さて、諸君。学生の本分とは勉学である。ああ、何を当然のことをと御思いのそこのあなた。今、学生であるならば現在を、既に卒業しているのであれば、学生時代を振り返って頂きたい。その本分である学業に、それ程までに打ち込んでいたであろうか。完全無欠に胸を張って断言できる輩など、一体、どれくらい居るというのであろう。むしろ社会に放り出された後と同じく、要領の良い奴がのし上がっていく縮図を、まざまざと見せ付けられるだけでは無いかと。勉強しない奴の僻みって言うな。 しかし、この現状は果たして良いのであろうか。良く言えば百花繚乱。悪く言えば、烏合の衆。魔女の大鍋をベースに闇鍋を始めるかの様な混沌状態。これは本当に効率の良い環境であるのか、そこからして大疑問だ。 「ですから、この公式を使って因数分解をすれば、解は容易に求められます」 「あー、もう限界だ。潔く、ヤマを張ってくれ、西ノ宮」 「浅見さんは、何で土曜の昼前からそんなにもダレてるんですか」 「折角の休みにまで勉強せねばならん日本現代教育は間違ってると思わないか?」 「平日にやらないから、本道ではない直前の詰め込みをしなくてはならない現実からは目を背ける訳ですね」 「くっ……論理的に、痛いところを突いてきやがる。冷涼なる論客の二つ名は、伊達ではないな」 「冷涼にゃるにょんきゃくとは、随分と懐かしい名前――」 噛んだ、今、間違いなく論客様が噛んだ。 「噛んでませんよ?」 何で救いを求めるかのように、引き攣り笑いでこっちを見てるんだ。今の一件、そこまで屈辱だったんだろうか。 「ねぇねぇ、今、七原さんの部屋を探検してきたんだけどさ。面白いものが何も無かったよ」 「ここまであからさまだと、別の可能性を疑っちゃうよね〜」 ふっ、俺の迷彩能力を舐めんなよ。色々な意味で危険なブツは、親父と兄貴の部屋に分散済みだぜ。 「ところで西ノ宮。今更なんだが」 「妹達が一緒に来た件に付きましては、不覚の一言です。黙って来れば良かったと反省しています」 いや、こいつらなら、何も言わなかったら、デートだと勘繰って尾行くらいする。むしろ、そうならなくて良かったと判断すべきかも知れない。 「あなた達、参加したんだから、桜井さんに教えて貰いなさい」 「大丈夫! 私達には必殺、三人寄ればホニャラララの意思疎通能力があるから、平均は割らないよ」 この子達、一体、何歳まで一緒に生活する気なんだろう。いっそ、三つ子の男子を探し出してきて、三世帯住宅を作るのが現実的な気がしないでもない。 「公康の勉強なら、私が見てあげるのに……」 「椎名先輩は甘いですからね。一年生の頃の無残さを見れば一目瞭然です」 そ、そこまで酷くないんだから! せいぜい、平均という海原の浅瀬を行く小魚くらいのものなのよ! 「ところで、昼御飯って私達が作るんだよね?」 「やっぱり、勉強食ですから、油物は控えた方が良いですね。あっさりとしていて、且つ消化に良いものが望ましいでしょう」 「じゃあ、うどんとかどうかな。頂き物が残ってるみたいだし」 「鶏のつみれを作るのも面白そうですね。冷凍ですけど、人数分くらいはありそうです」 それにしても、この二人は仲が良いのか悪いのか、今一つ分からない。つーか、人んちの台所をそんな事細かくチェックするな。あなた達は姑ですかい。 「き、公康」 「おっと、兄貴、どうした」 と言うか、何でまた扉の後ろに隠れる様にこっちを見やがってますかね。親父とお袋が居ない今、あなたは家主代理みたいなものでしょ。もう少し堂々としてて良いんですよ。 「何がどういった事情で女の子達が集まってるかは知らないけど、七原家の名が下がる様な真似だけはしないでくれよ」 「するか!」 そもそも、兄貴は知らないんだ……この子達は、殆どが俺らなんかより強いんだぞ。精神的だけじゃなく、肉体的な意味でも。 「あと、出来れば、もう少し静かに……学会の準備で立て込んでて、久々の休みなんだ。昼過ぎまで眠らせて……」 「あー、分かった分かった。極力、善処する方向で検討する。昼になったら飯を持ってってやるから、それまでぐっすり寝てくれ」 「ナヌ? 現役女子高生が作った食事だと?」 やっぱり、俺がバカなのは血筋だと思うんだが、そこのところはどうなんだろう。 「ところで皆、少し手を止めてこっちを見て欲しい」 「七原さんの手は、先程から一切、動いてない訳ですが」 そんな些細なことを気にする程、俺は小物では無いぞよ。 「それはそれとして、西ノ宮が制服で居ることに誰一人として突っ込まないのは何故だ」 「生徒手帳に、『休日に外出する際は制服であることが望ましい』と書いてありますから」 うわ、今時、こんなベタベタにルールを守ってる奴が居るとは思わなかった。 「沖縄行った時以来の、西ノ宮私服ショーを拝めると思ったのに……」 「あの時は、部屋着のまま連れ去られて良い迷惑でした。ちなみに、現地到着以降は借り物を纏ってましたから、厳密には私服じゃないです」 浪漫が、ロマンが段々と減少していく。 「なぁ、スリーシスターズ」 「無理に英訳して、失敗した典型だね」 うるさい、スベるのが怖くて芸人が務まるか。 「西ノ宮の、外出用の私服ってどんなんなんだ?」 「うーん、と。答えても良いんだけど――」 「けど?」 「七原さん、下手すれば死ぬよ?」 「へ?」 「ちょっと私が席を外した隙に、何で雑談に花を咲かせてるんですか」 ぐえぇ、岬ちゃん、ギブギブ。それ、完全に頚動脈締まってますから、御花畑が見えるぅ。 「椎名先輩が、今まで如何に甘やかしてきたか良く分かりました」 「わ、私、公康の保護者じゃないし」 「では、真の保護者を少し問い詰めてみましょう」 バタン――あ、扉が閉まる音がした。兄貴の奴、殺気を察知して逃げ出しやがったな。こういう嗅覚が良いのも、血筋なのかねぇ。 「これらの状況を総合的に判断して、椎名先輩に管理能力が無いのは明白です」 「ぜ、全部、私のせいにされても」 「針小棒大は、印象操作の基本事項です」 恐ろしや、オソロシヤ。世の中、何でこんなにも敵に回してはいけない連中で満ち溢れているのか、そこら辺の解説を求めたいよ。 「しかし、良い案を出してくれました」 「はぁ?」 「先輩は、目の前に人参があれば良く働く馬車馬の様な存在であることを再認識したまでです」 わーい、多分だけど褒められたー。 「ポジショニングを変えましょう。遊那ちゃんと椎名先輩は、七原先輩の両脇に陣取って下さい」 ん? ナンデスカ、この武闘派な両手に花は。 「御二方は、先輩が集中力を失い始めたら、容赦なく拳を浴びせて下さい」 「ちょっと待った、岬ちゃん」 いきなり何だ、そのスリリングなルールは。 「サボらなければ良いんですから、何の問題も無いですよ」 「いや、その理屈は狂っている」 りぃはともかく、遊那はどう考えても、面白半分で手を出してくるだろうが。 「反射速度が上回る自信があるのなら、避けても良いです。まあ、コンセントレーションを高める訓練の一環だと思って頂ければ」 「そんな無茶な理屈で、凶弾の中に放り込まないでくれ」 この日の本を、拳が言語の修羅の国へと変貌させる気か。 「わ、私、公康の為に鬼になるよ」 そしてりぃも、勢いに身を任せるな。 「私も鬼ではありません」 「うむ、桜井の一族が悪魔の血脈を継いでいることは把握した」 「そんなに持ち上げないで下さい」 この子が言うと、本気で謙遜しているんじゃなかろうかと思えて仕方が無い。 「先輩が課題をクリアするごとに、正面に座る西ノ宮先輩が一枚ずつ服を脱いでくれるそうです」 「よし、岬ちゃん。ガシガシと出題するんだ」 「本人の意向を無視して、何で話が進んでるんですか」 「先輩の集中力向上の為、是非、御協力下さい」 「そういう話なら、自分の身を捧げて下さい」 「極力、他人の手を汚す方向で考えるというのは、謀略を考える上では必須事項なんです」 敬語と敬語で喋り合ってるのに、これだけ無闇と緊迫して、同時にアホらしいというのもどうなんだろう。 「ええいっ、貴様ら、いい加減にしろ! こう騒がしくては狩りに集中出来んだろうが!」 「あ〜、それって新発売のハンティングゲームだよね?」 「私達、まだやったこと無いんだけど、前作に比べてどう?」 「遊那ちゃん……何で勉強会に携帯ゲームなんて持ち込んでるのかな?」 「この私に、一時とはいえ狩猟民族の血を抑えさせようなどとは――い、イタタ。やめろ岬! 人間の関節は、そんな方向へ曲がる様には出来ていない!」 純粋な戦闘能力での勝負ならともかく、甘さを断ち切った岬ちゃんを制御するのは遊那では無理か。俺もそろそろ観念して、勉強に集中しようっと。 「よっぽろぽ〜♪」 「ぱっぴぷ〜♪」 「てけれけと〜♪」 「あの、西ノ宮三姉妹さん、その奇怪な踊りは何でしょうか」 「うん、暇潰し」 今、俺は一つの真実を悟った。西ノ宮(姉)の尋常ならざる集中力は、この妹達に囲まれて育ったが故だ。こやつらが周囲に居たまま大きくなれば、富士スピードウェイだろうと、甲子園の地鳴りの只中だろうと、平然としたまま作業出来る。言うなれば、日々、大きくなる葦を飛び越え続ければ、脚力が半端なくなる感じだ。 事実、今も黙々と参考書を紐解いてるではないか。ってか、どう見ても大学受験用の参考書なんですが。定期考査の分はもう良いんですかね。 「はっ!?」 不意に左側から殺気を覚え、身体を仰け反らして躱す。いわゆるところの、スウェーバックという奴だ。 「ほぅ、この状況で避けるとは大したものだ」 「舐めるなよ。お前の様にギンギラに滾った気の放出を読めぬ程に耄碌したつもりは無いわ」 つーか、岬ちゃんの言葉を真に受けて、本当に攻撃してくるのは遊那くらいのものだと思う。 「まー、何だ。私も、岬に痛めつけられてな。平たく言えば、八つ当たりだ」 そして明かされる衝撃の真実。ここまで悪びれることもなく言い切るこの精神が、そもそも大したものだ。 「えいっ」 その瞬間、世界が揺らいだ。何てことはない。西ノ宮三姉妹の一人が、テーブルにチョコンと座ったまま、俺の額を軽く突付いてきたのだ。元々、胡坐で身体を仰け反らせるなんて不安定な体勢の俺だ。その微弱な力にすら対抗する余力を持たず――そのまま後方へと倒れ込み、頭を壁に叩き付けることとなった。 「うぎゃ!?」 は〜らほらひら〜? 「うっひゃー。コイン百枚で一機増えるって、命は金で買えるってことだよね〜」 自分でも何が何だか分からないことを口走りつつ、何とか姿勢を整えて近くの柱にしがみ付き――。 「ん?」 当然、我が家はテーブルの脇に柱を設置するなんてステレンキョーな造りではない。これは一体……と言うか、随分と柔らかい気もするが――。 「あ、りぃ、おいっす」 視線を上げると、そこにはりぃの顔が間近にあった。あー、ヤバい、ヤバい。りぃ以外だったら、確実にセクハラで訴えられてたな。下手をすれば、その場で公開処刑されててもおかしく――。 「キャー!?」 コキリと、枯れ枝が折れるかの様な音がした。それが顔を真っ赤にしたりぃが俺の首をへし曲げた音だと理解したのは数十秒後で――その後、俺が意識を取り戻すのは三十分も後のことだった。 「ほぅ、椎名、流石だな。特に護身の心得が無いというのに、的確に男を撃退するとは」 「い、いやいや、そうじゃなくて。き、公康、大丈夫!」 ああ、神様。これも一種の自業自得なのでしょうか。私、公康は、余りに未熟すぎてその答を導き出すことは出来ません。願わくば、来世までには何らかの回答が出来る様、努力したい所存に御座います。グフッ。 かくして、俺と遊那の成績を上げるべく開催された勉強会は、大方の予想通り、しっちゃかめっちゃかなまま幕を閉じた。 ――学園祭開催まで、残り七日。 麗:いえ――今更、改まって結と話すことなど無いのですけど。 結:え〜、お姉ちゃんのいけずぅ。あれこれ色んな話しようよ〜。 お姉ちゃんの胸が膨らんできた頃から、 一緒にお風呂入ってくれなくなったこととかさぁ。 麗:あ、あれは単に、浴槽が狭くなったからでしょ。 結:私達、今でも三人で入ってるの知ってるくせに〜。 麗:何をされるか分からないという保身から、入らなくなったの。 公:何故だか分からんが、桃源郷があると聞いてすっ飛んできたぞ。 結:お姉ちゃん。七原さんって、本当に、面白いよね。 麗:わざわざ、珍獣を見に動物園へ行かなくて良いって経済的よね。 公:ハッハッハ。いつだって、心が寂しい七原でした。 結:という訳で、次回、『不埒な奴らの祭り事 十』だよ。 麗:七原さん達と付き合い始めて、私は何か、変わりましたかね?
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