邂逅輪廻



「とりあえず、弁明だけはさせてあげましょう。ええ、日本は、法治国家で民主主義の国です。いかなる犯罪者であろうと弁護士と共に言い分を口にする権利はありますし、弱小政党であろうとも時の政権に対して意見することが許されています。まあ、聞き入れて貰えるかどうかは、全く別の話ではあるんですけど」
 学園に戻って真っ先に立ち塞がったのは、『毒をもって毒を制す』の体現者、桜井岬ちゃんだった。ああ、何でこうなると分かって逃げたかなぁ、俺。人間、目先の苦しさから逃げ出すと、後にもっと苦労する典型例だと思うんだよね。
「オー、ミサキ、怒るの良くないね。多分、キミヤス、悪くないよ。ジジョー知らないけど」
 しかしこの子も、大概、適当の国のお姫様的なところがあるよなぁ。
「いやー、帰って来て早々、この修羅場。流石は学園で五指に名を連ねるトラブルメーカーですなぁ」
「これがあるから、七原ウォッチングはやめられませんわい」
「自分は安全圏に居ながら、他者のゴタゴタを眺め見る。ワイドショーやゴシップ記事に通じるものがある、現代人の娯楽ですのぉ」
 ちょっと待て、西ノ宮シスターズ。いつ、俺がトラブルメーカーになったよ。むしろ俺は被害者寄りだと思うぞ。尤も、その五指とやらの内の三人くらいは、俺に近しい奴で埋められてそうなのが、空恐ろしいところではあるんだが。
「何だ、七原。又、女と揉めてるのか。その内、嫉妬に狂った下郎に辻斬りされても知らんぞ」
 頭を抱えているところに、遊那が通り掛かってきた。たまたまなのか、岬ちゃんと一緒に居たからなのか。それはそれで、どうでも良いことなんだが――。
「うーん」
「何だ、マジマジと見詰めて。一応言っておくが、お前は一切、私の守備範囲には入っていないぞ」
「いや、な」
 ちらりと、この場にいる全ての女の子を見回してみる。この六人の中で、一番、上背があるのは遊那だろう。次は、そう大差は無いけどマリーで、そこからちょっと離れて、岬ちゃんと三姉妹が団子になってる感じだ。茜さんもこの近辺で良い勝負になるとして、更に一回り小さいのが綾女ちゃんということになる。ちなみにだが、千織の奴は遊那より低身長で、本気で女装しても、ちょこっと大きいくらいの女の子で通ってしまうのが難儀なところだ。
「その、何だ。今更ながら気付いてしまったんだが」
「あん?」
「いや、気付いたというのは的確じゃないな。俺も、認識していなかった訳じゃない。だが、人間はやはり、相対でしかものを評価できない生き物なのじゃなかろうかと思う訳だよ。前政権に比べて現政権はどうだ、前々政権はこうだったぞと、比較対象があって浮き彫りになるものもあると――」
「言いたいことは端的に言え。三十文字以上の文章は、端から理解する気もない」
 それはそれで、意思の疎通がカタコトの異邦人並に難しい気がするんですが、どうでしょう。
「お前、俺とそう身長変わらないけど、身体の凹凸具合も俺と同程度だよな」
 うし、多分、大体、三十文字くらいに纏めたぞ、と。
「ほほぉ、七原。貴様、さっきから何をジロジロと見ていたかと思えば、そんな検証をしていたのか」
「だからさっきから言ってるだろうが。桜井姉妹に綾女ちゃん、りぃや三つ子辺りに紛れて見てたからそんなに目立たなかったけど、マリーという大型空母が現れた今となると、その差は歴然。いや、むしろ如何に貴様が貧相であるかを際立たせてる感があるなぁ、と」
 グラマラスと言える知り合いを強いてあげるとすれば西ノ宮姉だが、あれも所詮は駆逐艦程度。火力至上主義の大国の論理に、勝てようはずもない。
「良い度胸だ、七原。貴様はここにいる女性全てを敵に回して、生き残れる自信があるというのだな」
「!?」
 言われて気付いたが、何だか、場が急激に重くなった様な。岬ちゃんは説教モードを通り越して完全にバトルモードだし、三姉妹の顔からも笑みというものが消えていた。あ、あれれ。俺、何か危険な心の地雷を踏みましたかね。
「え、いや、俺はあくまで遊那はタッパある割に曲線が緩やかと言いたいだけで、その、何だ。君達は身長に相応しいというというか、実に日本的な慎ましさを持ち合わせてるじゃないか」
 俺の言葉が発せられると共に、空気が、氷に塩をぶっかけたかの様に冷ややかになった。いや、現実的にそんなことがあろうはずはないんだが、本格的な夏が始まろうという、淡い橙色にも似た柔らかくも刺激的な陽射しが、真冬の雪国の寒波にも似た厳しくも痛々しいものになったと言うか、何にしても、俺にはそう感ぜられた。
「何と言うか、七原。お前、挑発屋としての才能があるな。表現者として考えれば、何も感じさせないよりは遙かに有意義だが、無意味に敵を作るのも感心はせんぞ」
「お前が言うか」
 多分、遊那は、俺の三倍くらいは敵を作ってると思うんだが。まあ、小さく纏まった遊那なんて遊那じゃないと言う奴の方が多いに違いないけどさ。
「先輩。人間には、触れてはいけない領域ってものがあるんですよ」
『うんうん』
 うぉっと。遊那のアホさ加減に、一瞬、ちびっ子四人衆の怒りを忘れちゃったじゃないか。
「ナニを言い争ってるのかは分かりませんけど、ミナサン、落ち着きましょう」
 おお、マリー、いいぞ。ことの発端だけに、もしかすると火に油を注いでる気がしないでもないけど、分散する可能性があるってのは良いことだ。
「マリーは、黙ってて下さい。これは、女の、尊厳を掛けた話です」
「ソンゲン?」
「イッツミーンズ、マジェストリィ」
「オー、マジェストリィ」
 こうして、またマリーのボキャブラリーに、年に三回も使えば上等の単語が追加されましたよ、と。こんな姉妹が日本語の師でこれだけ喋れる様になってたマリーって、実は凄いんじゃないかと思ったら負けかな。
「さて、先輩。私は別に、説教をするのが好きな訳ではありません。怒声やら嫌味やらを一切、言わずに日々を過ごせたら、どんなに穏やかなものかと、心から望んで仕方の無い側の人間です」
 嘘だ、絶対に嘘だ。岬ちゃん、このネチネチとした言い回しだけで、一日の嫌なことを全部忘れられる方の人間じゃないか。ここで反論したら、命が危なそうだから黙ってるけどさ。
「これはあくまで、今後の先輩の為を思って言うんです。嗚呼、何て出来た後輩だと、これだけで褒めて貰いたいくらいです」
 そこまで言うと、あざといを通り越して、ちょっと芝居掛かりすぎだと思うぞ。
「先輩は、ことの重みを全く理解していません。無知は罪という言葉がありますが、私はこれを、半分は正しく、半分は間違ってると解釈しています。世界の情報がこれだけ短時間の間に行き交う現代社会に於いても人々の間に争いが無くならない一因として、その情報を正しく理解しようとしない一面が否定できないでしょう。つまり無知が罪なのでは無く、知ろうとしないことが罪なんです。ですが先輩のその態度は、揶揄をするなどといった雰囲気でもなければ、何かしらの気遣いも感じられません。つまり、人間関係に於いて最悪の選択肢とも言える無関心の領域であって、喜ばしいこととは、とても判断できないんです」
「えーと、だ」
 何だか、長々とした演説のせいで、ことの要点をどう解釈すれば良いんだろうか。
「一言で言うと、局部の身体的特徴で、女子を比較してはいけないってことです」
 これこそ、今の三十文字程度で、充分、話は通じたのでは無かろうか。
「そうだ、そうだ。日本の良さは小ささと細やかさ」
「でっかければ良いって時代は、二十世紀に終わってるんだからね」
「私達三人分足したところで勝てそうも無いっていう意見なんて、馬耳東風なんだから」
 ある意味、分かり易いって意味では、こっちの三つ子の言い様の方が上な気もする。どっちも、中身っていう意味では殆どすっからかんだけど。
「ンー。ワタシ、ニッポンゴまだまだですから、トコロドコロしか分かりませんでした」
「大丈夫。さっくり纏めると、人って、分かり合うのが難しいなぁってだけだから」
「オー。でしたらミンナ、アメリケンになればカイケツね」
 さらりと、超大国独特の理論を聞いた気がした。
「まあ、七原の処断方法は、後々、合議制で決めるとして、だ」
 遊那さん、それは世間的に私刑と書いて、リンチと読むと思います。
「我々、ナイナイ尽くしで語り合っても、愚痴にしかならんというのが実情だと思うんだ」
「遊那ちゃん、その表現はオブラートに包んでるようで、胸をえぐってるから」
「ここで自虐ネタとは、岬ちゃん、中々やるな」
「口に出してから気付きましたよ、ええ」
 何だろう、割と本気でヘコんでるんじゃないかって思えてきたんだけど。
「それはそれとしてだ。ここは一つ建設的に、どうすれはここまで巨大な果実が育つのか、検体と共に検証していこうではないか」
「夫婦のケンタイ期、コドモにとっても困りものですよね」
 正直、何が何だか分からなくなってきたのは俺だけじゃないと信じたい。
「遺伝子の勝負となると現代科学ではどうしようもないしな。ここは後天性の可能性に賭けておこう」
 さらりと予防線を張っておく辺りが、根性無しの遊那らしい。
「普段、一体、何を食べている?」
「ンー、ビーフステーキにハンバーガー、ピッツァも良く食べるね」
「待て待て、そんなコテコテのもので良いのか!? ここはアメリカ人なのに、朝は焼き鮭、味噌汁、納豆に、焼き海苔という、むしろ今時、日本人でも余り食べてないものを食べてる展開だろうが!」
「あー、今の、オーソドックスという意味でのコテコテと、油分たっぷりという意味でのコテコテが掛かってるのか。遊那も、中々やるな」
「貴様も、ツッコミどころがズレてる!」
 正直、マリーのペース攪乱能力は、俺の常識の遙か上をいってると思う。
「ニッポンのハンバーガー、サイズが小さくて物足りないよ」
 逆だ、逆。向こうの、一人前で日本人なら一家族そこそこお腹一杯になるんじゃねーかって大きさがおかしいんだってば。食ったことねーけど。
「結論。所詮は脂肪なんだから、脂質が重要な要素ってことだな。まあ、同じもの食ってても、遺伝子レベルが勝負の分かれ目となると、それこそ現代科学じゃどうしようもねーけど」
「あ、脂質を活かせるかは、資質次第ってことか」
「おー、流石は七原さん。このさりげないネタの仕込み様」
「下手な芸人より、よっぽど上の方を走ってるよね」
 つーか気付いた。ここに、遺伝子が同じで、同じもの食って、見分けがつかないレベルでそっくりに育った実例があるじゃないか。姉の方の西ノ宮も、一歳上なだけで、殆ど同じものを食べてきたんだろうけど、それでもスタイルが良いんだから、やっぱり遺伝子が八割だ。現代科学って、残酷だよね。
「こんな人の往来が激しいところで、何を低俗な言い争いをしてますの」
 と、恐らくは帰路に就こうとしている綾女ちゃんが声を掛けてきた。
「一柳さんなら、分かってくれますよね。ナイナイ党党首として、この悲哀が」
 たしかに、綾女ちゃんは頑張れば二つ下の学校だと言っても通じるくらいの流線型だけどさ。問答無用で頭として祭り上げるのはどうよ。つーか、その名称が正式で良いのかとか、色々とツッコミどころが多い。
「……」
「オー、ベリースモールガール。ニッポンのハイスクールも、トビキュウあるね」
 いえ、白人さんから見ると、アジア人ってのは誰も彼も幼く見えるそうですが、綾女ちゃんは、その中でも更にちまっこいだけで、これで普通に、年齢通りに進級してきたんです。それどころか十六歳だから結婚だって出来るんです。現実感はありませんが。
「たしかに、片方だけで、私の頭ほどはありそうな巨大さには、理不尽を感じないでもありませんわ」
 おぉ、もしや今のは、党首就任、そして宣戦布告なんですか。
「ですが生まれ持ったものの事実に不平不満を零すより、持ち合わせたものをどの様に扱うかが、人としての本道ではありませんの」
 うくぁ、ヤバい。今、ちょっと、女性としてじゃなくて、純粋に人として惚れかけた。俺より四ヶ月遅く生まれただけで、殆ど同い年なのに、その円熟は狡いだろ。
「今、何だか、人間としての格付けが成された気がしませんか?」
「奇遇だな、岬ちゃん。俺も似た様なことを考えてたところだよ」
 何かもう、この位の器量人ばっかりなら、人類の争いもちょっとは減るんだろうねとか、壮大なことを考えちゃったよ。
「オー、ミナサン、ココロ落ち着きましたね」
 いえ、どちらかと言うと、自分の小ささに、ちょっと気分が落ち込んだだけだと思います。
「こんな時、ニッポンのコトワザで、何て言うか知ってマス」
 ん?
「たしか、『アメ降って、ジジィ固まる』」
 くー、惜しい、実に惜しい。むしろ発音の問題ってレベルだけど、意味が全然、違う。日本語って、難しいよね。

 つー訳で、この学園祭準備で忙しい最中、俺達は無闇やたらに時間と評判を食い潰すのであった。

 続く




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