邂逅輪廻



 学園祭初日、午前十時五十五分、二年三組教室。
「それじゃ一本目は、利きスポーツドリンク対決よ」
「ほぅ」
 これのどこにプライドを取り戻す要素があるのかはともかくとして、面白そうな題材を持ってきたな。スポーツドリンクって、メーカーに依って味が結構違うけど、妙に舌に残るから、何度も味見してる内に、訳分かんなくなるんじゃなかろうか。これは、一口目のインスピレーションが勝敗を分けると見た。
「飲み慣れてる運動部員の方が多少は有利かも知れんが、これくらいなら勝ち目があるんじゃないか?」
「いやいや、私、スポーツドリンクって苦手で、数えるくらいしか口にしたことないんだけど」
「え」
 そうだっけ?
「ふっふっふ、敵を知り己を知れば百戦危うからず、その情報は、既に掴んであるのよ」
「セコッ」
「兵法って言って!」
 この場合、闇討ちと不意打ちを足したようなものだから、山賊戦法と呼んだ方が近いと思う。
「勝負は、用意した五種類のスポーツドリンクをシャッフルして、試飲用のカップに注いで飲み比べて行うわ。アシスタントとして、七原公康、アンタが番号の管理をしてちょうだい。あたしも、うちの後輩にやらせるから」
「どうも〜」
「君も大変だな」
「これでも体育会系ですから、これくらい何てことないです〜」
 もしやこの丸山さん、権力を振るいたくてキャプテンになりたがってるタイプではなかろうか。となると、ここで潰しておいた方が、ソフトボール部の為になるのではないかと思えてきたぞ。
「さぁ、スポーツドリンクが苦手なあなたが、どれだけ抗えるのか、じっくり観察させて――」
「んー、一番はアレで、二番はコレで、三番は――」
「全部正解ですね〜」
「……」
 二の句を継げないとは、まさにこのことか。丸山さんは、顔の筋肉まで硬直させて、その場で固まってしまっていた。
「な、何でそんなホイホイ答えられるのよ。あたしの情報に誤りでもあったっていうの」
「いやいや、苦手っていうのは、ゴクゴク飲むのがっていう話で、ちょっとだけ口にして味を見るくらいは何てことないし」
「ハッ!?」
 まあ、薄々勘付いてたけど、この子も大概バカだな。
「じゃあ、次は丸山さんの番だね。公康、よろしく」
「はいはい」
 ふむ、別に俺にとってみればこんな勝負、どうなろうと関係ないんだが、安息の時を妨害されたお返しをしてもバチは当たらないよな。
「なぁに、丸山さんも全問正解すれば、とりあえずは引き分けで発進できる。たかだかスポーツドリンク、気合いを入れれば何てことはないさ」
「お、おうよ」
 この手の競技は、考えれば考える程ドツボにハマる。りぃみたいにスッと答えれば簡単なのに、話をややこしくするのは人間の心理の方なんだそうだ。こういうプレッシャーの掛け方がサラリとできるようになったのは、やっぱり桜井姉妹と関わったせいだろうなぁ。
「……」
 結果は、二問正解の惨敗だった。せめて全部外れれば美味しかったのに、人間、悪い流れの時は何をやってもダメだということを思い知らさせてくれる。
「こ、ここから逆転してこそ、劇的な印象を与えることができるってものなのよ」
「ソフトボールって、すっごい守備側が有利だから、逆転劇って難しいんですけどね〜」
 やっぱりこの後輩の子、丸山さんの純粋な味方じゃねーな。
「次の勝負は、神経衰弱よ」
「仮にも運動部として、少しくらい体力に主眼を置いた競技を選ぶつもりはないのですかね」
「あたしが、椎名莉以に身体能力で勝てる訳ないでしょ」
 潔いようで、それだけは口にしちゃいけないんじゃないかなぁ。それとりぃって、かなり瞬発力寄りだから、持久走とかなら、案外勝ち目はあると思う。問題は、とても今の状況でやれる種目じゃないってことだけど。
「知ってるわよ、椎名莉以。あなた、テストはそこそこいい部類だけど、得意なのはその場で解く応用問題で、純粋な暗記科目は苦手ってことをね」
「ここまで来ると、通報も視野に入れるべきじゃなかろうか」
 普通にドン引きされる行為だって、調べてる間に気付かなかったのか。復讐者なんて、ベクトル違うだけで熱愛と大して違わないって意見もあるけどさ。
「でも、桜井姉妹と変わらないって言えば、そんな気もするけど」
 あの二人を基準に物事を考えると、犯罪とは何かを通り越して、善悪とは何かまで達してしまうから、ここでやめておこう。
「対してあたしは、キャッチャー。相手打者の苦手なコースとか、球種とか憶えるのが仕事みたいなもの。これは貰ったも同然よね」
「着々と、立ててはいけないものを立てている気もするんだが」
 フラグが立つとかいう言葉が定着する以前から、こういう圧倒的優位の立場は、負け一直線なのが業界の常識なのであって。
「まあいいや。トランプは俺が場に並べるから、公平を期す為に後輩さんがシャッフルしてくれ」
 一応、目印的なものがついてないかチェックして、と。
「成程、コウヘイとコウハイが掛かってるのね。さすが七原公康、さりげない仕込みだわ」
 だから俺、精神力あんまし残ってないんだってば。これ以上、余計な心労を増やさないでくれ。
「で、りぃ。神経衰弱はどうなんだ」
「たしかに、丸暗記は苦手だけど、これはイメージで処理できるから、そこそこ強い方だよ」
「だよなー」
 この目の粗い諜報力で、本当に次期正捕手が務まるのか。丸山さんの今後より、ソフト部自体の将来の方が気になってきたぞ。
「で、だ」
「うーん、ここら辺にクイーンがあったような気がしたんだけど」
「――!」
「その顔は、私の勘違いってことね」
「あぁ! 椎名莉以、あんたあたしの顔見て判断するとかすんごくズルい!」
 絵的にすっごい地味なのはいいんだろうか。ってかポーカーの類ならいざ知らず、神経衰弱で顔に出るとか、駆け引きの世界、向いてないんじゃないか。
「ほいで、結果はどうなった?」
「十三ペアと十三ペアで、引き分け」
「結末まで地味でやがんの」
 二人でやるなら、一組抜いておくとかしておけよ、気が利かないな。
「ともあれ一勝一分でりぃの負けが無くなったんだが、まだやんの?」
 当初の目的である勝って名誉を回復するというのが不可能になった訳だが。
「ふっふっふ。最後の勝負はポイント二倍になるっていうのは、古来からの常識ってものよ」
「うわっ、今時、口にするのも恥ずかしい発言を堂々と」
 これを臆面もなく言い出せるのは器が小さいか、逆にメチャクチャ大きいのかのどっちかということらしい。
「こんなこと言ってるけど、どうする?」
「それで丸山さんが納得するなら、いいんじゃない」
 こうやって人は、大人としての度量を身に付けていくのかも知れないな。
「最終バトルは、かき氷の早食い対決よ!」
「バカなのか、君は」
 園内全域でバカと認識されつつある俺に問答無用で言わせるとは、相当だぞ。
「冬にやるんならまだしも、この時期なら別に珍しくもないでしょ」
「いや、他にも色々ツッコミどころが……何でもいいけどな」
 もうどっちに軍配が上がるとかどうでもいいから、早々にお帰り頂きたいのは、俺だけではないはずだ。
「うちのクラスでかき氷出してるからね。後輩に頼んで持ってきてもらったわよ」
「本当、大変だな」
「慣れてますから〜」
 あと一年耐えたら、この子、何がしかの悟りを開くんじゃないだろうか。早くも、十五、六歳とは思えない、達観した表情を見せてるぞ。
「それじゃ椎名莉以、このギットギトに赤く染まった氷イチゴを食しなさい。私は、こっちのメロン味をもらうわ」
 それは氷イチゴを表現する擬音じゃねーよ。
「ん、じゃあまあ、いただきます」
 言ってりぃは、一番赤色が濃い部分をすくって口に運んだ。
「ん?」
 その一口目で、りぃは怪訝な顔をすると、動きを止めた。
「引っ掛かったわね、椎名莉以。それはイチゴ味と見せかけたタバスコ掛け。しかも激辛度を二十倍近くにした、特製品よ」
「スポーツマンシップとは、ルールの合間を縫ってセコい戦術を駆使してでも、とにかく勝てばいいってことだったんだな」
「何とでも言いなさい、七原公康。あんなのをそそくさと食べられる人間なんて居る訳ないし、私は普通に味わっていくだけで余裕の勝利を――」
「いや、だからバカだろ、丸山さんって」
「はみゅはみゅ」
 しょうもない問答をしてる間に、りぃはまるで普通のかき氷を食べるかのように、いやむしろ早いと言ってもいいペースで氷の山を崩していた。
「え……」
「まさかりぃの辛いものへの耐性を知らなかったとは思わなんだ。その情報網は、どこまで抜けてるんだ」
 どうでもいいことを網羅しすぎて役に立つか怪しいけど、信頼度は妙に高い岬ちゃんの閻魔帳が、とても凄いものに思えてきたぜ。
「んぐんぐ。辛味が先立って舌にくるせいで、案外、冷たさが気にならないかも」
「ま、まだあたしだって、ここから一気に掻き込めば充分勝ち目が――」
 頭キーンってなったな、アレ。目を閉じて悶えるとか、分かり易いリアクションで、ありがたいくらいだ。
「えー、では三勝相当と一分でりぃの圧勝になった訳だけど、丸山さん、何か言うことがあれば」
「この程度で、あたしに勝ったと思わないことね。今日のところは、これくらいにしてあげるわ」
「逆に、ここまで全部台本を書いてきたんじゃないかって気がしてきた」
「ここまで典型的な捨て台詞は、逆に聞かないよね、最近」
「逆に、逆にって言い過ぎよ!」
 普通に相手したらアホらしすぎて付き合いきれないんだから、逆に見るしかねーだろうが。
「見てなさい! 次に会う時には、ギャフンと言わせてあげるんだから!」
 そんな言葉を残して、丸山さんはダッシュで廊下を走り去っていった。この人がごった返している中で誰にもぶつかることのない軽快なフットワークは、流石は運動部員ということにしておこう。出来れば、次に会うのは夏休み明けくらいにしてもらいたいな。
「まああんな先輩ですけど、悪い人じゃないんですよ〜。ちょっと欲望に忠実で、薄っぺらい自尊心に固執してるってだけで〜」
「小市民ってことだな」
「はい、ですから恨まないで頂けると嬉しいのですが〜」
「安心しろ、俺は二分後には忘れることにする」
 むしろ、この後輩さんの大人っぷりの方が印象に残ってしょうがなくなりそうだ。
「私も、別に気にしてないよ。ってか、分類するとしたら、どうでもいいみたいな?」
「本人の前で言わないでくださいね〜。三日くらい落ち込んで陰鬱な感じで部活して、凄い迷惑になりそうですから〜」
 本当、部員を引っ張るキャプテンにはとことん向いてない気がしないでもない。まあ、話から察するに対抗馬は居るみたいだし、そっちを選ばなかった時点で自己責任だよな。丸山さんと同レベルって可能性も、考えられなくは無いんだけど。
 基準点をクリアした議員が居なくても議会運営の究極的な責任は選挙権を持った大衆にあるのか。民主主義に於ける根源的な問いが浮かんではきたものの、考えるのが面倒くさくなって、とりあえず休憩に戻ることにした。

次回予告
※岬:桜井岬 麗:西ノ宮麗

岬:いやー、何か最近、本格的に出番が無い気がしてなりません。
麗:桜井さんは黎明編に結構出てたからいいじゃないですか。
  私なんて、ゲームしてたくらいしか無かったんですよ。
岬:ヒロインにカッコ笑いを付けられないように、頑張らないといけないでしょうか。
麗:といいますか、根本的に、ヒロインって何なんですかね。
  年頃の女性は、皆、ヒロイン扱いでいいんですか?
岬:読者視点で見るのか、主人公視点で見るのか、或いは完全な客観視点で見るのか、
 そこから論じないといけないかも知れません。
麗:何だか、討論祭で扱えそうな題材ですね。
岬:レゾンデートルとか、アイデンティティが崩壊する気がしますけど。
  それはそれで、フロンティアスピリッツと言えるのかも知れませんが。
麗:ともあれ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第九話、
 『勝負っていうのはな、八割は戦い始める前に決まってるものなんだぜ』です。
岬:このサブタイトルが何か深いように感じてしまったら、その時点で負けてます。




 ネット小説ランキングさん(恋愛コミカル部門)にて「センセーショナル・エレクション」を登録しています。御投票頂けると、やる気が出ます(※現順位もこちらで確認できます)。

ネット小説ランキング>【恋愛コミカル部門】>センセーショナル・エレクション


サイトトップ  小説置場  絵画置場  雑記帳  掲示板  伝言板  落書広場  リンク