邂逅輪廻



 学園祭初日、午前九時十分、二年三組教室。
「すいません。浅見、遊那さんは居ますか?」
「ん?」
 時間があったからクラスで最後の詰めをしていたところ、見知らぬ少年に声を掛けられた。年の頃は、十歳を少し過ぎたくらい。上背は年齢相応だと思うけど、やや細身の部類だろうか。だけど目付きは子供らしからぬ鋭さを持っていて、ちょっと獲物を狙う肉食獣っぽい感じがした。
「遊那は……いねーな。あいつ、ケータイしょっちゅう切るし、捕まえるの大変なんだよな」
 後ろめたいことが山ほどあるんだろうなと、勝手に理由を想像させてもらう。
「何か用?」
「いえ、一応、挨拶をしておこうと思っただけで、居ないなら居ないで別に」
 この小学生とは思えない冷淡さと、遊那の知り合いってところに引っ掛かることがあった。
「あ、ひょっとしてあいつの弟の――フナ君だっけ?」
「阿遊(あゆ)だよ」
 綾女ちゃんの時も、似たようなやりとりをした記憶が無いでもない。
「あんた、七原公康か」
「そうだけど、何で分かったんだ?」
 遊那経由で知ってる可能性はあるけど、さすがに写メかなんかで伝えてるのは想像しにくい。
「全方位、メジャータイトルクラスのバカだって聞いてるからな。一言二言話せば分かるさ」
「オーケー、後でお姉さんを、言葉で叩きのめす」
 物理的な折檻は、異常にいい運動神経のせいで空振りに終わる可能性が高いのだ。
「ってか、敬語やめたな」
「姉貴とやってけるような奴には、要らないだろ?」
「別にいーけどな」
 成程、遊那が苦手というのも、分からんでもない。こんなのと毎日顔突き合わせてたら、いくらあいつの神経がチタン合金でできてようと疲れるわな。
「一応は先達として、相手を間違えると痛い目見るぞとだけは言っておく」
「うわっ、オッサンくさっ」
 いいもん、いいもん。小学生から見たら、高校二年生なんてオッサンみたいなもんだもん。
「せんぱーい、今時間ありますかー? まあ、なくても付き合わせますけど」
 だったら最初から言うなよと思ってはいけないのかな。
「あれ、阿遊君? 来てくれたんだ」
「や、やぁ、岬さん。一応は姉貴の学園だしな。ヒマ潰しだよ、ヒマ潰し」
 何だ、このガキ、いきなりソワソワしだしやがって。
「遊那ちゃんは……居ないみたいだね。切ってるかも知れないけど、電話してみようか?」
「いーって。それより岬さん、この後、時間あったら少しどこか回って――」
「ごめんね。私、この七原先輩の面倒見るのとクラスの出し物で一杯で。遊那ちゃんなら余裕あると思うから、やっぱり連絡を――」
「な、ならいいよ。元々、一人で見てく気だったしな」
 言って阿遊は、つかつかと廊下を歩き去っていってしまった。
「何だ、アレ」
「さぁ? よく分からないんですけど、去年くらいからあんな感じなんですよね。嫌われたって感じじゃないんですけど、つっけんどんの様に見えて、それでいて絶妙な距離で近付いてくるような」
「反抗期ってやつかな」
「かも知れませんね」
「あんたら、それ、本気で言ってる訳?」
 本邑が、呆れ声全開で話に入ってきた。
「何か、他にあんのか?」
「いや、別に。そっちの問題だし、どうでもいいんだけどさ」
「歯切れの悪いやつだな」
 ははぁん、実は今の、只の知ったかぶりって展開だな。
「それより桜井妹さん。時間ないんだから、用があるんならさっさとお願い」
「あ、はいはい。討論祭第一組の段取りなんですけど――」
「ほいほい」
 さて、一般来場者もチラホラやってきたみたいだし、そろそろエンジンかけていきますか。


 学園祭初日、午前九時三十分、第一講堂前。
 俺らの学園には、体育館兼講堂が二つある。何しろ二千人近くも学生を抱える大型高校だ。体育の授業や、運動部が練習する場所はいくらあっても足りない。入学式なんかで使う、生徒全員を収容可能な大型体育館を第一、標準的な高校並で、五、六百人程度の収容が可能な方を第二と呼んでいる。生徒会長選で演説をしたり、討論をしたりしたのは、大体が第一だ。二千人近くの前で、色んなことを喋ったよなぁ、いいことも、アレなことも含めて。
 ちなみに、今回の討論祭が行われるのは第二の方だ。日程を検討してみたところ、かなりの時間を費やさないといけないことが判明して、だったらいっそ占拠してしまおうという考えに至ったらしい。お陰で、投票装置もほぼ独占せざるを得なくなって、コンテスト系の企画は合間を縫って細々とやるしかなくなった面もあるんだけど。これで討論祭がコケたら、生徒会長たる千織の責任は重大だな。ここまで来ても、どうにかしてアレをスケープゴートにできないかと考える俺の見苦しさはさておくとして。
 十時から第二で言い争いをしないといけないはずの俺が、何でこんなところに居るのかと言えば――。
「ふっ、臆せずによく来たな」
「男にとって、命よりも矜持が大切だとはよく言うが」
「実際に行動に移せる者は少数であろう」
「その点、貴様は及第点と言ってもいいかも知れんな」
 こいつらに呼び出されたからだ。
「んで、何の用だ? 割とマジで時間カツカツだから、手短かにな」
 そもそも、そんな機能がついているかは怪しいものだが、言っておくだけは言っておこう。
「白雪姫っているじゃん、白雪姫」
「英語だと、プリンセススノーホワイトだっけ?」
「リンゴに毒を仕込むとか、現代社会だったら、青森とか長野の人に抗議受ける話だよねー」
 さぁ、誰にも止められない暴走モードは近いですよ、奥さん。
「ちょっと思ったんだけどさ。あれって、鏡が空気読んでれば、特に問題起こらなかったよね」
「嘘をつけない、つかないからこそ魔法の鏡なのかも知れないけど」
「むしろ半笑いで、『お妃様が一番に決まってるじゃないですか』って言っておけば或いは」
「ああ、それなら被害は侍女が割れた鏡を片付けるだけで済んだかもね」
「いっそ、更にウザさを増して、『あぁた、美しいって簡単に言いますがね。まず美しいってなんなんですか。美醜の判断基準は時代によって違えば、個人によっても違う。私が勝手に決めていいってんなら言えなくもないですけどね』的な感じもありかも」
「割られるかどうかは微妙なとこだけど、倉庫行きは間違いないね、それ」
「こんな魔法の鏡は嫌だシリーズで、持ちネタ作れそうだよね」
 みんな、知ってるか。ここで余計なツッコミを入れると、こいつらの場合、話は更に長くなるんだぞ。
「だけどあれって原書じゃ白雪姫が七歳の時の話らしいんだよね」
「その時点じゃ僅差なんだろうけど、王妃様の方は劣化してく一方だろうし」
「大人になった時点じゃ、勝負にならない気はするなぁ」
「零戦がトムキャットと戦ったと仮想して、どうにもならないだろうなっていうのと同じことで」
「かつての名機も時の流れという最強の敵には勝てないんだよ」
「鏡とか関係なしに、悲劇的展開は避けられなかったんだろうねぇ」
「まあ、鏡のストライクゾーンが十歳以下というパターンも考えられなくはないんだけどさ」
「それは世の為、人の為、早い内に叩き割った方がよさげだね〜」
 さて、俺は何でこんなにも酷い白雪姫の解釈を聞いているのか、誰かに問い質したい気分だぞ、と。
「ってな感じで、午前に第一でやるお笑い大会に出場する予定なんだけど、どうかな?」
「割と本気で、最初にそれを言え」
 ちなみに先に言った場合、最後まで聞いてやったかは、また別の話ではあるんだけど。
「知ってると思うけど、漫才でも、コントでも、一人芝居でも、ジャンルは何でもいいんだけど」
「正直、七原さんが出ないってだけで箔付けが足りないともっぱらの噂だ」
「討論祭、一回戦で負けたら考えんでもないが、それ以外の場合は、とてもじゃないが無理だ」
 ちくしょう、こんな時でも、いや、こんな時だからこそか、笑いに対する渇望が疼いてきやがるぜ。
「いやー、チョロインっているじゃない、チョロイン」
「びっくりするくらい簡単に主人公に恋心を抱く女性キャラクターのことですな」
「チョロいヒロイン、略してチョロインらしいけど」
「あれは男の子をダメにしてると思うのですよ」
「レアアイテムが何故、血眼になって求められるのか」
「それは、簡単には手に入らないからである」
「かつての美少女ゲームで、難攻不落のキャラクター攻略に躍起になっていたあの頃を思い出せと」
「まあ、これは女性向けの男性キャラクターでも言えそうな感じするけどね」
「この場合、何て呼んだらいいんだろう?」
「ヒロインに相当する言葉がヒーローな訳で」
「チョーローになっちゃうのかな」
「これはちょっと締まりが悪すぎだなぁ」
 こいつら、普段の会話が漫才みたいなところがあるから、親和性が高すぎる。
「ところで、マジな話、俺がこの予行演習を聞く義務ってあんのか?」
「七原さんが、この学園の笑い全てに責任を持つのは当たり前のことじゃん」
「真顔で、あーた」
 そんな壮大なことに手を貸した憶えはないでやんす。
「将来的には全国民と言いたいところだけど、今はまだ若造だし」
「このくらいこなしてもらわないと、生徒会長の責務は務まらないと思うんだよね」
「逆説的に言えば、総理とか、重鎮クラスは国民の笑いを守る責務があるんだけど」
「『庶民の笑顔を大切にする政治家』ってキャッチコピーを見ると胡散臭く感じるのが不思議だよね」
 ちょっと待て、結局、何の話だっけか。
「まあ、与太話はこれくらいにして」
「本題に入らせてもらおうか」
「まだ何かあんの?」
 時間的には大したことないのに、授業を二時限受けたくらいの疲労感があるのです。
「お姉ちゃんについてなんだけどさ」
「西ノ宮の?」
「それだ!」
「どれさ?」
 何でこいつらとの会話は、それだけで漫才っぽくなるのか、それが問題だ。
「何故、七原さんのお姉ちゃんに対する二人称、三人称は、『西ノ宮』なのか」
「何でって……割と喋る部類のクラスメートの異性を名字で呼び捨てすんのが、そんなに変か?」
「じゃあ問うが」
「浅見さんのことは、何と呼んでいる」
「遊那だな。だって遊那だし」
 あれ程、名前で呼び捨てすることに躊躇いが生じない人間性というのも、一種貴重なものがあると思うんだ。
「桜井の妹さんは?」
「割と最初の方から岬ちゃん。だって姉の茜さんがいるから、そうしないとややこしくてしょうがない」
「一柳さんは?」
「綾女ちゃん、だな」
 あれ、何か言い訳が無くなってきたぞ? 空哉さんと会ったのは、少しばかり後の話だし。
「いやいや、ちょっと待て、こっちにも言い分はあるぞ」
「聞いてやろうか」
 何だ、その根拠の無い上から目線は。
「そもそも、俺と西ノ宮の関係って、微妙にややこしいんだよ。一年の時のクラスメートではあったんだが、あんま接点無かったから、何度か喋ったことある程度だったし、その次に真っ向から会った時には生徒会長選の対抗馬でボコボコに言い負けて、選挙終わった後にまあまあ仲良くなったけど、今更呼び方変えるのも意識してるみたいで違和感があるって言うか」
「つまり、パパ、ママをお父さん、お母さんに変えるタイミングを見誤った思春期状態と言いたい訳だな?」
「大体そんな感じだ」
「しかし西ノ宮だと、我々と混同するというリスクがあるではないか」
「お前らは常に複数形だから、文脈も含めればまず問題ないだろが」
 しかし、こいつらだの、お前らだの、三つ子だのと、冷静に考えれば、酷い呼び方しかしてない気もする。これで通じてしまうのが、更に難儀な話なんだけど。
「単品で見分けがつくようなら、結ちゃん、舞ちゃん、海ちゃんと呼んでやるが、ぶっちゃけ無理だと悟った」
「そこ、男気全開で言い切るところじゃないよね?」
「一見すると意味の無いところで虚勢を張っちまうのが、ダンディズムってもんさ」
「まあ、七原さんにありがちな、全く格好つけになってない発言は軽く流すとして」
 この子達、辛辣だなぁ。
「じゃあ、我々が何か目印を付けて判別できるようになれば、お姉ちゃんも名前で呼び捨てすると言うのだな」
「論理の飛躍があった気もするが……麗、ねぇ」
 ……。
「ヤバイ、超恥ずい、今更無理」
 家に帰った後、枕に顔を埋めてジタバタしてしまうくらいですわ。
「ほぅむ」
「これはどう解釈したものかな」
「多少は意識してるってことなのかしらん」
「その理屈だと、椎名さんが物凄い残念な感じになるけど」
「それは私達が関与することじゃないしねー」
「お前ら、俺をオモチャにしてるだけだろ」
「あ、バレた?」
「人ってのは、誰かのオモチャになれている内が華なんだぜ」
 相も変わらず、一瞬、ちょっと考えちゃうけど、何の意味もない言葉だよなぁ。
「とか何とかやってる間に、もうこんな時間じゃねーか!」
 時計を見てみたら、そろそろ第二講堂に向かわないといけない頃合だった。こいつらと関わってると、本当に何も得ることがないまま時間だけを食ってしまう。だけどそれが人生の本質だと言われると、何か納得できる部分もあるよな!

次回予告
※結:西ノ宮結 舞:西ノ宮舞 海:西ノ宮海

舞:いやー、続々と新キャラが登場しておりますなー。
結:更には、お笑い大会とかいう、聞いたこともないイベント。
海:本当に収集をつけるつもりがあるのか、気になるところであります。
舞:ま、どう締めるのかは神様にでも聞いてくれってのは、私達三人の芸風でもあるから。
結:考えようによっては、親和性が高いのかも知んないね。
海:では次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第三話、
 『あれ、これって何か選挙系ラブコメっぽくないか?』だよ。
結:逆に今までのは、何だったのかって話だよね。




 ネット小説ランキングさん(恋愛コミカル部門)にて「センセーショナル・エレクション」を登録しています。御投票頂けると、や る気が出ます(※現順位もこちらで確認できます)。

ネット小説ランキング>【恋愛コミカル部門】>センセーショナ ル・エレクション


サイトトップ  小説置場  絵画置場  雑記帳  掲示板  伝言板  落書広場  リンク