ことの発端は、至極ありふれたものだった。帰り際、幾らか時間が余ってたもんだから、誰からともなく寄り道をしていこうという話になったんだ。 メンバーは、俺、千織、りぃに西ノ宮と、いつものトリオプラスワンといった変則的なもの。特に強行な意見が出なかったということもあって、りぃが提案したファミレスで駄弁っていこうという案に落ち着いた。正直なところ、りぃが料理を頼まなくても百円で利用出来るクーポン券を持ってたことも大きい。家は金持ちのくせに、こういうところはしっかりしてるから不思議なもんだ。 「そういえば、ドリンクバーというものを、話には聞いたことあるのですが、現物を見るのは初めてやも知りません」 一方で、西ノ宮は西ノ宮でえらく浮世離れした発言をしていた。 「いえ、ふぁみれすには家族と行ったことがあるんですよ? ただ、その時は飲み物を別に頼んだり、セットメニューに入っていたので、視界には入っていたかも知れませんけど、記憶にはありません」 「ファミレスをちゃんと言えてない時点で、行き慣れてないことは理解した」 西ノ宮の習性は、色々な意味で奥が深いと思う。 「家族で思い出しましたが、妹達を呼んでも良いですか? 何とはなしに、『一人で行くなんてずるい』と、いわれのない非難を受ける気がしたもので」 「お姉ちゃんってのも、大変なんですね」 兄しか居ないし、この年ともなると下が増える可能性も低そうなんで、簡単には分かりそうもない。 「チケットはあるから問題ないよ」 「では失礼しまして――」 「千織、気付いたか?」 「うん。西ノ宮さん、ケータイ持ってたんだね」 そっちかよ。いや、たしかに持ったこと無いって言われても、信じないことも無いキャラクターはしてるけどさ。 「じゃなくて、今、西ノ宮は二回しかボタンを押してはいない。これはつまり、着信履歴最上位に妹さんの番号があるということ」 「何で、そんな探偵みたいな真似してるの?」 「いや、何となく」 本当に、気付いたから言ってみただけで、深い意味なんてあろうはずがない。 「あ、もしもし、海? え、ちょうど電話しようと思ってた? うん――うんうん。分かったわ。じゃあ、そのふぁみれすでね」 「何で、それだけで、用件が伝わってるのでしょうか」 西ノ宮家には、短文で伝わる暗号を日常で活用しているんですか。 「何でも、『何か面白そうなことを感じたから、連絡するところだった』そうです。百円ドリンクバーのことは知ってたそうなので、場所の説明は省けました」 「謎テレパシーだけじゃなくて、面白レーダーまで搭載する様になったんですか、妹さん方は」 前にも言った気がするけど、時代が時代なら、旧ソ連の超能力研究所辺りに連れ去られてもおかしくないと思うんだ。 「知っていますか、七原さん。進化とは必要とする能力を得る為、個体が身に付ける突然変異であるやも知れぬという説があるそうです。 一見、何の役にも立たない様にも見えますが、妹達にとっては、人生に於ける最重要事項なのかも知れませんよ」 「前向きなんだか、後ろ向きなんだか分からねぇ」 とりあえず分かったことは、西ノ宮姉妹は、笑うしか無いくらい仲が良いってことだ。ここまで妹想いの姉は、中々、お目にかかれやしませんぜ。 笑顔のまんま千尋の谷に蹴落としそうな、どこかの桜井さんを思い出すのは禁止だからな。 「遅い! 全く以って遅い! それで全速のつもりかね!」 「兵は神速を尊び、用兵とは即ち速さなりと、どっかの偉い人も言っていた」 「だというのに、素早さやスピードパラがカンストしたユニットは、ゲームに依って強かったり弱かったりで」 「この理不尽に抗う為、今日もパワーカンストキャラ、スピードカンストキャラ、マジックカンストキャラを作って覇を競う」 「ディフェンスキャラなんかは、カッコ笑いをつけて扱わせてもらうよ!」 この子達は、何で年中無休で徹夜明けのテンションを維持できるんだろうか。怪しい薬はやってないだろうけど、脳内麻薬がドバドバ出てるんだろうな。ある意味、安上がりだと思うよ。 「ディフェンスキャラを馬鹿にすると、僕が黙っちゃいないよ!」 「お前も訳分からないところに乗るな!」 「こう、圧倒的な体力と防御力で、相手は削るに削りきれないんだけど、こっちも大した攻撃力とか無い上に鈍足なもんだから戦いが長期化するせめぎ合いが何とも快感で――」 「今更ながら……かなり特殊な趣味だよな、千織って」 「その冷めた言い方が、すっごく傷つくようで少し嬉しい僕が困りものだよね」 筋金入りって、たまに本気で怖いこともある。 「ってか、さっき思ったんだけどな」 「ん?」 都合七人が座れるコの字型の座席に潜り込みながら、三つ子に言葉を掛けた。 「お前らって、三人それぞれケータイ持ってんのか? いや、西ノ宮の奴が間無しで『海』って断定してたから、番号が違うとしか思えないんだが」 「え、何。今日の公康、探偵モード?」 正直、そこの部分は割かしどうでもいい。 「逆に聞きたいんだけど、ケータイって個人用の持ち運び電話でしょ?」 「むしろ、何で三人で一つとかいう発想になった訳?」 「人生の八割くらい、一緒に過ごしてるだろーが」 クラスは違うから授業中は別々だってのに、むしろこの割合になる方が驚きだ。 「甘いな! 産まれる前は二十四時間体制で一緒に居たんだから、むしろ今は関係が落ち着いてきたくらいだよ」 「以上、三つ子ジョークでした」 目的通りファミレスで駄弁ってるっていうのに、微妙に遣る瀬無い気分になるのは、どういった理由なんだろうか。 「まあ、今の学園に受かったら買ってやるって条件だったから、かなり最近ではあるんだけどね」 「月の通話額上限決まってて、それ以上使ったら、バイトでも何でもして払えって言われてるから」 「そんなに長電話とかはしないよ」 「何という素敵なまでに怠惰な女子高生さん。まあ、俺も似た様な立ち位置だけど」 毎日毎日アホな面々とバカ話してるってのに、連絡目的以外でケータイを使わなきゃならん理由が今一つ分からん。 「んー、折角、ファミレス来たんだし、デザート的なものも頼んじゃおうかなぁ」 「あ、それいーね」 「ヴァニラアイスー♪ プティングー♪ ふにふにパフェー♪」 「あなた達はダメ。もうすぐ晩御飯でしょ」 「そ、そんな殺生なー」 「三人で、三人で分けますから、どうかお慈悲を」 「ダメ」 どっかの偉い人は言いました。お姉ちゃんとは、ちっちゃなマザーであると。ついでに、お兄ちゃんはバカの鏡像であると。まあ、微笑ましさはマキシマムだから問題ないよね。 「あれ? そういや注文取りに来ないね? 水もまだだし」 「あんま混んでないのに、職務怠慢も良いところだな」 「百円のドリンクバーで、客面もどうかと思うけどねー」 「甘い、甘いぞ。商売の基本とは、人と人との信頼である。如何なる巨大な資本や優秀な商材も、商売相手との間に築かれた関係の前には藻屑である。こんにゃろめ。店長を呼んで説教食らわせてやろうか」 「世間的には、クレーマーっていう気もするけどね」 どうしてこうも無駄なお喋りという奴は楽しいのか。いい感じで、興味深い謎だと思うんだ。 「ねぇ、公康。こういう時の為の呼び出しボタンだよね?」 「押したいのか? いい年して、バスの降りますボタンの如く、押したいとでも言うのか?」 「ボタンがあれば押したくなるのは、人類が進化した証だとは思わないかい? だって、猿はそんなことしたがらないだろ?」 「いや、俺が知る限り、目の前にいい感じの突起物があったら、猿どころか猫だって玩具にするぞ」 実際に押せるかどうかは、別問題ではあるけど。 「えいやっ!」 「あーあ、押しちゃった……」 「もしそれが世界終末戦争を誘発するミサイルの発射ボタンだったらどうするの?」 「可能性は、ゼロじゃない限り、常にあるんだよ」 「え、えー」 そんな可能性をイチイチ考慮して、幸せに生きることは不可能だと思うんだ。 「い、いらっしゃいませー。ご注文は、お決まりですか?」 お、ようやく来たか。本格的に忙しい時間帯ならともかく、俺ら以外に二組くらいしか居ないのに呼ばないと来ないって割と本気でどうよ。 「ん?」 「ご注文は、お決まりでしょうか?」 ウェイトレスの女性は、必要以上とも言える程にマニュアル通りの笑顔で、俺達に問い掛けてきた。 「えー、あー、その、だな」 あれ、何だか、前にもこんなパターンがあったような? 「遊那。何やってんだ?」 何か巫女さんの時みたいに弄るのも面倒だ。単刀直入に聞いてしまおう。 「ファミレスでバイトする女子高生が、そんなにも珍しいか?」 「仮にも客の前で、素の応対をするんじゃない」 いやまあ、ここで延々と営業スマイルを続けられても、やりづらいといえばやりづらいんけどさ。 「で、注文だ、注文。貴様らはどうせ、ファミレスのウェイトレスが、注文を聞いて料理を運んでくるだけのアホでも出来る仕事だと思ってるんだろうがな。裏では在庫の整頓や、消耗品の補充、デザート作りなんかもしなくちゃいけないから、客が少ないといっても、必ずしも暇じゃないんだ」 だから、何で仮にも客が、店員の愚痴を聞かされなきゃならんのだろうか。 「あの、浅見さん、少し良いですか?」 「何だ、西ノ宮。時給なら常識的な線に過ぎないぞ」 「いえ、そちらではなく。その様なフリフリの服を着ることに、抵抗は無かったのですか?」 「あ、西ノ宮は知らなかったっけか。桜井姉妹からの又聞き情報だけど、こいつ、中学生まではそれこそ不思議の国のアリス並にフリフリのお嬢様スタイルで――」 「御・注・文・を。お・客・様」 過去の事実を包み隠さず言っただけでキレられるって、考えように依っては凄い理不尽だよな。遊那の場合、年がら年中、隠したい過去を作ってる訳だから、一つや二つ晒されてもどうってことない気もするんだが。 「注文は、ドリンクバー七人分で。あ、クーポン券使うから、一人百円しか払わんぞ」 「何だ、又、準冷やかしか。まったく、店長のアイディアで始めてみたは良いものの、現実は暇を持て余した学生ばかり釣れて困る。正直、どれ程がリピーターになるかも怪しいものだしな」 ここまで清々しいまでに本音を暴露するファミレスってのも、もしかして新しいんじゃないだろうか。 「あ、浅見君、ちょっと良いかな」 と、奥の方から小柄な男性が声を掛けていた。年齢からいって、三十代か、もうちょい上だろうか。着ている服がちょっと立派なところから見て、多分、噂の店長さんなんだろう。 はーい、遊那さん、とっとと説教されてきなさい。一応は客相手に、こんなことを言ってちゃ、そりゃ怒られるわいな。 「うん、まあ、キャラクターの方向性は良いんだけどね。こう、もっと蔑んだ感じで、罵る感じで応対した方が喜んでくれるお客様も多いんじゃないかな。いつも言ってるけど、昨今はファミレスも過当競争でね。ここはという絶対的な売りを持ってないと、生き残るのは辛い状況なんだよ」 「……」 おい、ここは一体、何の店だ。 「聞かなかったことにしよう」 クーポン券のことといい、どうやらここの店長は思い立ったことをとりあえず実行してみるタイプの人らしい。そのフットワークの軽さは商売人として正しいにしても、方向性までは責任を持ちきれない。 「つーか、お前の身体能力なら、他にも幾つも適職がありそうなもんだが、何で又、ファミレスなんだ?」 色々と頭の中を疑問やらツッコミどころが巡ってた訳なんだが、ようやく、形になって纏まってきた。 「茜の紹介だ。短期、週払い確約で、放課後、土日限定となると、どうしても業種は狭まってな」 「何だ、固定シフトじゃないのか」 「貴様、毎週やってきて、おちょくろうと考えていたな?」 「ソンナコトハございませんですわ」 何だか、色々と知り合いの喋り方が混じった気がするけど、気にしてはいけない。 「ほれ、ドリンクバーのグラス七つだ。基本的にセルフサービスだから、私を含めて誰かを呼ぶなんて真似をするんじゃないぞ。 後、今はまだ良いが、夜のピークタイムになったら席の無駄だから、とっとと帰れよ」 清々しい。全く以って清々しいまでに店の論理でしか物を考えていない。 ま、実際、そこまで長居する気なんてサラサラないし、とりあえず何か飲み物でも持ってこようっと。 続く
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