邂逅輪廻



 学園祭初日、午前十時十分、第二講堂舞台上。
 討論祭の開幕戦は、最終盤に突入しようとしていた。現在の戦況は、俺と北島先輩が少し抜けていて、その次に若菜先輩がきて、更に離れたところに北条先輩がいるといったところだろう。北条先輩と清川庄司の両名は、ここから完全論破の大合唱をしても届くかどうか怪しいはずだから、実質的には外して考えていい。問題は、若菜先輩が持つ組織票だ。観客席を改めて見ても、それらしき連中が三十人くらい固まっている。これを考慮に入れると、まだ俺達の方が下に居る公算が高い。先々のことを考えれば、蹴落としておくに越したことはないんだ。
「十二星座ってあるよな。誕生日でそれぞれの星座に割り振って、相性とか運勢とか導き出すやつ。あれって、牡羊座、牡牛座、双子座が三月下旬から六月下旬で春、蟹座、獅子座、乙女座が九月下旬までで夏、天秤座、蠍座、射手座が十二月下旬までで秋、山羊座、水瓶座、魚座が一周して三月下旬までで冬とすることができると思わないか?」
 喋りながら構築してみたが、意外と四季って均等に分かれていないものなんだな。多少、時期的に無理があるものもあるけど、便宜上ってことで勘弁してもらおう。
「射手座って強そうだよなぁ。あれって賢者ケイローンが一般的な解釈らしいけど、羊、牛、獅子、山羊くらいなら、軽々射抜けそうだ」
 巡り合わせがいいのか、弓使いが狙いそうな哺乳動物が、綺麗に春の羊、牛、夏の獅子、冬の山羊と分散してくれていた。割と適当に選んだ題材だけど、これはいい流れだぞ。
「ところで知っているか。ケイローンは、かの高名な英雄ヘラクレスの師匠なんだ」
 不意に、北島先輩が援護射撃ともとれる発言をしてきた。
「彼は神話において獅子を倒しているんだが、弓が効かず、棍棒で叩いた後、絞め殺したらしい。射手座の功績とするのは、少し無理があると思うが」
 成程、俺も獅子はどうなんだという感じが少しはあったが、やんわりと、かつそれっぽく除外してきたか。まあ、若菜先輩をどうにかするのが先決だし、これはこれでいいか。
「英雄と言えば、蠍は英雄オリオンを倒したことで有名だよな。一撃必殺は何と言ってもロマンの塊だし、今でもオリオンは蠍から逃げ回ってるって逸話も有名だ。中々の猛者ぞろいじゃないか、秋ってやつは」
「いや、少し待ってもらいたい。単純に戦う力が強いというのを偉いとするのは、少し原始的ではないだろうか。例えば水瓶などは一見、地味だが、水道が無かったかつての生活には欠かせないものだ」
 ほほぉ、流石はマイナーマニア、中々いいところを突いてくるな。無生物の扱いはどうしたものかと思っていたんだが、そういう切り口か。
「更に言えば、魚は海洋国家である日本人にとって欠かせないものだ。食用としての羊や牛が一般化したのは文明開化以降で、歴史的には浅いものだな」
 そもそも、これって遥か西の方の神話ベースだもんな。獅子とか動物園以外にいようはずがないし、蠍なんかも、ペット以外で日本に生息してんのか。
「うーん……」
 一方で、若菜先輩はまたしても困ったような雰囲気を醸し出していた。まあ、手札が羊、牛、双子とか、正直俺だったら困る。羊と牛は食べて美味しいけど、それを偉いと結びつける理屈は、ちょっと思いつかない。あと双子と聞いて連想するのは、どこぞの三人組のことだ。あいつらがわきゃわきゃと脳内で動き回って、考えがあらぬ方向に行っちゃいそうだ。
「乙女座の女性は豊穣の女神の娘だという説があるのだが、彼女が天に昇らない季節、つまり冬には作物が育たないとされているな。話が少し戻るが、農耕民族である私達にとって必要な存在と言えるだろう」
 北島先輩も、辛そうではあるが、それっぽい理屈をつけてるだけマシと言えるかも知れない。大体、蟹とかどうしろって言うんだよ。日本人にとっては本当、鍋の具材でしかないぞ、あいつら。
 チーン、ベルの音がした。小一時間は語り合っていたようにすら感じるけど、僅か十分のことだ。緊張の糸が緩んで倒れ込みたい衝動に駆られるが、そういう訳にもいかない。ある意味において、ここからの一分程度が、この討論祭の本番とも言えるのだから。
「さぁーて、火花散る開幕戦も、これにて決着。五名の論者には、それぞれの思いがあることでしょうが、それはそれとして投票のお時間です。大柄な女性が一番、北島選手、あざとい女性が二番、若菜選手、バカの国の王子様が三番、七原選手、ザ・ガリ勉といった風情の男性が四番、北条選手、存在感が今一つ無いのが五番、清川選手ですのでお間違いなく。では、この中で説得力があったと思う方、何人でもいいので、スイッチオン」
 もう、この司会の仕事にツッコミを入れるのはやめるとして、どうだったんだろうか。これがもし、ハンデの無い戦いだったとしたら、俺と北島先輩が濃厚だろう。やってみてから気付いたんだが、これ前半と後半、同じくらい押した奴が居たとしたら、後の方が心証いい気がする。俺が観客だったとして考えてみたら、どうしたってちょっと前の方は印象が曖昧になる。そこまで計算してた訳じゃないけど、結果としていい塩梅となったことはたしかだ。
 だけど若菜先輩には、ここから見てあからさまに分かる三十人程の親衛隊が居る。これが丸々先輩に独占されると考えると、かなり厳しいかも知れない。そのリスクを考えた上で倒しに行ったんだから、しょうがない部分もあるんだけどさ。
「デッドオアアライブ! 運命が出揃いました! 気になる結果はコマーシャルの後に、と言いたいところですが、時間も押してるのでサクサク行っちゃいましょう」
 しかしこの司会、このテンションの高さで本当に正午までもつんだろうか。やめてくれよ、一時間で力尽きて残りは俺に振るのとかは。
「デデン、ではどうぞ!」
 掛け声と共に、俺らの頭上にある五つのデジタル表示計がランダムに動き出した。体育館側から見て左端が一番で、そこから順に二番、三番、となっていく。三番の俺としては真ん中だけ注視していたいようで、左の二つからも、視線を外せなかった。
「――!」
 出された数字は、左から、五十六、三十二、三十七、十六、一、だった。順位に直せば、北島先輩、俺、若菜先輩、北条先輩、清川庄司ということになるが、え、ちょっと待て、これは一体、どういうことだよ。
「はーい、この様に第一組は、一位、北島涼選手、二位、七原公康選手ということで決着致しました。全体的に見てこの二人が押し気味だったので妥当とも言えるところでしょうか。それでは皆さん、最後に論者五名に盛大な拍手をお願いします」
 司会に促されて俺達は観客席に向き直ると、カーテンコール宜しく一礼をした。第二組が控えているので、長くここに留まることはできない。俺は他の四名と共に舞台袖へと移動した。
 死角に隠れ、第二組の紹介が始まってなお、そこから動けないでいた。予定としてはすぐに教室に戻らないといけないんだけど、そんな気分にはなれなかった。北条先輩と、清川庄司の二名は予想の範疇だからいい。だけど若菜先輩の三十二ってなんだよ。彼女には、三十の組織票があったんだぞ。目測に多少の誤差があったにしても、それ以外は数票しか入っていない計算だ。いくら司会がいじり倒していたからって、あの見栄えと複数投票制でそんなことが起こりうるのか。それに、俺が三十七に対して、北島先輩が五十六だと。どちらが勝ったとも言い切れない戦いだったのは認めるが、これ程に差が開くものなのか。聴衆の好みと、その時の気分とするには釈然としない何かが心に残っていた。
「やぁ、七原君。予定通り、由夢を潰した上での一位、二位通過だな」
 悶々としたまま立ち尽くす俺に、北島先輩が声を掛けてきた。
「どうも」
「随分と浮かない顔だな、一位でなかったことが不満かな? 初戦で読みづらいところも多かったんだ。これでよしとしようじゃないか」
 その点は、俺も異存はない。だが、俺の予想では、四十五票は取らないと若菜先輩の上には行けないはずだった。それを下回って勝ち残るのは、不可解で仕方がない。
「ふむ、そうだな」
 言って北島先輩は、口元に手を当てて、少し考え込んだ。
「この手を由夢以外に使うつもりはないから、三文ミステリー宜しく、種明かしをするとしようか」
「種、明かし?」
 言葉の意味を、理解しかねた。
「何のことはない、観客席にいた由夢の応援団の内、半分くらいは私の仕込みだ」
「は?」
「昨日の段階で由夢と同じ組に入ることが分かってね。一定数のファンが支援に回ると踏んだ私は、十五人程の男子に行動を共にしてくれと声を掛けた訳だ」
「あの独特のダミ声も、出して貰ったんですね」
「そこはちょっと悪かったと思っている」
 茶化すのは、これくらいにして。
「つまり由夢の組織票の実態は、十五程だったということだな」
「何で、そんなことを」
「状況を、他の参加者に錯誤させるためだ。十五程度なら、優位性は確保できるが、そこまで絶対的なものではない。だが三十ともなると、その力だけで優勝を狙える程の危険因子となる。となれば早い内の排除に同調も得やすくなる」
「……」
 つまりは、それに乗った、と言うより、乗らされたのが俺か。
「何でそこまでして、若菜先輩を落とそうと」
「言っただろう、私は由夢を友達だと思っている。だからこそ、これで少しは懲りてくれるといいんだが」
 何て男前な人だ。俺が女だったら、惚れてたかも知れねーぞ。
「というのが半分。残りの半分は、素の由夢は友人として好きだが、ああいう媚び媚びした女は見てて腹が立ってくる」
 あ、こんな風体してて、この人もやっぱり女性なんだな。こっちの方が納得できる理由な辺り、俺も大概毒されてる気もする。
「だけど――」
 そう、これは茜さんが千織に対して行ったと推察される、組織票を分散した作戦に似ている。一次投票をそれなりの順位に落とすことで視線を他に逸らし、その実、大外から影も踏まさずに抜き去ってしまう。あの時も綾女ちゃんと西ノ宮に注意が行き過ぎて、千織の独走を許すことになってしまった。そもそもお前は四位だから、結果としてその内の誰にも勝ってねーだろという、紳士淑女の苦言は聞き流すとして。
「当然のことながら、桜井茜君は我々三年生の間では有名人でね。二年前に一次予選で過半数の票を獲得して生徒会長を決めてしまった手腕は見事としか言いようが無かった。今年の選挙も、もちろん注目させて貰っていたよ」
 そう言って、北島先輩は小さく溜め息を吐いた。
「私も入学直後、生徒会長選に立候補して蹴散らされた一人でね。それ以来、お返しをする機会がなかった訳だ。春選挙も、あまりに急な参戦で機を逸してしまったしな。今回の大会は、お祭り好きの彼女ならば湧くかと思って出場したのだが、本業が忙しいとはね。しかし明日は来ると聞いているし、優勝すれば一目置かせることもできるだろう。言っても組織票持ちの由夢は落とせたことだし、七原君には感謝しているよ」
 その言い方だと、俺は完全に踊らされただけのピエロじゃないか。
「おや、不満顔だな。言ってはなんだが、仮に由夢の組織票が本当に三十だったとすると、由夢が四十七、私が四十一、そして君が三十七で敗退している。仕込みをしなかった場合も由夢へのマークが甘くなって、スルリと抜けられたかも知れない。結果論ではあるが二位抜けを果たしたのだから、感謝してもらってもいいくらいだと思うがな」
「真意を隠されて利用されたってのを聞いて、気分がいいって人はあんま居ないと思いますけど」
 そこまで言ったところで、一つのことに気付いた。
「大体、若菜先輩を落とすことを主眼にするなら、北島先輩の持ち票は四人全部に与えてもいいってことじゃないですか」
 俺はまだしも、北条先輩と清川庄司に関しては、それが加算された数字とは思えない。この人は自陣営の十五票を、自分にだけ入れて貰ったと見るのが妥当だ。
「ふふ、そうだな。結局は、私が安全に抜ける為に弄した策なのかも知れない。開幕戦で十分しかない戦いは不確定要素が多すぎて、計算が立たなかったからな。だがまあ、この手はこれっきりだよ。本格的な論客を相手に小細工で勝ったとしても自尊心に傷が入るだけだ」
「俺は、その本格的な論客には含まれてないってことですか」
「十五票程度しか持たない由夢に負けるようであったらそうだったが、ともあれ生き残ったんだ。最低限の敵としては認識させてもらうとするよ」
 この異様なまでの上から目線に、少なからず反発心を覚えた。
「俺にだって意地がありますからね。次に戦う時は負けませんよ」
「いい面構えだ、桜井君が一目置くのも分かる。だが二回戦と準決勝は、同じ組だったことのある人は別組に割り振られるのが基本だと聞いている。雪辱を果たしたかったら、決勝まで上がってこないといけない訳だが、辿り着けるかな?」
「ええ、きっと」
「楽しみにしていようか」
 そんな言葉を残して、北島先輩は颯爽と去っていった。
 発案者でありながら、俺は今まで討論祭への出場は大して乗り気じゃなかった。だけどここには、弁舌で相手をやりこめるだけじゃない、善意と悪意を含めた、人の意志の全てが詰まっている。つまるところ選挙戦と大して違わないってことじゃないか。これ以上、何かを掴める場所は無いんじゃないかって思えて、決勝まで参加者として生き残ってみたいという欲がもたげてきた。
「うーん、負けちゃったけど、由夢を応援してくれた人には感謝で一杯かな。午後にはライブの予定もあるし、そっちの方もよろしくって感じ?」
 一方、今の話を聞いてたかどうかはともかくとして、端っこの方でキャラを崩さずインタビューを受けてる若菜先輩が、ちょっと凄い人に思えてきた。あの精神性を参考にするのがいいのかどうかを考えるのは先送りにするとして、次の予定もあることだし、俺もその場を去ることにした。

次回予告
※公:七原公康 茜:桜井茜 

公:茜さん、北島涼先輩って知ってますか。
茜:涼ちゃん? もちろん知ってるよ。あの大きい子でしょ。
公:二年前、茜さんがケチョンとやったせいで、そのしわ寄せが俺に来ている気がするのですが。
茜:人生って、案外、そういうものらしいよ。
公:一言で片付けられた。
茜:何かを主張するってことは、軋轢や対立と向き合うっていうことでもあるから、
 公康君の人間的成長を促すにはいい機会だと言えるかも知れないよね。
公:この人が討論祭に出たらどうなったのか、第三者的立ち位置で見てみたい。
  俺自身は絶対に絡みたくないのが、紛れもない本音だ。
茜:それじゃ、次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第七話、
 『次回予告って冠してるけど、言うほど次回の予告してないよね』だよ。
公:ついに、サブタイトルにすら次回の内容を籠めるのを放棄したか。




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