邂逅輪廻



 学園祭初日、午後二時十三分、第一講堂舞台上。
 綾女ちゃん曰く、この『神々への栄達』は群像劇らしい。つまり主人公が一人や二人ではなく、多数の人間にスポットを当てながら話が進むというものだ。だからこの、菊人、理沙、雅に主眼を置いた話はあくまでもエピソードの一つであって、全てのキャラクターにそれぞれの物語があるんだとか。そういう大河的な作品の妄想をする輩は少なからず居るだろうけど、こうしていくらかでも形にする人は珍しいと思う。
 ともあれ、その構成の影響で、脇役の面々も意外と設定が細かったりする。若菜先輩演じるディーラーの少女、有華(ゆか)も、『あまりにギャンブルが強すぎて人生に退屈し、戦う相手を求めてこの学院に来た』という、もうこっちが主役でいいんじゃないかなというキャラクターだ。次のシーンは、菊人と有華が語り合うところから始まる。
「ねぇ、あなた、私と組まない?」
「どういった、風の吹き回しだい」
「先にハッキリと言わせてもらえば、私、あなたには全く興味ないの」
 如何に若菜先輩個人に大した関心がなく、役の上での台詞といっても、女の子に面と向かって言われたら、少し気分は落ち込まんでもない。
「でも、あの雅って子はいいわねぇ。少しつつけば大化けするのは間違いないわ」
「いわゆる、当て馬って奴か」
 ちなみに、本来の意味での当て馬とは、繁殖用の牝馬が発情しているかを調べる為に使われる牡馬のことで、世界で一、二を争う悲しいオスだと俺は思っている。
「悪い話じゃないでしょ。このままだと、あなたはあの子達に蹂躙される。私は、覚醒した雅と戦いたい。利害は一致してると思うけど」
「たしかに、話だけを聞けばな。だが、それはあくまでそちらにも利用価値があればの話だろ?」
「あら、だったら私達らしく、これで決めましょうか」
 言って若菜先輩はサイコロを一つ取り出した。建前としては双六なんかで使う小さいものということになっているが、舞台劇という特性上、目の大きさが分かりやすい、一抱えはあるものだ。
「サイコロを一回ずつ振り合って、数が大きい方の主張を通すってことでどう?」
「よかろう」
 もちろん、このサイコロには仕掛けがしてあって、好きな数字を出すことができる。素案段階ではガチンコ勝負をして、出目次第でシナリオが分岐するというのもあったのだけど、即却下したことは語るまでもない。
「ふわっはっはっは、見たか、六を出したぞ。これで八割方、俺の勝利は揺るがないな」
「たしかに、そうね。サイコロにおいて六は最強の目であることは事実だわ。あくまでも六面体のものに限って言えば、だけど」
「ナ、ナニィ!?」
 しかし、菊人のこの、主人公とは思えない小物っぷりは悪意すら感じるな。
「私は、この二十面体を使わせてもらうわ。同じサイコロを使うとは、一度も言っていないしね」
「お、おのれぇ!」
 とまあ、こういった舌先三寸の屁理屈も勝負の内という、そんな物語だ。
「八、か。運気は随分と下り目だから気を付けないとね。あ、勝負は私の勝ちだから共同戦線は決まりってことで」
「はい……」
 しかし劇中だろうと、現実だろうと、女の子に振り回されるのは俺の運命的なものなのだろうか。世の中って、認めたくないことで溢れてるよな。


「ギャンブルをする上において、最強の能力?」
 場面は、教室に移っていた。菊人、理沙、雅の主役級三名が、ポーカーをしながら会話するシーンだ。
「そ。相手の心を読むとか、確率操作とか色々あるけど、ぶつかりあったらどれが一番強いのかなぁって。レイズする?」
「何でそんなことを聞くんだ。んー、もう一個積むか」
「だって、この学院で強い人って、何かしら使うんでしょ。対策練っておかないと」
 しれっと、とんでもない設定が出てきた気もするが、中高生が考える大河物にはよくあることだ。深く考えてはいけない。
「時間操作系は強そう。証拠を残さず、イカサマやり放題の予感。二個レイズ」
「心を読むのもそうだが、誘導するのもかなり使えそうだな。能力抜きでもできそうではあるが。こっちはコールだ」
「限定的キャンセラーも結構居るって話なんだよねー。都合よく何でもかんでも消せるなら、そこも計算に入れないと。私も、コール」
 本当、話が壮大すぎて、絶対に回収しきれないのが目に見えすぎている。
「でも結局、相手の技量を読んで、適切な判断をする思考力と精神力が下地にあってこそだとは思う。それじゃ勝負。はい、フルハウス」
「眉根一つ動かさず、そんな大物手を」
 能力とか無い世界観だったら、雅の言う通り、頭がキレて、人の心理を読めるポーカーフェイスが最強なんだろう。当然、それができないから、みんな苦労してるんだけど。
「ふふふ、これでこのビスケットチョコは私が独り占め」
 何でもギャンブルで決めるうちの学院だけど、現金の授受は一応、認められていない。だけど、お菓子なんかの遣り取りは黙認されているから、実質的な通貨として成立してる面はあったりもする。
「太るぞー」
「甘いものを食べることで、ギャンブル力を高める能力を持っているから致し方無い」
「そんな馬鹿なことあるかいやー」
 一応、台本に書いてあるからツッコんだけど、この世界ならありえる話だったりもするんだよな。


『そして学院は、決戦の時を迎えた。闇に潜みし魑魅魍魎共に、天は如何なる差配を下すのか。ここでいう天とは、或いはゲームマスターのことやも知れませんが』
 久々に耳にした西ノ宮ボイスに和みつつ、俺は一回戦の相手である千織と相対した。ちなみに、役名は憶えていない。二十世紀末のパソコンの様な俺の脳容量では、優先順位が低いものは切り捨てていく他ないのだ。
「臆せず、よく来たね。だけど確率調整の加護を極めた僕は、今や無敵の存在。麻雀、トランプ、ルーレット、何でも来いって感じだよ」
『いつの間に拝皇教に入信したのやら。しかしそこには、意外な落とし穴が待っていたのです』
 しかし台本とはいえ、西ノ宮がツッコミを入れるのは珍しいな。
「勝負内容は……五目並べ?」
「運要素、ほぼゼロだな」
 劇中の視点で考えた時、この展開が仕組まれたものなのか、はたまた偶然の産物なのか。生徒会の立場からすれば、本当に確率を調整できるなら、千織を排除したいと考えるだろう。だけど本当に確率を調整できるなら、運の比率が高いものを引いてくる訳で。中々に、奥が深い話だと思うんだよ。
「何にせよ、俺の勝ちだな! 確率を調整できると言うのなら、光の乱反射を制御して、黒を白に見せるくらいの腕前を見せてもらいたかったものだ!」
「ハッ、その手が!?」
 難しい話はよく分からないが、ものに色がついて見えるのは、光の種類とか、強さの問題であって、物凄く偏らせることができれば、全く別の色に見せることも可能なんだそうだ。確率で言うと、手のひらの中にブラックホールが生成されるのと、どっちが起こりにくいか分からないくらいのレア度だとも付け加えられたけど。そろそろ、マンガとかそっち向けで、舞台劇には不向きな脚本になってる気もするけど、もう、今更の話だ。
 何にしても、俺は噛ませ犬たる千織を踏み台に、二回戦進出の権利を得た。


「いい調子みたいね」
 千織戦を終えて、俺は再び、若菜先輩演じる有華と対面した。
「その調子で、太りに太って、いい生き餌になってちょうだい」
「雅の奴、とっとと負けてくんねーかなぁ。考えてみたら、俺にとってそれが一番いい展開だと気付いた」
「才能から言って無いとは思うけど、万一そうなったら、あなたを物理的に拘束して、景品にさせてもらうわ」
「それは、誘拐とか言いませんかね」
「ギャンブルジャンキーをナメないでもらいたいわね。勝負をする為に手段を選ばなくなって、極まった末に目的すら曖昧になってからが本番だから」
 ギャグの様に聞こえて、色々な業界の中毒者に応用できる含蓄のある言葉だと思う。
「一番いいのは、雅が早々と負けること。二番目が、雅と有華さんが食い合ってくれること」
「どっちも、現実的じゃないって、自分でも分かってるんでしょ?」
「ああ、だから三番目の方法に活路を見出すことにした」
「へぇ?」
「とどのつまり、俺が優勝してしまえばいいのだ。何と賢い俺、完璧すぎる作戦だ」
「ま、それであなたの自我が保たれるって言うんなら、別に敢えて止めようとも思わないけど」
「あい」
 言うまでも無いことだろうが、これは茨の道どころか、電気が流れる有刺鉄線の上を歩くような選択だ。正気の人間がとる行動ではない。
「それでも、俺は逃げない! 現実から目を背けるために、敢えて非現実的な現実に立ち向かう。それが男の、ロマンスだ!」
 しかし、このいいことを言っているようで、そんなことは全くない発言集は、そろそろ癖になってきそうで困ったものだな。


「ふいぃぃ」
 ようやく、俺の出番がない局面となり、一息つくことができた。舞台上では岬ちゃんが謎理論満載の弁舌で大村先輩を蹴散らしている最中だ。もうそろそろ、ラブコメなんだか、ギャンブルものなんだか、詭弁合戦なんだか分からなくなってくる頃合だけど、客受けはそこそこな感じだし、目を背けておくのが吉に違いない。
「何とか、形にはしてますわね」
 脚本家であり、実質的に演出も兼任している綾女ちゃんが声を掛けてきた。
「少しでも気を抜いたら、ぶっ倒れそうだけどな」
「カーテンコールが終わった後でしたら、どうぞ御随意に」
「そう言われると、意地でもそうしたくなくなる辺り、俺もまだまだ反抗期だな」
「骨くらい拾って差し上げますのに、残念ですわね」
 それ、別にサービスになってない気がするんだが。
「一応、精神安定の為に聞いておきたいんだが」
「どうしましたの」
「この話、エピソードの一つって話だが、今後ことある度に逸話を消化していこうとか思ってないよな?」
 何しろ、綾女ちゃんは入学したての一年生だし、俺も卒業まで二年近く残ってる。学園祭以外でも、やる気になればコツコツやっていくことはできる。
「それは考えていませんでしたわね。考慮させて頂くとしますわ」
 わーい、見事なまでのヤブヘビだったぞ。
「安心してくださいまし。もしそんなことになっても、次は脇役になる公算が高いんですから、負担はグッと減りますわよ」
「そういう問題だったかなぁ」
「先のことより、目の前のことですわ。そろそろ、次の場面ですわよ」
「へいへい」
 主役って奴はどうしてこうも台詞やらが多いのか。まあ、世の中には気付いたらカッコ笑いを付けられるくらい露出が減ってる主人公も居るし、正統と言えば、正統なんだろうなぁ。



次回予告
※公:七原公康 由:若菜由夢

由:フフフ、こっちに出てみるのも、悪くは無いかも知れないわ。
公:せんぱーい、キャラ戻ってませんよー。それ、完全に有華ですよー。
由:いや、簡単に言うけどね。
 こう、コロッコロ役どころ変えてたら、自分でも、どれが正解なのか分からなくなるものだよ。
公:意外と面倒な人だな。
由:そもそも、私は、求められてるものを供出してるだけで、
 それを猫かぶりだとか、あざといだとか、無理しすぎとか言われる気持ちが分かるって言うの。
公:何で愚痴こぼされてんの。え、俺、先輩のマネージャーだっけか。
由:こういう、表には出しちゃいけないものを出せるだけで、いいコーナーだよね。
公:やりたい放題だよなぁ、色んな意味で。
由:ともあれ、次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第十六話、
 『物語の都合上、ライバルキャラってのは主人公より高性能に設定されるものなんだ』よ。
公:まあ、主人公より明らかに弱いのを負かしたとしても、そこにカタルシスは無いわなぁ。




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