「結果発表のコーナー!」 「コーナーって何ですか」 基本、勢いだけでしか物を語らん俺に、論理的説明を求めること自体、ナンセンスというものだぜ。 「さて、定期試験恒例、全教科得点表を頂戴した訳だが」 うちの学園は、試験が終了すると、教員総掛かりで採点を開始し、最終日翌日の放課後に全て返ってくるシステムになっている。中間試験の時、岬ちゃんが勢いで『第一回学力試験対決』なんて銘打ってたけど、今回は大仰な発表は無しだ。純粋に、数字だけを見て、一喜一憂しようと思うんだ。 「手応えはどうだったんですか?」 「さぁ……俺、テストが終わったら、答案に何書いたかも忘れるしなぁ」 「いつものことながら、何でそうも鳥頭なんですか」 「カラス辺りは、人間の想像を遥かに上回る程の知性を持ってると聞くぞ」 「何の話ですか」 そこのところは、俺にも今一つ分からない。 「ふぅ……この様な数字に踊らされる一般民衆は本当に愚かだな。人間とは、もっと精神性こそが評価されて然るべきではないかね」 遊那さーん。分かり易い事前言い訳はやめておきませんかー。 「しかし、只、この表を開いて落胆するというのも面白くないよな」 「私が、見るも無残な成績であることを前提で言うな」 生憎、年々、高度になっていく高校の授業に、努力もしてない遊那がついていける道理は無いと思う。 「折角だから勝負するか? 前回の分を考慮してハンデをくれてやってもいいぞ」 人間って、自分より下を探すことで心の安定を得る生き物だって言うけど、こんなにも快感だとは思わなかったぜ。 「冗談はよせ。あんな生き恥、二度と晒して溜まるか」 尚、一月ちょっと前、遊那がお嬢様服で講堂に立たされた姿は、今でもキッチリ携帯に残っている。むしろパソコンに取り込んで、サーバーにアップしておいてある。いざという時、取引材料に使えるからな。 「なぁに、今回は罰ゲーム的な物はやめようじゃないか」 「うん?」 「ズバリ、学園祭招待券を賭けると言うのはどうだ!」 「ふむ」 うちの学園祭は、一般客も入場できるが、安全管理の問題もあり、ある程度の制限が設けられている。中学生は見学会も兼ねているので、学生証さえ提示すれば入場できるが、その他は、学園が発行した入場券を持っていないと入ることが出来ない。これは教育委員会なんかのお偉いさんに配られる訳だが、メインは生徒に配られるものだ。その枚数は、一人につき一律五枚。家族が多い人の場合でも例外は無い為、生徒同士で適度な融通がされる訳だ。それでも、招待券がフルに活用されると仮定すれば八千人以上が来場する訳で、これくらいが一学園の限界と言えるかも知れない。 「ふっふっふ。中学時代の友人にタカられてな。無視しても良いんだが、お前からかっぱいだもんなら、心を全く痛めず施すことが出来るというものだ」 「先輩って、何処まで根性が腐ってるんですか」 ある意味、最高の賛辞をありがとう、岬ちゃん。 「ふっ、甘く見るなよ」 不意に、遊那が豪快に啖呵を切った。 「招待券を配りきれるほど外部に友人なぞ居ないから、余った分は只でくれてやってもいいくらいだ」 さりげなく、恐ろしいまでに寂しい話を聞いた気がしないでもない。 「あれ、 「あゆ?」 何だ、友釣りでも始めるのか。 「弟だが、何か問題でもあるのか」 「――遊那、お前、弟が居たのか?」 うっそだー。何処からどう見ても姉キャラなんかじゃないじゃない。詐欺だ、詐欺。全日本姉萌え査問委員会に訴えてくれるわ。 「お前がどんな幻想を抱いてるが知らんがな……茜もれっきとした姉だぞ。しかも長子だ。私もだが」 「どうもすいませんでした」 うん、他人の家庭に口を出すなんて、学生の身分でおこがましいことだよね。 「一応言っておくが、両親は来ないからな」 「まあ、こんな娘さんをわざわざ学校でまで見るなんて、親とはいえどんな物好きだと――」 「たまたま抜けられない仕事があるだけで、何でそこまで言われないといけないんだ」 今のは、どう考えても、ツッコミを誘ってたよな? 俺、間違ってないよな? 「阿遊は……まあ、気が向いたらな」 「あれ? やる気無し?」 何をどうしたらこんな奴が育つのか、ちょっと一族を拝見してみたかったのに。 「実の弟をどうこう言うのはアレだが、少し苦手だ」 「お前、対人スキル死んでるんだから、得意な相手なんて居ないだろ」 「その言いたい放題、良い度胸だ、七原。久々に、引き金に手が掛かったぞ」 え、えーと、浅見さん。エアガンとはいえ、銃口を額に向けるのはやめて貰えませんかね。それって、警察の方に見せたら、間違いなく摘発されるくらいの改造がされてますし。 「それで、お二人共、勝負はどうするんですか? ちなみに私は、三十七番から、三十三番に上がりましたので、まあまあ満足です」 「それは何か、自慢か? 俺はハチャメチャな気分になって良いのか?」 二桁でも遠い夢なのに、五十番以内ってのは、もう別次元の人間の気がしてくる。逆に、一桁常連の、茜さん、西ノ宮、綾女ちゃん辺りは、こう遠過ぎて、プロ野球とかを見る気分なんだけどな。 「くそぅ、やはり俺のライバルは、浅見遊那、貴様ということだな」 「ビシッと指を突き付けて言った割に、中身はとても残念なものですよね」 俺の脳は残念であると、母親までも認めてくれたから、もう捨て去るものは無いぜ。 「何かタイミング逸したし、総合順位勝負の二枚賭けでいーや。ハンデで、三十加算してやるよ」 こんくらいなら負けてもどうってことないしな。俺の場合、最悪、兄貴分だけでも確保出来れば良いのさ。 「ふん、貴様の施しなど受け取れるか。ここは純粋に順位だけで勝負してくれるわ」 それにしても、この浅見家の御令嬢は、何でこんなにも男度が高いのだろうか。あくまで一見するとだけの話で、張子の虎ではあるんだけど。 「クワッ!」 何となく開眼した気分に浸って、ビリビリと得点表を破りに掛かる。絵的にチマチマとしていて地味なのが最大の欠点だ。 「ほぅ」 今回は、八教科八百点満点で、五百四十五点だった。一教科平均だと、六十八点くらいか。順位的には、前回二百八十六番で、今回は二百五十五番だから、随分と上がったということにしておこう。岬ちゃんの目標だった百番台は、やっぱり遠かったけどな。 「それで、遊那さん?」 「……」 と、遊那は無言のまま俺を一睨みすると、懐に手を遣り、財布を取り出した。そしてそこから、三枚の招待券を差し出してくる。 「俺の成績を見る前に降参するほど、悪かったのか……」 「……」 未だ口を閉ざしたまま、首を縦に振った。 「そして賭けの二枚に一枚を上乗せしても良いから、武士の情けで公開だけは勘弁してくれ、と」 「……」 またしても、コクリと頷いた。俺は一体、いつから浅見遊那専用翻訳機になったんだろうか。 「そういう訳にはいかないかな」 うわ、岬ちゃん、その黒い笑みは一体、どげんばしおったですとばい。 「私がおばさんから遊那ちゃんの監督を頼まれてたのは憶えてるよね?」 「過去は、あくまでも過去だぞ。人間、そんなものに囚われるよりは、未来を構築した方が有意義だとは思わんか」 相変わらず、詭弁だけは無駄に一流だなぁ。 「という訳で、両手を後ろで縛り付けて、と」 「おいこら、岬。私は、そういう趣味は無い!」 どういう趣味か事細かに聞きたいところではあるけど、ここは成績表を奪うのが最優先事項だな。 「ほっほぅ……」 どうしよう。他人の成績を見て、嘲笑うどころか悪寒が走るって尋常じゃねぇ。 「なぁ、岬ちゃん……これは幾らなんでも」 「だ、大丈夫です。順位的に考えるなら、一位の人が必ず出るのと一緒で、最下位も最低でも一人は出るんです。遊那ちゃんの下にもまだ幾らか居ることを考えれば、まだ救いが無いとも言い切れない――」 「貴様ら、慰めになっとらんぞ!」 最初から、気休めを言う気なんて無いから安心してくれ。 「えっと、たしかうちの学園規定だと……一回、赤点で追試、二回連続で夏休みの補習だっけか?」 「数学と物理が確定、化学も追試次第では危ないですね。一教科につき三日の集中補講ですから、六日か九日、夏休みが削減されることが決定しました」 「……どうにか負からんか?」 「幾ら根回しが本業の参謀と言っても、こればかりはどうにも」 「クソッ……茜に頼んで何とか結果を改竄して貰えんかな」 茜さんに借りを作るなんて恐ろしい真似をするくらいなら、潔く補習を受けるのが本道だと思う俺が居た。 「しかし、遊那って本当、理系が弱いな。まー、論理的思考なんてもんとは何処までも縁遠そうなのは納得だが」 「ふん、答が出ると分かっている軟弱な思考に何の価値がある。そんなことでは、枠を越えた大物にはなれんぞ」 残念だけど、枠を知らない人間が、意識的に枠を越えることは出来ないと思うよ。 「とりあえずおばさんにメールで結果を教えておくね」 「甘いな、岬。うちの両親は年配向け携帯さえ使いこなせない機械音痴だぞ。メールボックスから取り出す頃には、二学期が始まっている」 「でも、阿遊君宛てにしておけば、今日中に伝達されるよね」 「ぐはっ。アナログは、デジタルより強いということか……!」 これって、そんな大層な話だっただろうか。 「何にしても、浅見君、頑張りたまえ。生憎と俺は今学期一つの赤点も取らなかったから貴君の苦労は分からんが、その分、目一杯夏休みを謳歌させて貰うぞ」 やっぱり、人間、自分より下が居ると心に余裕が出来るなぁ。まあ、りぃに千織、西ノ宮と、他の面子には一切、勝てる気がしてないけど、気にしたら負けだよね。 「はぁ……参りましたわ」 「あれ、綾女ちゃん、どうしたの?」 何だか、沈痛な面持ちで登場した一柳のお嬢さん。何か嫌なことでもあったのですか。 「これを見て下さいまし」 言って、綾女ちゃんは自分の成績表を俺の机に差し出した。 「……」 ちょっと待ってね。俺、少し疲れ目かも知れないから。 「捏造とかじゃないよね?」 「そんなことをして、私に何の得がありますの」 そりゃそうだ。友人知人を驚かす以外、何の使い道も無い。 「八教科全部百点満点だと!?」 もちろん、学年順位は一位だ。すげー、この表、一と〇以外の数字が使われてねぇ。コンピューター言語かよ! 「とりたてて間違えた記憶はありませんけど、失点が一つも無いというのは予想外でしたわ」 「ちょっと待て。それで何でちょっと落ち込んでんだよ」 俺達に対する嫌味か何かですか。 「ここまで完璧過ぎる解答をしてしまいましたら、教師達に勘繰られるかも知れませんもの。次は、場合に依っては少し意図的な間違いを混ぜることも考えてみますわ」 ぐわっ、なんちゅう嫌味な話。ちょっと殺意を抱くくらいなら許されるところだよな。 「八百点満点……八百点満点……」 そして岬ちゃん、勝てなかったのが悔しいのは分かるけど、少し落ち着いて。この子は特別製なの。優等生レベルの岬ちゃんじゃ、そんじょそこらの努力じゃ追い付けないの。だから精神崩壊しないで! 七原公康、高校二年生一学期末試験の教訓。凡俗が天才に勝とうと思ったら、命を賭ける必要がある。その覚悟が出来ないなら、いっそ平凡に甘んじるのも幸せってもんだぜ。 ――学園祭開催まで、残り二日。 茜:そう言えば、最近会ってないけど、阿遊君元気? 遊:元気と言えば元気だが……変わり映えはしないな。 茜:阿遊君、大人びてるもんね〜。 遊:あれは、生意気と言うんだ。 茜:でも、そういう男の子を素直に強制するのって、 得も言われぬ快感を手に出来そうじゃない? 遊:お前という女は……。 茜:という訳で、次回、『不埒な奴らの祭り事 十四』だよ。 遊:まあ、あの弟なら、煮るなり焼くなり、好きにしていいがな。 茜:うふふ。
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