学園祭初日、午後一時五十六分、第一講堂楽屋裏。 「前にな、園内新聞か何かで見たことがあるんだ」 「何を?」 時間は、開演まであと数分に迫っていた。衣装替えも済ませた状態で待機している中、俺はりぃに声を掛けた。 「それなりに人が入ってる状態で、一人の生徒がこの第一講堂の舞台に立つ頻度。たしか、一年平均で一.三回だったかな」 「そんなもんなんだ。選挙と学祭だけでも、結構稼ぎそうなもんだけどね」 「全く立たないのが、多数派らしい。よくよく考えてみたら、俺も一年の時は一回も立った記憶が無いしな」 「言われてみれば、私も無いかも」 選挙出てない、学園祭で駆り出された時も第二だった、集会で表彰されたりする訳も無いと、清々しいまでに縁遠かった。 「それが、二年で立候補してからというもの、十回は立ったんじゃないかって思い起こしてみてな」 「偏差が凄いよね」 一瞬、偏差ってなんだって思ったけど、言いたいことは何となく分かるから適当に流しておこう。 「あれか、昨今の社会は、色々なものが一部の上澄みと、大多数の下層部で構築されてるっていうことを暗喩してるのか」 そういう風に考えると、案外、深い気もしてきたぞ。 「この土壇場で、何をバカなことを言っておりますの」 「人間、追い詰められれば追い詰められるほど、現実逃避に力を入れるものだろ?」 「その機構、生物としてデメリットの方が大きいように思えますけども」 たしかに、精神的負荷は低減されるかも知れないけど、問題は何も解決してない訳だからな。直接的に生きるか死ぬかの時代にそんなことしてる余裕はあるのだろうか。 「犬や猫も、現実から目を背けたりするのかな」 「討論祭の会場と、勘違いしておりませんこと」 そこまで引っくるめて、現実逃避ってことで。 「たしかに、私達は演劇の経験に乏しく、部活の域にも達していない水準であり、不安が尽きないのも分かりますわ。そしてこれは、お金を取る訳でもない、只の文化祭発表に過ぎませんの。だから多少の質の低さには目を瞑ってもらおう――などという考え方は大嫌いですわよ」 「ですよねー」 このギリッギリの時間になって俺にだけ釘を刺しまくる辺り、全く信用されてないのがよく分かる。 「ショー・マスト・ゴー・オン。直訳すると、舞台は続けられなければならない、となりますわ。個人的に意訳するとすれば、誠意を持ってという言葉を付け加えさせて頂きますの。本を正せばお姉様に押し付けられたものであり、準備不足であるのも事実ですわ。ですが、この変人だらけの学園には、こんな舞台ですら楽しみにしている酔狂な方がおられますの。開き直るのと投げやりになるのでは、一見した行動は大差なくても、その本質は大いに違いますわよ」 この子、本当に下級生なんだろうか。でもまあ、こないだ誕生日迎えて俺と同い年だし、説教されてもギリギリセーフだよな。 「あー、テステス。御来場のお客様方、大変長らくお待たせ致しました。それではこれより、生徒会執行部有志に依る特別公演、『神々への栄達』を始めさせて頂きます。かの選挙戦を戦い抜いたあの面々が夢の共演、脚本は一柳綾女氏、主演兼演出は七原公康氏、ナレーションは西ノ宮麗氏、そして脇を固めますは前生徒会長の大村聡氏や悲運の凡夫と名高い矢上春樹氏、それに最高学年アイドル若菜由夢氏と、文句のつけようがない豪華キャストです。これは期待しない方が野暮ってものではないでしょうか」 無闇にハードルを上げに上げるような真似はやめなされや。というか、チョイ役とはいえ千織も出るのに、全く触れないのは、何らかの力が働いてるのだろうか。 「おーい、七原ー。観客席はもう見たかー?」 「怖くて、チラ見しかしてない。ここに入ったのも、裏口からだしな」 何やら楽しげな遊那の言葉に、顔を引き攣らせながら返答した。討論祭の開幕戦は結構入っていた気がするが、器の限界とまだ早い時間だったこともあって、五百人には届いてなかっただろう。だが今回は最大収容人数二千人という、ちょっとした劇場やコンサート会場並の第一講堂だ。今更ながら、とんでもない高校に入ってきたもんだと思わされる。 「いやー、正直、とんでもないことになってるぞ。正確に数えた訳じゃないが、千は確実に超えてるな」 「ざわめき方からして、そのくらいの可能性はあると思っていたが、聞きたくはなかった」 外来が学生より多いんだから超満員になれば溢れる可能性もあるんだが、来場者の比率おかしくないか。普通、素人の劇なんて、こんな積極的に見ようとか思わないだろ。 「茜の、置き土産の成果だな」 「何だ、それ」 「知らんのか。準備を手伝えなかった詫びにと、考えうる限りの宣伝を施していったらしい。具体的には、チェーンメール的なものとか、口コミを最大限に利用したとか何とか」 「よし、いつもどおりの茜さんだな」 言われて思い出したが、そういやそんな感じのメール貰ったな。相手が岬ちゃんだったせいで、深く考えなかったのが敗因か。 「現代社会で売れるかどうかは、結局、コマーシャルの力に依存するという、切なくも悲しい現実が見え隠れする訳だ」 「それが善意であるか、悪意であるかは別の話としてな」 社会勉強を通り越して、人生哲学の領域にすら入る話になってきたぞ。 「つーか、お前は何でここに居る」 俺の曖昧すぎる記憶によると、出番は無いはずなんだが。 「純然たる、冷やかしだ。大道具やなんかの手伝いをしてもいいんだが、むしろ邪魔になるという自信があるしな」 「人としての良心があるなら、せめて俺の気勢を削がない方向で行動してくれ」 せっかく綾女ちゃんによって蓄えられたものが、今ので何割か霧散した気がしてならないぞ。 「おっと」 アホな掛け合いしてたら、会場の照明が落とされたぞ。俺の出番まではちょっとあるが、もう集中していかないとな。 『私立牧野辺(まきのべ)学院は、今日も平和だった』 西ノ宮の、凛としたオープニングナレーションが響き渡った。今になって思うのは、西ノ宮のよく通る低めの声は、こういった語りに向いてるな。これが綾女ちゃんだと高すぎて、声としてはいいんだけど、脳に響く気がする。 「ふふっ、国家権力も、強大な軍事力も、絶対の資産力も、賽の目だけは操れない。この遊戯は、世界で一番公平な遊戯だとは思わない?」 次いで、タキシード服を着てディーラーに扮した若菜先輩が舞台に踊りでた。ああやって、キャラクター作れる辺り、普段の猫なで声も演技だって分かりそうなもんだけど、ファンはそれに気付いていないのか、目を背けているだけなのか。全国区のアイドルにも通じる問題だけど、コミュニティ内で成立してるなら、それはそれでいい気がしてきた。 『ゆっめちゃーん〜〜!』 そして貴様ら、また大集合かい。この集客力を見込んで起用したのはたしかだが、あの大合唱は迷惑行為ではなかろうか。そこら辺の兼ね合いは、業界に明るくない俺にはよく分からない。 『やっぱり、学院は平和だった』 しかし、何度聞いても、この巌の様にピクリとも動じない西ノ宮のナレーションは、色々と感じ入るものがあるな。 「おのれ、学院に巣食う大魔王めっ! 今日こそ我が必殺奥義、国士無双で滅してくれるわ!」 大村先輩が、脇役その一として、見えもしない巨大な敵に啖呵を切った。この際だから、大魔王とかはもうツッコまないけど、最初の台本では国士無双じゃなくて、清老頭だったよな。あまりに珍しい役満で知名度が足りないという配慮か何かか。結局、麻雀分からない人にはさっぱりで、根本的解決には程遠いと思うんだが。 『しかし、この学院は他の高校とは少し違っていたのです。そう、ここは全ての悶着を賭け事で解決する、ギャンブル学院だったのです』 「ギャンブルに負け続けて学院の最底辺に落ち込んだ僕も、この拝皇教に入信することで、あっという間にトップランクに。確率を操作する御利益は最強だって、みんなにも教えてあげないと」 「うむ、苦しうないぞ」 矢上先輩と二階堂先輩の掛け合いに、ドッと大きなとまでは言わないが、クスクスと小さな笑いが起こった。ところで、全員が確率調整の能力を身に付けたら、相殺するのか、より強い方が勝つのかすら考えない辺りに、盲目的に宗教を信仰してしまう愚かしさを籠めてみたらしいんだけど、細かすぎて分かりづらいと思う。 「発想をひっくり返して考えるんだ。物事をギャンブルで解決するというのなら、人との軋轢を極力回避すればいいのだと」 千織の発言は弱腰のように思えて、本当にこの学院で生活するのなら有用な手段だと思う。人間関係の調整がうまくなるという意味では、良質な教育であるとさえ言えるだろう。そんな主人公では、まず話が盛り上がらないという問題点に目を瞑らなければならないのが、ちょっと難儀ではあるのだけど。 『はてさて、彼らを待ち受けているのは、いかなる物語なのか。それは、ギャンブルの神様ですら見通すことができないのかも知れません』 何だか、いい話っぽいようで、そうでもない気がする文言を一区切りとして、冒頭部分が終わった。さて、ここから本編で、俺達の出番になる訳だな。 「まあ、この本当の意味でギリギリに言うのもなんなんですが」 「どうした岬ちゃん」 「ほら、よく女は常日頃から自分という人格を演じてるって言うじゃないですか。っていうことは、役者として他の人を演じている時、自分というキャラクターは奥に眠っていて、でも本当の自分がそれを作っている訳だからとか考えてたら頭がこんがらがってきまして」 「マジで今でなくちゃダメか、その話」 俺が言うのもなんだが、それも現実逃避の一種じゃないだろうか。 「とまあ、参謀として、先輩の緊張をほぐす気遣いをしてあげた訳です。何て凄い私、褒めてもらってもいいんですよ」 この子も、大概、テンパってるんだなぁ。 「結局、一杯一杯なのはみんな一緒か」 緊張と諦観と、ほんのちょっぴりの期待感を胸に、俺らは舞台袖へと移動した。ここまで来たら、逃げることは許されない。 賽は投げられた。どんな目が出るかは、賭博神とやらにでも聞いてくれ。 麗:〜〜♪ 〜〜♪ 結:何か、上機嫌な人が居るね。 舞:こんなお姉ちゃんを見るのは、私達がこの学園に合格した時以来かも。 海:ってことは、数ヶ月に一度くらいはあるってことだけど。 舞:何にしても、黎明編を含めて、十四話出番が無かった訳だからねー。 結:薄い文庫本なら、一冊分くらいあるんじゃないかって勢いだよ。 海:といっても、今回も特にスポットが当たったって訳じゃないけどさ。 麗:嗚呼、何て晴れやかな気分なのでしょう。 売れない役者が名も無い端役を与えられ、たった一文の台詞に歓喜し、心血を注ぐ。 その情熱が分かった気がします。 海:何だか、微妙に危ない発言があったような? 結:まー、うちの一家、両親含めて問題発言しない人なんて居ないんだけど。 舞:弁護士と、トークが生命線の芸能人としてどうかと思うけどね。 結:お姉ちゃんも、官僚候補生だったはずだけど。 海:でも、政治家よりはマシなんじゃないかな。 舞:あー、あれはまずい。問題でも何でもないこと問題にされるし。 海:何かの間違いでうちの血族から政治家が出たら、逆に楽しそうだけどさ。 結:それじゃ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第十四話、 『映画にしてもゲームにしても、大抵のプロモーションビデオは面白そうに見えるんだよなぁ』だね。 麗:ところで、次の出番はまた、十四話後などということはありませんよね?
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