「綾女ちゃん。唐突でなんなんだが、宝くじを買わないか」 「何を仰りたいのか、論理的且つ、明快に述べて貰えませんこと」 流石は綾女ちゃんだ。こちらの素っ頓狂な提案も、冷静に捌いてきたぜ。 「いや、別段、難しい話じゃない。ほら、綾女ちゃんって、強運が持ち味ってか、売りじゃない。これを現実社会で有効に活用するとなると、百人中九十八人が思い付くのが、換金性の高い遊戯に――」 「宝くじは控除が半分以上もある、世界でも類を見ない分の悪い賭け事ですわよ。期待値だけ計算しても、長期的に儲けられるのは上位四分の一だけ。実際には、極端に高い配当金が存在しますから、勝てるのは、極めて上層の上澄みだけですわ。控除が四分の一の競馬辺りの方が、よっぽど可能性が高いと思われますの」 「未成年、並びに学生は、勝馬投票券を買うことが出来ないから、要注意だ」 「誰に向かって言ってますの」 「いや、何となく、言わないといけないのが世の常の気がしてな」 「意味が分かりませんわよ」 正直、俺も良く分かってないから問題はない。 「お金を稼ぐことを人生の第一義とする方が多いようですが、私は、そういう生き様は、理解は出来ても、納得はしきれませんわ」 「くぅぅ。世の中の大人達は銭の為に多大なる苦心をしているというのに、学生の身でありながら何たる上から目線。恨まれますぞ、これは恨まれますぞ」 「どういうテンションですの」 俺の発言の九割は、その場の勢いと気分に依って構築されています。 「大体、強運などという売り文句は選挙の為に言い出しただけで、本当にそうなのか、調べたこともありませんわ」 「よぉし、じゃあ、調べてみようじゃないか。ここに取り出したるは、十面ダイス。綾女ちゃんには、次に出るだろう数字を予想してもらおうではないか」 「随分と、マニアックなものを持っていますわね。テーブルトークRPG以外で使用する局面を知りませんわ」 「その筋の友人から頂いたものだが、俺も、使い道についてはろくすっぽ思いつかないでいる」 世の中、その潜在能力を発揮できないままゴミとされるモノがどれだけあることか。 うん? これは人間にも言えることじゃないか? 「何はともあれ、特にやることも無さそうだし、付き合ってくれ」 「では、2、ですわ」 コロコロ――。 「2、だな」 「たかだか、10%の確率ですわよ」 「よし、次だ」 「7、ですの」 コロコロ――。 「5、だ」 「十面ダイスで二回に一度以上当たる確率は、19%ですわよ」 「じゃあ、三回目は」 「5、でお願いしますの」 コロコロ――。 「5が出たぞ」 「確率で言うなら、2.8%。ありえないとは言えない数字ですわね」 「否。そりゃ、何回もやれば話は別だろうが、一発勝負で十面ダイスが三回中二回も当たるのは、何やらの庇護が無ければ考えられない。やはり綾女ちゃんには、生来の強運が備わっている」 「出来の悪い科学論文の様になってますわよ」 自然科学業界では、都合の良いデータだけ選りすぐったり、予測に合わない情報を見なかったことにするのは、割と日常的な光景であると聞いている。 「ほぉ、十面ダイスか、懐かしいな。テーブルトークが流行った中学時代を思い出す」 「この、ゲームと言えば、ほぼビデオゲーム指す時代に、とんだ中学があったものだな」 まあ、こいつの中学ってことは、茜さんの母校でもある訳だし、多少のことでは驚愕まではしないがな。 「なぁ、遊那。今、綾女ちゃんは、この十面ダイスの目を予想して、三回中二回当てたんだが、これをどう思う」 「……」 あれ、何だか浅見さんが、地蔵の様に固まったように思えるのですが。 「まあ、あれだな。十面ダイスということは、十回に一回は当たる。それくらいは、私にも分かる。三回に一回でも標準以上だから、二回というのは相当なものだな」 ああ、そう言えばこいつ、理数系、特に数学は壊滅的状況だったな。 「正しくは、十回に一回当たるというのは期待値で、十回に一回も当たらない確率は、35%程ありますわ」 「へー。それはすごいなー」 ヤバイ。遊那の目が、とんでもない方向の世界を覗きつつあるぞ。 → 挿絵 別窓 「あれだろ、野球で言うところの、三割三分打っている打者が、二打数凡退後の三打席目は、ヒットが出そうみたいな」 「三回に一回、ヒットを打つ打者がヒットを打つ確率は、どの打席でも、三回に一回ですわよ。むしろ二打数凡退している分、相性が悪いととるのが妥当ですわ」 「じゃああれか。世の解説者は、皆、嘘つきだとでも言うのか」 「むしろ当たることの方が少ないというイメージですわね」 うーむ、ここまで数字を受け入れる下地が違うと、会話が成立してるのかどうかさえ良く分からんな。 「では、話を戻して、宝くじなんだが」 「話を、聞いておりましたの?」 「聞いていたけれど、とりあえず可能性を追求するのが漢というものだ」 「格好いいようで、それを世間ではアホと言いますのよ」 「アホと鬼才は紙一重だって、母方の爺ちゃんが言ってたんだ」 「貴方の血筋でしたら、言っても仕方ないとは思いますわ」 何はともあれ、褒められたと思っておくことにしようと思うんだ。 「一等二億円が当たる年末の宝くじがありますが、一枚買った時の当選確率は、どれほどだと思いますの?」 「まあ、少ないだろうな」 最初から計算する気もない遊那さんはさておくとして。 「一枚300円で売上がおよそ2000億円と言われていますから、7億枚程売れてることになりますわね」 「……」 日本人、年末だけで、そんなに宝くじ買ってやがんのか。 「一等の本数はおよそ70枚ですから、大雑把に一千万分の一ですわね。配当率は決まっている訳ですから、恐らく、この程度になるよう、調整されているとは思いますわ。つまり、その十面ダイスで言えば、七回連続で当たる確率ですわよ」 「そう聞くと、案外、やってやれない気がしないでもないのが恐ろしい」 「やってみればいいですわよ」 「よぉし、それじゃ、いっちょ」 うお、初っ端から外れ腐ったぞ。十枚連番で買えば必ず当たる、残念賞に等しい300円すら外すレベルってことかよ。 「ちなみに二等一億円でしたら五倍ほど当たり目があるものの、二百万分の一ですから、大局的に見るとそれ程の差はありませんわね」 「ぐーぐー」 潔い程に、話を理解するつもりがない方は放っておこう。 「アメリカには、数字選択式のクジがあるそうですが、一部のものは一等の確率が一億分の一を割り込むそうですわ。これで当選金は当選者数とその時に溜まっている額に依存するというのですから、低い時に当たった方はさぞ微妙な気分になるでしょうわね」 「日本のサッカークジも、余りに優勢と言われる方が勝ちすぎて、全戦的中したのに、配当が千円を割り込むってことがあったよなぁ」 こういう風に考えると、ギャンブル論も結構面白いよね。 「そんな確率計算がやたらと早い綾女ちゃんが考える、最も割がいいギャンブルって何?」 「仲間内での、麻雀やトランプの類ですわ」 「全力で違法行為です」 シレッとした顔で、恐ろしいことを言う子だ。 「誰かがお金を集めて配当する賭博には、テラ銭と呼ばれる控除が発生しますもの。宝くじで五割以上、サッカーくじで五割程、競馬競輪競艇オートレースで一レースごとに二割五分程ですわ。つまり突き詰めれば胴元にならない限り、やればやる程、負ける確率が増えるのがギャンブルですの。 その点、仲間内で、場代を取られない場所でやれば結果がどうあれ、トータルはプラスマイナスゼロになりますわ」 「そこで生まれる人間関係の軋轢は金銭換算しないんですね」 「だから、法律で禁止しているのですわ」 えー、まあ、実に当然の話でごぜーますね。 「尤も、賭博の規制には、確実に儲かるこの仕事を、民間に開放したくないという思惑も含まれてますわ。 競馬は、農林水産省。競輪、オートレースは経済産業省、競艇は国土交通相、サッカーくじは文部科学省、宝くじは総務省と、担当がバラバラですもの。どう見ても天下りや利権を貪る為にこうしているとしか考えられませんわ」 「おー、そうだ。官僚の天下りはんたーい」 こういう薄っぺらい意見を言わせて、遊那の右に出るものは居ないのではなかろうか。 「大体、宝くじは14%程が、『経費』として消費されていますわ。年間の売上が約一兆円ですから、1400億円程度。この額を見れば、どれだけ甘い汁を吸っている連中がいるか、分かったものではありませんわよ」 「でも、広告とか、色々、普通に使ってる部分もあるだろ」 「見方を変えれば、公金をマスコミ業界に流しているのですわよ。一種の懐柔と取られても、致し方ないと思いませんこと」 いつものことだけど、綾女ちゃんの客観的視点は、年齢不相応に中立だ。 「えー、詰まるところ、結論としては――」 「些少とはいえ、私財を投じる対象として、気が進むものではありませんわね」 とても、学園祭での演目、『ギャンブル学園(仮称)』を書いた人と同一人物とは思えねぇ。いや、これだけ冷静な判断力があるからこそ、ああいうものが書けるのかも知れないけどさ。 「よし、ならば話を少し変えてみよう」 「と、言いますと?」 「これから俺は知り合いを、呼べるだけ呼んで集める。綾女ちゃんは運だけで、全員に勝ち抜いて、生来の強運を証明してくれ」 「一応、聞いておきますが、私に拒否権は?」 「ハハハ。仮に何やら疑惑のある大臣が居て、委員会での答弁ではぐらかされることが許されると思うのかね。仮にそんな大臣を許すような国民なら、民主主義は死んだも同然ではないか」 「まだ、公人になったつもりは無いですわよ」 一定の言い分は認めるとして、俺は俺でピポパと。 「あー、オレオレ。詐欺師じゃない方のオレ。今からちょっと、ゲーム的なことをやろうと思うから、暇なら教室の方に顔出してくれ。そんじゃ」 さて、後は誰にしようかな。 「ニャハハ。一卵性の三つ子という、極めて稀有な存在として産まれたことで人生の運を殆ど使い果たしたと言われる我々を呼ぶとは、良い着眼点だ」 「尚、一卵性双生児が産まれる確率は、人種、民族を問わず、0.4%程度と言われている」 「三つ子については、余りに頻度が少なすぎるせいで、データが無いよ!」 「こんなの出ましたけど」 「二日酔いの朝には、出来れば会いたくないトリオですわよね」 未成年として、その喩えはどうなんだろうか。 「つーか、人生の運って、産まれた時に総量が決まってんのか?」 「だとすれば、尚のこと、目先の小銭の為に浪費などしたくはありませんわね」 こんなことをサラっと言える大人になりたいです。 「例えば、テストで四択問題があったとする」 「この様な時、我々は基本的に、秘技、三人揃って愚者の神を使用するのだが」 「三者三様の数字が出た場合は、諦めて個人個人の判断で書くことにしているのだ」 「しかし、その場合、高確率で三つとも外れてしまうくらい、運には自信が無いのである」 単に、ありえない選択肢を潰す消去法も出来ないくらい勉強してねーってことじゃねーか。 「何の話をしておりますの」 「こいつら、三択か四択くらいまでなら、三人でその数字を共有できる特殊能力があるんだよ」 ジャンケンをエンドレスでアイコに出来ることも付け加えておいた。 「私の強運云々より、そっちの方が遥かに研究対象として価値がありませんこと」 「一卵性双生児のテレパシー的なものは、一部学者が本気で研究してるから、むしろ今更だな。検体として提供するなら、ブローカーとして中間搾取も考えるけど」 「ふっ。一生、安穏とした生活を保証でもされない限り、モルモット扱いなど御免だね!」 保証されるなら検討する辺り、俗人としての適性が高いと思います。 「それではこれより、当学園強運王、ないしは強運女王決定戦を開催したいと思います」 「とことんまでにやる気がありませんのに、適当な口実を口にして逃げ出さない辺り、つくづくお人好しだと思いますわ」 そういうのって、自分で言うことなんだろうか。或いは、自嘲に見せ掛けた皮肉なのかも知れないけどさ。 何はともあれ、俺達の戦いは、これから始まるんだ。 続く
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