邂逅輪廻



 学園祭初日、午前十時、第二講堂舞台上。
「ではこれより討論を行います五名の勇士を御紹介させて頂きます。まずはエントリーナンバー一番、その鍛え抜かれた肉体は重量級男子顔負け。さりげに文武両道で、こまやかな気質も持ち合わせたオールラウンダー、『雨上がりの猛牛』こと北島涼選手〜」
 雨とか関係なく、猛った牛は怖いものだと思うのですが、どうなんでしょうか。
「二番手は、今時珍しい猫被り系学園アイドル。男の子っていうのはね、分かっていたって幻想にしがみつきたいのよ。その本性が腹黒だっていいじゃない。『麗しき夢幻灯籠』こと若菜由夢選手〜」
 この司会、あまりにぶっちゃけ過ぎて、闇討ちとかされないだろうか。
「三番手は、二年生を、いや既に学園を背負って立つとまで言われたバカの殿堂。世界は君を待っていた。生徒会長なんかより、英雄と書いてバカと読む、歴史の担い手を目指してくれ。『千軍万馬の牡鹿』こと七原公康選手〜」
 まさかこんな形で立候補自体を否定されるとは思わなんだ。つーか二つ名に馬と鹿が入ってることに、悪意を感じる。
「四番手は、学力ならば三年生でも屈指。だけどそれ以外にもパラ振った方が人生豊かになるぞ。ガリ勉一点特化が許されるのは昭和までだ。『完璧すぎる精密機械』こと北条保(ほうじょうたもつ)選手〜」
 ああ、どっかで見たことあると思ったら、自称茜さんのライバルか。ライバルって、大抵の場合、一方的にしか成立してないから残酷だよな。
「ラストに控えますは、その存在感の希薄さは既に国家機密級。軍事利用してしまえば、世界のパワーバランスが崩れるとまで言われる男。だけど影が薄いから意外と身の安全は保証されてるぞ。『八雲立つ陽炎』こと清川庄司(きよかわしょうじ)選手〜」
 よし、全員ムチャクチャ言われて、逆にトントンだな。
「いやー、今回はオープニングということもあってか、先の生徒会長選挙に立候補した方が三名も入っています。これは期待が高まりますね」
 ん? 俺と、若菜先輩はいいとして、もう一人誰かいたっけ? 一次で敗退してようと、北島先輩みたいな強烈なのを忘れる訳ないし、残りの二人の内、どっちかか?
「では開幕に先立ちまして、学園長から挨拶を一言。一言だからな。無駄に長くて、意味のない演説ぶちかますんじゃねーぞ」
 早くも、あのオッサンの扱い方が浸透してるようで何よりだ。そもそも呼ばなければいいだろうという気もするけど、園内限定で最強の権力者というのは厄介なものだな。
「あー、テステス。諸君、久方振りだな、学園長だ。実際に見た記憶が無い生徒も多いだろうが、どうだい、いい男だろう? 男女問わず惚れてもらって構わないんだぜ」
 正直、三つ子と一緒で放置が一番早く終息する手段だと、勘付きつつあるんだ。
「ディスカッション、いい響きだ。日本の教育には議論をするという下地が足りないと言われて久しいが、言葉を放つことがどういうことなのか、考えてみるいい機会になることだろう」
 少しは、いいことも言えるんだよな。ここから落としてくるのが分かりきってるんだけど。
「ぶっちゃけて言うと、人生なんてのは口先が八割だ。ボクなんかが学園長の椅子に座っている時点で察してもらえるだろう。教育カリキュラムに議論の項目が少ないのは、反論をしない従順な働きアリを生み出す為だとすら思うほどだ。諸君らがそのような人生を送るかどうかは、ボクの知ったこっちゃないんだけどね」
 しかし、今後もここ一番で湧いて出ては引っ掻き回していくつもりじゃねーだろうな。もう、顔を見るだけで精神が削られる刷り込みが完成しつつあるぞ。
「あー、外来の皆様、すいません。うちの学園長はこんなんですが、どうか教育委員会の方に密告だけは勘弁してあげてください。市議や県議に根回しをされるパターンとか、あとはこの学園に出資してる関連企業なんかもですね――」
「おい、そこの司会。それはちょっと洒落になってないぞ」
 中々やるなぁ。権力を振りかざして好き放題やる奴は、それ以上の権力に弱い。社会勉強という意味で、学園長は見事な反面教師と言えるだろう。ちょっと応用編が過ぎるという感じはあるけど。
「まあ脇役のオッサンの話はこれくらいに致しまして、開幕戦ということもあり、ルールの確認をさせて頂きたいと思います。これより論者五名には、とあるテーマを元に喧々囂々の議論を展開して頂きます。一回戦のテーマは一組一つで、時間は十分。その後、審査員席にお座りの百名の皆様に、誰の意見が最も納得できたか、を基準に投票して頂きます。お手元に五つのボタンがあると思いますが、一回戦は複数投票制なので、何人に入れて頂いても構いません。そしてこれは、あくまでも討論ですので、テレビ番組の真似をして、相手の意見も聞かずに一方的に持論を展開するような真似は警告対象です。特に罰則は設けませんが、審査員の皆様はそれを考慮に入れた査定をお願い致します」
 ふむ、ルールに関しては、事前に聞いてたのと特に変わりはないみたいだな。問題は、何を扱ったものになるかだが――。
「それでは、皆様御期待の、テーマの発表に移らせて頂きます。今回は公平を期す為、この様に外からは見えない箱に入った封筒を選ぶ方式を取ります。まあミステリー好きの方に言わせれば、細工の余地は幾らでもあるとされそうですが、キリがないので私達を信用してください。たとえ自分にとってどれだけ不利なテーマになろうとも、相手を納得させる言葉を放つ。それでこそ、論客であると言えるのではないしょうか」
 俺個人の意見としては、議題に関して事前準備をしっかりして、何を問われてもしっかり返答できるのがちゃんとした議論だと思うがな。その場凌ぎ自体は否定しないけど、それだけに特化すると、学園長みたいになってしまう気がしてならない。お遊びのこの大会で、そんな細かいこと言う気はねーけど。
「出ました! 今回のお題はこちら、『春夏秋冬で一番偉いのはどれ?』です! 一番好きな季節ではなく、一番偉いというのが肝になりそうですね。ではでは、はりきってどうぞ」
 チーンという、ベルの音がした。
 さて、どうする。時間は、わずか十分。他の奴が喋っている間に作戦をまとめるという手もあるが、致命的に出遅れる可能性も低くはない。見切り発車で喋りながら出方を見て、手探りで構築するか。いや待て、五人に対して季節が四つってことは、必ずどれかが二人以上になる。北島先輩と組むにしても、同じのを選んだ方がいいのか、バラけさせた方がいいのか。今回は複数投票制だから、同じ季節を選んで一纏めに印象を上げるのが定石の気がするが――。
「私はね、春が偉いって思うかな〜。旧暦では一年の始まりで迎春とかって言うし、今の暦でも年度は春の四月から始まるしね」
 俺が頭を動かしている内に、若菜先輩が先手を取って春を抑えてきた。先輩を叩き落とすことを第一に考えるとすれば、他の三つから選ぶのが妥当になるんだろうけど、どうしたものか。
「俺は、秋を選ばせてもらう。農耕民族、特に米が主食の日本人にとって、秋の実りは最も喜ばしいことだ。スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋と、秋を冠する言葉はいくらでもあるしな」
 ええい、小賢しく策略を練ってから挑むだなんて、結局のところ俺にできる訳がない。騎乗兵でも牡鹿でも何でもいい、バカにしかできない、見切り発車からの戦い方ってもんを展開するだけだ。
「言葉で言うなら、栄華を極めることを我が世の春って言うし、恋しちゃうことを春が来たなんて言ったりするから、春も負けてないと思うよ?」
 冬を選ばなくてよかった。厳冬とか、意味合いとしては暗黒期に近いものがあるものな。現代でこそ冬にしかできない楽しみもたくさんあるけど、伝統的にはやっぱ耐え忍ぶ季節だ。
「少し待ってもらおうか。春とよく比較される冬だが、冬には冬の素晴らしいところがあると思うぞ」
 そんな中、果敢に冬を選択してきたのは、北条先輩だった。
「具体的には?」
「ウィンタースポーツとして代表的なのは、スキーやアイススケートなどがある。これらを冬以外にやるには、多大なコストが掛かり一般的ではないな」
「日本で一番人気があるスポーツは今でも野球だと思うけど、開幕は春だよね。二番目かなって感じがするサッカーもそうだったかな?」
「うぐ」
 北条先輩、使えねー。本当、学力一点特化だな。
「サッカーは世界で一番人気のスポーツと言われてるが、外国では秋開幕が一般的だ。つまり一番面白い時期は冬ってことにはなるんだけどな」
「そ、そうだよ、キミィ」
 北条先輩を援護する形で、秋も推しておく。どれだけ押し上げてもこの人の下になる気はしないし、いざとなったら弾除けとして活用することにしよう。
「日本人にとってスポーツと言ったら、夏は外せんと思うがな」
 そんな中、満を持して動き出したのは重戦車、北島先輩だった。
「由夢……若菜さんは先程、日本で一番人気のスポーツは野球と言ったが、更に突き詰めて言えばプロよりも高校野球の方だ。そしてその中で最大の人気を誇るのは全国高校野球選手権大会、通称、夏の甲子園だ」
 うくっ、そこを抑えられるのは痛いな。話がスポーツに飛ぶと分かっていたのなら、夏にしたかも知れんかったものを。
 ともあれ、これで四季が出揃ったことになる。あれ、何で綺麗に一人一つで割り振られてんだ。何かが足りないような。
「少し遅れてなんだけど、僕は秋を選ばせてもらうよ」
 マイクで拾って尚、ギリギリ聞こえるかどうかという小さな声が放たれた。そういや、清川庄司とか居たな。つい一、二分前まで念頭にあったのに忘れかけるとか、どこまで存在感が無いんだ。
 そして俺と同じ秋を選んだのは、いいことなのか悪いことなのか、この段階ではまだ判断しきれない。
「秋は、いいよねぇ。夏の厳しい気候に耐え抜いて、まさしく涼秋を感じさせてくれる。僕が一番好きな季節だよ」
 一応、好きな季節じゃなくて、偉い季節っていう念押しがあった気がするんだが、聞いてたんだろうか。
「キミィ、好きな季節を語るんじゃなくて、偉い季節だよ。ちゃんと議題を分かっているのかね」
 意外と便利だな、北条先輩。基本的過ぎて口に出すと邪魔くさく思われかねないことも、一々たしなめてくれるとは、見事な風除けだ。
「だけど、偉いってどういうことか考えてみたら、結局のところ、好きな人が一番多いかどうかってことなんじゃないかな」
「ふむ」
 言いくるめられてどうする。本当、防風林になりそうでいて、その実、砂の城みたいな脆さだな、おい。
 いずれにしても、この場に居る五人が五人、相当の個性派だ。予想はしてたけど、こりゃやっぱり、一筋縄じゃいかねーな。

次回予告
※公:七原公康 学:学園長

学:ふっふ〜ん、ついにボクも、次回予告デビューと来たか。
公:何てこった。しかも俺が相手しないといけないだと。
学:それが、主人公の宿業というものさ。何だったら、ボクが主人公になろうかい?
 この学区の教育長になる選挙に立候補すれば、タイトルも変えずに済む。
公:黄金色の饅頭や、弱みを握って取り込みを狙う展開しか見えない。
学:ところで、この学、ってのはどうにかならないものかね。
 まるでボクが、マナブ君みたいじゃないか。
公:名前が設定されてませんからねぇ。いっそ、園長学(そのながまなぶ)でいいんじゃないですか。
 欧米表記なら、学・園長になりますし。どうせ学園長以外の呼び方、誰もしないでしょうし。
学:教育長選挙で、よその学園長と戦う展開があるかも知れないじゃないか。
公:そう絡めてきやがったか。
学:それじゃ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第五話、
 『冷静に考えたら、男が女に口喧嘩で勝つって無理ゲーじゃないか?』だ。
公:ここに来て、作品コンセプト全否定、だと!?




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