「竹中半兵衛って知ってる? 竹中半兵衛」 「戦国時代末期から安土桃山時代の初頭に活躍した戦国武将ですね。稲葉山城を二、三十人で陥落したことや、後に豊臣秀吉となる木下藤吉郎の懐刀として幅広く活動したことで、戦国時代屈指の軍師と評されています。その風体は女性であるかの様に美しく、線が細かったとされていますが、沖田総司の様に、後世の創作である可能性も充分に考えられます。ちなみに、本名は竹中重治なのですが、どういった理由か、半兵衛の方が世間的な通りが良い様です。史学上は真田信繁が一般的なのに、真田幸村の方が知られているみたいなものですかね」 何だ、この歩く百科事典。俺、そこまでの情報は求めてねーぞ。 「まあ、その竹中半兵衛重治、桜井姉妹の御先祖様らしいんだ」 「そうなんですか?」 「本人達がそう言ってるだけで、証拠とかは見せて貰ったことはない。姓も違うんだし、家督どころか、男系ですら無いんだろう。 ってか、戦国時代まで遡ったら、御先祖様は何十万って単位になりそうだし、よくよく考えたらあんま意味はない気もする」 「身も蓋もないなぁ」 俺は喋りながら考えてるから、論理破綻なんか日常茶飯事なんだぜ。 「でも考えてみたんだ。戦国の腹黒軍師っていったら、二兵衛と称されたもう一翼、黒田官兵衛の方じゃないかって」 「黒田孝高ですね」 何でそう、本名に拘るんだ、西ノ宮。 「歴史上の人物の真意なんて分かりっこないけど、あいつが本能寺の変を裏で仕組んだだの、隙あらば秀吉の寝首を掻く気満々だったの色々言われてるしさ。一応、論拠として武将時代から秀吉を支えてた割には、後年の恩賞がさほどでもなかったことから、気を許してなかってらしいってのがあるんだけど」 「本能寺の変の第一報を耳にした時、殿である秀吉に『これで運が開けましたな』と言ったとされることが、一因とされてますね」 「……」 西ノ宮、もしかして戦国マニアなんだろうか。いや、戦国好きにとってみれば常識的な話なのかも知れないけど、大概の情報をこの水準で頭に収めてるとすると、相当の雑学王だぞ。でも、いわゆところのキャリア官僚、国家一種の試験内容は、人生の何処で使うんだってレベルの雑学的な面があるとかないとか聞いたことはあるけどさ。 「でもまあ」 「ほへ?」 「この千織のアホであろうと一応は主君と立てて、裏切る訳でも無し。単に策略とか、謀略の類が腹黒ってだけで、戦国時代準拠で考えればむしろ清廉潔白なのかも知れないと思う訳で」 「さりげなく、とんでもない話をしてません?」 「松永久秀の清々しいまでの悪党ぶりに、共感するかどうかはさておき、思うところが全くない男の子なんて居ません」 三好家に仕えて、将軍を抹殺して実権を握るわ、東大寺大仏殿消失の首謀者だという説があるわ、織田信長が上洛してきた時はすぐさま土下座して許しを乞うものの、その信長がピンチになるや、あっさりと謀反を起こして牙を向くわ、最後は、信長に国宝級の茶釜平蜘蛛をくれてやるものかと、共に爆死してその人生を終えるわ。何か余りに劇的過ぎて殆ど後世の創作なんじゃないかって思えてくるけど、話半分にしても無茶苦茶すぎる人生だろうと。 「こんだけ好き放題やって死ぬ時に文句言ったら、流石にバチが当たるよね」 「その件に関わらず、地獄行きは確定してると思いますが」 うむ、たしかにそれは一理ある。 「つー訳で、次のテーマは御先祖様についてってことで」 何だか、軽くトーク番組風味になってきた気もする。 「ぶっちゃけた話、お爺ちゃんお婆ちゃんまではともかく、曾が付く頃から、何してた人なのか良く分からなくなるのは正しい現代っ子だよね」 「俺んとこも、そこまで遡ると何してたか良く分からんなぁ。七原姓も、どうせ明治の時のドサクサで適当に付けた名字だろうし」 同姓で歴史上の有名人を、誰一人として知らねぇ。 「西宮って、兵庫の地名であったよな。阪神甲子園球場があるところ」 古都京都から見て西にある土地だから、こんな名前なんだろうか。 「そういや西ノ宮達は、静岡出身だっけか?」 「小学生までは、あっちに居ました」 「現代の都である東京から見て西にあるから付けた可能性も――」 「ちなみに、祖父母は全員県外の出身で、甲信でもありません」 推察の九割は、外れる為に存在するんだよ! 「舞浜も、千葉の地名であったよね」 「千葉なのに、何故か東京の名を冠してる謎テーマパークがあるところ」 「謎冠といえば、新東京国際空港かなぁ」 「成田さんが居ないのが悔やまれるところだよね」 段々と、何を話してるか分からなくなってきたぞ。 「そういや、最近、自分とこの家系図作るのが一部で流行ってるとか聞いたことあるけど、あれって一般人が何とかなるもんなのか?」 「たしかに、偉い人ならそれなりに残ってそうだけど、一族に庶民しか居なかったら、明治時代あたりでゲームオーバーになりそうだよね。伝統ある神社仏閣の檀家とかなら、何とかなるかも知れないけど」 「泰平の江戸時代でも、戸籍管理は大雑把な地域もあったとか。戦国時代に至っては、言うに及ばずです」 うん、明日戦乱に巻き込まれるかも知れないのに、一族の誰がどうとか綿密に管理して、文書に残してた一般市民が居たとは到底思えない。 「胡散臭いので良いなら、僕の先祖は源義経だって、お祖父ちゃんが言ってたよ」 あれ、あいつってたしか源平の戦いの後、兄貴に厄介払いされて、東北辺りで抹殺……この時点で子供居たっけか? こういう場合、恨み辛みが残らないように、一族は全て消す時代だったような……千織の言うことだし、あんま真面目には考えないでおこう。 「チンギス・ハンって、世界で一番、子孫が多い著名人らしいよね」 「義経=チンギス説かよ!」 数秒とはいえ、真面目に考えた俺がバカだった。 それはそれとして、世界で一番、子孫が多い男って、松永久秀同様、色々と考えさせられるものがあるよな。 「そういうので良いんだったら、うちの御先祖様に神武天皇が居るってお父さん言ってた」 「りぃ、それはある種、知的なギャグだと思って聞いておいた方がいいぞ」 神武天皇は、古事記や日本書紀にその記述が見られる、初代天皇とされる人物のことだ。ただまあ、古文書にありがちな神話的表現が多くて、実在の人物であるかもあやふやなんだとか。 さっきもザックリ計算したけど、俺らには、ほぼ確実に遺伝子レベルでの親が二人居る。大雑把に百年四世代とすると、百年で十六人、二百年で二百五十六人、三百年で四千九十六人だから――神武天皇を二千年前に実在した人物と仮定しても、二の八十乗……一億どころか、一兆すら確実に超えてる数字になる訳で。しかも昔の皇族なんてのは側室上等で子供も多かった訳だから、日本に長年住んでて、神武天皇と家系図的繋がりが無い人なんて、探す方が難しいと思う。 「という訳で、私も何か適当な御先祖様をでっちあげようと思います」 西ノ宮さんが、何か仰ってますよ。 「学問の神様、藤原道真なんか良いと思うんですよ。現行の教育制度に疑問を持つ動機付けにもなりますし、何よりロクに勉強しない誰かさん達も同じ血な訳ですし」 「あ〜、聞こえないったら聞こえない〜♪」 「いつもあなたは空言を〜♪」 「言葉って時に遠いよね〜♪」 そんな薄っぺらい邦楽みたいな歌詞並べられても。 「ん? どうしました、ウェイトレスさん。忙しいんじゃなかったの?」 気付くと、側に遊那が立っていたので、軽くいじってやることにした。 「ピーク前に休憩を軽くとるのが、うちの基本だ。んで、私も混じってやるから、奥に詰めろ」 寂しいなら素直にそう言えば良いのに。 「ちなみに私は社割を適用して、二割引の八十円しか支払わんから、その心積もりで」 「ついでに、俺達の分もその額にして貰えませんかね」 「ああ、たかだか二十円にそこまで固執するとは、資本主義の毒は、ここまで若者に回ってしまっていたか」 そのたかだか二十円を自慢気に吹聴したのは、何処のどちら様でしたっけね。 「んで、桜井さんとこのお嬢さんが竹中……重治の子孫だって話をしてたんだが、幼馴染みの貴様に問おう。事実か?」 「さぁな。何度かそういう話を聞いたことはあるが、真偽となると労力が恐ろしいことになるし、知ったところで何かが変わる訳でもあるまい」 こいつは、基本、能天気というか、何も考えてないようで、たまに妙に現実を見るところが侮れないと思う。単に、面倒くさい言い訳にしてる気もするけど。 「大体な。竹中重治は木下藤吉郎の立身出世物語を盛り上げる為に、後世の書家が面白おかしく持ち上げたというのが、一般的なんだ。私は、戦国最強軍師は太原雪斎であると、主張して譲らん」 本物の戦国マニアがここに居たー。 「それはどうでしょう。たしかに、雪斎禅師の今川家に於ける功績は多大であると認めざるを得ません。ですが雪斎最強派の論拠の大半は、『あと十年生きていれば桶狭間は無かった』といった仮定に基づいたもので、純粋に実績を比べるのであれば、天下人、豊臣秀吉の補佐役となった、黒田孝高、羽柴秀長、或いは徳川家康の本多正信辺りを推して然るべきでしょう。この中で、『軍師』という、戦術に長けた指揮官を指す言葉を重く考えるのであれば、黒田孝高が妥当なのではないかと」 そしてなんなの、この空間ー。 「何処のクラスにも、無駄に戦国時代に詳しい人って一人くらい居るよね」 「同じパターンで幕末とか」 「後漢末期から、晋国が統一するまでとか、第二次世界大戦なんかもありがちかな」 西ノ宮はともかく、遊那は間違いなくそのパターンです。ええ、恐ろしいほどに間違いなく。 「ちなみに浅見さん。こないだのテストの日本史の成績は?」 「五十三点だ」 うーわ。何、その中途半端さ加減。そりゃ、たしかに遊那の成績が悪いのは理系が絶望的なだけで、文系は人並よりやや劣るってくらいなんだけどさ。ここでヒートアップするくらいなら、もうちょっと何とかならんかったのか。 「豆知識としてはだな。伊達政宗は、日本で初めて金髪碧眼の側室を迎えたと言い伝えられている。ああ、そういえば織田信長は、黒人の付き人を側に置いていたというのもあったな。地球の裏側から数多の人達がやってきた時代らしい、実に浪漫溢れる話じゃないか」 居るよね、こういう自分が知ってる知識を披露して悦に入る人。 「戦国時代に活躍した女性といえば、豊臣秀吉の正室ねねや、前田利家の正室まつなどが有名ですが、意外や意外、武将としてその腕を発揮した方も何人か居たとされています。最も有名なのは、忍城城主成田氏長の娘、甲斐姫でしょう。彼女は秀吉が小田原攻めをした際、男児が居なかったこともあり留守を任されたのですが、石田三成率いる大軍を寡兵で以って追い返してしまいました。この石田三成の体たらくが、後に武人肌の大名と確執を深めていく一因であったと想像するのは、それ程に誤ったものだとは思えません」 西ノ宮、あんたもか。 「そういえば、瀬戸内に、鶴姫という女海賊が居たな。まあ、こっちは伝説色が強く、何処まで史実か微妙なところではあるが」 「どちらも、戦国のジャンヌ・ダルクや瀬戸内のジャンヌ・ダルクなどと言われていますが、私と致しましては、女指揮官であるというだけで軽々にジャンヌの名を使って欲しくは無いと思っています。考えてもみて下さい。ジャンヌ・ダルクは、天啓を受け、護国の為、国王を補佐して敵国たるブリテンを退け、その後、貴族達に用済みということで火刑に処されたんです。少なくても護国の為に戦い、戦争に勝利し、悲劇の結末を迎えるくらいの共通項が無いと、ジャンヌの名を冠してはいけないですよね」 「お前ら、二人して戦乱の時代に行って、活躍してきてしまえ!」 正直、西ノ宮は内務と軍務で重用されそうだけど、遊那はアホな計略に掛かって頓死しそうだよな。 「まー、お姉ちゃんはジャンヌ・ダルクに思い入れっていうか、変なコンプレックスがあるからねー」 「その件に関して、少し伺わせて頂こうか、ゆかまい君」 「誰だか分からないからって、纏めるのは紳士的行為ではないと思わぬかね」 だったら、名札付けるなり、アクセント付けるなり、外見で判別する方法を開発してくれ。 「大した話じゃないよ。中学時代、先生を片っ端から論破していった結果、付いた二つ名が、『真島中のジャンヌ・ダルク』ってだけ」 「若気の至りという奴です」 多分、だけど、日本語の使い方を間違ってると思うんだ。つーか、たかだか二年前かそこらの話じゃねぇか。 「ん?」 ガヤガヤと、入り口付近がうるさくなってきた。見てみると、そこにはサラリーマンと思しき男性が数名、ウェイトレスさんに案内されていた。 ふむ、そろそろ、夕食ピークとやらが始まる時間なのかね。それじゃま、充分以上に喋ったし、そろそろお暇しますかね。 「んじゃ遊那。バイトせいぜい頑張れよ」 「正直、人手が足りなくて一杯一杯なのは事実なんだ。西ノ宮姉よ、社会経験ということで、少しやってみないか」 「ちょっとちょっと。ここに同じ西ノ宮のお嬢様が三人も居るっていうのに」 「何ゆえ、何ゆえ、お姉ちゃん限定なのか」 「納得のいく説明をして頂こうか」 「同じ時給で雇うことを考えたら、仕込む量が少ない方を選択するに決まってるだろうが」 「ぐはっ」 うん、そりゃまあ、論理的に考えるまでもなくそうだよね。 「しかし、運動量だけならば、お姉ちゃんを上回っている自信がある」 「お客様に対しての、フランクトークも」 「ファミレスに向いているのは、むしろ我々やも知れぬ」 「お前ら、無駄な動きが多いクチだろ。それに、妙な敬語を使われても、それはそれで困る」 前半はともかく、後半は遊那が言うな。 「まあ、猫の手も借りたいくらいだから、やりたいというなら止めはせんがな。流石に、本物の猫よりは役に立つだろう」 言って、遊那は再び、バックヤードへと下がっていった。よくよく考えてみると、フリフリ制服のまんま駄弁ってたのって、店の評判的には良くない気がするんだが、そういう大雑把な点は三つ子向きなのかも知れないな。 「まったく、どうして私達は猫扱いされるのか」 「西ノ宮家七不思議に加えるべきかどうか審議すべきかと」 「ちなみに一つ目は、西ノ宮の、『ノ』は一体何なのかということに内定している」 「平和、よねぇ」 ブレンド茶飲みながら、遠い方を見るな西ノ宮。 「うし、じゃあ帰るぞ」 時間的にも、今から帰ればちょうど夕食時くらいだろう。俺は一人寂しく適当惣菜三昧だけどな。 「一人暮らしを続けて嫁が欲しくなる奴と、どうでもよくなる奴の差は何処で生まれるのか。研究に値するよな」 「どういった経緯で口にしたのかは分かりませんので、人生観の差としか」 「西ノ宮は、結婚とかどう考えてるんだ? 年齢的に出来るだろ。妹さん達も、後半年だし」 「今のところ予定は全くありません。知り合いの何名かが、卒業したらすると言っていますが、何だか別世界の話に聞こえます。 と言うか、この子達が片付くまでどうにもならない、そんな予感がひしひしと」 「それ、行き遅れる流れだぞ」 「ですので、何かこう、うまい具合に押し付けられる男性をボチボチ見付けていこうかと。七原さん、どうです?」 すっげー方向から矢が飛んできたぞ、おい。 「先ず、女性を虐げるタイプには見えません。学力という観点では並よりちょっと上くらいでしょうが、頭の回転自体はそれなりですし、口も回りますから、何をしても稼げると思いますので、経済的観点からも及第。顔も、我慢しなければならないという程でもありませんし」 この論客、悪意がマジでない分、タチが悪いんじゃなかろうか。 「ちょっと待ったぁ!」 「こちら側の意見が全く反映されていないとは何たることか」 「せめて私達を見分けられる人じゃないと、こっちからお断りだね」 「そんな人間、この世界にいんのか」 「唯一、私達の母だけが」 「母の愛、半端ねぇな、おい」 つーか、ここはむしろ父親の悲哀を感じ入るのが正しいところなんだろうか。呼び止める度に奥さんに確認取らなきゃならんて、かなりキツいもんがあるぞ。 「ちなみに、父は正答率二割をやや切るくらいです」 「おかしいだろ!?」 三分の一で、どうやったら五回に四回も間違えられるんだ。考えすぎとプレッシャーで疑心暗鬼になってるんだろうか。つーか、西ノ宮家では三つ子シャッフルが日常なんですね。ああもう、ツッコミどころ多いな。 「という訳で、見分けるところから入ってみてください。こう、入門用に携帯画像を三十枚くらい渡しますから、ランダムで呼び出して誰かを当ててみて――」 「そして、何で俺の意見も反映する気が無いんだよ!」 千織とりぃが会計を立て替えてくれてる間、こんな訳の分からない話をしてた俺達。 アホには、アホを呼ぶ求心力があると何処かのアホが言っていたけど、それだとどちらがより強いアホなのか判定する方法が無い訳で。 やっぱり、一度、アホの世界王者決定戦を開いて、世界ランクを作るべきじゃなかろうかとさえ、割と本気で思っていた。 了
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