邂逅輪廻



 学園祭初日、午前十一時五十分、第二講堂内立ち見観客席。
「初対面でつかぬことをお伺いしますが、干支って何になります?」
 さすがに直接年齢を聞くのははばかられたけど、計算が面倒だということに言ってから気付いた。
「その手のことはよく聞かれるんだけどね。まあ、世間でいうアラフォーってことで勘弁してちょうだい」
「やっぱり、そんなものですか」
 単純に足し算した場合、割と下限に近い数字がそんなものだ。
「それで、ですね。えーと――」
「別に、涙って呼んでもらっても構わないけど」
「お断りします。娘さんを名前で呼び捨てしてないのに、何の罰ゲームですか」
 四姉妹に見られたら、頭抱えるくらいに気まずいぞ。
「あら、麗を呼び捨てにしてないなら、悪くない話なんじゃない。何しろルイとレイだから、同じアクセントで呼ぶと間違えやすいし、うちの旦那なんか、ちゃん付けにしてるのよ」
「こう言ってはなんですが、お宅の長女さんって、ちゃん付け似合いませんよね」
 そりゃまあ、俺が高校生の、割と凛とした西ノ宮しか知らないだけで、違和感が無い頃もあるんだろうけど。
「何を言ってるのかしら。ちゃん付けで呼ばれるようになったのは、私の方よ」
「さいですか」
 これってひょっとして、ノロケというやつに分類されないだろうか。あれ、何でこんな話になったんだっけ。
「そもそも、何でそんな似た音の名前にしたんですか」
「若気の至り?」
 一言で、とんでもない答が返ってきたぞ。
「しょうがないでしょ。授かったって分かった時は二人してテンション上がったのもあったし、色々と不安もあって、あー、じゃあ、まあ、これでいいかなくらいの感じで決めちゃった訳よ。そしたら次の年に、今度は三つ子でしょ。同じ流れもやむなしって感じがしない?」
「何とも言い難いです」
「結と舞までは何となく閃いたんだけどね。海に関しては、あ行から順番にアイ、イイ、ウイって埋めていった結果――」
「ストップ、ストッパ、ストーッピィ!」
 何か、とんでもないこと言い出そうとしてないか、この人。
「冗談よ?」
「そうだとしても、俺はどんな顔をしたらいいというのですか」
 一つ間違ったら、西ノ宮リイが誕生していた可能性については、この際、考えないことにしよう。
「そういや、会う機会があったら聞いてみたかったことがあるんですけど、どうやってあの三人を見分けてるんです?」
「勘ね」
「……」
 あれ、何か西ノ宮姉の時も似たような返しじゃなかったか。
「もっと正確に表現すると、あの子達を十五年見てきて蓄積した僅かな差を、頭脳っていうスーパーコンピューターが自動で処理、判断してるってとこかしら」
「成程?」
 もっともらしい理屈に頷いてみたものの、あいつらとの付き合いは二ヶ月程度の上、脳が持つ力について詳しい訳でもないので、本当かは分かったもんじゃない。
「判別の為、あの子達に刺青を入れるっていうのはともかくとして、マイクロチップを埋めるくらいは実行しなかっただけでも、何て人権派の弁護士だと、自分で自分を褒めてあげたいくらいよ」
「ハハ」
「あら、つまらなかったかしら? あの子達を知ってる人には、大体ウケてきたんだけど」
 それ、俺と同じでどう反応していいか分からないから、とりあえず笑ってお茶を濁したんじゃないですかね。
「面白い話を、してあげようかしら」
「できれば、今のよりはマシなのをお願いします」
「言うわねぇ」
 西ノ宮シスターズと同じ対応を選択してしまうんだからしょうがないと思うんだ。
「さっきも言った通り、積み重ねてきたものがあるから、今でこそどれがどれなのか八割方分かるんだけどね。遡れば遡るほど、差は小さいのよ。赤ん坊なんて、赤の他人でも取り違えが起こるくらい誰が誰だなんて分かったもんじゃないし、基本的に同じ遺伝子を持ったあの子達は言うに及ばずって訳よ」
「でも、今はそういうの防ぐ為、足に番号とかつけるんじゃなかったですっけ」
「病院ではもちろん、家に帰っても似たようなことしてたわよ。色違いのアンクレットっていうか、ミサンガみたいなのを巻いてね」
「ずっとそういうことを通してくれれば苦労はなかったのに、何でわざわざ混じるんですかね、あいつら」
「普通の人間は個に自我を求めるけど、あの子達は三人でいることにアイデンティティを感じるんでしょうね。考えようによっては、絶対に真似できない個性ではあるから。まあ、もうちょっと大人になれば、違う生き方も選ぶんじゃないかって思ってるけど」
 想像がつかねぇなぁ。三人が別の人格になるってところはもちろん、大人びてくるってところも。
「で、話は戻るけど、その足輪、大人に着脱可能ってことは、やり方によっては子供にも外せるってことでしょ? イタズラ大好きなあの子達だし、幼稚園だかの時分に、三人共取っちゃったことが何度かあってね」
「は?」
「一応、着せてる服もバラバラにしておいたから、大丈夫だとは思うのよ。だけど、絶対に取り替えてないかと言われると、断言はできない訳で――だから、本当に、今の結が、舞が、海が、本人だなんて、誰にも証明できないの。幼稚園の時に入れ替わったとしたら、本人だって確信を持って言い切れはしないでしょうしね」
「むしろホラーじゃないですか」
 本当に俺は七原公康なのか、自信がちょっと揺らいでしまうぞ、おい。
「あら、大事なのは、今の自分よ、少なくても大人は、そういう詭弁で自分を安定させるわ」
 何のフォローにもなってないのが、逆に凄い。本当にこの人、弁護士か。
「面白い話だったでしょ」
「笑ってしまうのが失礼に当たるかどうかを考えてしまう点を除けば、そこそこに」
「本当に言うわねぇ」
「娘さん達を含めて、色々と鍛えられてますので」
 割と真面目な話、三つ子とエンカウントしたことで、俺の対応力は平面から立体になったかのように奥行きを増したと思う。敢えて、これがいいことなのかどうかは、考えないことにしてるけど。
「それはそれとして、弁護士なんですってね」
「ええ」
「面白いですか、お仕事」
「どういった意図の質問なの?」
「いえ、俺も一応、高校二年生なので社会人の先達に話を聞くのも悪くないかなぁと思いまして」
 単に四姉妹の話題はもうお腹一杯という説も、無い訳じゃないけど。
「まあ、耐え難い苦痛ではない程には、といったところかしら。達成感もあれば、細かい苦労も絶えない、よくある仕事だとは思うわよ。大学出てからこれ以外したことないから、何とも言えない面もあるけどね」
「ん?」
 さりげに、ちょっと凄いことを言わなかったか?
「その言い方だと、在学中に弁護士資格取ったように聞こえるんですけど」
「そうだけど」
 あっさり言ってくれるけど、ちょっと前の司法試験って難易度メチャクチャ高くて、卒業後五年くらい浪人するのも普通って聞いたことあるぞ。
「娘さん、特に姉の方が頭いいのは、お母さんの血なんですね」
 正直、三つ子の方も真っ当な方向に使う気が無いというだけで、平均から見れば随分と高い位置にあるとは思うけど。
「そうでも無いわよ。この業界、本当に頭のいい人がゴロゴロしててね。この年になっても、まだまだ勉強が足りないって思い知らされるもの」
 見た目が二十代の人が口にしてるせいで重みが足りなく感じるけど、実際は不惑前後なもんだから、感覚が狂ってしょうがない。
「でもまあ、私も麗も、集中力って意味なら少し自信あるかもね。地頭が足りない部分を、一点突破で補う凡人の戦い方とでも言うべきかしら」
「ちなみに、三つ子さん達に関しましては」
「あの子達の散漫さは、逆に特筆すべきものがあると思わない?」
 素直に同意してしまっていいのか、それが問題だ。
「とりあえず、そこは旦那に似たってことにしておくわね」
「いいんですか、それで」
「子供のいいところは私に似たことにして、難儀な部分はあっちのせいにするのが、夫婦円満の秘訣よ」
「そういう言い回し、三つ子にそっくりです」
「あら」
 この人、分かってて言ってる気がしてきたぞ。
「それはそれとして、麗も官僚になりたいとか素っ頓狂なこと言ってるしねぇ。あれって、相当勉強できないと受からないって聞いてるけど。そもそも、いい国立大学出ないと、出世どころか、採用すらされないって話だし」
「正直、ボンクラ学生の俺にとっては、異次元すぎてなんとも」
 俺も大学に行ってみるという選択肢はあるけど、入れて頂けるなら中堅どころで万々歳なのです、はい。
「うちの学園、一学年六百人とはいっても、レベル的には広いですからねー。しょっちゅう一位取ってる西ノ宮でも、本物の進学校の面々と競い合って受かるかと言われると、どうなのかなとも思いますが」
 そんなところで中の下の俺はもうちょっと危機感を持った方がいいという意見は、華麗に聞き流す。
「まああの子なら、三年の夏辺りから本気出せば、足りない部分を埋められる感じもしてるけどね」
「親バカですか、それ」
「うーんと、ね」
 言って涙さんは、口に手を当てて少し考え込んだ。
「私が、どうして弁護士になったか、あの子達に聞いたことある?」
「ないですね」
 友人の親が何でその仕事を選んだとか、知らないのが普通だとは思うけど。
「私、中学高校の頃、理数系が苦手だったのよ。それで、文系でまだ就職に有利そうな法学部を選んだんだけどね。それで、法学部ならってことで記念受験的な感じで司法試験やってみたら、受かっちゃったのよ。就職活動で苦労するよりは楽かなぁって思って、とある事務所に入って、その後独立したって訳」
「何ですか、そのトントン拍子」
「あら、経過だけ聞けばそう思うかも知れないけど、これで結構勉強してた気がするわよ。当時は、そんな意識ないんだけどね」
 ああ、成程。言われてみれば、西ノ宮もそういうところある気がする。
「こんな私でも、何故か先生と呼ばれてやってけてるんだから、下手をすれば私以上の集中力を持ってて、人生の目標立ててる麗なら、何とかなるんじゃないかな、って」
 うん、要約すると、やっぱり親バカの話だな、これは。
「ともあれ、三つ子がああも世の中甘く見てるのは、あなたが原因だと、よく分かりました」
「甘いわね。うちの旦那のちゃらんぽらんさは、私を凌駕しているわ」
 何だ、この一家。ツッコミが居ないのか。そういや前に、ボケにボケを被せてむしろツッコミにするのが家風だとか三つ子のどれかが言ってたような気もする。
「あと麗の心配事と言えば、婚期ね。あの子って、私譲りの美貌で引く手数多のようで、一つか二つくらいのことしか見えないから、ぼーっと生きて不良債権化する気がしてるのよ」
「自分で、堂々と言い切りおった」
「あら、美しくないかしら?」
 いやまあ、どっちも美人であることに間違いはないけど、何だ、この認めたら負けな感じ。
「或いは、変なのにとっ捕まってロクでもない人生送ったりね。という訳で、貰ってあげてくれない?」
「初対面の男子にこんなことを言う親御さんは、人としてどうなんだ」
「しょっちゅう話を聞くから、感覚としてはもう、幼馴染みの男の子くらいなんだけど」
 どうせ碌なこと吹き込んでないんだろうなと、想像に難くないことは深く考えないことにして。
「あの子、今は大人びて見えるけど、私と同じで老けないタチだと思うから、賞味期限長くてお得な感じよ?」
「その、敢えて問題発言をしていくスタイルは、きっちり三つ子に受け継がれてますよね」
「ということは、一世代毎に三倍に増えていくのかしら。だとしたら、五百年もしたら地球はあの子達で埋め尽くされるわね」
「何ということだ、或いは何百万年と受け継がれてきた人類の終焉が、こんな些細な因子であったとは誰が思ったであろうか」
「ノリがいいわねぇ、うちの旦那みたい」
 だから、本当にどういう一家なんだよ。
「おぉ、そこにおわすは誰かと思えば、我らが母君ではないか」
「そしてその横に居るのは、七原殿」
「もしや義兄ではなく、義父になるという誰も予想しなかった展開があるというのか」
「あって溜まるか、んなこと」
 尚、西ノ宮母だと知らない内に誘惑されて断りきれたかどうかについては、コメントを控えさせて頂く。
「本当、噂通りの面白い子よねぇ。麗が振っても、あなた達が引き取って息子になってくれたら楽しそう」
「何で告白をしようって意志もない内に振られる可能性を考慮されてるんですかね」
 階段でいうところの二段抜かしを通り越して、六段くらいの大ジャンプをかましてないだろうか。
「これを世間では、外堀を埋めていくと言う」
「ところで、四国にとっての外堀は瀬戸内海だと思うのだが」
「あれを埋めて本州、九州と一体化するメリットとデメリット、どちらが大きいだろうか」
「瀬戸大橋の存在意義がなくなるのは、ちょっと残念な気がするよねぇ」
「ヤバイ、この突拍子もない話の展開が、ちょっと懐かしいとすら思えてきた」
 俺、こいつらと知り合って二ヶ月だぞ。このまま一年くらい経ったら、本当に幼馴染み感覚になっちまうんじゃなかろうか。
 西ノ宮個人への好悪はこの際さておいて、なし崩しで人生決まりかねないのは御免こうむりたい。だってこの母娘、本気と冗談の境目が本格的に分からないんだもの。

次回予告
千:舞浜千織 遊:浅見遊那

千:えーっと、どうも本編での出番がないと、
 優先的にこっち出れるみたいなシステムっぽいんだけど。
遊:次回の予告をしようという気が、一切無いのを褒めたものかどうしたものか。
千:ってかさ。僕達そもそも、次回がどういう話なのか知らないよね。
遊:これを書いている段階で、真っ白けなことすらあるみたいだしな。
千:こう、何か適当なこと言って読者を撹乱するってのは古典的かな。
遊:それだけは無いだろうという展開を敢えて履行するのは楽しそうだな。
千:幸薄い僕に、彼女候補が登場するとか言い出したりね。
遊:そんなとってつけたようなカップリングで、本当に満足なのか。
千:可愛ければ、大体のことは許せるよ!
遊:しみじみと、七原の親友だというのを思い知らされる男だな。
千:何はともあれ、次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第十一話、
 『先生犯人探しする気はないから、目を瞑って手を上げろって支離滅裂だよな』だよ。
遊:小学校の頃、何かあったら真っ先に容疑者になった恨みは永遠に忘れない。




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