【桜井姉妹の場合】 「エイプリル・フール?」 「何ですか、その、まるで初めてその単語を耳にしたみたいなリアクションは」 嘘や奸計と共に生きてきた桜井の長女とは思えない話だ。 「いやいや、そういうんじゃなくて、何て言うか御苦労様って感じ?」 「はひ?」 この人が言うことを理解するには、俺はまだ若すぎるのでは無かろうか。一歳しか違わねーけど。 「だって、この行事を流行らせたの、うちの御先祖様だし」 「ナヌ!?」 「っていう嘘はどう?」 「クソッ。冷静な状態ならいざ知らず、話の流れでつい信じてしまった」 つーか、この姉妹には、四月バカ云々関係なしに、何度騙されてきたことか。 「そもそも、嘘って多大な経済的損失を伴わない限りセーフって法律で決まってるんだよね?」 「詳しいことは知りませんけど、少なくても人としては全力でアウトとだけ言わせて頂きます」 もうやだ、桜井一族の業は、全人類的に考えても深すぎる。 「桜井の血脈にとって嘘なんて日常の微笑ましい一コマに過ぎないんですから、むしろ一年に一度、四月一日くらいは嘘を全面的に禁止しても良い気がしますけどね」 次女さん、次女さん。あなたはあなたで、一体、何を口走ってるんですか。 「え? 人間って、定期的に嘘をつかないと毒気が全身に巡って健康被害が生じるんだよね?」 「それは桜井一家にだけ特異な内臓が存在し、毒素を出し続けているが為では無いでしょうか。或いは、その内臓そのものがあなた方の空想上の産物かも知れませんけど」 最早、俺自身、何を言っているのか、分かりづらい領域にまで達してきた。 「と言うよりも、嘘っていう言葉自体が後ろ向きなイメージだよね。真実は、自分の力で探し出す物とか言っちゃえば良いんじゃないかな」 「四月バカ程度の、悪意の無い嘘すら見抜けないようでは、この現代社会は生き抜けません」 「何の話、だっけ?」 いつものことながら、何で俺達の話はこう、取っ散らかるんだろうか。 「そう言えば、『嘘つきは泥棒の始まり』って言葉ありましたよね。一昔前くらいから、『嘘つきは政治家の始まり』なんてのも出てきましたけど」 「でも、政治家って秘書をステップになる人が結構居るじゃない。んで、秘書っていえば比喩抜きで墓場まで秘密を持ってくのが仕事の一つって感じもするけど」 「プロの選挙参謀さんが、えらい黒いことを言っています」 これが四月バカの嘘で済むのならば、政界は何と平和なことだろうか。 「だって、私達の仕事はあくまで、『与えられた予算』で、『選挙の勝利』っていう結果を導くアドバイスをするだけだもん。お金の出どころがどーとか、どうやって使うかなんていうのは、金庫番たる秘書さんの仕事だよ」 「参謀陣営は手を汚さず、政治家陣営は黒い部分を手元に飼い殺しておくという意味で利害が一致していると翻訳されて耳に届きました」 あれか。俺の心が汚れてるだけなのか。それとも単に毒されすぎってことなのか。 何にしても、ここまで来ると、逆に四月バカは関係無いっていうのも、新しい発見ではあったぜ。 【浅見遊那の場合】 「四月バカ、か」 「よぉ、アホの十英傑、有力候補」 「貴様にだけは言われたくない!」 こうやって、俺らは今日も無駄に傷付けあっていく。 「例の企画は一時凍結されているそうだがな。査定そのものは継続されていて、卒業式の直後に貼り出すという噂もあるぞ」 「その労力を受験なりに回せよと思うのは不遜というものなのでしょうかね」 考えように依っては、十年後に、この上ない思い出話になるという説も無い訳では無いが。 「つーか、何で又、呟いてやがったんだ?」 「四月バカには二種類の人間が居る。騙す奴と、騙される奴と、騙すつもりで嘘をついたら逆手に取られて騙される奴だ」 「三種類居ないか?」 「そこに嘘が仕込まれているという、ウィットに富んだジョークだ」 「一応言っておくが、本当にウィットに富んでる奴は、自分でそんなことは言わないからな」 何か、アメリカンジョークにありそうな雰囲気だけどさ。 「この季節になると思い出す」 「花粉症で涙目になる自分をか? 日本人なら桜って言っておけよ」 「いつものこととはいえ……何故、そう話を素直に進めない。だから筆頭候補なんぞと呼ばれるんだぞ」 「アホも極めれば英雄だって、千織のアホが言ってたぞ」 残念なことに、千織のアホレベルは、どう頑張っても永遠の三番手辺りで、戦隊でいうとグリーン辺りになってしまうのが難しいところだ。 「そうじゃなくて、私は茜と、岬の幼馴染みだ。あの桜井の血族と幼少の頃から一緒なんだぞ。それがどういうことか分かるか」 「いや、あの二人、四月バカに関係なく嘘に塗れてるだろ。ついさっき会って、そんな話したばっかだし」 「知らんのか。桜井家の男女は、数えで十三になるまでは、不必要な嘘をついてはいけないことになってるんだぞ」 それもどうせ嘘だろとか、『不必要な』の部分を拡大解釈すればやりたい放題だとか、色々なことが頭の中を巡ったけど、これ以上、話を逸らすとマジギレしそうだからやめておいた。 「言い換えるなら、四月一日はあの悪魔どもが指折り数えて待ち望む解禁日。今まで、どれ程の悪意に蹴躓かされてきたか、貴様に分かるか」 「俺の中では、お前が中学以前、お嬢様風味だったという話自体が嘘じゃないかと今でも思ってる訳なんだが」 「貴様はどうやら、銃口を向けなければ従順になりきれない、怠惰な住人の様だな」 「ここはかつての社会主義国家ではありません。武力と恐怖で人民を統制するのはもはや不可能なのですよ、親愛なる浅見遊那同志」 しかし学園の端とはいえ、神聖なはずの学び舎でこんな会話をしてる俺らってどうなんだろうな。 「何はともあれ、色々言われたものだ。公安と内閣調査室にマークされてるなんて言われた時は本気にしすぎて、何故CIAじゃないのかと訳の分からない怯え方をしたものだ」 「小学生が、警察じゃなくてその二つをチョイスする時点で、何かおかしいと思います」 ちなみに、公安は警察庁の一部署で、国内の不穏分子や、国外のスパイなんかを監視するのが御役目で、内閣調査室は、内閣官房内の情報機関だ。どっちも、通常の警察業務内じゃ抑えきれない犯罪を扱うイメージがあるけど、日本名物タテワリギョウセイの魔力のせいで、連携は苦手なんだとか何とか。スパイ天国とさえ言われる日本の状況を打破する為、国内情報を全て一手に引き受ける日本版CIAの確立を望む声も一部にはあるが、新たなる強権機関を生むだけという意見もあるらしい。 何にしても、一応は一般人の遊那が怯える様な対象じゃない。茜さんは、何処かの段階で顔写真入りのファイルが保存されてるだろうって信じてるけど。 「嘘とは、業の深い存在だ」 「何だか、かるーく決め台詞っぽいこと言ってる様にも聞こえるが、何一つ、話は進展してないからな」 「誰のせいだ、誰の!」 「他人に罪をなすりつけるとは、感心致しませんな、浅見同志」 気に入ったのかどうかは良く分からないが、何とはなしに、同じネタを繰り返してみた。 人は誰もが、真の自分に虚飾を塗り固めて生活をしている。その厚みは人によって様々で、饅頭の薄皮程にペラペラの奴も居れば、アメリカンドックの衣くらい、本体が埋もれてる奴も居る訳で。もしや俺、遊那相手にはかなり素で接してないかと、嫌な事実に気付いてしまった。 【七原公康の場合】 「俺は生涯で一度たりとも嘘などつきはしない。多少、解釈に齟齬があろうとも、それらの全ては、エンターテインメントなのだよ」 「私達の理屈と、何が違うんですか?」 「うーんとね。俺のは、あくまで人を楽しませるのが目的で、桜井家のは人を陥れるのがっていうのが最大の違いかな」 こうも無垢というか、悪意を感じない顔で質問されると、一瞬、論理構築に詰まるから困ったものだぜ。 「それって、害虫と益虫を区別する、人間のエゴが含まれてませんか?」 「大人でも良く言うけど、『俺だけなら問題ない』理論が、核兵器がこの世界から無くならない一因だよね〜」 ヤバイ、この二人相手に、小理屈こねたところで勝てる気がしない。 「それはそれとしまして、結局、一人として四月バカらしい嘘をつかないのはどうですの」 「不意もつかず、欲得も絡まないこの状況で、あっと驚く嘘をつくって、かなりハードルが高いと思う」 「公康君。こないだ選挙のボランティアで知り合った女子大生のお姉さん、紹介してあげようか?」 「この流れで言える茜さんが凄いと思うんだ」 普通は、人としてためらう。ストッパーがないのって、ある意味で、リーサル・ウェポンだよな。八割は暴走自爆で終わるんだけど。 「嘘というのも、中々に奥が深いものだと知りました。考えように依っては一種のお祭りなのですから、今後は嘘だからといって軽く見ずに、立ち位置を考えてみようと思います」 「ま、まー、所詮は嘘だし、程々にな」 何だろう。こう、四月バカを大真面目に扱うって、ある意味、新しくないか。その是非については、敢えてコメントしないでおくけどさ。 「嘘はついてもつかれるな!」 「嘘つくアホウにつかぬアホウ!」 「同じアホなら、つかなきゃ嘘よ!」 「以上、トリオ・ガ・アホの面々でお送りしました」 「その物言いは、納得できないなぁ」 「そう、この学園でバカの三人衆と言えば、七原、舞浜……椎名と相場は決まっている」 「我ら、まだまだ若輩ゆえ、襲名は謹んでお断り致そう」 「今、私の名前出すのに一瞬の間があったよね?」 「アホの十英傑候補に選ばれなかったのが幸運か否かは、己の心で決めたまえ」 嘘はつかなくても、様々な社会的問題を凌ぐ為、適当なことを口にするのは罪じゃないと信じたい。 「ふと思ったんだがな。この世で最強の嘘は、宗教に他ならな――」 「うわー! ちょっと待て、遊那。それは色々波紋を呼ぶ発言だ。ある意味、国民は衆愚であるを基本理念とする桜井家よりまずい」 「何だか、失礼な言葉が聞こえた様な?」 「そうですよ。大体、日本ほど宗教に寛容な一方で、衆愚に対する表向きの庇護が強い国なんて、幾つあるか分かったもんじゃありません」 「私達だって、諸外国で仕事することがあれば、宗教ネタは控えるよ、多分」 俺がしたのはそういう話だっただろうか。もしやこの姉妹は細々とした嘘を日常的に織り交ぜていって、俺を衆愚という名の傀儡にしようとしてるのではなかろうか。俺ごときにそんなことする理由ないだろうと言われると、その通りではあるんだが。 「僕は公康の、嘘は全て演出って意見には賛成だよ。人間関係っていうのは、良くも悪くも嘘で成り立ってるものだしね」 「千織がこう言うと、凄く浅ましいことを言っているように聞こえるから不思議だ」 嘘というのも、人格と品格を選ぶということなんだろうか。いや、嘘が嘘を呼び、結果として嘘が嘘じゃなくなるから……俺は一体、何を考えているんだろう。 「結論。君達、嘘は程々にしておけよ!」 まあ、あれだ。俺もいい年なんだから、嘘の全てが悪だとかいう子供じみたことは言わないが、やっぱ状況とか、必要性次第だよな、うん。 それこそ受け取る方の匙加減一つだと言われると、否定しようも無いんだけどな。 了
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