学園祭初日、午後二時二十八分、第一講堂舞台袖。 舞台演劇は、ハプニングの連続だ。話には聞いていたけど、いざ自分達の身に降りかかると、どう対応していいか分からないものだ。それでも、誠意を持って続けられなければならない。ショー・マスト・ゴー・オンって、重い話だよな。 「矢上先輩がぶっ倒れた!?」 「ここ数日、興奮しすぎてロクに寝ていなかったそうですわ」 「遠足前の小学生かよ」 考えように依っては、あの頃の純な感情を失っていないとも言えるだろう。高校三年生にもなってそれもどうよと思う人の方が多い気もするけど。 「で、どうすんだよ。まだちょっと出番あっただろ」 「ええ、理沙に負けて、捨て台詞を残すというものですわ。丸々カットするとなると、作品のテーマ性が伝わりづらくなる恐れがありますわね」 そんな大層なものだったかなぁ。お客さんの離席が少ないのは、あくまでリアクションと言い回しが面白いからで、全体をちゃんと追ってる人ってどれだけいるのやらって印象なんだけど。 「削りたくないってのは分かったけど、じゃあ、どうすんだ」 「代役を立てるしかありませんわね」 「気楽に言ってくれる」 幕間でほんの数分だけ時間がある状態だけど、どこから引っ張ってくんのさ。 「ってか、綾女ちゃんがやればいいんじゃないの」 自分で書いたんだから、当然、筋は全部憶えてるだろうし、あれだけ散々指導してきたんだから、それなりにこなしてくれるだろう。仮にやらかしたとしても、誰も責めやしないどころか、優しい目で見てくれると思うよ。明日に掛けて口うるさく言われる心配がなくなるってだけの気もするけど。 「身長差がありすぎますわ。同じ服を着て、髪型をいじったとしても、明らかに別人のシルエットになるのは望ましくありませんの。声質も、大分違いますしね」 「もう、なしでいいんじゃないかな」 こうしてる間にも、貴重な時間は過ぎ去っていく訳で。 「一応言っておくが、私はやらんぞ」 誰も、遊那なんかに期待しとらんから安心してくれ。 「状況を、まとめてみよう。身長百六十代で、体型的には標準、髪はあんまし長くない方がいい。声は男としては高めで、女だったら低い部類、それでいて台本を知っていて、すぐさまこの舞台に立て、かつ他の出番が無い人。そんな都合のいい人材が、そうそう――」 あ。 「一斉に、こっちを見るのはやめてもらえませんかね」 「という訳だ、西ノ宮、任せた。こんなうまいこと適切な人材が居るなど、これはもはや天意というものだ」 「そういう運命論って、結婚詐欺師や悪徳商法の人が使う常套句ですよね」 論客様に通じないのは分かってるけど、一応は言っておきたいじゃないか。 「ワンシーンですから、いかようにでもしてくださいまし」 「なるべく不自然にならないように、私、頑張るから」 「そして、出ることが確定事項にするのも、やめてもらえませんか」 「時間がない、誰か衣装を着せてやってくれ」 「おお、そういうことなら任せろ。着せ替え人形になるのはもう勘弁だが、他人に対してなら大歓迎だ」 こうやって、人はやられたことをやり返して、負の連鎖が止まらないんだな。 「ここで固辞し続けたら、空気の読めない人になるんでしょうね」 「心の底から嫌だったら、成り行きでも絶対に断るって知ってるからこそでもあるな」 まあ、空気を読めないと一言で括られるが、本当に場の雰囲気を理解してない遊那みたいなのもいれば、俺みたいに敢えて無視する奴もいる訳で。西ノ宮がどっちに属するかは、割と微妙だったりする。 「こういう時、あの子達の何でも受け入れる性格が、少し羨ましくもあります」 「でも、ああはなりたくないんだよな」 「人って、ワガママですよね」 何かよく分からん、達観した意見が飛び出してきたけど、同意はしてもらえたようだし、急場は凌げそうだな。 『ああ、何ということだ。如何に確率を極めようとも、意志の力はそれを遥かに凌いでいく。人が生きていくとは、かくも強かなものなのか』 「ノリノリじゃねーか」 あれだけゴネてたのは何だったんだと問い質したいくらいだ。 「西ノ宮に流れるエンターテナーの血は、業が深いですね」 「それ以上にアレコレ抱えてそうな、桜井のお嬢さんが言うのか」 「そういう話をするなら、七原も大概だっていうのが一般的な認識だと思いますが」 「まあ、うん、認めたくは無いんだがな」 今時、家柄がどうこう言い出すのは時代錯誤であるとは思う。だけど生まれ持った血脈というか、遺伝子は偽装や粉飾が不可能な分、よりタチが悪いんじゃないかって気がしてきてるんだ。 「ふふ、あなた達の大事な大事な菊人君は私についたわよ。そんなにも近くに存在していながら離れることを望まれるって、女性としてどうこう以前に、人としての魅力の問題じゃないのかしら」 物語は、一つの山場である菊人、有華の寄せ集め連合軍と、理沙、雅の即興共同戦線コンビの対決へと差し掛かっていた。冷静に考えてみたら、この場の四人、誰がどう裏切って敵になってもおかしくないとか、とんでもない人間関係だな。 「そんな、菊人お兄ちゃんが年増趣味だったなんて。たった二ヶ月とはいえ、後に生まれて義妹になった事実が憎い!」 「へぇ」 学年設定は、有華が三年、菊人と理沙が二年、雅が一年と、俺ら演者と同じだ。本当、日本人ってやつは杓子定規なまでに年上、年下にこだわるよな。双子ですら兄弟姉妹をキッチリと決めるのは日本以外には殆ど無いとかなんとか。そう考えると、三つ子の奴らって国際的なのかも知れないな。 「その程度の能書きで私の心は揺らがない。音に聞こえた死神・有華が、こんなチンケな三味線を使うとは、正直ガッカリ」 さりげに勝負開始前の掛け合いが一番面白い気がするって、ギャンブルものとして失格だとは思うんだけど、世の中の創作物はそういうものが多いから致し方ないな。 「ともあれ、菊人へのお仕置きは、ことが終わってからじっくりするとして」 「そういう物騒な発言はやめて!」 流されて生きると、人生のリスクがドンドン溜まっていくという、無駄に奥深い含蓄が籠められていると思うんだ。結果として勝っちまえば、そんなものは蹴散らせるということでもあるから問題ないな。 「それじゃ、勝負開始といきますか」 大会準決勝のお題は、ヘルメットとオモチャのハンマーで争う、俗に言うところの、たたいてかぶってジャンケンポン、だ。但し、今回は四人一組でやるからややこしい部分が多い。まず四角机の各辺に、四人が陣取る。用意されるヘルメットとハンマーが一人一組、目の前に置かれる。そして手元には一から四までが書かれたカードが裏返しで並べられていて、同時に開く。出た数字を確認して、一の人が二の人を、三の人が四の人をといった具合に、叩く人がハンマーを持って攻撃する。叩かれる人はヘルメットで防御する。それを掻い潜ってハンマーを正しい相手の頭にぶつけることができれば一ポイントだ。攻撃と防御の対象は五ゲーム毎に変更されるから、頭の中のこんがらがり具合は半端なものではない。計二十ゲームを終えて、上位二名が決勝へと進出できる運びとなっている。何か普通にパーティゲームとして成立しそうだが、今回は演劇の為、やたらとハンマーが大きくて、アクションものとしての要素が大きい感がある。そして内実が二対二の戦いになる為、色々と小細工ができそうではあるんだ。相変わらず、舞台劇に向いてない題材だと断定せざるを得ない。 「一見すると防御が重要に見えて、別に叩かれたからといって減点されるという訳でもないルール。攻撃的に処さないと、活路すら見出だせない。それに三回に一回の確率で起こる味方同士の攻防をどう捌くかが勝負の分かれ目になるはず」 雅の言うことは一回聞いただけだと分かりづらいが、つまるところ、こういう話だ。菊人と有華、雅と理沙が互いに攻防の対象になった時、単純にお互いを叩いて一ポイント獲得すれば済むと思えるが、実際はそうじゃない。防御側が先に相手の防御側を叩いてしまえば、相手の攻撃側はポイントを獲得する権利を失う。だけどこちらはヘルメットとハンマーを持ち間違えただけと処理されるので、叩かれればポイントになる訳だ。もちろん、相手も同じことを狙ってくる訳だから、どちらが速く叩いてくるかを判断して、こちらの防御が確実そうなら、攻撃側が相手の防御側を狙って攻撃権を潰すのも作戦の内だ。色々な判断が悪い方向に噛み合った場合、三人掛かりで狙われる可能性もあり、ある意味、一番スリリングなケースと言えるかも知れない。それと、ハンマーとヘルメット、一瞬持つのを躊躇う程度ならともかく、完全に持ち上げてしまってからの変更は減点対象だ。競技として考えると、反射神経と判断能力、いずれが欠けても優位に立つことは難しい。 「そもそも、引きが悪ければ戦場に立つことすら許されないという、見た目のコミカルさとは裏腹に、結構、シビアなゲームよ」 そう、カードに仕込みがされていないという前提で行われるこの戦い。まずは二分の一の確率を潜り抜けて攻撃権を獲得しないと、ポイントを得る機会すら持てない。たったの二十回勝負なだけに、ちょっとした偏りが発生すれば、それだけで勝機を失いかねない危うさを含んだ種目なのだ。 更に言うと、さっきも触れたがこの四人、誰がいつ敵対してもおかしくない人間関係にある。ポイント僅差で終盤を迎えた場合、チーム再編なんて可能性もある訳だ。そこら辺のところは綾女ちゃんがやたらと楽しそうに色々シミュレートしてたけど、とてもじゃないけど処理しきれないんで勘弁してくださいと懇願した憶えがある。筋は決まってて、勝つ人、負ける人は確定してるの! そういうのやりたいんなら、後日、小説なりマンガなりで自己補完して! 「な、何ていうこと、前提を、読み違えていたわ」 勝負は最終盤、理沙と雅が微差でリードしている状態だ。若菜先輩は驚愕の表情を作って岬ちゃんを見詰めていた。 「まさか雅が、真に心を寄せているのは理沙だったなんて。これでは、菊人は当て馬ですらない、只の馬刺しに過ぎないということ」 しかし何度聞いても酷い展開だ。一発ネタみたいなものだから軽く流せるけど、ラブコメとして何年も追い続けた末にこんなことになったら、悪い意味で伝説になりかねない。 「今日のところは、私の負けね。いや、正確には戦いの土俵にすら立てなかったと言うべきかしら」 どう贔屓目に見ても負け惜しみにしか聞こえない口上を置き土産に、有華は退場した。さりげにこの瞬間、菊人の敗北も確定していたりする。どうせ菊人を巡っていたかのような争いは、理沙と雅の愛憎劇へと移行するから、シナリオ的にも退場同然なんだがな! 結:気付けば、結構な話数、本編に出てない気がするからこっちでグダってみる。 海:スポットが当たってないだけで、劇の最中も観客席に居たりするんだよ。 舞:まあ、台詞とか描写が無ければ存在しないのと同じって感じもするけど。 海:人生も、何かを成さなければ価値はないってことなのかも。 結:そんな、おっきな話だったっけ。 舞:死ぬ間際に後悔が少なければ、それが幸せなんじゃないかな。 結:そういう意味じゃ、私達ほど生を満喫してる人種も居ないかも。 海:人が歩けば、中身はともかく、道は残る訳だしさ。 舞:それを他の人がどうこう言うのが、そもそもの間違いってことじゃないかねって。 結:とか言ってみたけど、よくは分かってないんだけどね。 舞:やっぱり私達に、こういう壮大な話は分不相応って言いたかった訳なのさ。 結:それじゃ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第十七話、 『最終回のサブタイトルにタイトルを起用すれば、雰囲気だけは出せるよな』だよ。 海:怒涛の演劇初日公演編、とりあえず完結するはず、多分。
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