邂逅輪廻



「野球の打線といえば、一番が俊足巧打の突進型の選手で、二番がバントや右打ちもこなせる器用な小兵、三番が足と飛距離を兼ね備えたオールラウンダー、四番がパワー重視の重戦車、五番がチャンスに強いタイプというのが定番だが、実はこれ、二十年、いや下手をすれば三十年前からあんま変わっていない。サッカーの戦術が、日進月歩で変化しているのに対して、これはどういうことだろう。もしや野球というスポーツは、相当に煮詰まっていて、将来的な展望という観点では余り期待できないのではないかとも思ってしまうのだよ」
「と言われましても、私は野球に関して詳しくないので、どう返して良いものか」
「何をぉ。野球と言えば、この国に於ける、キングオブスポーツ。サラリーマンのお兄さん、おじ様方は、上司の贔屓チームの勝敗を毎日チェックして、ゴマすりトークの材料にしているというのに」
「率直に言わせてもらえば、それは昭和時代のイメージだと思うのですが」
 その件に関しては、残念ながら否定出来ない面がある。
「最近は野球帽の少年も見ないしなー。そろそろ、野球も国技を返上する時期にきてるのかもしんないな」
「野球って、国技だったんですか? 相撲というのが一般的だったと思いますけど」
「つーか、国技って、定義がそもそも曖昧すぎるよな。その国発祥でなければならんとか、伝統がどうたらとか。俺としては、国民的競技で、お年寄りから子供まで熱狂して見られる、人気ナンバーワンスポーツが国技だと思うんだが」
「ですがそうすると、サッカーが国技になる国が多数を占める気がするんですが。国技、国民的スポーツといった具合に、言葉を使い分ければ済む話にも思えます」
「それって、少し詭弁っぽくないか?」
「私は、論客ですから」
 やべぇ、今の西ノ宮、ちょっと可愛かった。
「あと、日本シリーズってあるだろ。両リーグ覇者が対決して、日本一を決めるあの対決。あれはやっぱり、普段のイメージを覆した戦術を駆使するのが見てる方も度肝を抜かれて楽しいんだよなぁ。普段、あんま走らない奴が塁を盗みまくったり、決め球を殆ど投げずに幻影だけで三振に切って取ったりしてさ」
「短期決戦ならでは、裏の掻き合いということですか?」
「んー、まあ、それもあるけど、ギャップが良いっていうか、『え? この選手、こんな一面もあるの?』って新たな発見が――」
「どうしました?」
「よくよく考えてみたら、西ノ宮も似た面があると、今、思い至った」
「はぁ?」
 あの選挙で言論的な意味でボコられた際、こうもまったり雑談する仲になると、一体、誰が思ったであろうか。
「おやおやおや〜。何やら不穏な空気が流れておりますなー」
「これはちょいと、検証が必要なのではないですかねぇ」
「はてさて。椎名先輩、この状況をどう思われますかな」
「な、何で私に振るの?」
「おやおやぁ。みなまで言わせますかなぁ」
「仁義として、仁義として、ここは伏せておいたというのに」
「人として大事なことだからちゃんと強調したよ」
 あっちはあっちで、何だか良く分からん方向で盛り上がっていた。あれ、千織が微妙に輪に入れてない気がしないでもないけど、まあ、大した問題じゃないよな。
「あ、ウェイトレスさーん。コーヒーお代わりー」
「私、烏龍茶ー」
「コーラお願いしまーす」
「だから、セルフサービスだと言っただろうが!」
 甘いな。このトリオが、人の話をちゃんと記憶してる訳が無かろうに。
「あなた達、カフェインの摂り過ぎよ。これ以上飲んだら、又、眠れなくなるんだから控えなさい」
「あれもダメ、これもダメ」
「日本国は基本的人権と自由が保証された国だというのは、幻想だったようだな」
「まったく、ここまで口うるさく干渉するとは、保護者か何かのつもりかね」
「親じゃないけど、れっきとした保護者よ」
 そろそろ、姉妹漫才という新境地で、売りだしても良い頃合いじゃなかろうか。
「ってか、『又』って言わなかったか?」
「ええ、いつのことでしたか。『高校生はもう大人。大人はやっぱりブラックコーヒーに限る』などと意味不明の発言をした後、ガブ飲みを敢行し、案の定、床に就いても寝付けず、日付が変わるまで馬鹿騒ぎをして、説教を食らうという、どうしようもない前例がありまして」
「一瞬、猫の集会を連想した俺は、別に間違ってないよな?」
「成程、何かに似ている気がしたのですが、割としっくりくる表現ですね」
 納得されるのも、割と本気でどうなんだろう。
「人様を、猫扱いとは心外だね」
「あいつら、呼ばない時に湧いてでて、妙にまとわりついてきて」
「遊ぶだけ遊んで、飽きたらそっぽを向いちゃうような生き物じゃない」
 完全無欠に、お前らそのものじゃねーか。
「猫のしつけは、生活最低限のもので良いから楽なものよね」
「うぐ」
 おぉっと、お姉ちゃんの逆襲だぁ! これが見事に妹ズの急所に決まったー!
「姉妹って、良いもんだねぇ」
「そうか?」
 たしかに、端から見てる分には微笑ましいが、りぃは一人っ子だから、自分の立場だったらどうだとか考えないのかも知れない。
 ちなみに俺には兄貴が居るが、そこにある分には特に不満は無いが、仮に居なくなったとしても別にどうってこともない、そんな存在だ。
「おーい、ウェイトレスさーん。こっちにサイダー一つお願いー」
「貴様ら、今は銃を持ってないと思ってやりたい放題だよな」
「その服ならスパイ映画さながらに、腿にでも……デザートイーグルは、様にならんなぁ」
 あんな大腿骨と大差ない銃をくくりつけたら、邪魔でしょうがないし、そもそも隠せてすらいない。
「ん、じゃあ、映画繋がりで胸の中……それこそ小型銃でも無理か」
 スマン。割と本気で、口に出して考えてみるまで気付かなかった。
「てんちょー、セクハラ客が居るんで何とかしてくださいー」
 おいこら。友人同士の軽いじゃれあいに、大人を巻き込むんじゃない。
「セクハラはいけないよ、君。そりゃ私だって若い頃はスキンシップの一環だと思っていなかった訳じゃないさ。だがそれが女性達のコミュニティに敵対する域にまで達すると、取り返しがつかないことになる。ああ、私があそこで不用意な一言さえ発しなければ、今頃、支店長にはなれていただろうに。返す返すも悔やまれる」
 この店長、一体、どういう人生送ってきたんだろうか。つーか、『コミュニティに敵対』していながら、『不用意な一言』で進路が変わるって、何か矛盾してないか。余程の言葉を発したのか、常日頃の不満が爆発したのか、判断がつきかねる。俺も、それなりには気を付けないといけない立場なのかもしんねーけど。
「そういや今更だが、何で細々とバイトしてんだ? 怠惰界ならランキング上位として崇められそうな立ち位置のくせに」
「今度はパワハラとは、良い度胸だ」
 一体、俺はいつお前の上司や取引相手になった。
「欲しい物がある。だが小遣いは限られている。働く以外の選択肢があるなら、むしろ教えて欲しいくらいだ」
「……」
「何だ。今度は、何を言うつもりだ」
「いや、余りに常識的すぎる返答に、自分の耳を疑ってるところだ。遊那のことだからどーせ、巫女服だとか、その制服を着たかった辺りが本線だとばかり」
「まあ、それが全くないとは言いきらんが」
 ポロリと本音が漏れる辺りが、遊那さんらしい。
「働くこと自体はさほど好きでもないが、所詮、大衆は死ぬまで扱き使われてポイ捨てされる世の中だからな。頭さえ良ければ西ノ宮の様に高級官僚を目指して、天下りの甘い汁を吸いたいものだ」
「そういった理由で官僚になろうとしている訳ではありませんけど」
 性格的にも性質的にも、完全無欠に逆方向を向いてる遊那と西ノ宮だけど、案外、気の合う部分があるみたいで興味深い。
「ええっ!? 私達、お姉ちゃんの縁故を最大限活用して美味しい思いをしようって目論んでるのに」
「こう、本人みたいに、仕事もせずに一般の五倍くらいの給料を貰おうとまでは思わないけど」
「ダラッダラの職場環境で、定時上がりが出来て、給料も人並の職場に捩じ込んで貰ったり」
「公営住宅に、抽選という名の厳選された便宜を図ってもらう気で一杯だったのに」
「こういった、世間を舐めきった子供達の性根を叩き直す為にも、教育改革は断行して然るべきです」
 俺も舐めてる度合いでは大概な部類に入る自信があるけれど、この三人には勝てる気がしない。
「私は、未だに茜のコネで多少は割のいい仕事をする気で一杯だが。庶民には、庶民なりの生き様というものがある」
「格好良いこと言っているようで、冷静に噛み砕いてみると、むしろ格好悪いのがすげぇ」
 しかしこうして聞いてみると、方向性はともかく、皆、将来のこと考えてるんだな。俺、十年後に何してんだか見当もつかねーや。
「コネクションといえば、椎名先輩のとこはお金持ちだった様な?」
「おやおや〜。何やら甘い汁の匂いがしますなー」
「今の内に、お近付きになっておくべきですかな」
「え、えー?」
「西ノ宮も、大変だな」
「世の親達が責任を放棄してモンスターペアレンツと化すのも、心情的に全く分からない訳ではありません」
「御先祖様達はほぼ全員通ってきた道のはずなのに、子供のしつけ問題は全く改善される気配が無いよなぁ」
「次男であり、下が居ないあなたが言っても、何の説得力もありません」
 まだ続いてたのか、長子次子対立。
「というか、こんなところで駄弁ってる場合じゃない。店長も、さりげなく輪に混じろうとしてますが、帳簿処理の途中だったでしょうが」
「仕事は、もう仕事はしたくないんだ。頼む、浅見君。経理の仕事を憶えて、こっちも手伝ってくれ」
「そこまでするなら、最初から事務のパートになってます!」
 うーむ、遊那のくせに何たる論理的回答。そして敬語の違和感の凄さ。社会性があるんだか、無いんだか良く分からねぇ。
「良いか、本当に忙しいんだからな。もう呼ぶなよ、絶対に呼ぶなよ」
「業界的には、それは呼べの合図なんだが」
「お客様は日本が不自由であらせられますか。ここにちゃんと、『御用のある方はこのボタンをお押し下さい』と書いてありましょうに。そしてドリンクバーはセルフサービスでございますから、『御用』の内には入らないのですよ」
「血圧上がりすぎて日本語ヤバいのはむしろ遊那の方じゃねーか」
 こいつの敬語とマニュアル接客が張り子の虎だと分かってむしろ安心した俺は、薄情な部類に入りますかね。
「外食産業は、客が楽しんで御飯を食べられる環境づくりが不可欠だとは思うものの、店員との距離感は、永遠の課題やも知れないな」
「何を、したり顔で大仰なことを言ってやがる」
「いや、それなりのレストランなら最上級の時間を提供する為に店員が最大限の努力をして付加価値を高めるのが筋だとは思うけどさ。ファミレスってのは大衆向けであって、気軽さと客の邪魔をしない絶妙な立ち位置が求められる訳で、バイトに求めるには大変なものがあるなぁと――」
「君は中々、商売のことが分かっているね。どうだい? 私の補佐としてアルバイトをやってみないか?」
「謹んで、お断り致します」
 バイトすること自体は別に嫌じゃねーけど、この店だけは人生の汚点になりかねない気がする。
「まあ、気が変わったら連絡をくれたまえ。うちの店はいつだって人手が足りてないからね」
「遊那が働いてる時点で、薄々勘づいてました」
「一々、余計なことを言うな!」
 長々とした捨て台詞を残して、遊那は店長を引き摺ってバックヤードへと下がっていった。一応、苦労してる部類に入るのかねぇ。そもそも、茜さんに仲介なんぞ頼んだからこんなことになった様な。詰めが甘い辺りが、何処までも遊那だと実感させられるぜ。

 続く




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