邂逅輪廻



「二年生における三バカとは誰かとの問いに、少し前までは、七原、舞浜、椎名と答える方が最も多かったのですが、最新の調査に依りますと、七原、浅見、西ノ宮の三名という方が拮抗する勢いになっている模様です」
「短い休み時間に湧いたと思ったら、いきなり何だ、岬ちゃん」
 怒涛のツッコミトラクターと呼ばれた俺でも、心の準備というものが必要なんだぞ。
「選挙参謀として情報調査は基本中の基本な訳ですけど、ちょっと興味深かったので御報告をと思いまして」
「メールで済む話じゃねーか」
 つーか、その調査がどう生徒会長選挙に影響するのか、そっちの方が興味湧いてきた。
「これを聞いた時、五名の先輩方がどの様な顔をするのかの方に興味がありまして。幸い、クラス交換制度で同じ教室に居る可能性が高い訳ですし」
 正直、俺も含めて、五人が五人とも、すっげー微妙なこと聞いちまったなって顔してんぞ。
「つーか何処の諜報機関が集めたデータだ、それ」
「私の、独自調査です」
 明らかに結論ありきで、偏った解釈をするのがほとんどの独自調査というやつに価値があるのかと思ったのは内緒だ。
「個人での認識率でいうと、やはり会長である舞浜先輩と、選挙戦で争った七原先輩、西ノ宮先輩の三名が九割を超えていて高いですね。まあ、微差とはいえ、この三人で並べると、西ノ宮先輩、七原先輩、舞浜先輩の順になるというのが、これはこれで面白いところなのですが。やはり舞浜先輩はどんな状況にあっても、お姉ちゃんの付属物の域を出ないということなんでしょうか」
「この子、本当に何しに来たの?」
 その件に関しては、割とマジで俺自身が詳細を知りたい。こっちはまだ、選挙活動に使えそうではあるんだけど。
「一年生でも三バカを問う設問があったのですが、これは圧倒的に三つ子ちゃんになりましたね。もっとも、あの三人に関しては三人で扱うのか、一人なのか、間をとって二人分でいいのではないかと、色々と意見があるのですが」
「それにつきましては、私も常々、考えることがあります」
 西ノ宮も無責任に乗らない! 只でさえ収拾がつきそうもないんだから!
「個人での認識率で言えば、やはり圧倒的に一柳さんですね。こちらも、現役会長である舞浜先輩を抑える数値が叩き出されています」
「男の子でも、本気で悲しい時は涙を流していいんだよね……」
 まあ、その、なんだ。強く生きるんだ。
「それじゃ、私は次の授業がありますので、これで」
 おいこら。この、いかんともしがたい空気、どうしてくれるんだ。茜さんの妹だからってだけの理由で、無差別なトリックスター行為は、お兄さんが許しませんからね!


「……」
「……」
「……」
 午前の授業が終わった昼休み。半ば流れの様に、りぃ、千織、遊那、西ノ宮と昼飯を食うことになったんだが、場が重い。あんな調査なんか笑い飛ばせばいいだけの話なんだが、そのキッカケを掴めずに、牽制しあってる状態だ。
「まあ、日本の首相が誰かも知らない日本人が一定数居る世の中なんだから、生徒会長の顔と名前も知らない人が居るのもしょうがないよね」
 千織が悩んでる部分は、ちょっと違うところにあるようだけどな。
「あれだけ盛り上がった選挙の結果を数ヶ月と保持できないのは、祭りの後だからというよりは、会長本人に問題を感じるがな」
「うう……」
 遊那さん、自分が傷付くのを回避する為に、千織を生贄に捧げるのはやめて頂けませんかね。
「根本的な質問っていうか疑問なんだけどね。私達って、選挙前からそんなに有名だったの?」
 りぃの発言を受けて少し考えてみるが、俺も当事者の一人だし、どうにもピンとこない。選挙が終わってから、会釈してくる奴が増えたくらいだろうか。陰でどう思われてるとかについては、恐ろしくて想像もしたくない。
「何をもって有名とするかは難しいところですが、単に名前を聞くだけでしたら、チラホラと」
「一応聞いておくが、内容は?」
「七原がまたアホなことやったらしいぞ、或いは、舞浜が、でしょうか。椎名さん主導というのは、あまり記憶にありませんね」
 ほんのりと知ってはいたけど、実際、耳にするとやっぱ何とも言えない気分になるな。
「そういえば、七原と舞浜が立候補をしたと聞いた時は、今季のお笑い担当は決まったと思ったな。それぞれ、岬と茜がついてると知って、多少は上方修正したが」
 そんなのが最後まで争ってしまったんだが、有権者として、そこら辺はどう思っていたのだろうか。
「というか、だ。お前ら三人は一年からつるんでるし、分かる。私と七原、西ノ宮の付き合いは、ここ最近の話で、セットにされるのは不可解極まりないんだが」
「第三者からどう見られてるかまで知らんというに」
 遊那と西ノ宮が意外と相性良いというのは俺も勘付いていたが、世間様も周知していたとはな。俺がそこに混じるというのは、どういった理由か分からんが。
「何にしても、七原さんがどちらにも入っている以上、二年のキングオブバカの座は揺るがないものとして処理しようと思っています」
「大国の小役人より、弱小国の王でありたい。男のロマンを忘れぬ七原公康です」
「公康、カッコイイ!」
「そうでしょうか?」
 自分で言っておいてなんだが、りぃの賛辞には同意しきれない俺が居た。
「というかさ、私と、千織は成績もせいぜい中の上くらいだし、まだいいんだけど、成績トップレベルの西ノ宮さんが入ってくるのはどういうことなの?」
 中の下である俺と、下の中の遊那は全く問題ないって言外に含めてやがるな。
「甘いな、りぃ。世の中、知能が高かったり、学業優秀なアホの方がタチが悪いんだぞ。茜さんとか、空哉さんを見れば一目瞭然だろう」
「う、何か凄い説得力が」
 綾女ちゃんは、辛うじて常識人の枠に収まっていると信じたい。あれはあれで、何か一つタガが外れたら凄いことになりそうなんだけど。
「学業優秀と言いますが、本格的な進学校ならいざ知らず、うち程度でしたら、それほどのことでもないと思いますが」
「なんだ、軽い自慢か?」
「うちの妹達を御することに比べれば、自分一人で完結出来るだけ、よっぽど楽というものです」
「こっちはこっちで、すげー説得力が出てきたぞ」
 結局、大した努力をしてない俺らが悪いみたいになってるじゃねーか。
「そういった意味で、さしたる経験もないのに、あの子達の相手をできる七原さんを少しばかり尊敬しています」
「正直、御してはいねーけどな」
「全人類が何十億になったかを正確には知りませんが、もしかしたらその中でも片手で数えるくらいしか居ないのではと思っているので、そこは大して期待をしていません」
 スケールが、無駄にでけぇ。
「世界で思い出しましたが、椎名さんって、フルネームで椎名莉以じゃないですか」
「い、いきなり何?」
「シィナ=リーと発音すれば、中国系アメリカ人でも通るんじゃないかなと、この前、ふと思いまして」
「レイさんが言う台詞か」
「世界広しといえど、ニシノミヤに近い発音の姓名は日本以外に無い気がしているので、大丈夫です」
「居たら謝れよ! ニッシノミーさん辺りに謝れよ!」
 日本だけで名字の種類は何万とあるらしいので、調べる気はサラサラ無いがな。
「な、結構、アホの子だろ?」
「あまり知らなかった頃に比べると、意外と軽い感じだったんだなーとは思うようになったけどね」
「イメージって、本人の知らないところで勝手に付加されるもんだからなぁ。今回の三バカの話も、それが問題なんだが」
「そう言えば、三バカトリオが、どう考えても三とトリオが被ってるという言語学上の問題は、解決したのでしょうか。語呂が良すぎるのが、そもそもの原因だとは思うのですが」
 誰か、謎の暴走モードに入った西ノ宮さんを止めて下さい。
「こういう時は、発想を逆転させるんだ」
「何か発想を逆転って言いたいだけの気もするが、一応、聞いておこうか」
「三という数字があまりにバランスがいいから、そう区分けしてしまいたいのは分かるが、ここは一つ、五人組で売りだしてしまうのはどうだろう」
「御三家、三羽烏、三人官女、三すくみ、三日坊主、早起きは三文の得、三種の神器、三本の矢、三人寄れば姦しい、たしかに、三には、何か離れがたい魅力があるようですね」
「お、おう」
 一瞬でそれだけ出てくる西ノ宮がすげー。遊那が気圧されてるぞ。
「五人になれば、私がバカだと思われる比率が、薄まるやも知れんしな」
「それが本音か」
「正直なところ、浅見さんって、孤高のアホ女王だったのが、僕達と絡むことで、アホのバリエーションが増えた印象なんだけど」
「そこは、王女にまからんか?」
 話の本筋は、そこではない。
「ってか、それは無駄な努力だろ。成績抜きにして、遊那のバカさ加減は、相当なレベルだぞ。ソロでよし、ユニットを組んでもよしの、ユーティリティタイプだ。喜ばしいことかはさておき」
「くっ、七原に認められてしまうとは……逃げ場はないということか」
 何だか、釈然としない解釈をされてないか?
「バトル漫画的に、強者は強者と巡り合うというのはよくある展開だろう? アホはアホを呼ぶということで、決着するしかないな。無論、起点は、七原、貴様だ」
 更に納得しかねる発言があった気がするのですが、どうでしょう。
「そもそも、このクラス自体、六百人近い同学年から選りすぐられた、バカエリートみたいなもんだからな。隠れバカの西ノ宮はまだしも、遊那が元々別クラスって時点で、観察力に疑問を感じてしまう面はあるけど」
「もう、そろそろ、バカとかアホとかいうのを否定しなくなってるのはいいのかなぁ?」
「自分の本質を恐れず受け入れるのが、大人の階段を登るってことなのさ」
 格好付けて言ってみたが、無論、内容は全くない。 
「同一視、というのは興味深い話だとは思いますけどね。二年生共通の認識としてこのクラスがその手の方の溜まり場だというのがあるのでしたら、例えそうでなくてもそう思われるということですよね」
「安心しろ、俺が知る限り、男女問わず、全員が何らかの素質持ちだ。朱に交われば真っ赤っ赤ってだけの話かも知れんが」
 一度、割と常識人をこのクラスに放り込んで、何ヶ月で崩壊するか見てみたい気もする。人権的に許されざる気もしないでもないが。
「逆に考えれば、三バカの括りから外れることができれば、俺はこのクラスの平均的バカ程度の評価で済むやも知れないな」
「それは、ないでしょう」
「無理だろうな」
「うん、ない」
「ムチャクチャ言ってるよねぇ」
 集中砲火かよ。千織じゃないけど、男の子なのに公衆の面前で泣いちゃうぞ、オラ。
「大体、お前からバカとかアホとかを除いたら何が残るというんだ。ミトコンドリアとゴルジ体くらいか?」
「手心無しか」
 ついさっきの生物の授業でやったところが出てくる辺りが、遊那らしいと言えば遊那らしいのではあるけど。
「公康マイナスバカマイナスアホイクォール、はい、ここ、試験に出るからねー。忘れちゃっても知らないからねー」
「千織も、変な乗り方してんな!」
 何で、結局、俺がオモチャみたいな展開になってるんだよ。色々とおかしいだろうが。
「ん、もうそろそろ次の授業か」
 飯食って、結果としてしょうもない話してたら昼休みが終わってたって、有意義なんだかなんなんだか分からねぇ。
 つまるところ、こんな変な情報を持ち込んだ岬ちゃんが悪い。見ておれ、逆襲をしてくれるわ。

 後編へ続く



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