「という訳で、作戦会議を開始したいと思います」 放課後、生徒会室に西ノ宮と遊那を呼びつけた俺は、開口一番そう口にした。 「その前に、何で生徒会室なんだ?」 「この三人がネオ三バカとして名が知られ始めてるらしいというのに、人目に付く場所で会談する勇気がなかった。ちなみに千織はいっちょまえに生徒会長としての仕事があるらしく、りぃは友人に拉致された」 「集まったのがこの三人の時点で、風評を後押ししてる様なものだとも思うのだが」 考えたら負けなことは、考えないに限るんだ。 「そもそも、何の作戦会議なんですか」 「俺らがトリオとして扱われることへの反証、ないしはそれを打ち消す為の算段をだな」 「人にどう思われるのかを全く考えないのは社会性の欠如ですが、どう思われるのかを考えすぎるのは人間性が未熟な証拠ですよ?」 「論客様、容赦がねぇ」 何でそんな反論の余地を探すのが難しいことをしれっと言えるんだよ。実はそういうこと、年がら年中考えてるだろ。 「だが、そんな意見は丸々無視して、ここはゲストを呼ばせてもらう。先生、どうぞ宜しくお願いします」 「ふっふっふ。我々を先生と呼ぶ、その心根が気に入った」 「学者先生、政治家先生、医者の先生はもちろん論外」 「下手をすれば、家庭教師としてすら先生と呼ばれることはないだろう私達」 「用心棒にでもならない限り冠されることは無かったはずの甘美な呼称」 「今、この耳で確実に聞いた。感じた。汲み取った」 「って、お姉ちゃん、ノーリアクションなんだけど」 「まあ、いくつか想定していた中で、一番あるのがこの展開かな、と」 大分、西ノ宮もこなれてきたよなぁ。 「さて、改めて、ここにおわす御三方をどなたと心得る。俺達の付き合いはわずか数ヶ月、りぃと千織ですら、一年そこそこ。しかし、この面々は十五年も三バカを続けてきた、いわば百戦錬磨の勇将であるぞ」 「ふっ、そこまで我々を評価しているというのなら、分かっておろう」 「三バカとは、単に三人のバカが集えばいいというものではない」 「また、デコボココンビの様に、ミスマッチの妙を楽しむものでもない」 「同程度のバカが、巡り合い、バカでバカを塗り固めるのが真の三バカ」 「三国志に於ける、劉備、関羽、張飛を見れば自ずと想像がつくであろう」 「我ら生まれる日は違えども、バカだけは貫いて同じ日に死のうという誓いは名シーンだよねぇ」 「とりあえず、三国志ファンに謝れ」 一つ脚色入れるだけで、全く意味が変わるからこえーな。 「先生に向かって、その口の聞き方はなんだね」 「勢いでそう呼んでみたが、やっぱりお前らが先生はねーわ。つーか、分類するなら、女教師だろ? 全国七千五百万の女教師ファンに恨まれるわ」 「日本の男性人口を超えているのですが」 「独自調査って、いい響きだよな。主催者発表でもいいけど」 いつものことながら、こうサラッと立ち位置を変えられる自分が空恐ろしい部分もある。 「そういや、俺らの知り合いで女教師似合うの誰だと思う? 西ノ宮は王道過ぎて面白みが無いから、一周して岬ちゃんとか悪くないと思うんだが。茜さんは、容赦なさ過ぎて教師適性は低そうだよな」 「話を本筋に戻してもらっていいですか」 「あいすいません」 そもそも、元が何の話だったか飛びそうになってるなんて、さすがに言えない。 「で、君等、入学数ヶ月にして、一年の三バカオブ三バカの称号を得つつあるらしいんだが」 「ふぅ、正体を隠す為、新たな現場では目立たぬ様、努めてきたつもりだが」 「これほどの存在感、隠しきるのはややもすると難しいものらしい」 「エージェントとして、まだまだ未熟ということか」 「始めたからには、最後までその設定崩すなよ」 「ま、それは、それとして」 僅か二秒で、無かったことにしやがった。 「うーん、そう認識されてることは、嬉しいっちゃ嬉しいんだけどさ」 「こう、対抗馬ってか、ライバルが居ない現状に燃えるものが無いというか」 「孤高の世界王者が、虚しさを感じて引退する気持ちも分かっちゃったりするんだよね〜」 「いっそ、バカの高校選手権でも作って、全国規模の大会でもあれば青春できる気がしないでもないんだよ」 「さしもの私達も、無条件で日本一ってほど、驕ってる訳じゃないしさ」 「でも、日本代表になった後の、世界選抜編はあんま盛り上がらないと思うんだよね」 「やっぱ、バカっていうのは、文化的背景があってこそのものがあって」 「日本も、こう北に南に長い地形だし、統一ルールの制定には苦労しそうだよ」 「関東と関西だけで、笑いに対する考え方に隔たりがある訳だしね」 「でもまあ、七原さんなら、どこでも勝負できると思うから」 「私達の屍を乗り越えて、修羅の道を歩んで欲しいと思う所存です」 「おーい、お姉さん、この子達、何とかしておくれー」 「え、何か、話進みました?」 助けを求める形で西ノ宮の方を見遣ってみると、いつの間にか参考書とノートを広げて自習タイムに入っていやがった。この騒音の中で勉強できるって、どんな集中力だよ。三つ子ボイスを遮断する様、脳に訓練させた可能性は否定できないけど。 「話という意味では、一切、進んでない。というより、明後日の方向に歩き始めている」 「でしたら、話を要約する価値があるところまで進んだら、またお願いします。小一時間喋っていようと、原稿用紙一枚を超えることは稀ですけど」 慣れすぎだろ、西ノ宮。 「ってかさ、お姉ちゃん、七原さん、浅見さんが三バカって話だけどさ」 「私達の解釈だと、ちょっと違うんだよね」 「ってぇと?」 「するってぇとなにかい、って江戸弁は、死ぬまでに一度でいいから自然な流れで使ってみたいよね〜」 お願いですので、ちゃんと会話のキャッチボールというやつをして下さい。 「ほら、七原さんと浅見さんって、いいコンビじゃん」 「非常に遺憾ですので、撤回を要求します」 「貴様、な」 話の腰を物の勢いで折るのは、俺も大差ない気がしてきた。 「んで、お姉ちゃんと浅見さんも、意外に相性がよくて」 「お姉ちゃんと七原さんも、何か妙に合ってる雰囲気あるわけでしょ」 「つまるところ、あくまでも、コンビが三つ集まって、トリオ的な何かとして認識されているというだけで」 「二人組の時以上の相乗効果が期待できない以上、三人組として認める訳にはいかないね」 「世界三バカ学会でも、一足す一足す一で、十以上にならないものは認可できないって、明文化してる訳だしさ」 「すげぇ、序盤は何だかそれっぽいのに、どこからか果てしなく胡散臭くなってる」 姉の構築力との差を、まじまじと感じ入ってしまったぜ。 「そもそも、俺らがトリオであるかどうかはこの際、どうでもいいんだ。トリオとして見られているということに、思うことがあるってだけで」 「ならば、我々が貢献できることはない」 「使えねーな、おい」 「役に立つその子達というのは、愛国心に満ち溢れた国賊くらい違和感があるのですが」 お姉さんが片手間で、とんでもないことを言ってるぞ。 「まー、正直なとこ、人にどう見られてるかなんて、考え始めたらキリが無いんだし、ある程度で見切りつけるのが大事だと思うよ」 「それは、既にお姉様の方にも言われた」 感性に関しては、似てる面も多いんだよな。 「何かもう、面倒臭くなってきたな。七原、何か、適当なもの食いに行かないか。出来ればお前の奢りで。あとうちのファミレスは無しで」 「注文多い上に、了承しなければならない要素がねぇ」 「店員の方が注文が多いとは、文学的だな」 「ノーコメントで」 しかし最初から分かっていた気もするけど、遊那のやる気のなさは驚嘆に値する領域だな。 「ん、ほんの僅かでも、有意義な意見はありましたか?」 「割と本気で無かったから、この様に渋面を作っておる」 「いくつか想定した中で、一番あるのがそれだとは思っていました」 流行ってんのか、西ノ宮の中でその言い回し。 「んじゃ、私達は次の面白スポットを探す旅に出るから」 「また会う日を楽しみにしているぞ」 「少なくても、この中の一人は、数時間後に会うんだけどね」 しかし、このパターンも、そろそろ伝統芸能の域だと思う。 「さて、さんざん引っ掻き回されたせいで、何をどうしようとしていたのかすら、本気で曖昧なのだが」 「……」 「こんちくしょう。硬いなぁ、このボス」 勉学とゲームに没頭されてるこちらの二名の行動が、正しいものに思えるのは間違っているでしょうか。 「お前らの会話は、自ら絡むより、ながらで聞いていた方が楽だし、よっぽど楽しいということが分かってきたからな」 「その時の気分で話してみたり、遠巻きに眺めてみたり、肩肘を張らない、愛に満ちた育児とは、こういうものなのではないでしょうか」 やるせなさばかり残るのですが、俺は一体、どういった反応を示せばいいのでしょうか。 「せんぱーい、居ますかー?」 出たな、今回の事の発端め。 「何で三人して、生徒会室で思い思いの行動をとってるんですか?」 「ことの経緯を話すと、地味にややこしいというか、アホらしすぎるので、割愛させてくれ」 「まあ、使えるものは嫁の両親の遺産でも使えと言いますから、有効活用してるならいいのかも知れませんけど」 しれっと、凄い発言が混じってた気がしないでもない。 「で、何か用か?」 「それが聞いて下さいよ、先輩。今日、クラスの人にですね――」 「……」 ん? 「それ、分類としては世間話だよな? わざわざ、俺を探してまで喋らにゃならんことか?」 「いえ、そこで三つ子ちゃんに会いまして、先輩達が暇そうにしてるから相手してやってくれって」 あいつらのぶん投げっぷりには、ついていける気がしない。 「それより、俺らに言うことは無いのか」 「はい?」 俺の問いに、岬ちゃんは小首を傾げると、三拍ほど間を取った。そこから逆方向に首を傾けて、思索すること、およそ五秒ほど。十秒近い時間を掛けて放たれた次の言葉は――。 「何かありましたっけ?」 ちょっと待てや。 「何か、あの午前の休み時間に言いたいことだけ言って去っていったのは、茜さんの変装だとでも言うのか。或いは、五人が全員同時に同じ内容の白昼夢を見たとでも」 「ああ〜、あれですか。すっかり忘れてました」 この数時間、ずっとモヤモヤした気分な俺の立場というものが無い。 「人は、過去に囚われて生きていてはいけないのです。私としましては、伝えた時点で、興味を失うのに充分な対象でしたし」 「なに、この子、色々すごい」 「諦めろ、岬は、茜の妹だ」 「知ってたつもりなんだがなぁ」 まさか最終的に、茜さんと同じくらい厄介な人になったりしないだろうな。別方向とはいえ、三つ子と知り合っちまったことで、もう引っ掻き回す人材は溢れてる状態だぞ。 「ああ、そういえば、さっきのデータには、補足があってですね」 「聞かないという選択肢が無いことに、多大なる疑問を感じます」 「単品でのナンバーワンバカは誰かという問いもあったんですが、さすがはその筋の人材メガバンクとされる二年生だけあって、票の割れすぎでデータとして価値が微妙なんですよね。まあ、先輩と遊那ちゃんは、当然の様に、その中の一人な訳ですけど」 「西ノ宮と千織のアホさ加減を、もっと知らしめるべきだ!」 何か軽いネガキャンになってないかとも思うんだが、事実を流布した際にも適用されるのかは、永遠の課題だ。 「ですが喜んで下さい。他のバカを引き立てるバカ、野球でいうならバントの名手、サッカー、バスケでいうならアシスト巧者は誰かという問いでは、二位に二倍以上の大差をつけて七原先輩が選出されています」 「わー、ぼくちん、うれぴーなー」 割と本気で褒めてるんじゃないかと思って、訳の分からないリアクションをしてしまったじゃないか。 「単品としてはそこそこで、組み合わせ次第で無限の可能性を持つ食材といいますと、白米辺りでしょうか?」 「日本人としては、いい線ですね。主食ではありますが、出汁で煮てよし、炒めてよし、揚げてよし、焼いてよしの、総合力が魅力です」 「よし、七原、今日からお前は、白米王子な」 「十六年そこそこという短い人生ですが、この様な時、どの様な感情を表に出せばいいのか、引き出しにありません」 喜怒哀楽といった一般に認知されているものに当てはまらない、新たな感情を産みだしてしまっていいのではないかとすら思う勢いです。 「しかし、ここまで来るとあれですね。ブレイブ・バカ、和訳すると、勇敢なるバカの称号を与えてもいいんじゃないでしょうか」 「いつから、バカは国際的に通用する言葉になった」 スシやニンジャに並ぶほどに昇格してたとは知らなんだ。 「大丈夫です。そこは少し略して、ブレイブ・ビーと呼べば、ちょっとカッコイイじゃないですか」 「わーい、岬ちゃんも、バカだ―」 バカというやつは、そこら中に転がっている。あなたの隣にいる人、そしてもちろんあなた自身も、本当にバカではないと言い切れますか。 或いは、人類という種は、猿から離脱し、大地に降り立った時点で、バカであることを宿命付けられた生き物なのかも知れません。そう考えでもしないと、俺の周りのバカ率は、説明できないと思うのですよ。バカは、バカを呼び、感染する最悪の細菌テロだなんて、認めつつあるけど、認めたくなんてないんだからね! 了
|