学園祭初日、午前十時二十七分、二年三組教室。 「ぜ、ぜぜぇ、は……ハァ……」 さて、よい子のみんなは、足し算ってできるかな。演説祭の始まる時間が午前十時ぴったりとして、出場者の紹介とテーマの発表に三分、討論本編が十分、結果の集計に二分と、どんなにスムーズに進んでも十五分は掛かる計算なんだ。何やかんやのロスも考慮して、正午までの二時間に六組しか入れ込んでないところからも伺えるだろう。実際に、俺ら第一組が終了したのは十時十七分だ。本番の初っ端としては、むしろ出来すぎの部類であると言えるくらいさ。あの後、何分か北島先輩と会話したしな。 さて、ここで一つの問題が生じる。そう、俺のクラスで、十時二十分から第一幕が始まる点だ。講堂から二年三組まで、どんなに急いだところで五分は掛かる。というか、それはあくまで普段の学園でクリアラップをとれた場合の話で、人混みでごった返す学園祭中にできようはずもない。結局、終わってから即座にダッシュしたってのに、何やかんやで十分は掛かっちゃった訳だ。 「遅かったわね、七原君」 ああ、こういう扱いになるのも、分かっていたことさ。もう何もツッコまない。単純に、そんなエネルギーが残ってない。 「でだ」 ともあれ会場内を見てみると、教壇側に用意されたステージの前に三十くらいの椅子が用意されていた。関係者以外でそこに座っているのは、半分くらいだろうか。立ち見も含めて数百人は居る第二講堂から戻ってきたばかりだから少なく感じるけど、クラスの出し物なんてこんなもんだよな。ましてや、看板見ただけでは何やるんだかサッパリ分からない訳だし。本邑の奴は、露骨に不満気な顔してるけど。 「ほ、ほら、私って身体弱いから、学生の頃も通うだけで精一杯だったって言うか」 そんな中、壇上でトークを繰り広げていたのは、平山先生と数名の女子だった。俺が遅れたから場繋ぎにということらしい。申し訳ないようでいて、どう考えても無理に決まってる時間設定をした本邑が悪いような気もしている。 「えー、でもでも〜、一つくらい何かあるでしょ〜?」 「ロマンスを追い求めないだなんて、女としてありえないし」 「なぁ、本邑」 「何?」 「あれって、分類するなら只のガールズトークじゃないか? お前が求めてたのって、あんな感じでいいのか?」 「なーんか、イメージしてたのと違う感じなのよね」 今更だけど、こいつのプロデュース能力って、地味に残念なんじゃなかろうか。 「あ、そういえば、恋の話とはちょっと違うかも知れないけど、病院に通ってた高校生の頃、男の子に会ったんだけどね」 「ちょっとタンマ、先生。その話、重くならない?」 「大丈夫、だと思うけど」 「ここは結構、大事なところだからね。とんでもないオチとか付いたりしない?」 「し、しないかな」 「いやー、最近は日常系のほのぼのアニメだと思ったら、超展開アンド鬱展開で精神をエグられる詐欺的なものもチラホラあるからね。初っ端からお客さんの気分を落ち込ませて変な噂が立ったら、取り返しつかない気もするし」 それ、二日目の午後に入ったら、やり逃げで好き放題な話をしてもいいと思ってるって意訳したんだが、間違ってないよな。 「それじゃ改めましてどうぞ」 「小学生くらいの男の子だったんだけどね。その子も身体があまり丈夫じゃなくて通院生活が長かったから、ちょっとツンツンしてたのよ」 「平たく言うと、やさぐれていた訳ですね」 「ま、まあ、そういう言い方もあるかな」 同じことを言っているはずなのに、大分印象が変わるから、言葉って奴は不思議だ。 「私も何度か顔を見掛けてたから声を掛けてみたんだけど、相手してもらえなくてね。同胞意識っていうか、お仲間として話してみたかったのよ」 「身体の悪いところ自慢が会話の大部分を占める御年配に通じるものがありますね」 「そんなに間違ってないのが、何とも言えない気分だね」 人は何故、寝てない自慢や勉強してない自慢など、負の要素を誇示したがるのだろうか。 「それでもめげずに話し掛けて、何回目だったかな。その日もダメかなぁって思ってたら、何か黒いものが飛びかかってきたのよ。肩の上に乗ったそれをよく見たら子猫でね。私、バランスを崩してベンチに座ってた男の子の方に倒れちゃって」 「ほほぉ、それで胸元に手を当てられるといった、お約束の展開があった訳ですね」 「いや、無かったよ?」 「現実とは非情なものです。ここまでお膳立てが揃っておきながら、このような仕打ちとは。いや、先生は夢見がちな生徒に社会というものを教えてくれているのではないでしょうか、数学教師ですけど」 「話、続けていいかな」 この司会進行、さっきまで討論祭を仕切ってなかったかというくらい、センスが近しいな。 「まあ、それをキッカケに結構、話す機会が増えたってだけなんだけどね。その子猫は野良だったみたいなんだけど、男の子の家で飼うことになって、何度かお邪魔もさせてもらったかな」 普通にいい話だった。構えて聞いてた俺が恥ずかしくすら思えるぞ。 「ふっふ〜ん、実に心に染みるいいお話でした。ですが、これはコスプレラブバトルトーナメントなのです。今のが学生時代の話であるというのなら、それに見合った衣装に身を包むのが筋なのではないでしょうか。まあ、当時の制服なんて用意してないでしょうから、うちので我慢することにしますけど」 「え、あ、いや、ほら、私、高校出てもう六年も経つし、それはちょっと……」 「よいではないか、よいではないか。ってか、普通は着ない人が着るからコスプレになるんでしょうが」 血走った目付きの司会に拉致られて、平山先生は左脇の更衣室へと連れ込まれるのであった。 「外来もチラホラ見受けられるのに、本当にこのノリでいいのだろうか」 俺が別に要らないんじゃないかって感じになっている件については、この際、考えないでおく。しかし、討論祭が割とちゃんと運営されていたから尚のこと思うけど、このグッダグダな感じが高校の学園祭って意見もあるよな! 学園祭初日、午前十時五十分、二年三組教室。 「椎名莉以は居る?」 いかんともしがたい空気のままクラスの出し物を一区切りして、ほんの僅かでも精神力を回復させようとしていたのに、何か厄介事の種っぽいのが舞い込んできた。 「どうしたの?」 当のりぃからは、危機感というものが感じられない。こういうところは遊那を見習って欲しいものだと言いたいけど、あれを參考にするのも、それはそれでなぁ。 「この顔、見忘れたとは言わせないわよ。あたしに、何か言うことがあるでしょ」 「知り合いか?」 「ん、んー。あ、もしかして中学一年の時に転校していった、木本さんかな?」 「誰よ、それ!?」 こういう直情型には、回避手段として天然ボケが意外に有効なんじゃないかと思えるな。 「ソフトボール部、キャッチャー、この二つで思い出せないんなら、軽く怒るからね」 もう血圧上がりきってませんかねという、常識的な御意見は受け流すとして。 「そういや、いつだったか、りぃとソフト部に遊びに行ったっけ」 「あー、そんなことあったね」 「で、試しにピッチャーやらせてもらったら、凄い豪速球投げて、部員の度肝を抜いたような」 「そうそう、そんな感じ」 「その後どうしたんだっけ」 「うーん、私、運動部ってあんま興味ないし、それで終わったんじゃなかったかな」 「フォグメドァ!」 遊那といい、うちの学園では激高する時、訳分からん奇声を上げるのが流行ってんのか。 「ピッチャーが投げれば、当然、それを捕る人が必要でしょ」 「そういや、あの時、キャッチャー気絶させたっけか?」 「今だから笑い話で済む話だよねー」 「本人の前で、よくそんなこと言えたものね」 あ、そういうことか。ようやく話が繋がった。ってか、キャッチャーとかマスクしてるんだし、顔憶えてるとか言われても、無茶振り以外の何物でもないんだが。 「あの日以来、素人の球も捕れない残念捕手として部内での立ち位置が決まったあたしの気持ちが分かる!?」 「いや、りぃが規格外なのはさておくとしても、事実は事実だろ。むしろ美味しい持ちネタができたと、喜んでいいとすら言える」 「誰も彼もが、七原公康みたいに笑いを再優先に生きてると思わないでちょうだい」 最近、俺の知名度が上がってるのはいいんだが、変な方向に着地しようとしてないか。 「折角、コツコツ頑張って次期キャプテン最有力候補になったっていうのに、あの一球で台無しよ。うちのソフト部、部員の投票で決めるから、実力もそうだけど、こういう印象が悪くなる事件は致命傷になりかねないの」 流石は我が学園、どこも選挙は命懸けだぜ。 「でも人生って、案外、そんなもんらしいぞ。無遅刻無欠勤で何十年とやってきたのに、上の派閥争いで知らない間に負け側に配置されて島流し食らったり。そう考えると、自分のやらかしで被害を受けただけ、真っ当だとも言える」 「あたしは、そんな高いところから物を見れるほど、若さを捨てた憶えは無いの!」 正直、俺も他人事だから言える面は否定しない。 「っていう訳だから、二年八組丸山遥香(まるやまはるか)、ソフトボール部二番手捕手にして次期キャプテン候補は、意地と誇りと尊厳を賭けて、椎名莉以に決闘を申し込むわ」 その三つ、あんまし意味合いは変わらない気がするって野暮なツッコミはさておくとして。 「何で学祭の最中とかいう、園内全体がごった返してる時にそんなこと言い出すんだ」 「劇場効果っていうか、特に派手な演出しなくても、この空気感ならバッチリ印象に残るでしょ?」 意外とコイツ、計算高いぞ。まあ、キャッチャーらしいし、その方が適性高いのかも知んないけど。 「そんなこと言っても、こっちも忙しいんだよなぁ。俺も園内少しくらいは回りたいし、劇の覚悟決めないといけない部分もあるし、みんなも、こんなことに付き合いたくは――」 「何を言っているんだね、七原君」 「一人の人間として決意を固めて、過去を吹っ切る為にリベンジマッチを挑む。こんな面白そ――もとい悲痛な覚悟を、無碍にできる訳がないじゃないか」 忘れてた。うちのクラス、あますところなくバカしか居ないんだった。 「大筋は分かったけど、本当にいいのか?」 「何が?」 「いや、一回やられただけなら巡り合わせが悪かったとか言い訳のしようがあるけど、二回目となると格付けが済んじまう可能性があるんだが」 あれ、ひょっとしてこれって、秋選挙に挑む俺にも言えることじゃないか? 「最初から負けることを考えて勝負をするなんて、スポーツ選手にとっては考えられないことよ」 「どちらかというと、ギャンブラーが破滅する経緯に近い気もする」 丸山さんの人生なので、御自由にどうぞ以外、言いようがないんだけどさ。 「まあ、受けるのは別にいいんだけど」 当のりぃはといえば、お気楽なものだった。何せ負けたところで失うものが無いからなぁ。ひょっとしなくても、この時点で大分有利なんじゃないか。 「具体的には、何するの?」 りぃの能力は色んな意味で極端だから、この選択がかなり重要な気がする。その上で、ソフトボール部の捕手として株を上げないといけないんだから、意外と難易度高くないか。 「始める前に言っておくけど、二本先取の、三戦制でいくから」 「何でまた」 一発勝負の方が、さくっと終わっていいのに。 「野球見たことある人なら分かると思うけど、ソフトも一打席だけで結果出すのは難しいの。一試合、三、四打席トータルで見てもらわないと」 何か微妙に理解しきれない理屈だけど、本人がそれでいいならいいや。結局のところ、自尊心なんてものは、いかに自分を誤魔化すかどうかって考え方もあるしな。 公:よかったなぁ、りぃ。念願のライバルキャラが登場だぞー。 莉:いやいや、望んでないし。よしんばそうだとしても、こんなの御免だし。 公:贅沢を言うなぁ。俺なんか、ライバルが千織なんだか、綾女ちゃんなんだか、 はたまた岬ちゃんなのか、誰にも分からなくなってんだぞ。 莉:最近は、三つ子ちゃんと張り合ってる感じもあるよね。 公:この作品がカオスなのはひょっとして、 主人公たる俺のライバルが明確に設定されていないせいではないだろうか。 莉:たしかにそういうのって、落とし所が見えなくて迷走する傾向があるよね。 公:とはいえ、学園長辺りになってしまうのは、マジ勘弁。 勝てる気がしないし、よしんば勝ったとしても爽快感が無さそうだし。 莉:ま、それはそれとして、次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第八話、 『このあと衝撃の展開がって煽るのは楽だけど、ハードルの高さがハンパないよな』だよ。 公:こうやって逆に予防線を張っていくスタイルは、果たして人として正しいのだろうか。
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