邂逅輪廻



「これが、うちの学園の生徒会長、舞浜千織君だ」
「オー、生徒カイチョー」
「な、何さ、いきなり」
 いつの頃からか、会長とそれに近しい人間の溜まり場と化した会長室の扉を開けるなり、俺はそんなことを言い放ってやった。不意を衝いてやったせいか、ふんぞり返ったままアホ面を晒してたけど、とりあえず俺には影響ないし、気にしないでおこうっと。
「それじゃ、次行こうか」
「オーケー」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った。これで終わり!? っていうか、その子、一体、誰なのさ」
 うーむ、やっぱり寂しがり屋の千織は、少し揺さぶっただけで食い付いてくるのか。これを可愛いと取れるかどうかで、母性の度合いが分かりそうな気もする。
「ワタシ、マリー=ウリエル=チェンバース。アカネとミサキのフレンドね」
「おー、ふれんどぉ」
 おい、千織。貴様、テストの成績ならいざ知らず、会話に関しては道を聞かれただけで仔羊化する英語力しかないことはバレてるんだぞ。インチキ臭い発音で、あたかも達者な様に見せ掛けるのはやめい。ある意味、傀儡の国の王子様らしいっちゃらしいけどさ。
「しかし公康。これだけ政治家というお仕事が正当に評価されない時代に、どういった理由でこれだけ政治家になりたがる人間が居るのか、ちょっと分かったよ」
「んあ?」
 いつものこととはいえ、この様に親友と呼ぶべき男が頓狂なことを言い出した場合、どういった処理をしたものか分からなくて困る。
「こういう風に、外国のキャワイイ女の子と、知り合う機会が圧倒的に増えるのが一因なんだよ、きっと。世間的には役得とか、権益とか呼ばれてるものだよね」
 尚、千織のアホは、仮に国家資格があるとすれば、準一級くらいは獲得できるであろうことは、概ね認知されきっている。
「まあ、広がりそうも無いから、この話題はここで打ち切るとして」
「扱いが酷いよ、公康。何さ、ちょっと可愛くてボインな子が目の前を横切っただけで、僕のことを捨てるって言うの?」
 その誤解を招く発言は千織流のジョークだろうから、これも軽く流すだけにする。それよりも、今時、ボインってどうよ。茜さんのピチピチ発言といい、何だか時空が色々と歪みまくってる気がしてならない。
「オー、これがイワユルところの男のユージョーという奴ですね」
 しかし茜さんは本当、碌な日本語を仕込んでないよな。俺らだから笑って流すけど、これで何かトラブった場合、どう責任を取るんだろうか。いや、あの人なら嬉々としてその揉め事を解決しそうで、それはそれで厄介だ。
「そういや説明してなかったけど、千織は茜さんの傀儡――は分かりづらいか。操り人形だから、権力はあんま持ってないぞ」
「オーケー、オーケー。ステーツのプレジデントも、ライフルアソシエーションの言いなりになること良くあるよ」
 時たま、すげー客観的なアメリカ像が混じってくる辺りが、この子の奥深さなんじゃないかとも思うよ。
「男と女は、踊らされてる方が負けの様で、最終的には勝ちってこともあるんだよね」
 この、六四で女の子の方が多い学園に入ってから随分とがっついてるのに、未だ、彼女が出来たことがない千織が言っても、説得力が無いと思う。つーか、軽薄に見えてる部分が、かなりのマイナスポイントだって説もあるけど。
「んじゃ、俺は園内の案内続けるけどな。あんまバカ面晒して、生徒会の評判下げるなよ」
 幾ら選挙では一種の政敵だったとはいえ、同時に友達でもある訳だから、こんくらいの気遣いはしてやろう。
「僕に惚れると、火傷――」
 千織が何やら言い切る前に、ピシャリと扉を閉めてやった。やっぱり、ダチという立場にもたれかかって、甘やかす一方ってのも良くないよね。
「キミヤスとチオリ、やっぱりナカ良いね」
「そー思いますか」
 まあ、他人から見たらどう思われてるかというのは重要な要素の様でいて、千織との関係を真面目に考えるだけ労力の無駄というのが正しいところだろう。うん、そうだそうだと、妙に納得する俺なのであった。


「マリーは、他に何処か行きたいとこあるか?」
 一応、案内を引き受けた責任として多少の自由行動を岬ちゃんから許して貰ったものの、時間的にそんな大したゆとりはない。千織弄りは伝統芸能的様式美だから真っ先に済ませたけど、次は希望を取り入れていこうと思うんだ。ちなみに、お目付役であるはずの三つ子は、同級生に呼び止められて何処かに行きやがった。あいつら、本当、自由に生き過ぎだと思うんだよ。
「ワタシ、キミヤスのクラス行きたいね」
「俺のクラス……だと?」
 余り隠して無かった気もするが、ここで敢えて衝撃の真実を語っておかねばなるまい。ぶっちゃけた話、俺のクラスは『石を投げればアホに当たる』とまで言われる程、アホ密度が高い。あくまでも推測だが、二年のクラス編成をする時、面倒事を一点に集約しようとしたんじゃないかとさえ勘繰ってる程だ。その分、担任教師の心労は計り知れないものになる訳だけど、それは俺らが関知するところではない。つーか、この仮説に思い至った時、バラエティ番組なんかでたまに見る、カラシ入りロシアンシュークリーム的なものを連想したのは内緒だ。
「まあ、良いか」
 時計を見てみれば、放課後も、むしろ下校時間の方が近いくらいだ。残っててせいぜい五人程度だろう。マリーは人見知りとかに縁が無さそうだから、多少、好奇の目で見られても気にしないだろうし。
「うし、ここが、俺のクラスだ」
「オー」
 何だか、改まって紹介するというのも、変な感じだ。
「さて、何人残ってやがる」
 ガラリと前の扉を開けて、教室内を確認する。野郎が二人に、女の子が四人か。まあ、概ね、予想通りといった感じだな。
「あれ、公康、どうしたの?」
「桜井さんから逃げ出そうというのでしたら、ここはまずいと思いますよ。逆に穴場という考え方も出来ますが」
 女子四名の中に、りぃと西ノ宮姉が含まれてることに、何か宿縁的なものを感じてしょうがない。
「二人に、紹介したい人が居る」
「は?」
「いきなり何ですか」
 揃いも揃って、間の抜けた顔をしてくれて、コメディアン的に考えると、良い観客だと思う。
「ナイストゥミーチュー」
「こちら、アメリカ人のマリー嬢。茜さんや岬ちゃんの友達で、今日、俺とも友達になってくれた。
 あ、マリー。こっちの髪が短いのが椎名莉以。名前といい、髪色といい、微妙に日本国外の血筋が入ってるんじゃないかって思うやも知れないが、俺と同じくバリバリのジャパニーズだ」
「オー、リーね。オボエタよ」
「ど、どうも」
 しかし、本当、発音次第では、俺らの中で屈指の日本人離れした名前だよな。
「そしてこっちの黒髪のが西ノ宮麗。さっきまで居た三つ子の、一つ上の姉だ。ちなみに俺らの学年で、三指に入る成績優秀者でもある」
「レイ、ね。イモウトさん達、ベリーキュートだったよ」
「はぁ、どうもありがとうございます」
 妙に冷めた反応の様でいて、単に目の前の現状を把握しかねてるだけなんだろうと思う。二ヶ月くらいの付き合いだけど、それくらいは何となく分かる様になってきた。
「しかしニッポンの制服、やっぱりカワイイね。アメリカでは、あまり一般的じゃないよ」
「そ、それはそれは恐縮です。こんなもので宜しかったら、存分に御観賞下さい」
 りぃ、お前は一体、何でそんなにもかしこまってやがるんだ。まさか今時、欧米コンプレックスがあるとか言い出しやしないだろうな。そりゃ、日本の若者が髪を染めたり抜いたりするのは、その象徴だなんていう輩も居るけどさ。
「あの、一つ、良いですか?」
「ワォ?」
「どうした、西ノ宮。日本語能力の話だったら、既に俺が聞いたぞ。勉強十ヶ月プラス初来日が三ヶ月前で、このレベルだそうだ」
 言語吸収能力は若い頃程高いらしいけど、それに加えてある程度の才能が無ければこうはならないと思うんだよ。
「いえ、そうではなく」
「おぅ?」
「その、尋常じゃない勢いで自己主張を続ける二つの脂肪の塊は、本物ですか?」
「ゲホッ!」
 あの西ノ宮が、こんな発言をするとは、誰が思ったであろうか。その証拠に、この場に居る、マリーを除き俺を含めた六人が、一糸乱れぬ揃い様で凝視しちゃったよ。
「レイ、触ってみるか?」
「やめなさい、マリー、はしたない」
 良いものを見せて貰えそうだという下心と、人としての矜恃を天秤に掛けて、かろうじて後者が勝利した。
「つーか、西ノ宮の方こそ、いきなりどうした」
「私もそう思うのですが、何と言いますか……自分より明らかに巨大なものを認識した際、矯正下着か、人体改造だと思い込むことで、自尊心を保とうという悪癖がありまして」
「成程。たしかに、天然物で西ノ宮よりスタイルが良い奴は余り居ないからな」
「つ、ツッコミ所は、そこで良いの?」
 正直、他にも拾うべき部分がある気がしないでもないけど、こうも想定してない女の場外乱闘を目の当たりにすると、冷静な判断力も無くなるってもんでさぁ。
「てゆーか、西ノ宮さんで敗北感を覚えるなんて言ったら、私はどうすれば……」
「そういう時は、具体的に誰とは言わんが、遊那辺りの最下層を勘案して、心の安寧を得るが良い」
「ぐ、具体的に言ってるって」
 完全に俺が加わっていい話の流れでは無い気がしないでもない。正直、これを実にフランクな間柄ととるか、俺が男として認識されてないせいととるかは微妙なところだ。
「と言いますか、これは軽いセクハラですよね。ここが訴訟大国アメリカでないことを幸運に思って欲しいくらいです」
「そ、そうかな?」
 ちょっと待て。流石に遊那や岬ちゃん達を相手には放言が過ぎたなと思って、今回はかなり抑えてるんだぞ。むしろ勝手に動揺というか、自壊してるのは女性陣ではないのかね。
「これが、大国が大国である為に必要不可欠であると言われる、軍事的圧力という奴か」
「オゥ?」
「何か、上手なことを言ってやったかの様な顔をされていますが、何一つとして巧くありません」
 えー、西ノ宮、採点辛いなぁ。軽く僻みが入ってるんじゃないか。
「レイの黒髪、とってもキレイね。ヤマトナデシコは絶滅してなかったよ」
「マリーさんも凄いです。現物のナチュラルブロンドを見るのは、もしかすると初めてかも知れません」
 西ノ宮の黒髪が立派なのは認めるが、大和撫子ってのはどうだろう。まあ、あれがお淑やかってイメージは明治以降の価値観で、江戸以前の女性は、かなり押しが強かったという話を聞いたこともあるけど。
「アメリカは多民族、多宗教国家だものなぁ。典型的なアメリカ人なんてものは、無い気がしないでもないな。南部人とか、地方地方の特色は聞かんことも無いけど」
 そういう意味で、日本人は良く調練されてるというか、全国的に割と近い特性を持ってる気がしてならない。各都道府県は、むやみやたらといがみ合ってるけど。
「いいか、マリー。今、俺達が居るのは神奈川というところだ。埼玉と千葉は神奈川をライバル視してるが、神奈川の方は相手にしてなくて、東京を睨みつけてるんだぞ。まあ、その東京は東京で、日本一の都市であることにふんぞり返って、第二の都市、大阪さえも歯牙にも掛けてないんだけどな」
「ヒトツ、勉強になりました」
「一体、何を教えてるんですか」
「日本を理解する上で、都道府県の軋轢は欠かせないと思ってな」
 これはさかのぼると、幕末、各藩がケンカしまくってたのとか、更には戦国時代のことなんかもあったりするらしいんだけど、正直、人に説明できる程の知識も無いから、これくらいにしておこう。
「とまあ、日本のクラスってのはこんなもんだ。他にも窓際に何人か残ってるが、背景みたいなもんだから、気にするこたぁない」
「背景とは何だ、背景とは!」
「てめぇ、ここんとこ人生が色々とトントン拍子だから調子乗ってやがんな!」
「あんたなんて所詮、生徒会長選挙で三位にも入れなかった負け犬じゃないの!」
「この様に、心温まる罵声が飛んで来ることもあるが、一種の愛情表現だと受け取って貰いたい」
「ブンカの壁は、いかんともしがたいところがあるよ」
 正直、うちのクラスはカジノ特区みたいに、日本の中でも浮いている現実があるけど、イメージのギャップにめげずに頑張って貰いたいところだ。
「ん?」
 不意に、ケータイの振動着信を知覚した。俺はこいつを、この教室の自分のカバンに放りこんでおいたはずなんだが、岬ちゃんの手に渡っていた事実が恐ろしくてしょうがない。
「で、何すかね、茜さん」
 こうなったら、悪の元締めに愚痴の一つも言って憂さを晴らそうと思うんだ。勝てる公算が、一欠片として見付かりやしないけど。
『何か、思ったより早く仕事が終わりそうだから、今からマリー、迎えに行くね』
「終わったって……選挙参謀の仕事がこんなあっさり終了する訳ありませんから、雑務を秘書さん辺りに任せたってことでしょ」
『使えるものは、奥さんの実家名義の土地でも使うのが、正しい商売人だよ?』
 この人と関わっていると、世の中、何が正しくて、何が間違ってるかという判断基準を策定すること自体が難しくなってきて困る。
「たっだいまー、公康君」
「そして、既に学園内に入ってるなら、ケータイを使うことに何の意味があるんですか」
「折角、電話会社が頑張ってあちこちに中継局を作ってくれてるんだから、使ってあげることが至上の返礼だと思わない?」
「あっちだって商売で作ってるんだから、お互い様でしょうがよ」
 はっ、いかん、いかん。完全にこの人のペースじゃないか。もう少し、冷静さを保とうぜ、俺。
「アカネ〜、会いたかったよ〜。これがイワユル、カンドーの再会ね」
 いやいや、俺達が別れたの、せいぜい二時間前ってところでしょうが。逐一、ツッコミを入れるのも無粋な空気になってるけどさ。
「そう言えば、三つ子ちゃんは?」
「さー、俺が聞きたいくらいですよ。
 何しろ猫みたいな連中ですからね。目の前に面白そうな紐がぶらついてたら、腹が減ってても食らいついて遊んじゃうと言うか」
「言い得て妙ですね」
 そこの実姉、同意するのかよ。と言うか、俺の近辺の女性は、どいつもこいつも猫っぽいという説もある。強いて言うなら、りぃがやや犬寄りだけど、他の猫連中が濃すぎて、存在感が危ういし。
「猫って、ハンターとしては優秀だけど、飼い慣らすのは難しいから犬よりは人類の相棒度が低いよね」
「猫好きの友人に言わせると、人の命令を聞くより、自由気ままにネズミを狩る仕事をしている方が楽だから、アホな振りをしているんだそうですけど」
「妹さん達、賢いのか?」
「姉としての、欲目です」
 若干、切ない話だった気が、しないでもない。
「お姉ちゃんって、小さなお母さんみたいなものだもんね〜。甘い目で見たり、必要以上に構っちゃうのはしょうがないって言うか」
「茜さんが言っても、説得力が尋常じゃなく希薄なんですが」
「え〜?」
 俺達の立候補を妨害するようにして千織を立てた人が、そんな声を出さないで下さい。あれはどっちかってーと、雄ライオンの所業でしょうが。
「何か、こう、兄弟とか姉妹の話になると、私の不利さが増してしょうがない気がするんだけど」
 一方で、一人っ子のりぃは良く分からない苦悩をしていた。
 安心しろ。俺も兄貴が一人居たような気がするけど、あんま人様に紹介できるレベルのもんじゃないぞ。
「ウー。カゾク愛って、本当にスバラシイものでーす」
「一般的にはともかく、桜井一族に関してだけはどうだろう」
 何しろ、『騙す方と騙される方では、問答無用で騙される方が悪い』ってのが家訓の一つだし、『選挙で勝てば全て丸く収まる』が家風なもんだから、世間の常識からは随分と外れまくっている。
「アカネとミサキ、ワタシのジャパンでのシスターよ」
「つまり、マリーと私達は義姉妹も同然。桃園の誓いがナンチャラって三バカもビックリなんだから」
 さらりと、小学校からの付き合いの遊那が切り捨てられた様な。うう、女の人も、胸の多寡で女性の価値を決めるんだね。茜さんだけの気もするけど。

 何はともあれ、俺達に、又しても珍妙な知己が誕生したことは、間違いが無いようだ。

 了



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