「釈然としないものは残るものの、どうせ帰っても誰も居ない俺だし、楽しいイベントと割り切ることにした」 一応、兄貴にメールだけはしておこう。研究忙しいアレが、今日帰ってくるかどうかは知らんけど。 「ある程度、予想してたことではありますけどね。こんなこともあろうかと、二日分の下着とタオルセットは持ってきましたし」 「選挙屋のたしなみか」 「運動部のシャワーを借りられるだけいいですよね。人数が多いんで、一人十分っていうのがアレですけど」 「世の中に、銭湯とかほとんど残ってねぇもんなぁ」 風情が欠けているようで、俺が生まれた頃には青息吐息だったんだから、大した思い入れはなかったりもする。 「近くにスパはありますけど、予約もなしじゃ迷惑でしょうしね。一応、禁止ってことになってますが、何人かは守らずに行くんでしょうけど」 「全校生徒が大体千八百人で、何人くらい泊まるんだっけ?」 「百人ちょっとって聞いてますね。作業に追われる生徒達もですが、この場合、一番大変なのは一晩中見回りをしないといけない先生なんでしょうけど」 「そこは、仕事ってことで頑張ってもらおう」 うちに学生の青春を体当たりで後押しする熱血教師が居たかどうかについては、若干の疑問が残るけど。 「ところで、俺は着替えとか無いんだが」 女の子と違って、三日くらい着の身着のままでいいと言いたいところだけど、さすがにほぼ真夏のこの時期にそれは迷惑過ぎる。 「ああ、それなら舞浜先輩に頼んで持ってきてもらってるところなんで大丈夫です」 仮にも生徒会長をパシリに使うなんて、普通は思い付きすらしないと思うんだ。 「遊那ちゃんや椎名先輩に頼むっていう考えもあったんですけど、あの二人の体力は捨てがたいですしね。それに一応、女の子がというのもありますし」 「おまけみたいに聞こえるけど、普通、それが最初に出てくる理由だよな」 ちなみに、合鍵なんかの問題については、バカ兄貴がりぃや岬ちゃんに預けた時点で割と諦めてる。 「合鍵で思い出したんだが、兄貴に『いくら信用できるって言っても、両親もいないのにホイホイと渡すのはどうなんだよ』って言ったら、『もしかしたら、義妹になるかも知れないからいいだろ』とか言いやがったんだよ」 「はぁ」 「だもんだから、『兄貴想いの弟としちゃぁ、先に結婚する訳にゃいかんな』って言い返したら、さめざめと泣き出しそうになりやがってな」 「鬼、畜生みたいなこと言いますね」 「岬ちゃんが言うな」 俺が知る限り、心を一番えぐりに来る言葉を吐けるのはこの子だ。 「まあ世の中には、そんな乙女なメンタルを持った男性がいいって女性もいますから、何とかならないとは言い切れませんよね。私は、もうちょっと歯ごたえある人の方がいいですけど」 「ナチュラルにあんた」 信じられないと思うけど、これ、別に意識して言ってる訳じゃないんだぜ。 「話は変わりますけど、先輩達、去年は学園祭、何してたんですか?」 「千織やりぃと、縁日的な楽しみ方してた記憶があるな。具体的には焼きそば早食い競争を勝手に始めたり、味に難癖つけて、責任者を呼べって言ってみたり」 「何ですか、その迷惑極まりない楽しみ方」 「顔見知りのとこ以外ではやってないからセーフってことにしてくれ」 いくらうちの学園が自由といっても、出禁を食らってしかるべき行為だと思ってはいる。 「あれだな、俺も若かったということだ」 「お姉ちゃんと似たようなこと言ってますけど、それ、万能の免罪符じゃないですからね」 「結局のところ、単に人としてどうかと思う行為をヤンチャの一言で片付ける、強靭なメンタルが大事なのかも知れない」 「国家、政府レベルで言うと、どれだけ酷いやり口であっても、戦争に勝っちゃいさえすれば賠償金がもらえるのに通じるものがありますね」 「何の話だっけ」 この、一分やそこらで話題が迷子になる能力は、何かの役に立たないのだろうか。 「……」 「それはそれとして、あの体育館の端っこで静かに携帯ゲームしてるお嬢さんが地味に怖い」 何もさせるなとは言ったからゲーム自体はいいんだが、どうしてあのポジショニングなのかが疑問だ。 「西ノ宮先輩、ゲームとかするんですね」 「それは、前に俺も思った」 たしか、古いレースゲームしかしないとか何とか言っていた気がする。 「その件については、補足を入れさせてもらおう」 「時間の無駄にならない程度にお願いします、三つ子さん」 「ふぅ、何を言い出すかと思えば」 「我らは最早時空を超越した存在」 「無駄と思うから無駄になるのであって、遙かなる高みから見下ろせば全ては必要なものなのだよ」 本題に入る前に、早くも余分なものが紛れ込んでいます。 「まあ、うちのお父さんが重度、っていうか病的なゲーマーってのは前に話したと思うけど」 「ハードの網羅率がそもそもおかしいところがあってね」 「据え置き機と携帯機って、一世代で二、三種ずつくらいが有名じゃない?」 「全世代ほとんど揃えてるのは大前提で」 「そんなゲーム機あったっけっていうのもチラホラ紛れ込んでて」 「サポート終わったものとか直せないと困るから、基板の勉強とか始めちゃったりもして」 「最終的には、テレビでゲーム番組の司会をやりたいとか言ってる次第なのよ」 「ま、あまりにマニアック過ぎて、持ってるラジオ番組でショートコーナー作っても長続きしないくらいなんだけどさ」 「でも、個人でやってるホームページは、コアな方々に絶大な支持を頂いてるよ」 「娘に関する親バカ話も時折混ぜるんだけど、ハイハイと聞き流す術を心得ている強者ばかりだけどね」 「おい、西ノ宮姉とゲームの話はどこいった」 やはり、話に食いつくべきではなかっただろうか。 「ここからが本番」 「あれは、今から十年かそこらか前」 「私達が小学校に上がる前の話です」 思ったより戻ったな。 「お父さんがソフトをつけっぱで出かけちゃったことがあって」 「たまたま部屋に入ったお姉ちゃんがコントローラーを握っちゃったのが運命の出会い」 「そこから日が暮れるまでゲームをすること、どっぷりと七時間」 「お父さんはついに覚醒してくれたと泣いて喜び」 「お母さんはお父さんの首を絞める勢いで教育方針について話し合った訳なのさ」 「ちなみに、お父さんが他のゲームをどれだけ薦めても、一切、手を付けなかったのが少し不思議なところではあるんだけどね」 「まあ、私達にしてみれば、一種類でも一緒にゲームしてくれる姉がいるのはいいことという話だ」 「西ノ宮家の血が、色んな意味で濃すぎて、何かもうやだ」 別に落ち込む話でもないはずなのに、何でこうも微妙な気分になってしまうのか。 「ってか七時間って」 普通、お腹が空くとかして、持続が困難になるんじゃないか。 「まだまだ、ゲームに対する業が浅いのぉ」 「お父さんの連続記録は、新作ロープレが出た時の、三十七時間と二十分」 「食べ物はまとめ買いした携行食、飲み物はペットボトルを箱で用意」 「意識が小半時飛んだのをノーカンにすれば、丸二日は行けたと豪語するほどだ」 「仕事があまりになかった若かりし頃の思い出らしいのだが」 「我々は、お母さんから時間制限をされていて、挑戦者になれないのが惜しまれるところである」 「相変わらず、ツッコミが追いつかねぇ」 自分で言うのもアレだが、俺で無理ってことは、相当のスペシャリストじゃないと処理しきれねーってことだぞ。そもそも、物理的に不可能なんじゃないかって説すらあるくらいだしな。 「お前ら姉妹揃って俺に婿入りしろとか言うが、いいのか。そんな義父の居る家に七原の血を混ぜたら、とんでもないのが産まれかねないぞ」 「自分の子じゃなければ、セーフ!」 「現代は一昔前と違って、甥っ子、姪っ子なんて、年に一度くらいしか会わないしね」 「そのくらいなら、どれほどのクリーチャーであっても笑って済ませられると思うのさ」 「競走馬や犬の血統実験か!」 ちくしょう、割と本気で兄貴とくっつけたろかと画策する勢いだぜ。 「で、岬ちゃんはどうして話に入ってこない」 まあ、付き合いきれないとか、傍から見てた方が面白いって説がない訳でもない。 「いえ、あっちを見てるのが意外に面白くて」 「あっち?」 言われて指さされた方向には、西ノ宮姉が相も変わらずゲームをしてたんだけど――。 「――」 何やら、百面相をしながら、腕を伸ばしたり、首を傾げたり、顔を近付けたりしてた。ちなみにそれら全てをイヤホンをしながら無言でやってるので、座りながら舞踊をやってるように見えなくもない。 「黙ってゲームしてるだけで面白いとか、あんたら本当、ズルいな」 「お褒めに預かり光栄だ」 「何かちょっとうちの姉が堅物で真面目だと勘違いしてる輩も多いけど」 「気合入れた時のビジュアルがカッコいいからそう見えるだけで」 「中身の半分くらいは我々と同質のものだ」 「逆に私達がどう繕おうとクールビューティとは思われないのだがな!」 笑って済ませてるようで、地味に切ない話が紛れ込んでなかっただろうか。 「私も、お姉ちゃんと半分は同じなんですかね。尊敬はしてますが、考えさせられることはあります」 「それ言ったら、俺も兄貴となんだが、ぶっちゃけ、反応に困る」 七原の血からは逃れられないとかギャグだと思ってたけど、ある意味洒落になってない気がしないでもない。 「そういえば、電子遊戯研究会がゲーム大会を開くらしいんですよ」 「文化祭って、いつからこう、学生のお遊びの場になったんだろうな」 「言葉の定義の問題で、生活の持続に不可欠なもの以外、全部文化と言えるのかも知れませんよ。猫がネズミをいたぶるのだって、個体や種の持続に不必要っていう意味では文化かも知れませんし」 「もうちょっとマシな喩えはなかったのだろうか」 真っ先に出てきたのがそれって、どういうことなのですかね。 「で、その大会の種目に、西ノ宮先輩がやってるレースゲームがあった気がします」 「!」 何か食いついたぞ、あの姉ちゃん。 「それは、今からでもエントリー可能なのでしょうか」 そして出る気満々だ。 「あ、でも最新作だとあまりやり込んでないので不安が残りますね。一番自信があるのは二十年以上前の初代作ですが、おそらく違うでしょう。二番目の、一つ前に携帯機で出たこれでしたら何とか」 更には優勝する気で満ち満ちてるじゃねーか。 「基本的に飛び入りメインで、私達のスケジュールとかち合いませんから、出場に問題はありません。それと最新作が出て間がないということもあり、前作ということになってるみたいですね」 「でしたら、障害は無いということですね」 おい、何か西ノ宮の背後に少年マンガ的なオーラが見えた気がするぞ。放っておいたら、竜虎とかバックに背負いかねないんじゃないか。 「くっくっく。貴様も参加するというのか」 「人間風情が耐えられるものではないと言いたいところだが、それもまた一興」 「決勝にて待っていてやるぞ」 「無論、貴様が辿り着けるのであらばの話だがな」 「何でブロック違うことが前提なんだよ。どっちかが途中で負けたならともかく、二回戦とかで当たったら気まずさが半端ないぞ」 「その時は、『くくく、貴様が倒したのは三つ子の中で最弱』と言い放つから問題はない!」 「負けるの確定かい」 「正直、三人で組んで妨害しまくる以外、お姉ちゃんに勝てる道理がない!」 ダメだこいつら。奇跡的なクジ運で、三人共西ノ宮の逆山に配置されて、しかも決勝までかち合わないことを祈るしかねーな。勝ち残れるかどうかは知らんけど。 「つーか、二人なら勝てるのか」 またしても、何の役にも立たない知識が増えていく。 「当たり前だろ」 「三つ子の二人が集まったところでせいぜい三倍くらいの力しか出せないが」 「三人揃えば十倍以上」 「世界三つ子学会も認めた宇宙の常識というものだ」 だから、俺のツッコミスキルを上回ってくるなと言うてるに。 「岬ちゃん。同学年ってこともあるし、たまには相手してやってやれ」 「私、実況は自信がありますが、司会やツッコミは少しはできる程度なので無理です」 「断言かい」 「やるからには全力を尽くしますが、しなくていい勝負は避けるのが選挙参謀です」 正論なんだろうけど、なんだ、この釈然としない気持ちは。 「いやー、私達、三つ子なんですよ、三つ子」 「一卵性ってのは感覚を共有してるんじゃないかって一部では言われていますが」 「私達くらいのエキスパートとなると、自分を自分と断定する手段が自己申告くらいしかありませんからね」 「あー、たしかにたまに、自分が舞や海なんじゃないかって疑問に思うことはありますわ」 三つ子特有の禅問答か何かだろうか。 「あれにわざわざ絡もうだなんて、刃でできた扇風機に手を突っ込むくらい無謀ってものです」 「俺、ちょいちょい相手してるけど」 「選挙の時の二つ名が、『勇猛果敢な騎乗兵』ですから、仕方ありません」 「やっぱり、脳筋猪武者扱いだったんだな!」 ちくしょう、薄々勘付いていたが、二ヶ月も溜めた上で暴露されてしまった。この心の中のモヤモヤ、どうにかして解消したい。 現在時刻、午後五時三十分、学園祭開始まで、残り十四時間三十分。 「それにしても、これだけ濃い時間を過ごして十五分しか経ってないことが驚きだ」 続く
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