「遊那のせいで、無駄な体力を使ってしまった」 「まだ言うか」 制服に着替え直して、まだ文句を言う遊那は女々しいと思います。 ん? 女々しいって、一応は女に対して使っていいのか? 「んで、結局のところ、うちのクラスの分は投げっ放すとして」 大枠がなんとなく掴めただけでもいいとしよう。本邑も、進展が無いと諦めたのか、教室に帰っちまったし。 「そういや、さっき遊那と追いかけっこした時、設営の面々に、椅子並べの邪魔だって顔で睨まれたんだが」 「そろそろ、体育館も講堂以外は自由に使えませんからね。といっても、椅子並べと、観客採点用の器具設置くらいですが」 「俺らは、何もしなくていいのか?」 「まあ、単純作業ですし、段取りしたのは大体こっちですからね。これくらいは任せてもいいでしょう」 大体こっちとは言うものの、更にそこから内訳をすると、岬ちゃんと西ノ宮で八割九割は埋まってると思う。何か、どうにも役に立たない男ですいません。 「ではまあ、折角ギャラリーっぽいものもいることですし、通し稽古といきますか」 「人前で素人演技を晒すなんて、何という度胸だ」 「明日は、百人単位の生徒と、更には見知らぬ父兄さえも見に来るんですよ?」 今更ながら、とんでもないこと引き受けたんじゃないか、俺。前に園内放送撮った時は顔見知りしか居なかったし、トチってもやり直しできたけど、今回は一発勝負な訳で。 「岬ちゃんは、どうしてそんなに落ち着いてるのさ」 「私だって、割といっぱいいっぱいですよ。ただ、育った環境が少し珍しいので、そういうのを表に出さない術を心得てるだけです」 桜井家の業は深い。たしかに、罠でもない限り、人に弱みを見せていいことなんて、あんましないけどさ。 「ナレーションの西ノ宮が居ないけどどうする?」 というか、さりげに脇を固める三年生の面々も居ないんだけど。 「ふっ、そういうことならば仕方ない」 「姉の不始末は、妹の不始末も同然」 「頭数としてしか役に立たない我らが、穴埋めしてくれよう」 君ら、本当に自由だよなぁ。 「ラジオパーソナリティを父に持つ私達にとって、台本を読むなど児戯にも等しいこと」 「まあ、親子揃ってアドリブの方が得意なんだがな!」 「むしろアドリブしかできないという説すらあるくらいだ」 「すいやせーん。時間も無いんで、巻きでお願いしまーす」 この子達、マジで時間泥棒だから、本気で付き合ってたら夜が更ける。 「揉め事一切賭博にて決め候」 「この唯一にして至極の掟を胸に学徒達は今日も生きる」 「軽んじる者に血の制裁が待ち受けていることは語るまでもない」 「しかしいつも思うんだが、三人で分担する意味あんのか」 「一人一人でいいなら、割と普通に喋れるよ?」 そりゃそうだ。そうだとしたら、クラス違うんだし、まともな学生生活を送れる訳がない。 「二人しか居ない場合だと、何かやたらと落ち着かないけどね!」 「こう、あれだな。同レベルのものが向かい合ってると牽制しあうけど、三つ目が乱入するとそのバランスが崩れるみたいな」 「相性の有無がある訳じゃないから、三すくみは成立しないよね」 「おかしい、君ら、絶対、何かおかしい」 今更だけど、普通にツッコんでしまうわ。 「七原さんにだけは、言われたくないなぁ」 「具体的に言うと、全校千八百人中、下二十番目くらいで」 「まだ下がいるんですね、ありがたい話です」 「そう乗ってきたかぁ」 「やっぱり七原さんは、お父さんの後を継げる男だよ」 「お姉ちゃんをもらって、我らの義兄にならないかい?」 「たしか次男坊だったし、問題はないよね」 だから、うちに長男次男を真面目に考えるほど立派な家格はないっちゅうに。 「コホン、先輩と、三つ子ちゃん。状況を分かってますかね」 うわ、岬ちゃんが軽く睨んできた。 「甘いな。我ら三人、入学試験前日に格ゲーのコンボ研究をしていたのだぞ」 「状況判断能力などというものは最初から欠落してるのだよ」 「よく受かったな、君達」 俺ですら、冬一杯くらい受験勉強してたぞ。 「異次元配線で、脳が繋がってる仮説があるからな。もしかしたら、常人の三分の一の勉強で人並に達するのかも知れん」 地頭は俺らとあんま変わらんだろうし、その理屈なら納得はできる。この際、科学とかいうものは、押入れの奥にでも封印しておくことにしよう。 「あー、たしかに、夏休みの宿題を分担してやった場合、未担当の部分も何か分かっちゃったりすることあるね」 「授業中寝てる間に、耳に入ったものを勝手に憶えたって説もあったんだけど」 「二人のどっちかが嫌々ながらもやった結果って可能性もあるかも」 「本格的にズルいな、色んな意味で」 駆け込み課題で、頭数を揃えるという最初の問題を労せずに解決しているとは。 「ふっ、我らのズルさはこれだけではないぞ」 「そもそも、同じ学校に一つ上の姉がいるということがどういうことか」 「しかも成績だけなら、超がつくほどの優等生だ」 「どれほどの恩恵があるか、想像に難くあるまい」 「何だかんだであの姉、甘いからなぁ」 「あんまし甘くない姉を持つ者として、何か言うべきですかね?」 そう考えると、ひどい対比だ。 「しかし仮にそういった能力があるとすると、西ノ宮の足元にも及ばないってのも変な話だと思うが」 「あれは、常人の三倍は努力してる気もしますけど」 「その理屈だと、こいつらは人並にさえやれば、姉に追いつけそうなもんではある」 「へい、ボウズ。人生の大目標が明るく楽しく生きるの私達が、そんなことすると思うかい?」 「それはそれで、難易度高いんだが」 生きている限り、苦しみの方が二倍は多いと言った奴がいるとかいないとか。 「しかしこれ、便利なようで、カリキュラムが設定されてて、似たような勉強しかしない高校までしか有用じゃないですよね。大学は同じ学科でもやることバラバラですし、社会に出たら更に細分化が進みますし」 「一点特化の特殊知識を、三つ取得できるかも知れないぞ。絡めて使えるものかは知らないけど」 「簿記的な、汎用性の高い技能をバラして憶えれば、食いっぱぐれることがなさそう――」 「どうした?」 「何で私まで、しょうもない会話に加わってるんですか」 こいつらの、グッダグダな空気を作る能力は、相当なものだと思うんだ。 「ここに居ましたか」 言葉と共に姿を現したのは、甘い方のお姉さんだった。 「少し時間が取れましたので、こちらに。妹達が迷惑掛けてませんでしたか」 「迷惑と言うか、俺達が勝手に脱線したと言うか」 時間で考えればそこまでのロスではないんだが、すっげー疲れた感がある。 「精神力と言いますか、惑わされない力を鍛えるにはいいかも知れませんよ。最終的には、情報の遮断という結果になりかねないので、いいか悪いかは判断しかねますが」 「ああ、スポーツチームの応援に通じるものがありますね」 言って岬ちゃんは、乾いた笑いを漏らした。たしか、超弱小な球団のファンだったっけ。あれはたしかに、メンタルガリガリ削られる。超回復で太くなるかまでは知らないけど。 「何にしても、正規の演者がやってきた以上、道化たる我々は去らざるを得ないようだな」 「ふ、所詮、妹は姉の引き立て役」 「ならばせめて、輝く舞台に立つことを陰ながら祈っておこう」 「そろそろ飽きてきたって、正直に言おうな」 「そもそも、私はナレーターで顔出しはしないんですが」 「この際、そこは大した問題ではない」 四姉妹まとめて取り扱う術を知らんのだから、混ぜっ返すない。 「それで本題なのですが、声だけなんですから、別に録音媒体でもいいですよね?」 「何か、別の予定でも入ったか?」 「いえ、折角なので、客席から見物してみようかと。他人事だと思えば、なおのこと楽しめそうですし」 妹ズに負けず劣らず、凄いこと言うよなぁ。 「その音響を管理する人が必要になるのと、不測の事態への対応が困難になる為、できましたら、マイクの前でお願いしたいのですが」 「冗談でしたのに」 ものっそい、いい笑顔で言うな。本気なのか何なのか判断つかねーじゃねーか。 「では、改めてナレーションからどうぞ」 「ところで、これってアドリブ入れてもいいものなんですかね。具体的に言うと、ミュージカル風に歌い出したり」 何言ってんだ、この人は。 「事務仕事を続けると、ランナーズ・ハイみたいに精神が高揚する人って少なからずいますよね」 「働かせすぎたか」 道理で、何かテンションがおかしいとは思ったんだ。みんなも、有能だからって一人に仕事を押し付けるんじゃないぞ。人間一人の許容量なんて限られてるんだからな。 「大丈夫です、私はまだまだいけます。むしろ増やしてもらってもいいくらいです」 「完全に燃え尽きる前の炎です。少し休んだ方がいいでしょう」 「おーい、何もしないことに定評がある妹さん達、お姉さんを頼む。働かすなよ、絶対に働かすなよ」 「何か引っ掛かる物言いがあった気もするけれど」 「前振りを忘れないとは、分かってるねぇ」 本当、どうしようもないなぁ、この子達は。 「それじゃ、ナレーションは体力精神力共に有り余ってる遊那ちゃんにお願いしますか」 「体力はともかく、精神力は変な衣装着せられたせいで残り少ない気がするんだが」 「ゲームシステム的には、体力さえ残ってれば元気に動けるから何の問題もないな」 「案外、魔法使いとか、魔力ゼロ状態だとヘロヘロなのかも知れませんよ」 「ああ、だから杖が必要なのか」 「いい感じに、無かったことにしようとしてんなぁ、お前ら」 「己の悪行は掘り起こさない。それが正しい生き様だって、公康、学んだ」 「これが桜井家の話になりますと、チンピラの武勇伝並に言いふらして牽制として活用するんですけど。ってか、さっきのアレ、ジャレたくらいのもので、悪いこととも思ってないんですが」 何でこういう感じで、話がまとまってしまうのか。 「まあいい。えー、『私立牧野辺学院は今日も平和だった』」 デフォロンデフォローンタッピッポーン。 「おい、この効果音は何だ」 えらい出鼻を挫かれる感じがしたぞ。 「たしか矢上先輩が、場を盛り上げる為に使ってくれって持ち込んだものです」 「凡人代表を自負する割に、微妙にズレてんだよな、あの人」 そのズレを自覚してるならいいんだが、大抵の場合、それが普通だと思ってるから厄介だ。 『菊人は気付かないの――この学院の真の目論見に』 『ダメとか、無理って言われるとやりたくなる。生まれ持った性分だけは変えられないもの』 『普段、どんなにおちゃらけてても、男には退けない戦いってもんがあるんだよ』 『裏切ったなぁぁ、このゲスめぇぇ!』 『どうしてこう、他人の物ってのは美味しそうに見えるのかしら』 『人の想像力は何者にも縛られない。ギャンブルにおける確率だって、屈服させられないはずがない』 『偏りが全くない完全なサイコロがあるとして、事象は本当に六分の一に収束するのか。誤差とされる僅かな違いはどこかに蓄積して、いずれ大きな歪みになるのではないか。このプロジェクトは、そこから始まったのだよ』 ダイジェストでお送りしました。ちなみにこの台詞群、現場判断という名のその場しのぎで大幅に改変どころか、原型を留めない可能性もあるから要注意だ。 「よし、台本持ちながらだけど、最後までやりきったな。これで明日から、舞台俳優としてもやっていけるぜ」 「舞台俳優の大半が副業持ったり、テレビやなんかで稼いで注ぎ込んでるんだから、名乗ったもの勝ちではあるか」 「現実逃避に、必要以上の現実を持ち込むない」 目を微妙に逸らさないと、気分的にやってけないんだよ。 「この流れ、浪人中の元議員が、どんな生活を送っているかを語っていいんですかね?」 「本気で落ち込みそうだからやめて」 雌伏の時と言えば聞こえはいいけど、大体は隠れたまま終わっちゃうんだから。 「それじゃ、一応、全体的に最低限の形は見えた訳だ」 「随分とぼやけた輪郭に過ぎませんけどね」 その件についても、極力、直視しない方向でお願いします。 「もうちょい残って詰めてくのはいいとして、明日の集合はいつになるんだ?」 たしか一般開場が九時、生徒用のセレモニーが八時半からだったから、六時くらいか。いや、岬ちゃんなら、始発で来いくらい言いそうだ。 「何言ってるんですか。今日は全員、泊まりですよ」 「はい?」 何を口にしたかは分かりますが、何を仰ってるかは分かりません。 「今日はみんなまとめて、帰しませんから」 「それ、愛の告白に近いようでいて、台風が来た時の上司だよな? 電車動くか分からないから、会議室で雑魚寝しろっていう」 「分かっているなら、話は早いというものです」 あ、ダメだ。この目は、何を言っても聞き入れる気がない。たしかに、俺達の状況はそれくらい切羽詰まっているはずなんだけどさ。 現在時刻、午後五時十五分、学園祭開始まで、残り十四時間四十五分。 続く
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