邂逅輪廻



「ねぇ、公康君は、神様の類って信じてる?」
「はぁ?」
 今日も今日とて、出会い頭に茜さんは理解しがたい質問を浴びせてきてくれる。
「神様っていうと、アレですか。他の生物とは違い、自我と社会性を持った人類が、死という存在から目を背ける為に想像、いや、むしろ創造したと言ってもいい、一種の概念とでも呼ぶべきもののことですか」
「正直、そういう知的な発言は似合わないよ?」
 岬ちゃんも大概だけど、この姉も、口の悪さでは引けをとらないと思うんだ。
「生と死に対する合理的、かつ普遍的な解釈が成される時代がくれば消失するやも知れないけれど、死が実存する限り滅することはない気もする、あの神様ですよね」
「まあ、思春期特有の無意味な妄想はさておくことにして」
 頑張って普段使わない脳の回路をフルに動かしたっていうのに、一蹴されるなんて、ボクさびちい。
「うーん、何処から話したらいいか分からないから結論から言うとね。ふつーに居るのよね、神様って」
「はぁ?」
 しれっととんでもないことを言ってくれるせいで、またしても変ちくりんな声が漏れてしまったではないですか。
「何というか、こう、茜さんが無茶なことを言って話を起動させればいいというパターンが、ちょっと多すぎやしませんかね。言い換えるなら、マンネリというか、発想力の欠如というか――」
「いくら特別編だからって、あんまし好き勝手なこと言ってると、別の意味での神様に睨まれるよ?」
「うくっ、楽屋オチは、最終回に楽屋オチだけは勘弁して下さい」
 一瞬だけ、多少のインパクトは残せるものの、終生、代表作にノミネートされることはなく、ネタ作品として担ぎ上げられる、危険過ぎる大技なんですぜ。
「で、神様が居るって話に戻りますけど――」
「ふに〜」
「……」
 あれ、何かちょっと、変な声を聞いたような。
「策士策に溺れるって言いますけど〜、策って、液体なんですかね〜?」
「……」
 何、本気で疑問を解決しようと考え込んでんだ、俺。
「そりゃ、人を嵌めるって、底なし沼に誘い込むみたいなものだし、イメージとしては液体寄りなんじゃないかな。ちょっと粘度高いけど」
「それは納得できる御意見ですね〜」
 裏で『策謀の魔女』とまで呼ばれてる茜さんを、軽んじてはいけないようだ。俺が勝手に呼んでるだけという気もするけど。
「つーか、何なんすか、この子」
 ぱっと見の年齢は、小学校の高学年くらいだろうか。どこか世間ズレというか、まるで裏が無さそうなのんびりとした顔付きだ。平たく言うと、茜さんと真逆の印象なのだけれど、髪だけは同じウェーブヘアーに分類されるのは何の皮肉なのか。謎の女の子の方は、腰の下に来るくらい長いのはさておいて。
 だけど、何よりも目に付くのは、とにかく、全身が赤系統でまとめられていることだ。髪は朱色。上着こそ白の小袖なものの、下は緋袴という、いわゆるところの巫女装束だ。そして背中には薄桃色の大きな両翼が――。
「……」
 あれ、人類って、たしか哺乳類だったよね。哺乳類で飛行が出来るのは、コウモリの類だけだったような。滑空も含めていいなら、モモンガ辺りも入るんだろうけど。
「茜さん。こういう飾り付けって、何処で売ってるんですかね。需要が限定的過ぎて、結構なお値段になりそう――」
「ふにっ!」
「!?」
 女の子の羽先にちょっと手を当てた途端、妙ちくりんな声が漏れ出てきた。同時に、翼が身震いの様に小さく動いて、混乱に拍車が掛かってしまう。
「す、すいません〜。羽を触られると、たまに声が出ちゃうんですよ〜」
「え、これ、ホンモノ? ってか、ナマモノ?」
 この場合、どちらも同じ物を指している訳だが、深く考えてはいけない。
「初対面の女の子の身体にいきなり触るなんて、公康君って、大胆っていうか、軽い危険人物だよね」
 いやいや、俺の中では、今の今まで只のハリボテでしたから。じゃあ、レイヤーさんの衣装に無断で触れていいのかよと言われると、反論のしようが無いんだけどさ。
「ま、ともあれこの子が神様の類の朱雀ちゃん。厳密に分類するなら、聖獣になるんだけど、日本の八百万信仰で考えると、神様みたいなものだよね」
「御紹介頂きました朱雀といいます〜。京の都と、江戸の南方守護者として私の一族が居るらしいので〜、日本には親近感を覚えていました〜」
 何だろう、この取って付けたような自己紹介。茜さんの仕込みなんだろうとは思うけど、いたいけな少女を追い詰める様な野郎にはなりたくないよな。
「年齢は〜、八歳か、五千歳ちょっとになります〜。好きな食べ物は木の実と卵料理で〜、たまに二つ以上に分裂したり、膨張したりします〜」
「……」
 やべぇ、今すぐ前言撤回して、一つ一つツッコミ倒してぇ。
「俺がツッコみきれない恐れがあるとは、三つ子共に相当する猛者だな。だが、奴らは所詮、三人セットで一人前。単騎でこれというのは、稀代の傑物なのではなかろうか」
「そもそも、神様的なものっていうのは納得したの?」
「とりあえず、桜井姉妹が持ち込んだ案件は、どんなに理不尽なものであろうと、消化しなければならないという俺ルールが成立しつつあるもんで」
 人はそれを調練と呼ぶかも知れないが、気に留めてはいけないと思うんだ。
「まあ、この小鳥に関しては、世界規模で見ても珍種中の珍種だから、難しく考えたら負けなんだよぉ」
「褒められました〜」
「今度は、どちら様で」
 全く褒めてねぇよという、お約束のツッコミさえ我慢出来る様になった俺の適応力に乾杯。
「黄龍というものなんだよぉ。この小鳥の保護者みたいなものだと思ってくれれば、大体合ってるんだよぉ」
 一見したところの年齢は、俺達と同程度くらいだろうか。短めに整えられた、金髪というか、色の薄い茶髪が目に付く。身に着けているのは、いわゆるところのチャイナドレスだろうか。胸元に、黄色というか、黄金の龍の刺繍が縫い込まれてるけど、黄龍って、これのことなんだろうかね。
「ってか、何か、りぃに少し似てないか?」
「それ以上は触れてはいけません」
 あ、岬ちゃん、ちーっす。
「同じ色調で、ちょっと髪型が近いってだけで見分けがつかないと言われる昨今ですが、この場合、作品も違うことですし、一々、掘り起こさなくてもいいんじゃないでしょうか。
 ええ、外見的な個性を削っていくとあんな感じに落ち着くとは、ビジュアル担当の談ですが」
 はっきりと、作品とか言っちゃってるよ、この子。
「ふに〜、そうですよね〜。どこかに私と似た子が居たとしても〜、温かい目で見守って欲しいものです〜」
「いや、少なくとも君の様な奇妙な生き物は、そんじょそこらに転がっているとは思えないのだが」
「今日はお褒めの言葉を、たくさん頂きます〜」
 どうしよう、俺のツッコミスキルを持ってしても、本気で扱いに困るんだが。
「そういえば、一つ質問。朱雀ってのは、四神だかなんだかの聖なる炎の鳥だったと思うんだが、黄龍って何だ? 黄色い龍って書くんだろうなぁとは、何となく勘付いてるけど」
「日本での知名度は絶望的だとは知っていたけれど、それでもやっぱり腹が立つんだよぉ」
「大丈夫ですよ〜。中国でも、そう、大して認知されてませんから〜」
 詳しい事情は知らんが、朱雀が地雷を踏み抜いてることに気付ける俺、マジ空気の読める子。
「黄龍は、青龍、白虎、朱雀、玄武と呼ばれる四方を守る聖獣、四神の上に立って、中央を守護する存在ですね。唯、現代では麒麟に置き換わっているというのが一般的で、一説では、日本に伝来した時点で既にそうであったとも言われています。ですから、日本での認識率が今一つなのは、やむを得ないところやも知れません。
 ちなみに麒麟というのは、ビールに描かれてることでも有名な想像上の生物で、動物園にいる首の長いキリンとは、ほとんど関係がありません」 
「妙に詳しいな」
「一応、一夜漬けしてきましたから」
 え、何、今日のこと聞かされてなかったの、俺だけってことじゃねーだろうな。
「黄龍ちゃんは、一万年以上の齢を重ねてる古龍でね。アジアの中でも、最高クラスの力を持ってるらしいのよ」
「女の子の年齢をバラすなんて、色々とデリカシーに欠けてるんだよぉ」
 今、『三十八歳まではアラサーだよね』に匹敵する、図々しい発言を聞いた気がしないでもない。三十九じゃなくて、三十八という辺りに、僅かながらの躊躇いを感じるのが奥深いところだと思うんだ。
「というか、そんなお偉い神様的なものをちゃん付けする茜さんが地味に恐ろしい」
「冠というか、タイトルに含まれてるんだから、そこはまあ、気にしてもいられないんだよぉ」
「神様的に考えれば、親しみを持ってもらえるのは、すっごい強みだよね〜」
「だよぉ」
 なんだ、この、微妙にモヤモヤする会話。
「もう、そこまで仲良いんだったら、茜さんに日本での知名度を上げてもらうプロデュースをしてもらえばいいんじゃないんですかね」
「!」
「いや、食いつかないで下さいよ」
 出会って十分くらいだが、早くも俺の中での神仏に対する価値観が崩壊しつつある気がしてならない。
「だが、この出会いが、我ら地に潜った面々の起死回生になろうとは、この時は誰も思っていないのであった」
「今度は、どちら様で」
 とりあえず、いきなり妙なナレーションをかます輩が、まともなものではないのは想像つくけど。
「ええい、ここにおわす私を、どなたと心得る! 恐れ多くも三貴子が次子、月読之命にあらせられるぞ」
「自分で言ったら、台無しな台詞ってあるよなぁ」
 部下に言わせたところで、身内には違いないんだから、大差ないという気もするけど。
「つーか、ツクヨミって、なに? どっかで聞いたことある気がするんだが」
「月を読むということで、占い師を月読と呼ぶ言い回しはあった気がします」
「てめーら、それでも日本人か! 格で言ったら、日本神話で十番以内に入るビッグネームやぞ」
「ちなみに、エピソードは、古事記、日本書紀を含めて、生誕と姉妹喧嘩の二つしかないそうです」
「知っとるんやないかい!」
「無名なところも弄らないと拗ねだすと、取扱説明書に書いてあったもので」
 ともあれ、果てしなく面倒な方だというのは理解した。
「ところで、私の風体に関する描写が無い訳だが」
「面倒だし、初登場って訳でもないし、セネレの面子を公康が一々解説するのも変だし、大して面白みもないからやめることにしたって、別方向の神様から通達がありました」
 ひでー話もあったもんだと思う。
「ま、それはそれで置いておくとして」
 こういった、扱いに困る話は、広げないに限ると思うんだ。
「この人員で、具体的には、何をしようというのでしょうか」
「ん〜、女子会?」
「それって、俺に対する軽いイジメに分類されますよね?」
 こいつらにガールズトークなんか出来るのかという疑問はさておいて、盛り上がった場合、部屋の隅で泣きかねない自信がある。
「ものは考えようです。現状、六分の五、構成要素の八十パーセント以上が女性なんですから、ほぼ女子会と表現しても差し支えはないのではないでしょうか」
 この無駄に柔軟な発想力に乾杯。
「ってか、クラゲって、九十九パーセントが水分らしいんだが」
「いきなり、何の話ですか」
「人間も、六十から、七十くらいが水分だろ? 赤ん坊に至っては、八十パーセント程だとか。だが、ほとんど水、だの、概ね水だのなどとは呼ばれない。この不純物こそが生命が生命たる由縁なのだろうか。若すぎる俺には、理解することができない」
「長生きした所で、命が何なのかなんて、分かるわきゃねーんだよぉ」
 果てのないほど、説得力のある発言があった気がしないでもない。
「ん〜、まあ、ともあれ私は次の仕事があるから行くね。公康君、あとよろしく」
「やはり、この世界で一番不合理なのは茜さんそのものである。俺はそう独りごちると、小さく溜息を吐くのであった」
「何で、小説の主人公っぽい独白してるんですか」
 俺という人物は、紛れもない小説の主人公だった気が、しないでもないんだがなぁ。

 続くはず


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