「と、盛大に啖呵を切ってみたものの、特に勝負の内容を考えていた訳ではなかった」 「見切り発車でやるだけやってみて盛大にずっこけるという、中々に、現代政治を風刺した発言ですわね」 そういう解釈をする綾女ちゃんに、若干のやけっぱち臭を感じます。 「さっきの十面ダイスでも振るか? 多い方が勝ちの方向で」 「地味すぎて、やる気が起きませんわ」 最初から、今一つやる気に欠けてるのは、俺の勘違いじゃないと思うんだが。 「ねーねー、何かやるなら、早くやろうよー」 「話が進まないなら、他にいっちゃうよー」 「って言うか、呼んだ時点で纏めとくのが礼儀ってもんだよねー」 こいつらはこいつらで、先輩に対する礼儀を知らんのだろうか。俺、体育会系じゃねーけど。 「ん?」 随分と慣れてきたもんで、あまり意識してなかったけど、こう、三つ同じ顔が並んでるって結構、珍しい状況だよな。二つまでなら、割とあることだけど。 「折角だし、こいつらシャッフルして当てるゲームするか? 古典的っつーか、ありきたりだけど、特性を生かした運任せゲームとしては、正しいと思うんだ」 「一応言っておきますが、一卵性で同じ生活をしていると言っても、肉親や親しい方でも見分けられない程、そっくりに育つ例は、それはそれで珍しいのですわよ。余り、一般的な遊びとは思えませんわ」 「安心しろ、西ノ宮姉で40%強、母親に至っては、80%を超える正答率がある以上、そこまで似ているという訳でもあるまい。父親は、20%を割り込むらしいけど」 「家庭内での、御父上の立場の方が気になってしょうがありませんわ」 たしかに、男三人女一人という我が家でさえ母親の発言権は凄まじい物があるのに、男一人女五人の西ノ宮家ではどうなってしまうのだろう。こう、部屋の隅とか、二階でひっそり過ごしてる姿しか想像できない。会ったことどころか、風体すら聞いたこと無いんだけどさ。 「そんじゃまあ、三人共、生徒手帳を出すんだ。正直、自己申告以外で判断できるスキルを持った奴が居ない以上、そういう物的証拠のみが拠り所だからな」 とはいえ、奇術師みたいにどっかですり替えられた場合、意味が無いんだが、まあ、元々運を競うゲームだし、それはそれで問題ないということにしておこう。 「現状は、綾女ちゃんから見て右から、海ちゃん、結ちゃん、舞ちゃんだ。さぁ、二十秒ほど後ろを向いていたまえ。その間に、入れ替わるぞ」 「はいさ」 「ほいさ」 「もいさ」 綾女ちゃんが身体をクルッと回した瞬間に、三人はめまぐるしいとしか言いようがない勢いで交差し始めた。 ちょ、ちょいと待ちんさい、お前さんがた。こうして最初から見てる俺ですら、既に誰が誰だか分からなくなってるんだが。 「遊那、ついてけてるか?」 「動体視力には自信があるが、記憶力の方が追いつかん」 こいつが運動神経抜群のくせに運動部に所属しないのは、ものぐさだけが原因じゃないと思うんだ。 「よし、じゃあこれでいいよ」 「正解は、この生徒手帳の中」 「CMの後をお楽しみに」 「……」 再び、踵を返す様に180度、身体を回転させた綾女ちゃんが、生徒手帳を右手に並ぶ三人を凝視した。 いや、たしかに三人を見分けるのが目的だけどさ。ポーズまで一緒にする必要はあるんかいな。何か、視点を外して重ねると立体視が出来る画像に見えてくるのですが。 「右から順に、舞さん、海さん、結さんですわ」 「――!」 指差しと共に口にされた解答に、三人は一瞬、身体を硬直させた。 「せ、正解」 「な、何で分かったのさ」 「今は髪の長さとか殆ど一緒だし、体調も良いから、お母さんでも難易度高い時期なのに」 生徒手帳を広げて名前を確認させつつ、そんな言葉を口にする。 「いや待て、焦るな。余りに自信満々に言い切ったから確信がある様に思えるが、確率で言うなら六分の一、約17%もある」 「味方の90%は外し、敵の15%は当たりまくるのは、ターン制シミュレーションゲームでは常識というものだな」 混ぜっ返してくれた遊那のことは黙殺する方向で行くとして。 「綾女ちゃんの驚異的な引きを持ってすれば、この程度、クリアできないものではないのやも知れないではないか」 「何度やろうとも、結果は一緒ですわよ」 そう、はっきりくっきり言い切らなくても。 「顔を、見分けたって言うの?」 「それは無理、絶対無理。小さい頃からの友達だって、見分けられた人は居ないのに」 「幾ら頭が良いからって、付き合いの短い一柳さんに出来る訳が無いって」 「誰が、顔を見分けたと言いましたの」 「ナヌ?」 「私が判断材料にしたのは、服の方ですわ。ワイシャツの特徴的なシワ。袖の僅かなほつれ。上履きの汚れ。 胸元のリボンの傾きも参考になると思いましたが、動いている時にズレて、あてにはなりませんでしたわね」 な、何さ、その観察力。いや、言うまでも無いことだけど、俺達が着てるのは制服だぜ。特に三つ子は、サイズや靴下小物に至るまで同じもので揃えてるし、言われてその差を認識出来るかどうかってレベルなのに。 「つーか、やる気無い無いアピールしてた割に、全力で当てにいってるのはどういうことだね」 言行不一致だぞ。説明責任を果たせー。 「私、どの様な茶番であろうとも、負けるのは大嫌いですの」 ちくしょー。説明責任を完全無欠に果たされてしまったぜ。 「おにょれ、何たる屈辱か」 「我らという将を射んが為に服という馬を狙うとは」 「次の機会には、クリーニングした制服と裸足で挑んでくれる」 尚、第二回大会に関しましては、現状、予定が全く御座いません。 「元気でなー」 とは言え、妙にやり遂げたかのように清々しい顔で去っていく三つ子なのであった。 「一柳さんを合法的に叩きのめせると聞いて、やって参りました」 「西ノ宮の長女さんは、何か勘違いをしておられませんの」 「人生と言わず、世界は勘違いで成立するものだって偉い人が言ってたぞ」 「そういった言い回しを瞬時に思い付く能力だけは大したものですわよね」 「ふわははは。褒め言葉として受け取っておこう」 何だか、暗に背景が貧弱で説得力が無いと言われた様な気もするけど、深く考えてはいけないんだ。 「んで、今回は何か腹案を考えてるのか?」 「ハハハ。政治業界で腹案とか言い出したら何も考えてないと同義だなんてことは、遊那程度の認識でも知っておろうに」 「そろそろ、ツッコミを誰かに委託したい気分になってきましたわ」 「俺がボケに回ると、ややツッコミが足りなくなる現状は、是正されて然るべきだな」 幾ら俺が優秀なコメディアンといっても、常時、両方をフル回転させるのは無理というものだ。 「いっそ、西ノ宮がやるか? まあ、こういうのって、意識して立ち位置決めるものなのか知らねーけど」 「ツッコミ……ですか?」 自分で言っておいて何だが、適性という観点では、かなり危うい部類に入るような。いや、一見するとミスマッチだからこそ、新たな境地を生み出す可能性はある。俺の、お笑いに掛ける情熱は、留まるところを知らないぜ。 「分かりました。請われたからには全精力を注ぎ込んて対応するのが人としての務めです」 「良いかね、綾女ちゃん。これが、若者の熱い血潮というものだよ」 「この生き方は、色々なものを背負い込まされて、苦労ばかりする典型だと思いますの」 しかしこの子は、本当にテンションの上下が激しいよなぁ。 「父にラジオパーソナリティ、母に弁護士を持つ私です。言うなればこの身体は、ツッコミに依って大きくして貰ったと言っても過言では無いでしょう」 「初めて聞いたぞ、その家族構成」 道理で、四人揃って良く喋る訳だ。血筋ならしょうがないよな、うむ。 「では、早速、ボケて下さい」 「……」 いや、台本がある訳でもないのに、何の前振りもなくボケろっつーのもどうなのよ。何だか、この時点で既にボケとツッコミを勘違いしてる気がしないでもない。 「隣の奥さん、またブランド物のバック買ったんですって。羨ましいわねぇ」 「格差社会、格差社会といいますが、この国でお金を持っているのは成金だけだというのは本当だったようですの」 「なんでやねん!」 「……」 何だったんだろう、今の。つーか、俺が折角、『いやみったらしく夫の安月給をチクチク攻撃する嫁』を演じたというのに、綾女ちゃんは素だし、微妙に機微が分かってないよな。 「隣の家に囲いが出来たんだって?」 「隣人の顔も知らない都会の近所付き合いも、とうとうここまできましたか」 「なんでやねん!」 → 挿絵 別窓 「……」 あー、えー。そうだな。笑いの基本からは外れるけど、ここは一つ、本人に解説を求めてみようと思うんだ。 「父が言っていました。リスナーからのどんな無茶振りも、持ちネタが一つあれば、何とか凌げる、と。私はまだまだ未熟者なので、基本を大事にしてみました」 いや、凌げてる様に思えないのは、俺の勘違いではないですよね。 「成程。これを応用した結果が、『記憶にございません』『訴追の恐れがあるので発言を控えさせて頂きます』などとといった答弁なのですわね。 安直な切り返しに見せ掛けて、政治的皮肉をふんだんに盛り込むとは、大した手腕ですの」 綾女ちゃんのやけっぱちが留まるところを知らないんですが、どうしたものでしょうか。 「ところで、運勝負はどうなったんだ?」 もう、西ノ宮に関してはそこそこお腹も満たされたし、別にこれ以上やらなくても良いんじゃないかって思ってるんだけど。 「よくよく考えてみたんです。心理戦ならいざ知らず、この勝負で勝ったとしても、所詮は運だけの話。大した自慢にはならないのではないでしょうか」 今更かよ。気付くタイミングが大分ズレてんぞ。 「良い感じでツッコミ師としての役割を果たせましたので、私としては満足です。これで失礼しますね」 え、あ、うーん。まあ、満足かどうかは本人の主観だし、了解した。変な方向で自信を付けた可能性もあるやも知れないけど、俺のせいじゃないよね。絶対に違うよね。 「ごきげんよー、ですの」 教室から去りゆく西ノ宮に、綾女ちゃんはハンカチをひらひらと舞わせていた。何だか、逆に凄いノリノリなんじゃないかとも思えてきたけど、そんなことはないなと、すぐさま否定した。 「やぁ、公康。この幸運界の寵児、舞浜千織君に声を掛けるとは分かってるね」 単に着信履歴の上の方から適当に選んだだけだなんて、言えない空気ではある。 「でもまあ、本人の実力は余り関係無いまま、茜さんに使われたというだけで生徒会長になったって意味では、運は良いのかもしんないな」 「実力に見合わない地位を得るということが、必ずしも幸運とも思えませんわ。官僚辺りでしたら、最低限の実務能力と政治力を持ち合わせていないと出世は望めませんが、政治家の場合、人当たりの良い、只のアホが、票を得たという理由だけで総理にまで上り詰めることも可能という現実が遣る瀬無いですの」 「おいおい、千織は、世間的に見ればかなりの優等生だぞ。あくまで成績限定で、人間的な面はアホの子だと信じて疑ってないがな」 「こういった理不尽な扱き下ろしに耐えてこそ、人の上に立つ資格があるってものだよね」 政治家にとって、打たれ強さが必要不可欠な資質であることは、疑いようのない事実であると思う。唯、何故叩かれてるかという本質を理解しないで、全部聞き流したりする奴は、それはそれで問題だと思うけど。 「さぁ、一柳さん。生徒会長選一位と二位で、いざ尋常に勝負といこうよ」 「四位の俺が、完全に無視されている訳だが」 「一人の代表を選ぶ選挙では、どれだけ競っていようと二位以下はどんぐりというものですわ」 正論ではあるが、流石に清川庄治候補(三票)よりは信任を得られたと信じたい。 やれやれ、それにしても、俺達の騒がしい昼下がりは、まだまだ終わりそうもないな。 続く
|