ』っと」 「いきなりの、主人公批判ですの」 「単に、女の子同士の絡みが好きなだけじゃねーか!」 勢いに任せてアンケート用紙を丸めて地面に叩き付けてしまったけど、大事な御意見だ。そそくさと拾って、シワを伸ばして台に乗せた。 「個人的な意見としまして、昨今の主人公がやたらと異性に好意を抱かれる展開というのは、王道と言えば王道なのでしょうが、媚びが酷く安直に過ぎると思いますの。菊人がヒロイン二人に捨てられるという流れはそういったものへのアンチテーゼ的なものもあるのですが、これはこれで一定層に媚びてしまった様ですわね」 「言うことがコロッコロ変わるな、この脚本家」 頭の中が混沌としすぎて、取り出す度に変な組み合わせで化学反応起こしてるんじゃなかろうか。 「その時に最大限の誠意を尽くして返答している場合、全てが真実なのですわよ」 それを引っくるめて詭弁の類じゃなかろうかと、本気で思う。 「次は、『ゆっめちゃーん、ひゃふー、ほっふー、どうぃっふー』」 ……。 「こいつら、どこでも湧くな」 「一途だというのは、実に素晴らしいことですわ」 「全く興味ない素振り見せてるけど、綾女ちゃんも親衛隊居たよな」 「ここまで傍迷惑なことはさせませんわよ」 しれっと、完璧に統率を取っていることを暴露しおった。侮れねぇ。 「若菜先輩はあれで結構演技力あるからいいんだけどさ。顔とスタイル以外、何の取り柄もないアイドルを主演にして、こういう固定層にだけ受ければいいって作りをするドラマや映画って、何考えてんだろうな」 「あの手のものは、小銭を稼ぐこと以外、興味無いんじゃありませんの」 「最近はそういう薄っぺらい意図は軽く見破られて、頓死する作品も少なくない気がする」 「信仰心が足りませんわね。総本山から賜ったものであれば、それが例え模造紙で出来ているような御札であっても、感涙致しませんと」 この子、割と本気で末恐ろしい育ち方するんじゃないかと、時たま思う。 「んで、と。『この物語に籠められた、人が生きるとはどういうことなのかというテーマに対し、敢えて答を出さないことで様々なことを考えさせられました。何ゆえ、人は足掻きながらも前へ進もうとするのか。ギャンブルやゲームといった、人だけが高度にしたものを通すことで、人という種の唯一性や、人格が如何に形成されるかを考察してみたい心持ちです』」 ……。 「なんですの。その、シーラカンスをそれと気付かずに食べてしまい、あとで知らされて罪悪感と気まずさで満ちてしまったかの様な目は」 「人生のどこでそんなシチュエーションがあるんだ」 知らなかったら無罪になるのかについては、倫理と法、両面から検証してみるべき問題かも知れない。 「ここまで持ち上げられると、綾女ちゃん自身、ないしは関係者が書いたんじゃないかって思えてくるんだが」 「そんなことをして、私に何の得がありますの」 「とりあえず、俺が驚く」 「それ、メリットと言えますの?」 「悪趣味ではあるが、楽しめる奴は居るだろう」 「世の中には、もっと面白いことが幾らでもあると個人的見解を述べたくなりますわね」 そこはまあ、俺も同意しておく。 「ほいで、『皆さんのコミカルな演技に爆笑しきりでした。ですがストーリー部分は謎が多く残ったと思います。明日の公演で明らかにされるのを楽しみにしています』、と。おい! これ完全に前後編的な続きものだと思われてるぞ!」 どうすんだよ、明日も同じのやるんだけど。 「今からでも脚本を書き下ろすことが可能か、五分だけ検討させてくださいまし」 「いや、やめて、本当、マジで」 綾女ちゃんなら今日の締めである午後五時に間に合わせかねないけど、だからといって演者たる俺らが受け入れるかどうかは全く別の話だ。 「でしたらせめて、菊人視点を重視して進められていたのを、雅に切り替えることで物語の厚みを増す程度の手直しを――」 綾女ちゃんって、本当、入り込んだ時のテンションの高さと、気だるそうな雰囲気との落差が激しいよな。詳しくは知らないけど、これって競走馬でいうところの入れ込み過ぎって奴じゃないか。 「何にしても、俺は明日も今日と同じことしかやらないからな。なんだったら、キャスト全員揃えて、組合を作っちゃる」 「え〜、私はちょっと面白いって思ったけどなぁ」 横から、若菜先輩が話に割って入ってきた。さっきまでタキシード姿で二枚目を演じていたのに、今はやたらとフリフリして、体積が大きそうなものを身に纏っている。 「なんです、その服装」 「この後ライブだからね〜。私の出番は後半だけど、リハがあるから着てみたの」 そして、キャラクターの方もすっかり猫被りモードに戻っていた。割と軽んじてる部分があるけど、よくよく考えると恐ろしい人だよな。 「あなたも、そう思いますの?」 「そりゃそうだよ。おんなじことやるなんて、つまらないでしょ。人生に、同じライブは二度と無いんだよ」 何かうまいこと言ってるつもりなんだろうけど、案外そうでもない。 「分かった。この問題については、今日のが終わって皆が揃った時に多数決で決めよう」 「時間的には厳しくなりますが、致し方ありませんわね。簡単に構想だけ考えてみることにしますわ」 ふぅ、とりあえず問題を先送りすることに成功したぞ。若菜先輩みたいに奇特な人は少数派だろうし、これで大丈夫だと信じておくことにしよう。『その安直な考えが、まさに地獄への片道切符だとは誰が思ったであろうか』とか適当なナレーション流すのは、禁止だからな! 岬:とりあえず、一区切りついたんですよね? 公:ついたのかね、これは。 岬:何だか、色々と釈然としないものが残る様な気もしますが、 それでいてこんなものの気もしますし。 公:あれだな。ここから先は自分達の目で確かめてくれみたいな。 岬:いつの時代の攻略本ですか。 公:きっと、二日目公演で何とかしてくれるさ。どっかの偉い人が。 岬:そういう、環境問題は次世代にぶん投げるみたいな発想もどうかと思いますが、 世の中って案外、そんなものなんですよねぇ。 公:人は何かを成せると思うことが、そもそも錯覚なのかも知れないな。 岬:ともあれ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第十八話、 『舞台は夏だってのに水着シーンの一つも無いとか読者を冒涜してるよな』です。 公:こういうこと言い出すこと自体が、読者を冒涜してるような。
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