邂逅輪廻



「先ず最初に断っておく! このエピソードは、あくまでも、パラレルだ。そもそも、本編の開始時期は四月下旬辺りだし、面識も乏しい状態なのが実情だ」
「大体、四月一日なんて春休みなんだから、皆が学校に揃ってること自体、殆ど無いよね〜」
「つーか、今年の話なら一年生五人は入学式すら済ませてないし、来年なら茜さんが卒業してるし……さりげに、まともな時系列に組み込むことが不可能に近いと判断した訳だ」
「そこはこう、友達の結婚、出産イベントを経て、その子供が大きくなってるのに、何故か身内の学年は変わらないループ系作品をリスペクトしたってことにすれば」
「……」
「……?」
「茜さんなら、三年生の課程を終えようと、普通に制服着て学園に来てても違和感が無いと思ったのは、口が裂けても言えないところだ」
「口に出して、言ってない?」
「何はともあれ、仮初のエピソード、行ってみよう」

【トリオ・デ・三バカの場合】
「こう、エイプリルフールなんだし、壮大な嘘をついてみたいよね。世界を驚嘆とまでは言わなくても、学園全体くらい感嘆させたいっていうか」
「と、アホの子たる千織が何か申しております」
「こないだ、アホの十英傑に、有力候補としてノミネートされた公康には言われたくないよ」
 尚、この『アホの十英傑』とは、何ヶ月か前に俺らの学年から選りすぐりのアホを選び出そうという、一部有志に依って立ち上げられた企画だ。これが頓挫し、企画自体凍結されたのには、幾つかの理由がある。
 一つには、とてもじゃないけど十人に絞るのは不可能な点。実際に甲乙付けがたいアホとはいえ、二十人を超えると、厳選感とありがたみが無くなるのは事実だと思う。水滸伝じゃあるまいし、百八のアホ英雄が集結するって展開も……まあ、これはこれでギャグとしては成立してる気がしないでも無いが。ほぼ出オチだけど。
 二点目は、如何に自由が売りの学園と言っても、アホのランキング表など作るのは気が引ける……などといったヒューマニズムに満ちたものではない。企画代表曰く、『この、グレイトフル・アホの面々を、俺ら如き少数勢力が、一時の独断と偏見で序列を付けるような真似をしていいのだろうか。否、それはアホに対する冒涜である。せめて三年の秋となり、伝説の数々に幾ばくかの差異がついてからでも遅くは無いのではなかろうか』だそうだ。うん、ぶっちゃけた話、この企画代表が十英傑の上位に入ってしまえ。
 言うまでもないが、千織や遊那もきっちりノミネートされてやがったんだから、この件に関して発言権などあろうはずは無い。
「でもさぁ、意外とたくさんの人を騙せる嘘をつくのって難しいよね。結局は、嘘をついて良い日っていうのを前提にしたジョーク大会になっちゃうって言うか」
「何よりも問われるのは純然たるセンス。ある意味に於いて、四月一日とは、バカの世界トーナメント開催日とも言っていいだろう。割と日付変更線に近い日本は、言うなれば尖兵というか、切込隊長だ。千織、貴様に四月バカの業を背負う覚悟があるというのか」
「キング・オブ・バカ。男子としてこの世に生を受けた以上、この称号に憧れない人は居ないよ」
「いやいや、お前、ついさっき、アホに否定的な意見を口にしてただろう。何か、千織の中じゃ、アホとバカは、全くの別物なのか。日本語業界に於けるかなり謎な部分ではあるよな」
 小学生ですら使う罵倒語であるアホとバカだが、その境界線は実に曖昧だ。一節には、バカは関東圏で重用され、アホは関西圏のものとも言われているが……言語学者でもない俺に、明確な違いを断ずることは出来ないぜ。
「で、嘘についてなんだけど」
「そんな話だっけか?」
 真のバカ王者には、どうやったらなれるのかとか、そっち系統じゃなかったっけか。
「まあ、あれだ。せいぜい、頑張ってくれや。俺はこの件に、関与しないからな」
「え、ちょ、待ってよ」
 千織は、行動力はそれなりにあるにしても、企画力に関して絶望的なのは、既に定説の域だ。ここはアホ話を楽しんだところで、すたこらさっさと逃げさせて貰いますかね、と。

【西ノ宮シスターズの場合】
「四月バカの嘘、ですか?」
「そう、その起源は不明瞭で曖昧なれど、この一日だけは嘘をついていいとされる謎行事。しかしあくまで騙されても実害を被ったり、精神的打撃を受けないことが暗黙の了解となっている、言わば知的ジョークの祭典だ。学園の才媛として名高い西ノ宮としては、参加せざるを得ないところだとは思わないかね」
「いつ、才媛になったんです?」
 イメージなんてものは、自分の意志とは全く無関係のところで構築されるから厄介だなって思うんだよね。
「まあ、その様なイベントがあるのは当然知ってはいるのですが――」
「お姉ちゃん〜。校舎に爆破予告があって、しばらく自宅待機で勉強しろってさ〜」
「新年度が始まったけど、法律が改正されて、姉は妹にお小遣いをあげないといけないことになったんだって知ってた?」
「日本国債の発行過多で円が近々暴落するするから、貴金属か宝石に替えておいた方が無難らしいよ。アメリカドルやユーロなんかも、連鎖で崩壊するらしいし」
「毎年毎年、朝一で、妹達にこんな分かりやすい嘘をつかれる私の気持ちが分かりますか?」
 最後のはちょっと現実味のある話の気がしないでもないのは、俺だけじゃないと信じたい。
「そういえば、俺も兄貴相手に他愛の無い嘘をついてきたものだなぁ」
 同級生の女の子が、兄貴とちょっと話したいことがあるって言ってやっただなんて、俺にも微笑ましい時期があったものだ。
「家族って、本当に良いものだよね」
「何で少し、良い話風味になってるんですか」
 俺の発言の九割前後は、その場の勢いで構築されています。
「しかし、これまで嘘をつかれることに辟易する立場でしたので、自分でつくという着想はありませんでした」
「とはいえ、こう身構えた状況で騙すというのは、それはそれで難易度が高い気もするが」
「嘘をつかれ、それを信じてしまうのには幾つかのメカニズムがあります。一つは、振り込め詐欺の類の様に、出会い頭に平常心を奪ってしまうもの。二つ目は、論理は破綻しているのに、論拠に妙な勢いや説得力があって受け入れてしまうもの。少年漫画の類が一般的でしょうか」
 ほほぉ。伊達に、学園の理詰め女王の名は冠していないな。たかだか嘘一つに、それっぽい理屈を構築し――あれ、俺、既に西ノ宮に踊らされてる?
「それらを勘案した結果、一つの嘘に思い至りました」
「うむ」
「実は私達は、四つ子だったというのはどうでしょう」
「……」
「……」
「……」
「解説を、求めて良いのか?」
 知っての通り、お笑い業界でネタの笑いどころを懇切丁寧に説明するのは、恥辱以外の何ものでもない。それと同じような感じで、ついた嘘の解説をするというのは、かなり精神的に厳しいものがあると思うのだが――。
「ええ、先ずですね。私と妹達は、一つ違いの姉妹ということになっています。ですがそれはあくまでも、学年の違いで見えるというだけの話で、実際に裏を取ったことがある人は、生まれたばかりの頃を確認している家族親戚、近所の大人以外に居ないでしょう。そんな小さい頃の記憶は曖昧ですし、私も、一番古い記憶を引き出しても、その頃から一緒です。それは妹達も同じのはずです」
 淡々と、眉根一つ動かせず語り始める西ノ宮って、もしかすると大物なのかも知れない。
「これを踏まえて考えると、一つ違いの兄弟姉妹なんて、役所上の記録以外は、双子みたいなもので、ある程度の説得力を兼ね備えていると言えるでしょう」
「そう……かな?」
 やべぇ、割と本気で、西ノ宮のセンスが分からねぇ。
「では何故、私だけが一学年上なのか。生まれ持ったものをどうこう言うのはアレですが、私は妹達と比べて身長、体重、学力等々、むしろ一学年では埋められない壁が多々――」
「え、そういう流れになるの?」
「でもまあ、私達三人足して、ようやくお姉ちゃん並の学力だってのは、既に知れ渡ってることだよね」
「バストサイズもそんなもんだし、三人に分かれて産まれてきた者は辛いやねぇ」
「世の双子や三つ子の方々に謝りなさい、極力早く」
 敢えて大真面目な話をするが、先天的な遺伝子欠損の類が無い限り、誰だろうと両親から半分ずつ遺伝子を受け継ぐ訳で、一卵性、二卵性に限らず、資質が分割されるなんて話は有り得ない。
「とまあ、この様にウィットに富んだ嘘をつくことが出来て満足です」
「ここまでひっくるめて、嘘って流れで良いんだよな?」
「え?」
「え?」
 その知的なイメージからか、アホの十英傑にはノミネートされなかった西ノ宮だが、もしかすると隠れた逸材なのでは無かろうか。そんなことをちょっくら思ってみたりした。

【一柳綾女の場合】
「身長が、一センチ伸びましたわ」
「へー、そりゃおめでとう」
「……」
「……?」
「嘘ですわよ」
「分かりづらいな、おい」
 成長期の途中かもしれない人が言ったら、日常会話の域だろ。一センチなんて朝夕で変わる誤差範囲だし、目測で自信を持って判別できる差でもねーし。
「とりあえず、騙せた訳だから、私の勝ちですわね」
「嬉しいのか、それで」
「騙せたなら四月バカ的な意味で勝ちであり、『変わってねーだろ』とツッコミを入れさせたらお笑い的な意味で成功ですわよ」
「逞しく育ってますなぁ」
 何だろう、この微笑ましさ。二人兄弟の次男坊だけど、妹が居るってこういう感じなのかも知れない。こんな妹はどうよというツッコミはさておくとしよう。一柳家の場合、兄の方が遥かに問題児だし。
「それにしましても、四月バカには、遊び心が足りませんわ」
「一部の方々は、充分に遊んでると思いますが」
 いい加減、ネタ切れ感があるかも知れないと言われると、否定出来ないけど。
「ここまで来ましたら、法律で如何なる嘘をも赦免すると、制定すべきですわよ」
「何処までいったかは分からんが、国会答弁が凄いことになりそうだな。
『〇〇建設から金を受け取ったのは事実だが、何か文句あるのか』とか、
『私の様な選ばれた人間と庶民の命が等価な訳無いだろう』なんて発言を聞くことが出来るんだな」
「只単に、一部議員の本音が漏れ出てるだけにしか聞こえませんわよ」
 あれぇ。ひょっとして通常の国会答弁って、毎日がエイプリルフールなんじゃないのか。秘奥義、『記憶に御座いません』もあることだし。
「新聞も、大々的に誤報を載せる訳ですわ」
「いや、ちょっと待て。そんなことを言ったら、日付以外は全て誤報と言われる某新聞はどうすれば」
「意図的に開示する情報を選択することが嘘に相当するのか、別の議論が必要ですわね」
「そういや、疑似科学なんてもんもあったな。各企業が意図的に且つ積極的に誤った情報を発信する。科学を齧ってみると有り得ないことばっかりなのが面白いところではあるよな」
「よくよく考えてみましたら、わざわざイベントを設けなくても、世の中には嘘で溢れていましたわよね」
「そういう社会派の話だっけか、これって」
 エイプリルフール、最も浸透している日本語訳は、四月バカ。この日はひょっとすると、人間社会が纏い続けている虚飾の業を、見詰め直すべき日なのかも知れない。

 続いちゃう




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