夏だ! 青春だ! 追試決定だ! 「という夢を見た」 「朝っぱらから、物騒なもの見てるね……」 「カカカ。貴様ら優等生には分かるまいが、俺や遊那の様な、赤点の常連では無いけど、平均に及んでる訳でもない生徒にとっては、定例行事なのさ」 「ふっ、甘く見るなよ。この浅見遊那、例えどの様な劣悪な点数を取ろうとも、臆することなく我が道を行く大胆さを持ち合わせ――」 「へー、遊那ちゃん、そんなこと言うんだ」 「――!?」 いきなり後ろから岬ちゃんに声を掛けられたことで、遊那の身体が、猫のそれに似た挙動で竦み上がった。大胆さ……ねぇ。 「今回、遊那ちゃんが一つでも赤点を取った場合、おばさんが言う通り、桜井家特別プログラムをやれるから、夏休みが楽しいことになるよね」 「岬、それだけはやめろ。非人道的行為は国際条約でも禁止されているし、何より私は、私の身の安全を危惧せざるを得ない」 この暑いのに、遊那は顔面蒼白でガクガクと震えだした。その尋常ならざる汗は間違いなく心因性ですよね。桜井家特別プログラムって何なんですかぁ! 「追試になったら、先輩もやりますか? 人格に影響を及ぼすリスクがありますけど、根性は間違いなく付きますよ」 「ツツシンデ、お断りシマス」 き、聞かない方が身の為だな。うん、無知は罪って言うけど、知らないことは、長生きへの第一歩だとも思うよ。 「それじゃ、私は戻りますけど、ちゃんと試験を受けて下さいね」 「まぁ、適当にやるさ」 早くも、遊那はおざなりに手を振った。ここにも、俺と同じく記憶容量が極端に低い御仁がおったか。 「今回は、一柳さんに勝ってみせます」 何かガッツポーズまでして気合入れてる岬ちゃんだけど、綾女ちゃんの方は本気出してないんだよなぁ。それで勝って嬉しいんだろうか。そもそも、五十位圏と一桁だし、一方通行に敵視してるとしか思えない。 「と――」 綾女ちゃんで思い出した。 「皆、誕生日っていつだ?」 「いきなりどうしたの?」 「いや、綾女ちゃんが最近十六歳になったらしくて――」 「七原、笑えん冗談はよせ。一柳が私と同い年など、認められるものか」 ちょっと思うのは、遊那って基本的に俺と同じ思考回路してるんじゃなかろうか。全力で拒否したいんですけど。 「ってことは、遊那はまだか」 「ああ、十月十七日だ。何か頂けるというなら、遠慮はせんぞ」 ここまで堂々と請求すると、一回りして潔く見えるから人間って不思議だ。 「私はね、二月二十六日だよ」 「わ!」 誰も居ないはずの廊下側の壁から声を掛けられ、俺も遊那と同じく竦み上がってしまった。 「あ、茜さん。お久し振りです」 ま、またしても下の通気窓から顔を出すとは。この人は一体、何を考えて生きているんだ。 「それにしても、二月二十六日とは、随分と物騒な日に生まれたもんですね」 「えへへ〜」 この人がカオスメーカーなのは、もう個人の才覚じゃなく、天が与えたものなんじゃなかろうかと、運命論者的なことさえ思ってしまったぜ。 「岬ちゃんは、十二月九日だよ」 「寒い時期に生まれると、冷徹に任務を遂行出来るとかあったりします?」 「公康君の言ってることが分からないんだけど」 正直、俺も今一つ分からない。 「私は、八月二十日です」 今度は、西ノ宮が返答してきた。 「ちなみに結は十一月十日、舞、海は十一日です」 「――ん?」 何か、妙な発言が無かったか? 「三つ子だよな?」 「私はまだ一歳だったので記憶は殆ど無いのですけど、別に数分の間にポンポン出てくる訳ではないみたいですよ。午前零時を跨げば、当然、起こり得ることです。尤も、その場合でも役所への申請は同日にする方が多いみたいですけどね。うちの親は律儀に、生まれた日を基にしたみたいです。流石に、四月一日と二日を跨いたのでしたら、どちらかにしたでしょうけど」 双子、三つ子なのに、学年が違うミステリー。留年、飛び級がレアな日本では、中々拝見出来ないぜ。 「ってか、面倒じゃないのか、誕生日が違うのって」 「後で少しだけ後悔したみたいですよ。ですが御祝いということで、二日で三日分騒ぐのと、一日で三日分騒ぐの、どちらが良いのか――私には判断しかねます」 いや、あの三人が本気出すことを想定したら、どう考えても二日掛かりの方が大変だ。台風は規模が大きくても、高速で駆け抜けてくれれば、意外と被害は少ないだろう。つまりは、そういうことだ。 「私は、十月七日」 「それは、知ってる」 流石に、知り合って一年経つりぃの誕生日くらいは知ってるわいな。 「ほぅ、私と同じ天秤座か」 遊那さん、あなたが十二星座とか乙女ちっくなことを言い出すのに、そこはかとない違和を感じると言ったら、激昂するでしょうねぇ。 「僕は五月二十三日だよ。若草の貴公子と呼んでいいから」 「へー、そうだったのか」 悪い、千織の誕生日は、ぶっちゃけ全然知らなかった。 「つまり、茜さんと同じ十七歳なんだな?」 「お兄さんと呼んでくれても良いよ」 「舞浜さんと千織さん、好きな方を選んで貰って良いですか?」 「いきなり敬語にならないでよ。すっごい切ないからさ」 えーい、軽くボケただけで、そんなマジに悲しそうな顔をすんな! 「よーし、お前ら、覚悟は出来たか。大好きなテストの時間だぞ」 『ブーブー』 定刻となり現れた教師の一言に、クラス一同の心が一つに纏まった。こういう時にだけ協力するって、本当にダメなクラスだよなぁ。 「ま、何にしても覚悟を決めるか」 楽しい雑談タイムに別れを告げ、とりあえず赤点回避という低い目標を掲げる俺の戦いが始まるのであった。 「ムムム……この問題、あのテキストでやったのと同じだ!」 「七原……お前、退席するか?」 「すいません。もう二度と声を上げたりしないので勘弁して下さい」 定期テスト御約束の機微を理解しない教官なんて嫌いだ。 「くーくー……」 「そして浅見。お前も堂々と居眠りするな」 「ヤマが外れたことに気付いた時点で、既に諦めている。武人にとって一撃必殺とは、一撃で討ち取られる潔さを含めたものだということだ」 「頼むから少しは泥臭く粘ってくれ。何も書いてなかったら同情点も付けられないだろうが」 潔いと言うよりは、自分に酔ってるだけって感じもするけど、これ以上目を付けられるのもアレだし黙っておこう。 「……」 カリカリカリ――うー、どうしても思いだせん。『この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば』を詠ったのは誰だっけか。たしか、『世界は俺の者。満月くらい満ち足りた気分だぜ、チキショー』って詩だよな……満月三郎とでも書いておこう。 着々と赤点ロードへ突き進んでる気もするけど、深くは考えず、次の問題に取り掛かる俺であった。 「デッドエンド!」 「行き止まりが、どうかしましたか?」 雰囲気で英語を使うと、概ね失敗する典型例でした。 「西ノ宮は、調子どうだった?」 「まあまあといったところでしょうか」 「遊那は?」 「私も、まあまあだったな」 ほぼ同じ言い回しなのに、絶望的なまでに開きを感じるのは錯覚ではありませんよね。 「やっほ〜、お姉ちゃん、一緒に帰ろ〜」 おっと、湧いて出たな、西ノ宮三姉妹め。 「この子達の成績については、敢えて問いません。せめて先生達が、選択問題を減らしてくれることを祈るのみです」 「姉なのに、千尋の谷に突き落とすその根性、桜井家を思い出しました」 それが良いことなのかどうかは、俺程度の人生経験では判断しかねる訳だ。 「ところで、君達、実は誕生日が違うそうだが――三つ子キャラとして、それは失格であろう!!」 「では問題です。私達の中で唯一、十一月十日生まれの結は、どれでしょうか?」 「すいません、相変わらず、さっぱり見分けが付きません」 ステータス上、明らかに一人違うってのに、現物の判別が出来ないなんて悔しい! 「でもさ〜、惜しいよね。結ちゃんも十一日生まれだったら、三人共一が四つ並んで、十二個の大フィーバーだったのに」 「一応、聞いておくが……それが揃ったら、何か特典でも?」 「何となく、面白そう!」 あー、そうでした。こういう子達でした。 「だが、一が十一個揃ったという解釈も可能だな」 「おぉ〜、浅見さん、あったまい〜」 「羨望の眼差しで見て良い?」 「後輩に尊敬される図というのも、悪くないものだな」 遊那、お前はこれがバカにされてることも分からない程にヤバかったのか。すまん、俺も憐憫の情を掻き立てられずにはいられないよ。 「まー、テストってのはしんどいこともあるが、半日で終わるってのがせめてもの救い――」 「ふふふ、先輩、何を言っているんですか。午後は、明日の分の勉強をやるって伝えてありましたよね?」 「げー、岬ちゃん!」 し、しまった。魔の手から逃げるのをすっかり忘れてたぜ。 「遊那ちゃんも、随分、堂々と居直ってたみたいだよね。これはやっぱり、特別プログラム、ハードコース行きかな」 「ふっ、安心しろ。私は夏休み一杯、北か南の遠いところで、住み込みのバイトをすると心に誓ったのだ」 「そこまでして逃げるのかよ」 何か清々しい顔で試験を受けてたと思ったら、本当の意味で居直ってやがったのか。 「日本国内なら、桜井の包囲網は逃れられないよ?」 こっちはこっちで、サラリと物騒なことを言いやがってるし。 「パスポートは……夏休みまでに間に合ったかなぁ」 やめとけ、遊那。お前が懐に忍ばせてるブツは、日本国内では何とかオモチャとして認識されるが、諸外国では通じねぇ。人間、命があってナンボだぞ。 「桜井さん、一つ良いですか」 「西ノ宮先輩、どうしました」 「今一つ中身は見えないんですけど、その桜井家特別プログラムというのは、根性を叩き直すのにピッタリなんですよね」 「誰でも犬の様に従順になり、且つ、蝉の幼虫の如き忍耐力が付くと、素敵な奥様方に大人気です」 それは単に心が無くなってるだけじゃないですかー。危険な香りがしますよー。 「うちの妹達を、入隊させられませんか?」 あ、そう来たか。 「な、何を言い出すかな、お姉ちゃん。私達、もう三十九日の夏休みは、びっちりとダラダラするって、予定表に書き込んじゃってるし」 「そうそう、朝は九時から十二時くらいに起きて、昼御飯をブランチって言ってみたりして」 「そして、ちょっとだけのつもりでゲームしてたら日が暮れてたりする、そんな極普通の夏休みを希望してるんだよ」 完璧に入塾要件を満たしてますね、おめでとう。 「大丈夫ですよ、三日で全日程が終了する特盛コースもありますから。ほんのちょっとだけ、過激なんですけどね」 く、黒い。何という黒い笑顔だ。桜井の血族はどうして、ここまで悪巧みの表情が似合うのか。夏休みの自由研究として提出しようかと思うくらいだぜ。 こりゃ、せめて、残り二日は全力を出さないと、命に関わるかも知れないな。 ――学園祭開催まで、残り五日。 空:ほぅ……君が現職の生徒会長、舞浜君かね。 千:は、はぁ……そうですけど。っていうか、何、この組み合わせ。 空:我が母校は現在、どんな感じかね。 やはり卒業して一年以上も経つと、懐かしく思えるものだ。 千:えー、そんなに変わって無いと思いますけど――ちょっと良いですか? 空:ふむ? 千:何だか、公康達から聞いた性格と印象が違うような? 空:ハハハ。たまにしか出番が無い者には、良くあることだよ。 千:それは……分かってても言っちゃいけない気がします。 空:では次回、『不埒な奴らの祭り事 十二』だ。 恐らく俺の出番は、無いであろうなぁ。 千:生徒会長は、変人しかなれないのかなんて言っちゃダメだからね。
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