邂逅輪廻



 この世の中、別れは必然だけれども、出会いは偶然であるという奴が居る。たしかに、それはそれで一つの真実なのかも知れない。この広い世界で出会う人や物の全てに運命なんて感じてたら、精神の安定を保てやしない。結局のところ、適当に妥協しつつ、偶然と必然を使い分けるのが賢い大人というものなんだろう。
「とはいえ、ですね」
「うん、公康君、どうしたの?」
 どうにも、茜さんが絡む話に関してだけは、それを当て嵌める気にはなれない。平たく言ってしまえば、全てがこの人の計算の様な気分になって勘繰ってしまう。いや、幾らこの人でも物理法則を歪めるなんて真似は出来ないだろうし、今はまだ、国家単位での扇動も難しいはずだ。将来的には知らんけど。
 そうさ、恐れることはない。幾ら俺が岬ちゃんの束縛から逃れる為、バイクをパクって何処ぞへと行こうとしたものの、免許が無いことに気付いて思いとどまって、友達に自転車を借りて適当に小半刻も駆け抜けた先に茜さんが居たとしても、それは只の偶然――。
「桜井一族は、俺にGPSを埋め込む手術とかしてませんよね?」
「どういう思考を経て、そんな結論に至ったのはか知らないけど、今時、携帯電話にだってそれくらいの機能は付いてるよ?」
「ケータイの奴は置いてきた。あいつは、この先の戦いでは只の足手纏いだ」
 場所を特定されたくないだけなら、電源を切るなりすればいいだけなのが、当時の俺はそこまで頭が回らなかったんだから仕方がない。
「んで、こんなところで何してるんですか?」
 たしか今は、市議選の参謀業で小忙しいとか何とか言ってたはずだ。繁華街に居るのは、そういう意味では理屈に合うにしても、近くに選挙カーやスタッフの類は見当たらないし、確証にまでは至らない。
「今日はちょっと時間があるから、友達とお茶会しようと思って」
「何、女の子みたいなこと言ってるんですか」
「私、十七歳のピチピチの女の子だよ?」
 一応、俺としてはあくまで、『普通の』女の子という意味だったんだけどな。と言うか、自分でピチピチとか言い出す人を普通に当て嵌めて良いかが、そもそも俺には判断しかねる。
「公康君も、一緒に来る?」
「良いんですか? 友達とでしょ?」
 そう言えば、知り合って久しいけど、微妙にこの人の交友範囲は把握してない気がする。友達と一言で済まされてるけど、いきなり、現職の大臣クラスと茶室で侘び寂びについて語らされる可能性も、無いとは言い切れない。
「心配してる様なことはないから、大丈夫だよ。私達と同い年くらいの明るい女の子だから、友達が増えるの喜んでくれると思うよ」
「んじゃ、まー、御一緒しますか」
 何しろ、勢いに任せて逃亡してきたものの、最終的には学園に戻らなくてはいけない身だ。多少はほとぼりを冷ました方が良いだろう。無意味に、事態を悪化させてるだけって感じもするけどな。



「オー、この子が、アカネがよく話してる、ファニーなキミヤスね」
 待ち合わせの喫茶店に居たのは、もやしっ子の千織よりも肌の色が薄く、生まれ持った髪色も俺らとは根本から違う女の子だった。座ってるから目立たないけど、上背は女の子にしては高く、遊那に匹敵するほどはあるだろう。澄んだコバルトブルーの双眸は、濃い褐色を見慣れた俺にとってかなり異質なものを感じさせてくれて、ふと、今、自分が何処に居るのかさえ曖昧な気分に陥らせてくれる。
「茜さん、何すか、これ」
「ん〜、私、一言も日本人だなんて言ってないよ?」
 たしかに、その通りだ。と言うか、人種国籍は違えど、同じホモ・サピエンスであったことは、茜さんにしては良心的だったのかも知れない。仮に俺らと同じくらい齢を重ねたテナガザルのミーシャちゃん(仮名)を連れてきたとしても、俺としては何ら反論することが出来ない。
「まー良いや。俺のこと、少しは知ってるみたいだけど、一応、自己紹介な。俺は七原公康、茜さんと同じ学園の二年生だ」
「オー、これはこれは御丁寧にありがとうございまーす」
 言って、必要以上に深々と頭を下げる金髪のネーちゃん。中途半端な日本式が、ある意味に於いて滑稽に見えるのは、中々興味深い。
「私、マリー=ウリエル=チェンバースといいまーす。見ての通りのアメリカ人でーす」
「いやいやいや。今時、白人系は世界中の何処にでも居るだろうが。つーかアメリカの白人は元はといえば移民だから、むしろ本場はヨーロッパ近辺だ」
 幾ら学が無いといっても、それくらいは知ってるぞ、おい。
「ですがニッポン人、ホワイトを見たら、まずアメリケンを連想するですよね?」
「何時代の偏見だよ!?」
 いやまあ、少なからずそういう奴が居ないとは言わないけど、今はとっくにマイノリティだと信じたい。
「つーか、な」
 何だか、強烈な違和感があった。
「随分と日本語がお上手ですけど、日本は長いんですか?」
 若干、コテコテのアクセントが混じるところから見ても、思考言語は英語だとは思うんだが。
「ノー。日本語の勉強ハジメタの一年前で、日本には三ヶ月くらい前にハジメテ来たね」
 それにしては、普通に会話が成立するし、随分と流暢だ。俺も中学から四年以上、英語の教育は受けてきた訳だけど、今から一年、本気でやったところで、この水準に達するかは怪しいところだ。
「シショーが良かったのかも知れないですね」
「師匠?」
「うん、私〜」
「あんたかい!」
 想像力を働かせる暇も無い内に正解を言われたもんだから、コテコテのツッコミをしちゃったじゃないか。
「分かりました。今後、この子が明らかにヘンテコな日本語を使うようなことがあったら、とりあえず茜さんのせいにしておきますね」
「じゃあ、私と、岬ちゃんってことで」
「実妹を、予防線に利用しないで下さい」
 この程度のことは笑って流しそうな、あの実妹がそれはそれで恐ろしい。
「ってか、どういう接点なんです?」
 差し支えが無かったら、多少長くなってもお伺いしたいところだ。
「ワタシのマミィと、アカネのダディが、フリン関係なのよねー」
「ゲフッ」
 おかしさを我慢しきれず、御飯を噴き出してしまうことを噴飯ものとか言うらしいが、バラエティ番組じゃあるまいし、実際に口から茶を噴き出すことになろうとは思わなかったぜ。
「アメリケンジョークですよー」
「あ、あのなぁ……」
 俺の持論の一つに、面白さって奴は、個々人の感性に依存するものだというのがある。そもそも、笑いのツボなんてものは、人に依って様々だ。関東と関西で傾向が違うのは知っての通りだし、細かい話をすれば各都道府県でも微差があるだろう。共通の知人ネタの様に、狭いコミュニティでしか通用しないものも多々ある。詰まる所、永遠のアマチュアとはいえ、お笑いマイスターを目指す俺にしてみれば、その個人個人の細やかな心の機微を見極め、微修正を加えつつ、より良い落とし所を模索するのが正しい姿勢な訳なんだが――とりあえずは、流石と言っておこう。人種、国籍、性別と、トリプルコンボで背景が違うと、ここまで想定外の方向から矢が飛んでくるのか。こりゃ、大雑把な方向性を見出すだけで相当の時間を食いそうだな。
「そう。あれは異次元世界アカネルスでフリーの魔導師をやっていた頃の話だったわ。マリーはね、某亡国のお姫様で、祖国復興の為に戦おうと、レジスタンスの一員として私にコンタクトを――」
「茜さんは茜さんで、何でそう、絡みづらい発言をしやがってくれてますかね」
「日米ボケ合戦の流れなのかなって思って」
 人種国籍どころか、出身地も中学の学区が隣なくらい近場な人なのに、この人の笑いのツボは、数ヶ月の付き合いを以ってしてもさっぱり分からない。絶対に、性差の問題だけじゃない。絶対に、だ。
「ジッサイのトコロは、ワタシのダディとアカネのダディが、ちょっとした知り合いなのです」
「えっ、御父上同士が、不倫関係!?」
「アメリカはフリーダムカンツリー。だけど同性愛に関しては、宗教的事情もあって、賛否のホドが激しいです」
「乗るのかよ!?」
 いや、空気が余りにまともじゃないこともあって、勢いに任せてこんなボケをかました俺もどうかと思うが、こう返してくる方もどうなんだろう。つーか、真昼間っから喫茶店でこんな会話してるのを、店員や他の客はどう考えてるんだろうか。余り深く考えたくはない。
「マリーちゃんのお父さんはね〜、大使館勤めなの。政治関係者って考えれば、うちのお父さんと面識があってもおかしくないでしょ?」
「あー、ようやく、話が繋がりました」
 たかだかこれだけの情報を得るのに、えらく無駄な精神力を消耗した気がしてならない。
「ワタシのダディ、凄いニホンツウなのですよ」
「ふぅん。フジヤマゲイシャ、エドマエズシなどと言いだしたら、鼻で笑わせて貰うぞ」
「オフサイドを理解してないけど、フットボールのナショナルチームを応援出来ますねー」
「ガフッ」
 まさかこの俺が、この短時間に二度も茶を噴き出すことになろうとは。今後しばらく、マリーが発言する時は、固形液状に関わらず、口に何かを含むのはやめた方が良さそうだな。
「しかし恐るべきはアメリカの諜報能力。まさかその国家機密が知れ渡っていようとは」
「オー、ニッポンはスパイ天国。シークレットシューズ使いたい放題よ」
「ユーエスエーコールと、ニッポンチャチャチャって、何か通じるものがあるよね〜」
 あれ、この会話、全く噛み合って無い様で、案外そうでもない様な、凄く微妙な気分なのは俺だけなのか。
「ワタシ、キミヤス気に入りましたー。アカネと同じくらい、ファニーなジャパニーズね」
「いやいやいや、ちょっと待て」
 本人は割と本気で褒めてるんだろうけど、さりげにそれは、かなりの侮辱的発言なのですよ?
「たしかに、俺が実に面白い人間であることは、俺自身も認めざるを得ないところだ」
「ン〜?」
「公康君。マリーは、まだそこまで細かい日本語の含みは理解出来ないよ?」
 不倫だの、宗教的事情だの、変な単語は使いこなすくせに、やっぱり師匠が師匠なだけのことはあると思うんだ。
「何にしても、茜さんと同じくらい面白いというのは、取り消して頂こう」
「え〜、公康君は、ペアルック反対派〜?」
「何の話ですか!?」
 ああ、言語は通じてるはずなのに、会話が成立しないって、これはこれで異文化との遭遇なんじゃねぇのか、おい。
「こういう時、ニッポンでは何て言うか、教わったオボエがありまーす」
 ん?
「たしかデスね。『ユイはホモを呼ぶ』」
「大分、違うわい!?」
 つーか、同性愛ネタ引っ張るのかよ。意図的だとしたら、かなりの達人だぞ。
「何だか、呼ばれた気がするんだけど」
「そして、何でこうタイミング良く現れますかね、西ノ宮結さん」
 お忘れの方も居るやも知れないから解説しておくが、俺達のテーブルにひょっこり湧いてでたのは、『冷涼なる論客』こと西ノ宮麗嬢の一つ下の妹で、三つ子であることが存在意義の全てとも言われている、西ノ宮シスターズの一角だ。
「ハハハ。騙されたね、七原君。そいつは、話の流れ的に結と見せかけた海さ」
「実姉なれど、本気を出せば易々とは見抜けぬというのに、貴殿如きでは無理からぬことよ」
「この影武者ごっこ、誰が得するのか、どなたか解説して下さい」
 しかしまあ、俺の周りには真っ当じゃない女性ばっかり寄ってくる訳だけど、前世の因業か何かかね。
「オー、ファンタスティック。まるでトレースしたみたいに、そっくりフェイスね」
 それは褒め言葉なのかどうか、こっちも誰か解説して下さい。
「モットモ、ワタシ達アメリケン、ジャパニーズを含めたエイジャンの顔を見分けるの、とっても苦手ね」
 そしてこれもアメリカンジョークという奴なんだろうか。やべぇ、笑いどころが難しすぎる。
「あ、私、そろそろ時間だ。仕事に戻らないと」
「ああ、そうですか。今日も今日とて、混沌に満ち満ちた時間を与えてくれてありがとうございます」
 通じないことは分かっているが、皮肉の一つを言うことで何となく一矢を報いた気になるのが、俺の生き様さ。
「じゃあ、公康君、マリーのこと、宜しくね」
「……」
 は?
「本当ならこの後、学園を案内したかったんだけどさ。私も色々忙しい身な訳なのよ」
「そこに、実に扱い易い野郎、乙号が現れたから、渡りに船だったと」
「公康君、いつからテレパスになったの?」
「いえ、もう何というか、若干、慣れっこになってる俺が怖かったりもするんです」
 ちなみに、甲号が千織であることは、敢えて触れる程のことでもない。
「あ、もちろん公康君がいかがわしいことをしないように、こうしてお目付け役も頼んでおいた訳だから」
「おいっす、我々であります」
「七原さんと居れば、何か面白いことが起こるというのは、最早、常識の域」
「最初から私達に案内させれば済むという考えは甘ちゃんだからね」
 何だろう。俺って、エンターテナーとして、間違った方向で期待されてないだろうかと、ちょっと思うよ。
「オー、ベリーエキサイティング。ワタシ、ニッポンのハイスクール、一度見てみたかったよ」
「俺の辞書に、拒否権というものはないんですね。非常任理事国の悲哀を、感じ入ってしまいました」
 あー、もう、こんちきしょーめ。

 かくして、俺の岬ちゃんからの逃亡計画は、あろうことか、その実姉に依って阻まれたのであった。
 本当に、全部、計画通りだったりしないよな?

 続く



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