「ツッコミとは一体なんなのか、己の存在意義を問うに等しい難問を解決する為に、旅に出たいんだが」 「この仕事が終わりましたら、いつでもどうぞ」 「ちなみに、いつ終わるのさ?」 「それに関しましては、何とも」 「日本国公債の返済メドみたいな話になってるなぁ」 深く考えたら負けな辺りが、そっくりな気がしないでもない。 「ではサイコロを振りましょう。武則天、玄武、青龍、白虎、麒麟、天照、須佐之男、フェンリル、ヘル、メタトロンと、計十名ですね」 「誰が出ても、恨みっこなしだな」 「コロっと……六、天照大御神ですね」 「ものっそい、日本神話率なんだよぉ」 「確率とは、意図的に偏るものだと、孫氏の兵法にも書かれてるからしょうがないな」 「それ、戦略シミュレーションゲームの、命中率とか、回避率の話じゃないですかね」 「戦いの術には、変わりない」 「自慢気に言われましても」 「それはそれとしまして〜、天照さんが現れませんね〜」 「様子が変だな」 もう驚かないように、心の中では身構えていたというのに、肩透かしを食らった気分だ。 「ん?」 何だか、今、この押入れの中で、ゴソッて音がしたような。 「つーか、押入れあったのか、この空間」 「冷静に、図にして纏めると、明らかに異次元設計な家屋や校舎とか、アニメなんかではよくありますから」 そういう問題だったかなぁ。 「オチが分かってるこっちとしては、どう反応したものか分からないんだよぉ」 「こっちも薄々勘付いてはいる」 開けたくないけど、開けないといけないんだろうなぁ。 「じゃあ、岬ちゃん、こうしよう」 言って俺は、耳打ちをした。 「了解しました」 「せーの」 岬ちゃんが手際よく手前のフスマを外したのに合わせて、俺はもう一枚も引き抜いた。 「ひぅ!?」 横に引き開けられるのならまだしも、二枚同時に外すことは想定していなかったのか、布団に埋もれた和装のお姉さんは、頓狂な声を上げた。 「はーい、天照大御神さんで間違いないですね。ヒトマルゴーヨン、逮捕ね。あなたには黙秘権があるし、弁護士を呼ぶ権利もあるから、そこんとこよろしくー」 「何ですか、その胡散臭い警察官風味は」 「長い人生、一回くらい国家の犬とか税金泥棒とか呼ばれてみたい。一度で充分だけど」 「たった今、将来、先輩が公務員の類になったとしても、絶対に呼んであげないと心に誓いました」 それは優しさなのか厳しさなのか、判別がつかねぇなぁ。 「で、何してんすか」 「い、いえ、こういう狭くて暗いところが、一番落ち着くんです」 「猫かい」 「テンションが上がって、攻撃的にはなりません」 「そういう話はしてない気がするんだが」 何だ、まーた独特の空気感の持ち主か。 「天照大御神。日本を創造したとされるイザナギノミコトが隠棲した後に指名された、現代日本の最高神ですね。三貴子の長女で、月読之命さんの姉に当たります」 「大丈夫か、日本国」 「あんま大丈夫じゃないから、日本史は色々と紆余曲折を経てきたという見方もあります」 微妙に正論ではあるんだが、仮にもお偉いさんに、すげー暴言じゃないのか。今更だけど。 「天照大御神といえば、日本初の引きこもりとしてメジャーな神様ですよね」 「何か記憶にあると思えば、天岩戸立てこもり事件の主犯か」 「人質が居ないんですから、ロケットランチャーでもぶちこんで叩き出せばよかったと思うんですよね。多分、そのくらいじゃ死にませんし」 「あ、あの〜、一応、私、日本で一番偉い神様なんですけど」 「我々の様な下々のものと、最も高貴なものが歓談を交わしあえる。何とも理想的な社会じゃないですか」 「そ、そうですかね?」 「騙されてるんだよぉ」 「霊感商法に引っ掛かるタイプですね〜」 「そこのふに〜だむが言うなと、そもそもお前らが霊的な存在だろうがと、どっちからツッコんでいいかが分からねぇ」 「たしかに、旅に出たくなるのも分からないでもないです」 「ふに〜?」 しっかし、この生き物、やっぱり全方位でズルいなぁ。 「ところで綾女ちゃん、ちょっと黙り気味だけど、どしたん」 「思いましたの。現代世界は、緩やかながらも、確実に変革期。政治家となって何かを成したいというのであれば、正統な手段で成り上がらずとも、この神を立てて王朝を作ればいいのではないかと」 「革命家の発想じゃねーか」 「結局のところ、世の中、統べたもの勝ちですわ」 「あ、あの〜。できましたら血生臭い展開は控えた方が」 「お黙り下さいまし」 「ひぃ」 本当に超偉くて長生きしてんのか、疑問に思えてきたぞ。 「まあ、このギリギリなところでは根性無しなところは、日本の神様っぽくはありますが」 「あんま追い込むとキレそうだから、そんくらいにしておけ、綾女ちゃん」 「せっかく、貴方以来のからかい甲斐のある玩具を手に入れられたと思いましたのに」 「俺、そういう扱いだったの?」 女の子の玩具になることに、特に不都合がないじゃないかという意見はともあれ。 「で、何かしたいことある、綾女ちゃん。天照さんを弄ぶ以外で」 「先手を打たれましたわ」 繰り返しネタ、通称天丼は基本だけど、回数の加減を間違えるとクドくなるんだよ。 「少し、お腹が空きましたわ。何か食べるものはありますの」 「知らんが、謎空間だし、探せばどっかから湧いて出るだろう」 「と、鳥の丸焼きを食べたいとか言い出さないでくださいね〜」 「それなりに量はありそうで、細身で食べられる部分が少なそうですわ」 似たような体格で、さらっとエグいことを言うなぁ。 「隊長! 台所と思しき部屋を発見したであります!」 本当に、どうなってんだ。望めば、金塊とかが湧いてくるんじゃないか。持って帰る自信ねーけど。 「んで、料理できる奴。俺は一人暮らしモドキだし、食えないことはない程度なら何とかなるが」 「中華は、火力が命なんですよ〜」 中国の聖獣で、火を司るのは知ってるけど、俺の質問には全く答えてないよな? 「独身歴一万年を舐めないで欲しいんだよぉ」 自分で言って、かるーく頭にきてませんか。いえ、気のせいならいいのですが。 「これでも選挙参謀の卵ですから、それなりには」 何の関係も無いという説は、軽く流しておきます。 「兄を実験台とし、見た目はともかく、意外と食べられるミスマッチ料理を極めた腕が鳴りますわ」 あのアホ兄貴なら、何の問題もないな。 「……」 おーい、天照さん。何で目を逸らしてやがりますかー。 「知ってますか。私くらい高貴な神様ですと、生まれた時から、上げ膳据え膳なんですよ」 「どっかの皇帝様みたいな言い分なんだよぉ」 「思い出しました〜。大昔に、ふぐ料理を振る舞って、月読さんと須佐之男さんを瀕死に追い込んだんでしたっけ〜」 「ちょっとお茶目な、神族ジョークです」 さりげにすげーキャラクターだな、この神様。 「じゃあ、折角だから作ってみたらどうだ。危険な食材使わなきゃ、まさか健康を害するレベルに達することもあるまい」 「甘いですね、先輩。この界隈では、そこらのスーパーで売ってる普通の食材で、異世界のクリーチャーと見紛わん謎の物体を創造してしまうのは、基本中の基本です」 嫌な界隈だと、直球で返しておく。 「となれば、勝負ですわね」 「何だ、その理屈」 「とりあえず、料理勝負はテレビ界でも漫画界でも確実な集客が見込める鉄板ネタですもの」 「視覚情報と、せいぜい音声情報しか無いのに、味覚情報を題材にするって、考え様によってはすごい話だよなぁ」 「ですから概ね、リアクションと、大仰な説明口調が上回ったか否かで雌雄が決しますわね。実際の味を御家庭で再現するのは極めて困難ですし、結局は制作者のさじ加減一つですわ」 「ある程度以上の美味しさになったら、もう好みでしか白黒は付けられないんじゃないかと、ちょっくら思わんでもない」 「何の話でしたっけ?」 「料理バトルをやらかす前に、その存在意義に疑問を投げかけるという、制作サイドとしてあるまじき発言でした」 「謹んで、お詫び致しますわ」 ですわ調は、謝罪に全く向かねぇなぁ。何だ、この上から風味。 「じゃあ、日本関係者多めってことで、和食でも作るか。材料的に、御飯、豆腐とネギの味噌汁、納豆、キュウリのぬか漬け、アジの開き、きんぴらゴボウってところか?」 「今時、そんだけコテコテの和食を常食にしてる日本人って、どれだけ居るんですかね」 「食の多様化は、新たな食文化を生み出す礎となるのさ」 ちょっと未来の食生活なんて重いテーマを考えながら、料理ができるかと言うに。 「割と好きな部類のおかずですよ〜」 「あんた、本当に中国生まれの中国育ちか」 「健康のため、和食を結構作っていたせいなのかも知れないんだよぉ」 「健康とか気遣う必要あるんですかね、寿命無限とか聞いてますが」 「中国の公害問題を放置しておいたからこそ、朱雀のような奇妙奇天烈な生命体が誕生したという説すらあるんだよぉ」 「やめて下さい。ブラックジョークを通り越して、むしろ真実味を帯びてきてますから」 「ふに〜?」 うん、この話題もやめよう。一学生が切り込むには、あまりに闇が深そうだ。 「ほい、できたから順番に並べてくれ。何故か実に都合のいい六人掛けのテーブルがあるが、深くは考えるなよ」 「少子化、核家族化が進む現代社会で、このサイズのテーブルが必要な家庭は、どれだけあるんでしょうか」 「わざとやってるだろ、君達」 「うちは何故か、尋常じゃなく来客が多いから、結局は多人数が食事できるスペースが必要なんだよぉ」 「半隠居状態なのにお客さんが多いってことは、慕われてるってことですよね〜」 「暇つぶしにいいってだけの話なんだよぉ」 おー、照れてる、照れてる。地味に珍しいものを見れた気がする。 「んじゃ、いただきまーす」 『いただきます』 「だよぉ」 「です〜」 「ですわ」 最初はキレイに揃ったのに、語尾はグダグダ極まりないな。 「……」 カチャカチャ。 「……」 しまった、こいつら食事中は、黙々とするタイプだ! 「んで、岬、最近、どうなんだ」 「どう、って」 「学校、とか」 「別に、普通」 「普通、か」 「その、娘と何を喋っていいか分からなくて困ってる父親みたいな小芝居はなんなんだよぉ」 「あんた、古老のくせに、現代文化に詳しいなぁ」 「テレビっ子なめんじゃないんだよぉ」 「その言葉は、微妙に死語ですけどね」 「虎狼と死後と言えば、フェンリルさんとヘルさん夫妻ですね〜」 「意外と、うまいことを言ってる気がしないでもないんだよぉ」 その、うまいことを言ってるという部分がこちらに伝わってこないのは、仕様上の不備の類ではないでしょうか。 「こちらも、全く伝わらない身内ネタで攻めればいいのですわ」 「争いとして、極めて不毛だと思う所存です」 しれっと、三つ子とかの話、しちゃった記憶あるけどさ。 「戦いとは、ペンペン草も生えない大地を火炎放射器で焼き尽くす行為だと、誰かが言っていました」 共感というものが、全くできねぇなぁ。 「んで、綾女ちゃん。そろそろ退場だけど、何か言い残すことは」 「年上で、私と大差ない体格の方に会ったのは、久々な気が致しますわ」 「ふに?」 「年上なんだか、年下なんだかよく分かりませんけどね、このナマモノ」 つーか、去り際の言葉がそれでいいのか。 「では、次にお会いする時は、国家の重鎮として参りますので、御覚悟下さいまし」 「だから、何でそう、発言の落差が大きいかなぁ」 「精神の状態が不安定なのは〜、思春期特有の症状ですよ〜」 「つ、ツッコんだりしてあげたりしないんだから!」 世の中には、天才という人種が確実に存在する。その方向性は実に多岐に渡り、ボケの天才という人種も、数多くいるのだろう。その様な者の才知を引き出すことも社会貢献の一環であるのだろうか。それを見極めることが、ツッコミの旅の、最終目的地なのかも知れない。 「なんなんですか、この締め」 続けばいいよ |