邂逅輪廻



「今回、この学園祭に挑むにあたって、俺は大事なことを学んだ気がするんだ」
 校庭に佇み、本格的な夏を控えて強烈な力強さを持つ朝日を浴びながら、そんなことを口にした。
「何ですか」
「人間、大体のことは見切り発車のその場しのぎで生きていくんだろうなぁってさ」
「それ、ダメな方に学んでますよね?」
「敗戦に学んでこそ一流への道が開けると言われる以上、負の要素を無闇に排除するのは素人のすることではないかね」
「先輩の勉強を監督するにあたって、一年時のテストを一通りチェックしたんですが、似たようなケアレスミスで相当無駄にしてましたけど」
 所詮その場しのぎの言い訳では、簡単に論破されるという好例である。
「さて、開場は午前九時、現在時刻は五時を少し過ぎたくらいだけど、何かやり残したことはあるか?」
 当然というべきか、細かいこととか、完成度の話をすれば、あと一月くらいは準備期間が欲しいのだけど、こうなってしまった以上は居直っていこうと思う。
「スケジュールとしましては、午前十時から正午までが討論祭第一部、午後二時から演劇が一時間程度といったところです。先輩の討論祭出場は一番最初にねじ込んでおきましたので、調整がつきやすいと思います。クラスの方は、それ以外の時間を有効活用するといった感じですね」
「一番最初とか、軽い罰ゲームの気がしないでもないが。千織辺りと漫才して、会場を温めてからじゃダメ?」
「そっちは、恥ずかしくないんですか?」
「笑われるのはゴメンだが、笑わせるのは冥利に尽きるってのが、七原家の家訓だからな」
「そうでしたっけ?」
「俺個人が思ってることを、勝手に家訓にした」
「一代限りってのは、家訓って言うんですかね。座右の銘の方が近いような」
 将来、子供達に伝える可能性だってあるじゃないか。
「確認になりますが、討論祭の一回戦は五人一組の二人勝ち抜け方式です。十分しか時間がありませんので先手必勝になるでしょうね」
 正直、これ初戦で負けておいた方が自由時間とか増えるんだよなぁ、割とマジで。
「あ、釘を刺しておきますが、明らかな無気力試合で敗退した場合、お仕置きも検討していますので」
「場合によっては、俺、喜びかねませんぜ」
「討論祭の司会進行を、可能な限り務めて頂く予定です」
「全力全開で、ディスカッションします」
 ちくしょう、俺の考えてることくらい、余裕で読まれてるってか。
「昼ごはんは何か簡単に食べられるものを園内で買って、台本を読みながらということで」
「混みそうだし、ちょっと早めに買っとくべきか」
「え、こんな時の為の舞浜会長ですよね?」
 もしかしなくても、ナチュラルに言ってやがりませんかね。
「こんな暑い中、何時間も置いたら、腐らないにしてもまずくなるじゃないですか」
「昼飯時、父兄のことも考えたら修羅場になりかねん出店に生徒会長様を送り込むという柔軟な発想、侮れぬな」
「当選のためなら、候補者ですら、ぶっ倒れる直前まで、いえ、二度や三度意識を失うくらいまでなら使い潰していい気もしてきてるんですよね。先の選挙は、その覚悟が足りなかったかも知れません」
「勘弁してください」
 しかし議席の為に何までなら犠牲にできるかというのは、奥深い話かも知れない。財産、健康、友人、家族――何一つ失わずに議員であり続けることは可能なのか。まあ、何かを得るのに何かを失うのは、これに限った話じゃない気もするけど。
「順番は前後しますが、八時半から園内放送での開園式が執り行われます。学園長や舞浜会長の挨拶なんかが予定されていますね」
「学園長、出てくるのか」
 自主性の尊重という投げっぱなしで、かなりの部分を放ったらかしにしている学園長が公の舞台に出てくることは珍しい。生徒会長選挙の時にも全く姿を見なかったし、酷い時は、始業式、終業式すらサボる始末だ。さすがに、入学式、卒業式の時くらいは出てくるらしいけど。
「で、先輩も喋ってもらうんですが、原稿丸読みします? 定型文で問題はないでしょうけど、先輩の中のアマチュアコメディアン魂が許さないっていうなら、少し笑いを入れていってもいいですけど」
「……」
 すごい自然に、不自然なことが紛れ込んでなかったか?
「何で、俺?」
「実行委員長が一言述べるのが、おかしいことですか?」
「……」
 もしも俺が由緒正しいイギリス貴族だったら、とりあえずティータイムをとって気分を落ち着かせるくらいには動揺してしまったぜ。胡散臭い来歴の日本庶民でよかった。
「俺、実行委員長だったの?」
 かつて学園祭の学生責任者は星の数ほど居ただろうけど、開催当日にそれを知らされたのは、俺くらいのものじゃなかろうか。
「もちろん、名目だけですけどね。現実問題、実務の半分以上は私と西ノ宮先輩で仕切りましたし、生徒会長候補として、それくらいの旨味はあってもいいかなぁと。政治家なんて本人の能力より、いかに有能なブレインを使いこなすかが肝みたいなところありますし」
 自分で自分のこと優秀って言ってるよな、この子。
「だったら普通に、西ノ宮が主張しそうなもんだが」
 生徒会長選挙に立候補した時点で、目立つのが嫌とかいう言い訳は成立しない。
「確実に声望を得られるならやったかも知れませんけど、学園祭が失敗に終わった場合、袋叩きの対象は生徒会長と実行委員長の二名に集中します。更に七原先輩と舞浜先輩の仲の良さからして、どう足掻いても逃げ場はないでしょう」
 たしかに、今回のこのややこしい立ち位置にいる理由の何割かは、千織との関係のせいだわな。半分以上は茜さんにあるはずだけど。
「そのリスクがあっても、俺がこの肩書きを背負う理由は?」
「何か避けがたい障害が生じた場合、いっそお二人を切り捨てて高みの見物を決め込むのも面白そうかなというのもあるんですが」
「冗談だとは分かるが、割と本気で笑えない」
 何とか、千織一人を生贄にして、俺だけ助かる手立てはないだろうか。
「私達の立場からいって、勝算がある賭けには全て勝ちに行くくらいの気概じゃないといけませんので」
「ま、そうかもな」
 秋選挙に千織が出ないにしても、俺より上にいた綾女ちゃんと西ノ宮はそのまま残る公算が高い。入学したてで出馬しづらかった一年生の中に強敵が潜んでいる可能性を考えると、全ての賭けをものにしても、勝てるという保証はないくらいだ。
「先輩の場合、今のままだとイロモノ候補の域を出ませんからね。そして政治家然り、芸能人然り、その手合はすぐ大衆に飽きられてしまうんです。実績は積み重ねないといけません」
 生々しい話を聞いてしまった。複数の意味で否定しねーけど。
「何にしても午前中は挨拶だけ軽く済ませて、後は討論祭とクラスの出し物に集中してもらうってことで、それ以外のことはまた随時詰めていくとしましょう」
「臨機応変という名の行き当たりばったりだな。得意ジャンルです」
 計画性を持って行動すべきという理想論は素晴らしいと思うが、できない人はできない人なりに、目先を処理する能力を身に付けて生きていけばいい気もするんだ。
「私も、自分のクラスやなんかがありますから、先輩につきっきりという訳にもいきませんしね。ここはプルプルと足を震わせながらも懸命に立ち上がろうとする仔馬を見守る気持ちでですね」
「だから君は俺の母君か」
「実は、御存知の家庭事情のせいで、世間一般のお母さんっていうのがよく分からないんですよ。ほら、うちって両親共に、千尋の谷に叩き落とした後に油を垂れ流して上がって来いとか言い出す感じですし」
「少しは、アメとムチという効率的な調教手段を混ぜ込んでみてください」
 ひょっとしてこの一家についていくのって、一種の素質がないと無理なんじゃないか。
「おーい、岬、七原ー、ちょっといいかー」
「どうした遊那」
「いや、何か勢いで泊まり込みに参加したはいいが、特にやることがなくて暇だからおちょくらせろ」
「限りなく最悪に近い提案をしてきやがった」
 だったら素直に、一度帰って出直してきてもらえませんかね。
「だから、働けよ。お前の体力なら、どこ行っても大歓迎だろうが」
「私が一番嫌いな言葉は勤勉で、二番目が無償奉仕だ」
「もう、人として末期かも分からんな」
 俺も似たようなところあるから、全否定はしづらいけど。
「何を言う。労働に対して対価を貰うのは当然の権利で、安い給料でコキ使われるのが美徳というのは、資本家どもが作った価値観だぞ」
「どうしてこう、自己弁護の小理屈はうまいんだ」
 学園祭で頑張ってみることとはまた話が違うから、論点ずらしではあるんだけど。
「でも、今の世の中、遊那ちゃんみたいな意見を持った人の方が多数派なんじゃないですかね。ここまで開けっぴろげにサボる口実にするのは珍しいですけど」
「変に建前を混ぜるから、人間関係がややこしくなるんだ。もっと人は、素直に生きるべきだとは思わんか」
 ある意味、得難い人材ではあると思う。有効に使えるかどうかは別にして。
「まあ、ちょっと先の話になりますが、ここでサボった分、体育祭ではこき使おうと思うんですよね。体力と運動神経だけは、下手な運動部員を圧倒しますし」
「神様ってのは、才能を本当に必要な人には与えようとしないよな。何だ、この無駄遣いというか、死にスキルというか」
 長身も引っくるめて考えれば、大概のスポーツで県体レベルになれそうなのに。合ってる競技なら、全国だって目指せるんじゃないか。
「バスケットボールで言うと、背は高い、跳躍力はある、柔軟性、敏捷性も高い、獣の様な獰猛さ、人を蹴散らしても何とも思わないと、フォワードとして、これでもかってくらい合致した能力を持ってはいるんです」
「身体能力部分はともかく、人間性は、桜井家と関わったせいじゃねーのかと思わんでもない」
 俺もそうだが、平行世界があるなら、彼女らと出会わなかった場合にどうなったか、ちょっと見てみたい気はする。
「健康を維持する程度に身体を鍛えたり、軽快に動けるよう試行錯誤するくらいなら構わんが、一つの競技に没頭して競い合うことには、驚くほど興味が無いからな」
 もったいないなぁってだけで、責めてる訳でも無いんだけどな。
「更に言うなら、体育会系は大嫌いだ」
「何かあったのか、中学の頃とか」
「単に肌に合わんだけだ。背が高いというだけで、バスケ、バレーをやらんことを罪みたいに言いやがって」
「あったんじゃねーか」
「遊那ちゃんはあの頃、お嬢様キャラ作ってたからしょうがない面もあります。そんなはしたない真似できませんわ的な感じで、きっかけが掴めなかった訳です」
「そういやそうだったな」
「ファミルッサ!」
 何だ、その謎の威嚇は。
「まあ、大会で負けて泣いてる遊那は想像できないから、これはこれで問題ないのか」
「いつものことながら失礼な奴だな」
「人はもっと素直に本音を語れと言ったのは、遊那だろ?」
「カミドルゲ!」
 お前は新言語でも開発してるのか。
「だがまあ言わせてもらえば、体育祭は私にとって、ちょっとした復讐の機会という訳だ。日々努力してる奴らを、真正面から蹴散らせる訳だからな。岬に強要されるまでもなく、目一杯やらせてもらう」
「ちっさ」
 話せば話すほど器の浅さが知れてくる。それが、浅見遊那さんだ。
「あ、そういや去年、運動部でもないくせに、色んな競技で荒らしまくったのが居たって話に聞いたけど、あれ、お前か」
「一年に負けまくる先輩達の顔を見るのは、愉悦以外の何物でもなかったな」
 この歪んだ情熱を、真っ当な方向で使わせてやることはできんのか。スポーツマンガなら、『そんなことしていて楽しいですか』とか言われて主人公に部活誘われる立ち位置だろ。
「いくらうちの運動部に大したところがないといっても、今年は逆襲されるんじゃないか。後輩とかに示しがつかないし」
「そのことも考えて、ちゃんと夏休みは基礎から鍛え直す強化合宿を考えている」
「補習三教科、計九日以外だろ?」
「そのことは、極力考えないことにした」
 しかし夏休みだから九日が致命傷に感じないけど、冬休み、春休みの場合はどうすんだ。休みの補習登校はしたことねーから分からんけど。
「まあ、遊那ちゃんは遊那ちゃんで、学園祭が終わったらきっちり追い込むんで安心していいです」
「借金取りみたいに言わんでも」
「先輩は赤点全回避で、順位も上げたので、とりあえず罰則はなしということで」
「だから、アメをください、アメを」
 俺、本当になんで付き従ってるんだろう。たまに自分というものが分からなくなってくる。
「んで、俺らは色々回って、チェックしたりやなんかするつもりだけど、遊那も――」
 既に居ないとか、あいつは野生動物並の危機回避能力を備えているとでもいうのか。
「逃げれば逃げるほど心証が悪くなって後の立場が大変なことになるのに、遊那ちゃんって野生動物より学習能力が無いですよね」
 結論、浅見遊那は野生動物である。そう考えると、ああも自分に対して素直に生きているのが、物凄い説得力を帯びてくるな。学園祭とは全く関係のないところで、俺は一つ、真理を得てしまったのだった。


 第一話『ジョーカーって言えば聞こえはいいけど、要するにちゃぶ台ひっくり返すオッサンのことだよね』に続く




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