「どうもこんにちは。要らない子であるということが判明した、七原公康です」 「何か、この先輩、凄く面倒臭いモードに入っちゃったんですけど」 「ふーんだ。どうせ俺じゃなくてもいいんでしょ!」 よりによって、学園祭前日に発覚するだなんて、神様って奴は残酷だと思う。 「ああ、もう、いい大人とは言えなくても、子供じゃない年なんだから、少しはわきまえて下さい」 これを、年下の女の子に言われてしまう俺ってどうなんだろうか。 「それも、そうだな。現実逃避してもしゃーないし、やることやるか」 「切り替え早いですね」 「ま、数少ない、いいところってことで」 何とはなしに、片目だけ閉じておどけてみたりした。もっとも、岬ちゃんは全くの無反応だったがな! 「で、俺のクラスの方の司会は諦めてるからいいとして、他の二つはどうなの?」 「討論祭ですが、かなり集まりがいいですね。うちの学園の売りは生徒会長選挙な訳ですが、実際に立候補するとなると色々と手間暇かかるだけあって、尻込みしてしまう方も多いようです。ですが今回のは、人前で喋ることに抵抗さえなければ参加できるだけあって、お手軽感があるみたいですね。 私達が知ってる有名どころが、お姉ちゃんを除いて大体出てくる点で察してもらいたいところです」 「そうであろう、そうであろう。何しろ、この企画を発案したのは俺だからな。そこんとこ、ちゃんと宣伝しておいてくれ」 「あんまり強調すると恩着せがましくなるんで、難しいところではありますが。先輩が上位入賞してくれるのが、一番手っ取り早いとだけは言っておきます」 「正直なところ、恐ろしいほど忙しいんだから、一回戦で負けても、大して悔しくないと思う」 大半は序盤で負けるんだし、早々に消えたところでマイナスイメージはそんなに無いと思う。 「それよりも、問題は、完全に俺らが主役扱いの創作劇の方だ」 何をトチ狂ったのか、明日明後日の二回公演にしやがって。 「待てよ。明後日は、キャストを大々的に入れ替えて同じ脚本をやるというのはどうだろうか」 「そうですね。いっそ男女入れ替えて、どれほど印象が変わるかを試してみるのもいいかもですね」 かるーくあしらわれるのが続いてる気がしないでもない。 「というか、台本憶えたんですか? 私は何とかなると思いますけど」 「知ってるか。舞台演劇ってのは、筋書きのないドラマなんだぜ」 「いや、普通に脚本ありますから。解釈とか展開変えたら、演出に怒られるに決まってるじゃないですか」 「建前上は俺が演出だから、何の問題もないな!」 これほどまでに、不毛な言い訳があるのであろうか。 「まあ、演劇部ですらないお遊戯みたいなものですからね。いざとなったら先輩をいじり倒して、お茶を濁すのもありやも知れません」 「笑わせるのは大好きだけど、笑われる方向に持っていくのはやめて!」 「だったら素直に筋通りやって下さい。一柳さんの即興とはいえ、悪くはないものなんですから」 たしかに、綾女ちゃんに悪いというのが、唯一、モチベーションを持続させるものの気はしないでもない。 「よし! つまり台本さえ憶えれば、懸念材料は無いってことだな!」 「何、現実逃避してるんですか。クラスの出し物が残ってますよ」 「うう、忘れさせて。それが一番、展開が読めないの。誰だよ、コスプレラブバトルトーナメントとか、訳分からんこと言い出した奴は」 「先輩って聞いてますけど」 「それも、忘れたいことの一つだ」 こんなところで、オチをつけてる場合ではない気もする。 「では致し方ない。諦めて再度クラスに舞い戻ってやるとするか」 ついさっき邪魔者扱いされて泣きそうになった過去は広い心で受け止めてやろう。 「それじゃ、歩きながら台本を読んで下さい。一分一秒でも無駄にしてる場合じゃないですし。紐付けて引っ張ってあげますから、誰かにぶつかる心配はしないでいいです」 「酷い絵面だ」 おかしいな。たしか好感度の為に頑張ってる部分があったよね。この状況は本末転倒なんじゃないかとは思うものの、悲しい子羊の俺に、逆らう権限はないのであった。 「邪魔だ、七原、帰れ」 懲りずに戻ってきた司会進行に浴びせる御言葉でしょうか。 「設営の予定が、思ったよりギリギリになっちまってるからな。多分、明日の本番まで、お前が舞台に立つことは無理だ」 「もう本気で別のことやった方がいいんじゃないのか」 「それは、本邑に言ってくれ」 「あいつか……」 本邑(もとむら)まとも、うちのクラスのスケジュール調整をしている奴の名前だ。メガネで仕切り屋という、極めて委員長っぽい立ち位置のくせに、委員長ではないという不誠実な輩だ。ちなみに、ちゃんと男女一人ずつ委員長がいるにはいるのだが、役に立った憶えはない。新入りの西ノ宮の方が、よっぽど仕事してるのが実情だ。 「あ、七原君」 でたな、まともという名前のくせに、このクラスでも突出したド変人め。 「ま、聞いての通りの事態だから、私も少し作戦を考えたわ」 「というと?」 「うちが無理なら、リハはよそでやればいいってことよ」 「へー」 言われてみれば、別にここじゃなくてもいいわな。余計な恥を晒すという現実には目を瞑るとして。 「で、何処押さえたんだ?」 「ん?」 「え?」 何だ、この噛み合ってない感じ。 「それはこれから探すんだけど」 「おい、自称、学園の総合プロデューサー」 割と素でツッコんじまったじゃねーか。 「やれやれですね。この、学園全体がごった返してる状況で、場所を確保するというのがどれだけ難しいことかも分かってないんですか」 岬ちゃんも、無意味に煽らない。 「私は、プロデューサーよ。そういう細かい現場の管理は、ディレクターがするものよ」 「そういう、細かい言葉尻の話はいいんで」 つーか、ディレクターに相当する奴がいねーじゃねーか。 「仕方ありません。私達の方で押さえてある講堂でやることにしましょう。舞浜先輩達がまだ使ってるはずですから、端の方でこっそりやる形になりますが」 「教室と講堂を往復するだけの、誰にでもできるお仕事です」 この行ったり来たりでロスしてる時間が、果てしなく無駄という見解には気付かなかったことにしよう。 「ま、あなた達がそれでいいってんなら、そうしてあげるけど」 本邑も、なんでここまで強気に出れるのかが、俺の理解の範疇外だ。こういう奴だと割りきっておけば、案外ストレスも溜まらないんだけどな。 「んで、リハーサルって具体的に何するんだ」 舞台では、千織やらりぃやらが台本と演出の確認してるってのに、袖でこんなことしてていいんだろうか。 「とりあえず、どう使えるかは分かんないけど、七原君の恋愛遍歴を教えてもらおうかな」 「相も変わらず、俺が一方的に損するだけという、酷い要求だ」 幕末開国時の、一方的条約を彷彿とさせてくれる。 「学園のアイドルである俺のプライベート部分を知ろうなんて、野暮天ってもんだぞ」 「アイドル、ねぇ」 「まあ、アイドルも定義が曖昧ですからね。自称した瞬間からなれるなのか、一人でもファンが居ればなのか、一定数必要なのか、熱狂度も考慮に入れるとすれば、広義の意味でかろうじて引っ掛かる可能性がゼロとは言い切れません」 「とりあえず、アイドルは野暮天なんて言葉使わないと思う」 やべぇ、割と普通に論破された気がする。 「というかだな、前日にもなって、すっげー聞きづらいんだが、どういう流れなんだ」 過去の恋愛話を、思い思いの衣装に身を包みながら、対戦するとかいう、原案者である俺ですらよく分からないものなんだが。 「まあ、あれよ。テレビの恋愛トーク番組をパクった感じでいけばいいはずよ」 「すっげーざっくばらんでひでー意見だけど、それなりに分かりやすいのが納得いかねぇ」 現実の制作現場も、売れた○○みたいなのでよろしくーみたいな指示がまかり通ってるらしいし、プロ向きなのかも知れない、いい悪いは別にして。 「あとはあれか。衣装部分は、コント形式というか、再現する感じになるのか」 大体、全体像が見えてきたぞ。 「その上で、気になってしょうがないことがあるんだが」 「何よ?」 「これ、面白いのか?」 あまりにも、今更と言えば、今更な疑問ではある。 「七原君が発案したんじゃない」 さすがに、その場しのぎというか、訳が分からない内に口が動いていたとは言えない流れである。 「まあ、コケにコケるというのも、若き日の過ちみたいな感じでいいんじゃないですかね」 何か、年寄りじみてるぞ、岬ちゃん。 「二年三組司会進行七原公康と、生徒会長候補七原公康は別人であるという方向で宣伝はまとめてみたいと思います」 完全に投げてらっしゃる。 「いいのか、後輩にこんなこと言わせておいて。二年三組の舵取り役として、面目を潰されてるぞ」 「さしもの私も、猿回しの猿が微妙だと、実力を発揮しきれないのよね」 「プロデューサーなら、そのメンバーでの最高到達点を目指せ!」 口だけ番長は、これだから扱いに困る。 「何にしても、このままじゃ何の進展も無さそうなのは事実だ。おーい、そっちで暇そうな……遊那、ちょっとこっち来てくれ」 「暇そうと言われて呼ばれるのは、心の底から納得がいかない」 お前ほど、その形容が似合う奴がいるだろうか。 「仮とはいえ二年三組所属なんだから、ちったぁ役に立て」 「西ノ宮ほどとは言わんが、あの七割くらいは仕事をしているつもりだ」 「肉体労働がありあまってるこの時間に、こんなところで劇の練習見てる奴の言うことだろうか」 「まるで私が、身体を動かす以外、何の取り柄も無いみたいじゃないか」 ここまで堂々と隙を作られると、逆にツッコみたくなくなるから人間心理は不思議だ。 「で、何をしろと?」 「そこに、試着室というか、カーテンで仕切られたスペースがあるだろ?」 「ああ」 「そこに入って、ちょっと待っていてくれ」 「何だか怪しげな話だが、まあいいだろう」 掛かったな、駄馬が。 「岬ちゃん、後は任せた」 「ラジャーです」 「え、おい、何を始める気だ!?」 「ふっふっふ。着せ替え遊びは、女の子永遠の遊興ですよね。コスプレ部と揶揄される演劇部の衣装持ちっぷりに感謝したいところです。まあ、モデル並の身長とは対比的に盛り上がりのない遊那ちゃんですと、楽しみ甲斐が半減ですが」 「お前、私に敬語使わないところから考えるに、それ、独白だな! こっちの意見を聞く気ゼロってことか!?」 「ウフフフ」 簡易的なお着替えハウスの中から、幼馴染み同士らしい、微笑ましいやりとりが漏れ聞こえてきた。 「浅見さんって、何であの状況整理能力を勉強に活かせないのかしら」 「野生動物に、学識を持たせるのは無理ってもんだろ?」 「あー」 適当に言ったことを真に受ける本邑の意外な素直さはさておくとして。 「ふぅ。自分に危害が及ばない状況で好き放題できるって、どうしてこんなにも気分が高揚するんでしょうか」 サラリとすげーこと言ってるぞ、岬ちゃん。 「七原と知り合ってから、茜と岬のやりたい放題に拍車が掛かってきた気がするんだが」 「岬ちゃんはともかくとして、野放しにされてない茜さんは全く想像できないから、俺のせいって意見は却下で」 ベジタリアンなライオンや虎くらい無理がある設定だ。 「んで、いい加減出てきたらどうだ」 更衣室から出てきたのは岬ちゃんだけで、肝心の遊那自身は無駄な抵抗を続けている。 「出てもいいが、笑うなよ?」 「前振りとは、遊那はさすがに基本がしっかりしてるな」 「ここまで育てるのは苦労しました」 「やっぱり、七原のせいだろ」 「いい潤滑剤というか、七原君が助長してる傾向はあるよね」 ことの本質を見抜けぬ衆愚共め。 「むぅ……」 ようやく観念したのか、遊那はゆっくりとカーテンを引いて、その姿を現した。 「……ナース服?」 スラっとした長身に見合わない凹凸の無い身体に、ラインが出る薄桃色のワンピースは、かなりの違和感を覚えさせてくれる。 「コンセプトは、白衣の堕天使です」 「あー、白衣の天使を慈愛や癒しの象徴とするなら、その真逆ってことか」 「ナチュラルに凄いコンビだよね、七原君と桜井妹さんって」 これが日常会話として定着してる俺は、戻れない道を歩いているんだろうか。 「……なはら」 「はい?」 「七原にも、同じ屈辱を味合わせてくれる! 大体、コスプレラブバトルトーナメントとはいえ、今、私がここで着替えなくてはならん理由がない!」 「そんなことはないぞ。このお陰で、一般のお客さんがどんな珍妙な服装で現れようとも、笑わない為の免疫をつけることができた」 「その猪口才な口を、ここにある衣装で塞いでくれる」 おいこら、借り物で何てことしようとしてくれるんだ。 「はぁ、結局、こうなるのね」 それなりに広い体育館で鬼ごっこを始めた俺達に対してか、本邑が小さくため息をついた。客観的に考えて、男子生徒が長身のナース女に追われている図など異様な光景でしかないのだが、運動神経だけは無駄にいい遊那相手に気配りする余裕はない訳で。 結局のところ、学祭対策はほとんど進んでなくないか!? 現在時刻、午後四時半、学園祭開始まで、残り十五時間三十分。 続く
|