「さて、学園祭初日、午後一時半の第一回公演まで、あと二十四時間を切った訳だが」 「残り時間を、日数じゃなく時間で表現するのって、出来る男の様で、単に切羽詰ってるだけですよね。具体的に表現すると、一枚二時間で済ませば、四十時間で二十枚仕上がると言ってる漫画家みたいな感じです」 ふぅ。追い詰められた獣の恐ろしさ、とくと味わうが良い。 「今のところ、完成度としてはどんなもんなんでしょうかね」 「それは、やっつけ仕事としてですか。それとも、目一杯努力した場合を想定してですか」 「一応、両方聞いておこうか」 何だか、嫌な予感しかしないのは、杞憂じゃないよね。 「前者で五十パーセント、後者でしたら……十五ってところですかね」 俺達って、そこまで絶望的にヤバかったのですか。 「だがしかぁし! 根性を出せば何とかなるはず! 理論上、一時間に三パーセント高めるだけで、二十四時間で七十二パーセントにもなる――」 「一睡もせず、食事も摂らず、生活必要時間を一切割かない覚悟があるんですね」 何で、時間って奴は有限なんだろう。人間最大の業というのは、まさにここにあるのでは無かろうかね。 「大体、先輩、明日は午前中からクラスの出し物と、討論会への出席を控えていますから、そんなに時間はとれませんよ」 「つまり、今日中に仕上げろと?」 「少なくても、通しで致命的なミスが出ない程度には」 それって、物理的に可能なのかなぁ。俺、台本を完璧に憶えてるかどうかも怪しいんだぜ。 「はっ、しかし俺は逆境に強いことで定評があると、俺本人は思っている。ここから努力次第でどうにかなるはずであると、アルベルト師匠も言っていた――」 「あー、居た居た。七原君、こんなとこで何やってんのよ!」 自称・学園の総合プロデューサーの登場に、早くも挫けそうな俺が居る。 「ハハハ、委員長。そんな声を荒らげて、一体どうしたんだい?」 「誰が委員長よ!」 眼鏡っ子で仕切り屋なんだから、もうこの際、委員長で良いじゃないか。 「あんた、まさか前日までリハーサルをすっぽかす気じゃ無いでしょうね」 「え、あ、いや。もう諦め入ってると言うか、クラスの方はなるようになれって気分だからな。むしろ大々的になってしまった公演に重きを置くのが当然というか――」 「何、訳の分かんないこと言ってんの」 すいません。俺にしては至極まともなことを口にしたつもりなんですが、違ったんですかね。 「私にとって、私の評判に関わるのはクラス行事だけなんだから、あんたの都合なんて知ったことじゃないの」 うわっ、久々にこれだけ清々しい自己中心的理論を聞いた気がする。 「岬ちゃん、バトンタッチ。その、神から授かった毒々しい舌先で、口汚く罵ってやるがいい」 「私を、何だと思ってるんですか」 流石の俺も、面と向かって、ナチュラルマインドキラーとか言う度胸は無かったりする。 「桜井さん、この前は散々に言ってくれてどうもありがとう」 「いえいえ。お褒めの言葉を承るまでも無いです」 こ、この空間、空気が怖いよ、お母さん。僕、逃げ出しても良いよね。 「さしもの私も、少し、学習させて貰ったわ」 「それはそれは。十六、七まで井の中の蛙という言葉を知らなかったなんて、よっぽどおっとりした性格なんですね」 う、切れ味鋭い空気ではあるけど、やっぱり岬ちゃんが一枚上手か。こりゃ、強引な引き抜きは食らわんで済みそうだな。 「ところで、ここにラ・シャトワンのシュークリームが半ダースある訳だけど」 「七原先輩でしたら、どうぞ御自由に持っていって下さい。一時間限定で宜しければですが」 あっさり売り渡された!? しかもシュークリーム一個で十分換算!? 「先輩……ラ・シャトワンのシュークリームは限定品で実に美味なんです。しかもどれだけ常連になっても取り置きしてくれない硬派なお店なんです。この展開も止むを得ないというものでしょう」 いやいやいや。何か、苦渋の選択とか、断腸の思いみたいな感じになってるけど、要は俺、シュークリームに負けたってことだよね。全力で泣いちゃっても良いところだよね。 「それじゃ、連れてくわね」 「お大事に〜」 「いや〜。公康ってば、本当、モテモテだよねぇ」 ダルァ! そこの傀儡生徒会長! 意味不明なこと言ってお茶を濁してるんじゃねぇ! つうかこの委員長、華奢な外見してるくせに腕力つえぇ。何で人並の体格してる俺を引き摺れるんだよ! 「だから、誰が委員長よ!」 男から見れば、女は全員読心術を使えるって言うのは本当みたいだね! 「七原ぁ。お前、こんなところで何やってんだ?」 心に風穴を開けられてまで舞い戻ってきたのに、ここでも全く必要とされてないってどういうことよ。 「とりあえず〜、セットを作ってるところですよ〜?」 「男手が必要と言えば必要だが、他も忙しいお前でなければならんという程でもないぞ」 「舞浜君は、女の子より戦力にならないしね〜」 さりげなく千織の奴、クラスメートにまで残酷な評価食らってやがんな。 「で、総合プロデューサー様。俺は一体、何をすれば」 一時間の制限付きでケツカッチンだと言うのに、段取りが整ってないとはとんだ敏腕だぜ。ちなみにケツカッチンとは、後の予定が詰まっていて忙しいという意味らしいぞ。 「大丈夫よ。台さえあれば、リハーサルは出来るわ」 「何で皆が大工作業してる横で、淡々と予行演習しないといけないんだよ!?」 絵的に、只のアホじゃないか。 「所詮、道化は何処まで行っても道化ってことでしょ」 どうしてくれよう。神経を直接撫でられるかの様な、この不快感。ふつふつと、怒りの感情というものが燃え上がってきてしまいますぜ。 「ところで七原ー」 「んあ?」 「人の恋愛関係弄る前に、お前自身の話は一体、どうなってるんだ」 又、この展開ですかい。 「だから、何で俺が過去話を弄くり倒して痛い目を見ないといけないんだと」 「過去話である必要は無いだろう」 「はぁ」 いや、今、現在、俺のどこら辺に色恋沙汰があるのかと。何だか、高校に入ってからもそうだが、二年生になって、加速度的にドタバタしてそれどころじゃない気がしてならないんですが。 「あぁん? 七原、てめぇ、ざけんなよ」 え、何、そのいきなりのチンピラ風味。どこら辺にキレる要素があったって言うのですかい。 「甲斐甲斐しい後輩、悪友風味の想い人、策謀の魔女に加えて、才気溢れる新入生まで侍らせて、何が不満だって言うんだ」 「……」 ちょっと待て。俺って、そんな風に見られてたの? 何、その無限大の勘違い。もし、この状況が羨ましいとか抜かす奴が居たら、俺はそこそこ交渉して譲っちゃうよ。 「あのな。カマキリ知ってるな、カマキリ」 「何の話だよ」 「一秋のアバンチュ〜ルの後、メスがオスを滋養にすることで有名な奴らのことさ。俺の現状を喩えるなら、つまりはそういうことなんだぜ」 ふっ、勝った。我ながら、何という完璧な切り返し。ぐぅの音も出やがらねぇだろう。色々あったけれど、生徒会長選挙第四位の肩書きは伊達ではないということだぜ。 「七原ぁ……貴様、潰すぞ、ボケェ」 えー!? 今の遣り取りの何処ら辺に、逆鱗に触れる部分がありやがりましたかー!? 「世の中にはなぁ、捕食される関係であっても望めない輩が幾らでも居るんだよ!」 あ、ヤバい。切なさを通り越して、ちょっと痛々しくさえもある。これを論破するのは、西ノ宮クラスの豪傑でも難しい気がしてならない。 「あんた達、一体、何を言ってるの?」 おぉ、委員長、言ってやれ、言ってやれ。 「七原君が、年下の男の子にしか興味が無いっていうのは常識じゃない」 はい、ちょっと待ったぁ! 「何処の世界の常識だよ! 俺は一体、いつからそういう役回りになったんだ」 「あれ? 違うの?」 世間的に、俺と千織って、少しごちゃ混ぜになってるんだろうか。真面目な話、あいつならその気があってもおかしくない。というか、積極的にその説を採用しても構わない気さえする。 「あれだけの女の子達に囲まれて、一人たりとも付き合い出さないのは、確実にそっち側の人間だって姉貴が言ってたんだけど」 むしろ、かく言うその姉貴さんこそ、特殊な筋の人間なのではないでしょうか。世の中、甲ならざれば乙みたいに、単純な裏表だけじゃないんですよ。 「あぁ〜! こんなバカな会話をしている内に、残りの時間が無残なことに!?」 人って、何でこうも同じ過ちを犯し続けるんですかね。誰か、教えて、プリーズ。 「く、くそぅ。結局、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、まともなリハーサルなんてしてないじゃないか……」 もう嫌だ。金輪際、あの委員長的な奴とは関わり合いたくねぇ。つうか、本当の委員長は何してるんだ。マジで使えねぇ。 「やはり、俺が帰ってくるべき場所はここだったんだな。マザーよ、アイムカムバックヒアー!」 英語として正しいかどうかなんて、深く考えたら負けなんだよ、きっと。 『うわっははは』 ん? 何だ、何だ、この笑いの混じった歓声は。永遠のアマチュアコメディアンの血が騒ぐでないか。 「ただいまー」 「あ、先輩、お帰りなさい」 「何、この笑い声。ついに寸劇を諦めて、コントに鞍替えが決定したの?」 それはそれでありがたい話だ。もう、何をやってもグダグダは確定してるから、どうせなら笑いに殉じるのが俺としては本道というものだろう。脚本の綾女ちゃんには悪いけど。 「いえ、ああいう形で先輩のポジションが空いてしまったので、舞浜先輩に代役を頼んだんですけど――」 少し待て。それは俺を売り飛ばした人が言って良い台詞では無いと思うのだがどうだろう。 「随分と嵌まり役で、大爆笑の嵐なんですよ」 「ほっほぅ……」 ん? これってひょっとして、喜んではいけないところなのでは無いか? 「えー、詰まるところ――」 「仮に先輩が四十度近い高熱を出しても、控えが居るので安心ですね」 「逆に、俺じゃなくても良いんじゃないか」 「あ、たしかにそれもそうですね」 「認めるなよ!」 否定して欲しかったんだよ! 思春期男子のデリケートな心を分かってくれよ! 「いやぁ、随分と良い配役だったな。むしろ最初がミスキャストだったんじゃないか?」 遊那、てめぇ。本人を目の前にして良く言ったもんだな。 「私の目も、随分と曇っていたものですわね」 綾女ちゃん、お前もか! ウワァァン。泣いてなんか、泣いてなんかいないんだからね! かくして、最悪の精神状態で学園祭当日を迎えることとなった俺。果たして、舞台に再び舞い戻ってくることは出来るのか。そして、そもそも学園祭自体、キチンと運営されるのか。数々の問題を抱えつつ、時計の針は、刻一刻と動き続けるのであった。 もう、どうにでもなりやがれってんだ! ――学園祭開催まで、ついに残り一日。 麗:それにしましても、ここに至るまでに十五話も消費しているという現実は良いんですかね。 空:まぁ、大した問題じゃぁない。 何だかんだ言って、大事なのは結果であり、過程ではないのだから。 どれほど委員会で紛糾しようと、通ってしまえば効力は一緒である法案の様なものだね。 麗:ですが物語の場合、過程と結果は同義の様な気もしますが。 空:その時は、傑作選と称して、密度を上げて誤魔化すのが吉だろう。 麗:中々に潔い、大人の裏側を垣間見た気分です。 空:では次回、『不埒な奴らの祭り事 〜黎明編〜 一』だ。 麗:ここで第二部商法とは、本当にさもしいですよね。
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