学園祭初日、午後零時十分、生徒会長室。 「ちくしょう、やっぱり自分で買いに行くべきだったか」 千織が昼食と称して買い集めてきたのは、シュークリーム、パウンドケーキ、柏餅、みたらし団子、綿菓子などと、見事に甘味で統一されていた。飲み物も、砂糖を加えたコーヒーと紅茶で、逃げ場はどこにもない。 「男の子はね! 同じ炭水化物でも、米とか麺みたいなデンプン質じゃないと力が出ないんですよ!」 正直、甘いものだけで稼働できる女の子達を見てると、本格的に身体の作りが違うんだなと実感させられる。無論、千織の場合、精神構造が乙女に近いので例外だ。 「焼きそばくらいなら、今からでも買いに行けるか?」 「この時間だから、どこもすっごく混んでて、何十分か掛かるかもよ?」 二時から開演、一時から最終リハなのに、そんな暇はないってことか。 「あ、じゃあ、一柳さんのところで買ってきた、極辛パスタ食べる? 麺にハバネロを練り込んだ本格派だよ」 「これから声を張り上げないといけないのに、何で全力で痛めにいってるんだ、お前は」 「え、むしろ適度な刺激で、血行とか滑りとか良好になりそうだけど」 こうやって、間違った民間療法が生まれるんだろうなぁ。 「せめて、タンパク質を下さい。野菜関係は諦めましたから」 「さきイカでも食うか?」 言って遊那は、カバンから乾物を何種類か取り出した。お前、仮にも女子高生として、その食生活はどうよ。 「ダイエットに有効なだけでなく、顎まで鍛えられる」 「帰宅部のくせに、何と戦ってるんだ、お前は」 「男は表に出れば七人の敵が居ると言うが、女は家の中にたくさんの敵が居る。具体的に言うと、黒光りする虫とか、姑さんとか」 「一応は食事中に、勘弁して下さい」 遊那が結婚できるのかよと言ったら、セクハラになる時勢が世知辛い。 「そういや、午前の討論祭、俺以外にも出た奴、居たよな?」 一応、予定表を見た記憶はあるんだが、ドタバタしすぎて、細かいところなんて全く頭に入っていない。 「私は、岬に無理矢理エントリーされただけだからな。バックレてもよかったんだが、後が怖いから出るだけ出て、適当に相槌だけ打って終えた」 「お前の人生、それでいいのか」 遊那らしい、目先だけを考えた生き方とも言える。 「そうしたら、二位と二票差の三位で、危うく勝ち抜けてしまうところだった。まさか日本人があそこまで、追従主義の事なかれ主義だとは思わなかったな」 「ノーコメントの方向で」 肝心の討論を聞いてないし、相手とか議題の運不運もあるから一概には言えないとだけ思っておこう。 「僕も出たけど、二位にダブルスコアを付けられての四位だったよ」 「おい、現役生徒会長」 本当に、茜さん抜きの千織は、ネズミが出ない家の猫くらい役に立たない。 「思ったより、歯ごたえがありませんでした」 「言い負かしたの、岬ちゃんかい!」 「こっちにも、都合があったんですよ。西ノ宮先輩と同じ組に入っちゃったもんで、標的をそれ以外の三人に絞るしかなかったんです。その中でもやっぱり、一応は有名な舞浜先輩は狙い目だった訳で」 「あー、あの鬼神、午前にもう出たのか」 自分で提案しておいてなんだけど、かの論客様にとって、これ以上ない格好の舞台だ。事務作業で鬱憤溜まってそうだし、当たった相手は御愁傷様と言う以外にない。 「四人がかりで潰すという選択肢もない訳じゃなかったんですが、一回戦で全体のレベルが低くて取り逃がすリスクを考えれば、やっぱりこっちの方が無難かなと思いました」 「ああ、うん。足並みが揃うとも限らないし、下手につつくと蹴散らされそうだしな」 最早、三国志の猛将、呂布の様な扱いである。 「んで、その西ノ宮はどうした?」 劇参加メンバーでもあるんだから、昼飯一緒にどうだって呼びかけてもらったはずなんだが。 「お母さんが来てるらしくて、妹さん達と居るそうです」 「あれ、五人揃っちゃうのか」 少しばかり話に聞いてたけど、あの母親も大概濃い。三つ子だけでも押されて、四姉妹だと完全に扱いきれないのに、まさかの五人目だ。これと一緒に暮らしていながら、インパクトで負けてない父親ってどんな生き物なんだよ。 「学園長といい、オッサン共も侮れん世の中だよな。ああなりたいかと言われると、全く別の問題だけど」 「ひゃふ」 「どした、りぃ」 「い、いや、何でもないさー」 「沖縄人か、お前は」 「それ、なんくるないさだから」 りぃが言うと、基本的なツッコミなのか、真面目に返してるのか分からないのが、笑いの経験値が足りてない部分だと思う。 「やぁやぁ、みんな揃ってるねぇ」 そんなことをくっちゃべっていると、学園長が相も変わらずの胡散臭い笑顔で入室してきた。 「話題に出したら湧いて出るとか、そこら辺で待機してませんでしたか?」 「失敬なことを言うねぇ、ボクがそんな暇人に見えるかい? 学園の至るところに、盗聴器を仕掛けてるだけだよ」 「おい、バスターズ呼べ。このオッサンなら、マジでやりかねん」 「大丈夫ですよ。選挙参謀の基本として、防諜は完璧ですから。もし機能してるものがあるとすれば、それは逆手に取る為に見逃されてるだけです」 これはこれで、嫌なことを聞いてしまった気がする。 「んで、何か用ですか」 「生徒会長殿とちゃんと話してなかったこともあるんだが、一番は姪に会いに来たんだ」 「ナヌ?」 今、この場に居る生徒は、俺、岬ちゃん、千織、りぃ、遊那、だ。いくら千織が女顔でも、姪扱いはしないだろうから、残りは三人。長机に腰掛ける女子達を、順繰りに見回してみると――。 「……」 顔面から血の気が引いて、マンガみたいに冷や汗をダラダラ掻いているりぃの姿が目に入ってきた。分かりやすいな、おい。 「お前、学園長の姪だったのかよ!」 さりげにお嬢様らしい疑惑はあったけど、随分とお約束な話だ。 「母方の伯父だから名字違うし、幸い顔の系統も違うから、黙ってる限りバレないって思ってたのに」 「幸い?」 「まあまあ、学園長。細かいことは気になさらずに」 気持ちは、痛いくらいに分かるのが困りものだ。 「触れ回るってのは嫌な奴っぽくなるからあれだけど、頑張って隠すことでもない気はするが」 「じゃあ逆に聞くけどね。公康が私の立場だったら、こんなのが近い親戚だとか知られたい!?」 「何で軽くキレてるんだ」 ビシィッと人差し指突きつけられた学園長が少し哀れになってきた。 「岬ちゃんは、知ってただろ」 この情報魔が、こんなネタを逃しているとは思えない。 「まあ、一応は。ですが、身内に犯罪者が居たとして、その咎を本人にまで負わせるような真似はさすがにちょっと」 「そこまで言うか」 この場の、誰一人として学園長を立ててないのが逆に凄い。 「あ、対立候補なら話は別ですよ。立候補した時点で、風評、風説すら本人の内ですから」 「その補足は、今、この場では必要なかったんじゃないかな」 本当、すっかりたくましくなっちゃって、この子はもう。 「伯父さん、子供が居ないから、私のこと、気に掛けてくれるんだよね、ありがた迷惑だけど」 「学校では、学園長って呼べって言ってるだろ」 確実に、言ってみたかっただけだな。 「この遺伝子は、後世に残さないで正解じゃないかな」 「はっはっは、その大人を大人と思わない行為、ボクは嫌いじゃないよ」 個人的に、大人は年齢じゃなくて、免許制にすべきなんじゃないかと、ちょっと思いつつある。 「じゃあまあ、姪御さんとも心温まる触れ合いをしたことですし、ぶぶ漬けでもお出ししましょうか」 京都では、ぶぶ漬け、即ちお茶漬けを出されたら帰れと暗に言われてるらしい。当然のことながら、そんなちゃんとした店に入ったことは無いんだけど。 「ほう、お茶漬けがあるのかい。ボクもこの歳になると全体的に食が細くなってね。昼ごはんはそれくらいでいいんじゃないかって気がしてるんだ」 だけど、そういう客は空気読めないんだから、美味しく頂くだけなんじゃないかな。 「うちの兄貴に、空哉さん、西ノ宮ファザーに、この学園長か」 俺を含めた知り合いの男の親族は、ハズレ無しでバカしか居ないんだが、どういったことなんだろう。確率と期待値は違うものだけど、こうも偏ると意志のようなものを感じてしまう。 「そういや、阿遊が居たな」 遊那の顔を見て、弟の存在を思い出した。今朝会ったばかりで、ちょっと小生意気なガキって以外の人格を知らんのだけど。 「遊那の血統なんだから、さぞや大物なんだろうなぁ」 「まあ、変な方向に度量がでかい可能性はあるかもな。ある意味、私より頭がイカれてる気もするし」 「それは、人の姿を保てる限界線を跨ぐってことか?」 「貴様、な」 結局、男共は一人残らずバカだという現実は受け入れなければならないのかと思ったけど、女性陣も大概だから特に問題はないな。 「うちの学園出身者でバカ株式会社作れば、世界でも類を見ないものを作れそうだよな。業務内容はバカを極めること」 「誰も真似したくないってだけにも聞こえますが」 「どうやって収益を上げるかは、俺にも分からんしな」 「いいねぇ。学園長として、名義貸しをしたいくらいだよ。儲かったら分け前を貰い、責任が発生したら回避する為の契約書はキッチリ作ってもらうけどね」 「本当、酷い大人だ」 そろそろ、生徒達の為、わざと反面教師を演じてる説を提唱したくなってくるくらいだ。 「その会社、楽そうでいいなぁ。七原、給料安くても文句言わんから、立ち上げて雇ってくれ」 「入社条件の最優先事項がバカの度合いだったとすれば、遊那を拒むことができないではないか。むしろドラフト一位クラスだぞ」 「複数で競合してもらっても構わんぞ。『身体が何個もあればいいのに』とかいう、人生で一度は言ってみたいことをほざいて、契約金を釣り上げまくってやる」 「こんな会社、いくつも作って何をするって言うんだ」 「バカの世界チャンピオンを決める大会を開けばいいんじゃないか。興行権で給料を賄おう。最終兵器、七原が居る以上、トップに居座ることは難しくあるまい」 バカを遠目で眺める分には楽しいものがあるけど、商売になるものなのか。最近の芸能人がバカになりきれてないところを考えると、案外、需要がある気もするけど。 「そんなこと始めたら、お姉ちゃんが面白そうって理由だけで参加してきそうですけどね」 「いや待て、茜さんが出張ってくるというのなら、少し考え方を変えていこう。日本のバカの見本市、それが即ち国会なのではなかろうか」 「すっごい言ってやったぜみたいな顔してますけど、評点としては二十点くらいですよ?」 「辛口の批判をしてくれる聴衆が居てこそ、お笑い芸人は伸びる。政治家も、厳しい目で見る国民が居るからこそってことを言いたい訳なんだな」 「あ、それを含めたら三十点あげてもいいですね。あくまでも風刺って意味で、お笑いとしては別ですけど」 「色々と、笑えないしな」 スポーツとか、育児でも言えることなんだろうけど、甘やかしていい結果になることは殆ど無いから、やっぱり適度なムチは必要なんだと思う。ムチしか知らない桜井家は、これはこれで多大な問題を感じてるけど。 「とか何とか言ってたら、もういい時間でやんの」 結局、甘ったるいもんしか口にしてねーぞ。演劇が終わる三時頃に食事的なものを頂こうと決意してみたものの、時間的に逆じゃねーかと思わなくもない。 何がどうしてこうなった。ええい、面倒だ。これは全て学園長のせいにしてしまえば、丸く収まるな。教育者という仕事は、生徒の恨みを買ってナンボだと考えれば、これ以上の適任は居ない気がしてならないから困ったもんだ。 公:はてさて、これで茜さん以外のレギュラー的な奴は大体出てきたかな? 西ノ宮は、こっちに二回出たから、まあノーカンでいいだろ。 綾:……。 公:どうした綾女ちゃん、鋭い目を更に細めちゃったりして。 綾:私のあれを、登場したとしますの? 公:討論祭で出てただろ。大村前会長を打ち破ってたし。 綾:遠巻きに喋っているのを見ていただけじゃありませんこと。 午前の部の最終で壇上インタビューもあったというのにバッサリカットされましたし。 公:哲学的には、一と万は本質的に差があると言えないが、ゼロと一は完全に別物らしいぞ。 綾:所持金が一円と一万円では大した違いですが、ゼロ円と一円は変わらないと思いませんこと。 公:完璧に、論破された気がしてならない。 綾:いずれにしましても、次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第十二話、 『安心しろ、ロープレやったことあるなら役者経験があるも同然だ』ですわ。 公:それのどこに安心できる要素があるのか、果てることなく問い詰めたい。
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